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公園の女 [ミステリー?]

初夏の公園は、家族連れで賑わっている。
真ん中に人工の池があり、子供たちは容赦なく服を濡らして水しぶきを上げる。
木陰のベンチは子供たちを見つめる父親と母親に占領され、居場所をなくした私はひとり、ブランコに座って時間をつぶす。
「おばちゃん、どいて」
子供に追われて立ち上がった。
「おばちゃんじゃないのよ」と小さい声で言ったみたけれど、勢いよくブランコを漕ぎ始めた子供に聞こえるはずがない。

仕方ないので公園を出て、街をぶらつくことにした。
だけど買うものなんて何もない。
あったとしても今日は買いたくない。
荷物はひとつだって少ない方がいい。
だって私は、今から不倫相手と駆け落ちするんだから。

公園に13時と言ったのに、彼はいつまでたっても来ない。
時計の針は14時を過ぎた。
電話もつながらないし、ラインも一向に既読にならない。
奥さんにバレちゃったのかな。あの人、詰めが甘いから。

もう一度公園に戻ってみた。
人がますます増えている。私の居場所はどこにもない。
荷物を駅のロッカーに預けてしまったことを、死ぬほど後悔した。
タオルも日傘も何もかも、きっとあの中に入っている。

15時を過ぎた。彼は来ない。
人工の池ではしゃいでいた子供たちは、木陰ですやすや眠っている。
家に帰って寝ればいいのに。
16時を過ぎると、ようやく家族連れが帰り始めた。
私はようやく木陰に移動して、ペットボトルの水を狂ったように飲んだ。

17時、カップルたちが増え始める。
悪いけど、木陰のベンチは譲らない。
18時、日差しが緩んだ夕暮れ、犬の散歩も増えてくる。
暗くなるとホームレスらしき人がうろつき始める。
もうここにはいられない。
そもそも私は、どうしてここにいるんだっけ。

すっかり日が落ちた街を歩いて帰った。
公園で一日過ごすって、なかなか難しい。
駅のロッカーに荷物を預けたままだけどいいや。
明日彼に電話しよう。今日のことは許すって言おう。
彼にはきっと、家を出られない事情があったのだ。

部屋を解約しなくてよかった。
ソファーもテレビもそのまま残してある。
洋服も、タオルも日傘も、何もかもそのまま。
あれ? じゃあ私、駅のロッカーに何を預けたんだっけ。
まあいいや。テレビをつけよう。

『……〇〇駅のロッカーから、男性の遺体が発見されました……』

ああ、そうだった。この部屋で彼を殺したんだっけ。
遠くに行ってふたりで暮らそうって約束を、彼が破ったから。
今日はお風呂に入れないな。一日中外にいて汗だくなのに、困ったな。
明日公園で、子供に混ざって水浴びしよう。
きっと気持ちがいいわ。


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カーネーションが2本

仏壇に、2本のカーネーションが供えられている。
長女の美菜と、次女の美緒が母の日に一本ずつ買ったものだ。
5年前に天国へ旅立ったふたりの母親は、写真の中で笑っている。

私は半年前、この家に嫁に来た。
9歳の美菜と7歳の美緒の新しいお母さんになった。
ふたりとも亡くなった母親のことはあまり憶えていない。
だからかどうかわからないが、私にとても懐いてくれている。

母になって初めての「母の日」、やはり私は期待した。
期待したけれど、何もなかった。
美菜と美緒が、おこずかいで買ったカーネーションは、実の母親の仏壇に供えられた。
そういうことだ。
結局私は、まだ母親として認められていないということだ。
その証拠に、まだ「お母さん」と呼ばれたことがない。
娘たちは私を「裕子さん」と呼ぶ。親戚のお姉さんみたいに。
夫は「ゆっくり家族になって行けばいいよ」と言ったけれど、なんだか自信を失くした母の日だった。

次女の美緒が学校から帰ってきた。
「裕子さん、ただいま。あのね、学校でお母さんの絵を描いたの。今日返してもらったよ」
「へえ、上手に描けたね。そっくりだね」
私は、美緒の絵を、母親の写真と並べて見せた。
「ちがうよ。それは裕子さんの絵だよ。だって美緒のお母さんは裕子さんでしょ」
思わず涙が出そうになった。
そういえば、髪型が今の私と同じだ。

「ただいま」と元気よく、美菜が帰ってきた。
「裕子さん、これ、先週学校で書いたお手紙。きのう渡すつもりだったのに、学校に忘れてきちゃったの」
『ゆうこさん、いつもおいしい料理を作ってくれてありがとう』
カーネーションのシールをちりばめた便箋に、可愛い字で書いてあった。
「ありがとう」
「それでね、友達がね、お母さんなのに名前で呼ぶのはおかしいって言うの」
ああ、子供は残酷だ。それぞれの家に家庭の事情と言うものがあるのに。
「美菜ちゃん、気にすることないよ」
「うん。でも、わたしもそう思ったから、今日から裕子さんのことをママって呼ぶね」
「え?」
「ずるーい。美緒もママって呼ぶ」
「じゃあ、今日から一緒にママって呼ぼうね。いいでしょ、ママ」
「え…、いいけど」
「わーい、ねえママ、晩ご飯なに?」
「ハンバーグ」
「やった、ママのハンバーグ大好き」

あれ、ちょっと待って。こんなあっさり?
ホームドラマみたいな感動シーンは?
やっとお母さんと呼んでくれたのね…的な涙のシーンは?

「ママ、ハンバーグにチーズのせて」
「美緒もチーズのせる」
「わかった。じゃあ、お手伝いしてくれる人、手を上げて」
「はーい」

まだまだ新米ママだけど、ちゃんと受け入れてくれてるみたい。
競い合うようにキッチンに向かうふたりを見送って、仏壇をふりかえると、心なしか、写真の母親が少し拗ねているように見えた。
「大切に育てますから」
そう言って手を合わせた。
2本のカーネーションが、優しく揺れた。


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大切なもの [公募]

藤田は子供のころから、ポケットに手を入れる癖があった。
しかもその中で指を動かすものだから、すぐに穴があいてしまう。
だから藤田は、大切なものをいくつも落とした。
母親からお使いを頼まれたときの小銭、友達にもらった光るビー玉、自転車の鍵、キャンディ、チケットなど、数えきれない。

藤田は30歳になった。
ポケットに手を入れる癖は相変わらずで、ポケットに穴をあけるのも日常茶飯事だが、学習能力がある彼は、大切なものは入れないように心がけている。
藤田の人生は順風満帆だ。大手の建設会社で働き、この春素敵な女性と結婚した。

藤田は今日、ひどく緊張している。
新しいショッピングモールの候補地を決める会議で、プレゼンをすることになっている。
必要な資料を抱えて会議室に向かう藤田を、先輩社員が呼び止めた。
「おい藤田、結婚指輪は外した方がいいぞ」
「えっ? なぜです?」
「開発部長の桐島さん、最近離婚してさ、結婚指輪をしている男に手厳しいって噂だ」
桐島部長は、この会社では珍しい女性の幹部だ。
陰で鉄の女と呼ばれるほど冷酷で厳しいと評判だ。しかも開発部長の意見は重要だ。
藤田は理不尽だと思ったが、左手の薬指から指輪を外し、ポケットに入れた。

重箱の隅をつつくような質問に、しどろもどろになりながらも、藤田は何とかプレゼンを終えた。
最後に桐島部長から「目の付け所はいいわ」と褒められ、ホッとしながら自分のデスクに戻り、指輪を嵌めようとポケットを探った。
「ない……」
ポケットには、ちょうど指輪がすり抜けるためにあいたような穴があった。

「指輪を失くしただって? 新婚なのにまずいぞ。奥さんに浮気を疑われるぞ」
そう言ったのは、さっき指輪を外すように言った先輩だ。
藤田は焦った。あの指輪は、ジュエリーデザイナーをしている妻の叔母が、特別に作ってくれたものだった。しかも追い打ちをかけるような妻からの電話だ。
「仕事中にごめんね。急なんだけど、今夜叔母が遊びに来ることになったの。ほら、指輪を作ってくれた叔母よ。だから今日、早く帰って来て欲しいんだけど大丈夫?」
「うん、わかった」と答えながら、藤田は頭が真っ白だった。指輪を探さなければ。

彼は昼休みに食事も摂らず、指輪を探した。
自分のフロアから会議室に続く廊下をくまなく見て回り、会議室も隅から隅まで見た。
見つからない。一体どこで落としたのだろう。
正直に話した方がいいだろうか。妻は優しく聡明な女性だ。
先輩が言うような、浮気を疑うような女性では断じてない……と思う。
藤田は自分を励ますように頷いて、自分のデスクに戻った。

「藤田さん、桐島部長がお呼びですよ」
女子社員に言われて、藤田は力なく立ち上がった。
平社員の藤田を直接呼ぶなんて、資料に不手際でもあったのだろうか。
泣きっ面に蜂とはこのことか。重い気持ちを抱えて、開発部に向かった。

「失礼します。藤田です」
桐島部長は、見ていた資料から顔を上げ、黒ぶちの眼鏡を外した。
「藤田君」
「はい、すみません」
「何を謝ってるの。まだ何も言ってないわ」
桐島部長は、机の引き出しから白いレースのハンカチを出し、藤田に差し出した。
「藤田君、あなた、こんな大切なものを落としちゃダメでしょう」
白いハンカチの中央に、プラチナの結婚指輪が輝いていた。間違いなく藤田のものだ。
桐島部長が指輪を拾い、その裏側に彫られた名前で、藤田の物だと気づいたのだ。
「ありがとうございます」
藤田は思わず泣きそうになりながら、指輪を嵌めた。
「大切にしなさいよ。指輪も、家族も」
鉄の女と呼ばれるその人は、真綿のような柔らかい表情をしていた。

「ねえ藤田君、ポケットに手を入れるのは、やめた方がいいと思うわ。何度か見かけたことがあるけど、あまり行儀がよくないわね」
「すみません。子供のころからの癖でして」
「これからは、その手をポケットに入れる代わりに、奥さんの手をしっかり握りなさい。絶対に離しちゃだめよ」
桐島部長はそれだけ言うと、眼鏡をかけていつもの厳しい顔に戻った。
藤田は深々と頭を下げて部長室を後にした。安心感からか急に腹が減ってきた。
「今日は早く帰ろう」とつぶやき、ポケットに手を入れそうになったとき、妻の顔が浮かんだ。
藤田はその手を戻し、指輪を見つめて歩き出した。

******

公募ガイド「TO-BE小説工房」で佳作をいただきました。
テーマは「落とし物」でした。


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いつか人間に [ファンタジー]

次に生まれ変わるときは、絶対人間になりたかったのに…。

わたしはハムスターになった。
行きつく先のない回し車の上を、ただひたすらに走り続ける毎日だ。
なんて狭い世界だろう。なんてちっぽけな命だろう。

わたしはかつて、陸上選手だった。
誰よりも早く走り、オリンピックを目指していたが、戦争によって命を落とした。
生まれ変わってまた走りたいと願ったら、わたしは犬になった。
広い草原で、飼い主が投げたボールを走って拾いにいくのが、なにより楽しかった。
だけど四つ足で走るのは、やはり違うと感じた。

次にわたしは鳥になった。
翼を広げ、大空を飛ぶのは素晴らしかった。
風に身をまかせ、自由を満喫した。
だけどやはり、わたしは大地を走りたかった。

そして今度こそはと思ったのに、よりによってハムスターだ。
プラスチックのケージに入れられて、ここから出ることも許されない。
もっとも、小動物にとって外の世界がどれだけ危険かは知っている。
犬や鳥だった経験から、身に染みてわかる。
だから、この回し車の上をひたすら走り続けることが、今のわたしの全てなのだ。

飼い主は、いつも白い服を着た清潔な優しい女だ。
ときどきわたしを手のひらに乗せてくれる。
結婚をしたことはないが、女の温もりは知っている。
優しくて柔らかくて気持ちいい。

小動物の命は短い。わたしはきっと、まもなく死ぬだろう。
もしも人間に生まれ変われたら、この清潔で優しい女性のような人と結婚したい。
わたしは、彼女の手のひらで、そんな夢を見るのだった。
そしてわたしは、やはり走りたい。
出来ることならオリンピックの舞台に立ちたい。
神様、お願いです。今度こそは人間に生まれ変わりたいのです。

「教授、ハムスター、今日で7年6カ月です」
「そうか。薬が効いているようだな」
「はい。ハムスターの寿命をはるかに超えています。きっとまだまだ生きますよ」
「実験は成功だ。次はもっと大きな動物で試してみよう」
「はい、教授。人間の不老不死も夢ではありませんね」

カラカラカラ…
永遠の命を手に入れたハムスターは、今日も回し車の上を走っている。

KIMG0057.JPG
うちのハムちゃん。
長生きしてね~^^


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田植えの季節 [ファンタジー]

5時を告げるメロディが、村に流れた。
「峠の我が家」は優しく心に響く。
秀じいさんは、思わず歌詞を口ずさみながら腰を叩いた。
田んぼに水を張り、あとは苗を植えるだけだ。
昔は家族そろって田植えをしたものだが、息子家族は帰っても来ない。
秋に新米をもらいに来るときだけ、嫁は愛想がいい。

「さてと、帰るべ」
ふり返ると、水面に緑の山がくっきり映っている。
いい季節だ。

秀じいさんは家に帰ると、簡単な夕飯を作る。
女房が生きていた頃は、テーブルにたくさんのおかずが並んだものだが、今は魚の干物とお新香と味噌汁だけだ。
ひとりの食事は、そんなものだ。
だけどご飯だけは、こだわって炊く。鉄の釜で、ふっくらと炊く。

秀じいさんは炊きたてのホカホカご飯を、仏壇に供えて手を合わせた。
「さあ、いっしょに食うべ」
2年前に女房を亡くしてから、ずっとこんな毎日だ。

翌朝、秀じいさんは身支度を整えて田んぼに向かった。
すると朝の少し冷えた風に乗って、田植え歌が聞こえてきた。
「誰だべ? おれの田んぼにいるのは」
それは姉さんかぶりをした女だった。振り向くと、その女は死んだ女房だった。
「秀さん、おそいよぉ」
「なんだ、おまえ。どうしてここにいるだ?」
「田植えを手伝いにきたのよぉ。毎晩美味しいご飯を供えてもらってさ、手伝いもしないんじゃ悪いべ」
「そうか。そりゃあ助かるな」

秀じいさんと女房は、並んで田植えをした。
女房は、病気になる前の健康な笑顔で、手際よく苗を植えていく。
これは夢だな。いい夢だな。
秀じいさんはそう思いながら、女房に合わせて歌を歌った。
半分植えたところで、女房は畔に腰を下ろした。
「秀さん、ひと休みすべ」
「ああ、そうすべ」
ふたりは並んで座り、鳥の声を聞きながら、いろんな話をした。
女房はコロコロと笑い、数年前に戻ったようだ。
秀じいさんはごろんと横になり、流れる雲を見た。
「気持ちいいぞ。おまえも寝っ転がってみろ」
そう言って横を見たら、女房はもういなかった。
「なんだ。本当に夢だったか」
いや、夢ではない。女房が植えた苗は、そよそよと風に揺れていた。
「きっと天国に帰ったんだべ」
秀じいさんは起き上がり、大きく伸びをした。

「おじいちゃ~ん」
どこからか声がした。
子供が秀じいさんに向かって手を振っている。
「あれえ、孫の裕太と桃香でねえか」
ふたりの子供の後ろから、息子夫婦が汗を拭いながら歩いてきた。
「父さん、田植えの手伝いに来たよ」
「お義父さん、ご無沙汰しています」
「ほお、珍しいこともあるもんだ」
「昨夜お袋が夢枕に出てきてさ、田植えを手伝えって言ったんだ」
「子供たちの食育体験にもなると思ったんです。この子たち、食が細くて」

都会のもやしっ子が、きゃあきゃあ騒ぎながら苗を植え始めた。
賑やかな声が田んぼに響く。
空の上から、女房が笑っているような気がした。
「今夜はたくさんご飯を炊くべ」


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おやゆび姫育成キット [コメディー]

夫が、チューリップの鉢植えと「おやゆび姫育成キット」を買ってきた。
夫はこういう変わったものが好きで、前にも「100万コに1コ、桃太郎が入っている桃」とか、「運がよければかぐや姫に逢える竹」とか買ってきた。
今回もどうせまがい物だろうと思いながらも、花がきれいだったから育てた。

育成キットはいたって簡単。
小さな粒を花の真ん中に置き、あとは特殊な培養液と水を与えるだけ。
子供だましだと思ったが、二日後、粒がうようよ動き出した。
それはだんだん形を変えて、人間に近づいていく。
前に姉に見せてもらった、胎児の画像に似ている。
そして三日後、チューリップの真ん中に、可愛らしい赤ちゃんが誕生した。
だけどそれは、なぜか上半身しかない。
「ねえ、どうして足がないのかしら」
「歩き回ると厄介だからだろう。あくまで観賞用だから」

夫は観賞用と言ったけれど、それは日に日に成長した。
どうやら1日1歳成長するらしく、生まれて2日目に言葉を話した。
「ママ」
なんて愛らしいのでしょう。
いつまでも花の上では安定が悪いので、専用の台座(オプションで1万円)に置いた。
成長しても大きさは親指ほどしかない。小さな人形みたいで、とても可愛い。
オプションで洋服も売っていたが、高いので自分で作った。
レースのワンピース、ピンクのドレス。
私とお揃いのブラウスも作った。チューリップの刺繡よ。
毎日違う服を着せた。着せ替え人形みたいで楽しい。
「ママ、可愛いドレスをありがとう」なんて言われると、抱きしめたくなる。

異変が起きたのは、育成を始めて15日目のことだ。
おやゆび姫の声が低くなり、口の周りにうっすら髭が生えた。
「あなた、おやゆび姫が変よ。ほらみて、髭が生えたわ。不良品かしら」
夫は「ちょっと待って」と、育成キットの説明書を取り出した。
「あ…、こいつ、オスだった」
「はあ? 男? 姫じゃないじゃん!」
「髭剃りは、専用の物を使ってくださいだって。オプションで3万2千円」
「冗談じゃないわよ!」

45日が過ぎた。
ロン毛で無精ひげのおやゆび野郎が、今朝も私に話しかける。
「ママ、おはよう。いい朝だね」
「おはよう、おっさん。二度とママって呼ばないでね」
「じゃあ奥さん、オプションでイケメンになる薬売ってるけどどう? 5万円で」
「もういい!!」

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25年目のクラス会

久しぶりに降りた故郷の駅は、閑散としていた。
6番のバス乗り場に行くと、懐かしい面影がベンチに座っていた。
「先生」
声をかけると、先生は「やあ」と右手を上げた。
「今日はクラス会だね」
「そうですね。卒業して25年目のクラス会です」
「みんな変わったかな」
「ええ、15歳だった少年少女が、40歳の中年ですもの」

 あの頃の先生は25歳の若い教師で、女生徒たちの憧れだった。
若い分、私たちの気持ちをよくわかってくれて、男子生徒にも人気があった。
私の初恋も先生だった。世界中で、先生が一番好きだった。
「俺もすっかりしょぼくれた中年オヤジだよ」
「先生は今でも素敵です。前にお会いした5年前のクラス会のときと、全然変わってないわ」
「君は元気なのか?」
「この5年間に、いろいろありました。両親が相次いで亡くなって、実家を売りました。3年前です。だからこの町に来るのは3年ぶりです」
「そうか。それは大変だったね。俺は、相変わらずだよ。教師を辞めてから、塾の講師で細々と食ってる」

バスは来ない。
タクシーの運転手が、退屈そうに欠伸をしている。
閑散とした駅のロータリーで、私たちは日暮れまで話をした。

「そろそろ、クラス会が終わるね」
先生の足元に、ポプラの長い影が落ちる。
バスは来ない。来るはずがない。6番の路線バスは廃線になった。
どちらからともなく、手を握り合う。
大きくて、ごつごつした大人の手が好きだった。
しばらくそんな余韻を楽しんだ後、私はゆっくり絡み合った手をほどいた。

「先生、もう終わりにしましょう」
先生は答えなかった。
「私、結婚します。優しい人です。こんな私でもいいと言ってくれました」
「そうか」

25年前、先生と私は愛し合った。
25歳と15歳の恋が認められるわけもなく、私たちは心中事件を起こした。
それは未遂に終わったが、それからすべてが変わってしまった。
先生は教師を辞め、私は遠くの親戚の家で、半分監禁されたような学生時代を過ごした。
5年に一度行われるクラス会の日、私たちはこうして、ふたりだけで逢っている。
私たちが、クラス会になど、呼ばれるはずがない。

「5年後は、もう来ません」
立ち上がった私を見上げる先生は、一気に老けた老人のように見えた。



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桜が見える部屋 [公募]

南側の窓を開けると、桜の花びらがふわりと舞い込んできました。
川向こうの桜並木から、はるばる風に乗ってやってきたのでしょう。
小さな花びらは、しばらく空中で遊びながら、あなたの写真の上にちょこんと舞い降りました。
桜が好きだったあなたが、写真の中で笑っています。

一緒に暮らすことになったとき、あなたはいつになくはしゃいだ声で言いました。
「いい部屋を見つけたよ。窓から素晴らしい桜並木が見えるんだ」
年に一度の桜より、駅に近い方がいいと正直思いましたが、あなたがあまりに嬉しそうなのでこの部屋に決めました。
桜が見えるこの部屋で、あなたと生きると決めました。

あなたは居酒屋で働き、私は図書館で働いていました。
昼と夜、すれ違いの毎日でしたが、私が出かけるとき、あなたは必ず布団の中から顔を出して「いってらっしゃい」と言ってくれました。
伝えたいことを手紙に書いておくと、疲れて明け方に帰ってきても必ず返事をくれました。
『子供たちに読み聞かせをすることになりました。上手くできるか心配です』と書けば、『君の優しい声を聞けば、子供たちはきっと、もっと読んでとせがむでしょう。僕も子供に混ざって聞きたいくらいだ』と書いてくれました。
本当に優しい人でした。

互いに仕事が休みの日は、一緒にお散歩をしました。
河原に座って、ただ風に吹かれるだけで幸せでした。
言葉がなくても気持ちが通じる人に出会ったのは初めてでした。
春にはこの部屋で、桜を見ました。
「やっぱりこの部屋にしてよかったね。家の中で花見ができるなんて贅沢だろう」
桜を見るたびに、あなたは得意げに言いました。
私は少しうんざりして「はいはい」と笑うのでした。
私たちは、この先何年も何年も、一緒に桜を見ると信じていたのです。

この部屋で見る三度目の桜が満開になった夜、ひとりの女性が訪ねてきました。
彼女は目に涙をためて、あなたの名前を呼びました。
「どれだけ探したと思っているの」と泣きながらあなたにすがりました。
「マキもパパを待っているわ」と、彼女が子供の名前を出すと、あなたの表情が少し揺れました。

五年前に家族を捨てて失踪したのだと、あなたは話してくれました。
仕事が上手くいかず、心のバランスを崩したのだと。
住処を転々として、小さな町の居酒屋に落ち着き、そこで私と出会ったのです。
やっと居場所を見つけたのだと、あなたは言ってくれました。
だけど事情を知ってしまった以上、もうあなたと暮らすことは出来ません。
私はあなたを追い出しました。
罵って、泣きわめいて、あなたを切り捨てました。
あなたを「パパ」と呼ぶ子供には、どうしたってかなわないと思ったからです。

あなたがいなくなったこの部屋で、私は何度桜を見たでしょう。
「今年も咲いたわ」と、あなたの写真に何度話しかけたでしょう。
虚しいだけだと知りながら、私はあなたの抜け殻と暮らし続けているのです。

あなたの写真に貼り付いた桜の花びらを指でつまんで、風に乗せてあげました。
やはり川向こうから来た花びらたちと一緒になって、気持ちよさそうに空を漂っています。
私はあなたの写真を持って外へ出ました。
あなたの抜け殻を捨て、歩き出そうと決めました。
思い出にすがって生きるのはやめて、桜の木の下に写真を埋めることにしました。

桜並木を歩いていると、肩や髪に花びらが舞い降りてきます。
「満開の桜も好きだけど、散り際の桜もいいね」
捨てようと思っているのに、写真のあなたが話しかけてきます。
振り切るように一本の桜の木を選び、その下にしゃがみこみました。
あなたの笑顔を、ここに埋めます。
それであなたへの想いが消えるわけではないけれど、気持ちにけじめをつけたいのです。

硬い土を掘り起こそうとしたときです。
風に乗ってあなたの声が聞こえました。懐かしいその声は、私の名前を呼んでいます。
顔を上げると、ひとつ先の桜の下に、あなたが立っています。
ついに幻を見てしまったと、不自然な瞬きをくり返す私を見て、あなたは照れたように頭を掻きました。
「妻に追い出されてしまったよ」
不器用に笑いながら、少しずつ私の方に近づいてきます。
「娘がこの春社会人になってね、もう僕は、あの家に必要ないんだってさ」
桜の花びらが、雪のように絶え間なく降っています。
その光景はまるで、夢と現実の境目のようで、私は思わずつぶやきました。
「これは夢なの?」

懐かしい腕が、私を抱きしめました。
「またふたりで、桜を見よう」
何もかもが薄紅色に染まっていく景色の中で、私は小さく頷きました。

******

公募ガイド「TO-BE小説工房」で落選だったものです。
テーマは桜でした。
書きやすいテーマだっただけに、難しかったですね。
後から読み直して、この作品はハッピーエンドじゃない方がよかったかも と思いました。
どうでしょうか?


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桜より〇〇 [コメディー]

桜が満開になったから、今日の合コンはお花見合コンだって。
はっきり言って夜桜なんて寒いだけ。
冷え性なのよ、わたし。
でもね、今回の合コンはレベルが高いらしいの。
IT企業のエリートだって。
桜はどうでもいいけど、とりあえず合コンには参加するわ。

あー、始まって30分で、来たことを後悔した。
寒いのよ。襟がいい感じに開いたブラウスなんか着てきちゃったから。
ダウンジャケットでも着てくればよかった。
おまけにコンタクトの調子が悪くて外しちゃったから、よく見えない。
それに、この暗さでしょう。
ライトアップされているとはいえ、エリートさんたちの顔がよくわからない。

そんなとき、隣に座った男性が、小声でささやいた。
「寒いんじゃない? ふたりで抜けて暖かいところで飲み直さない?」
そのときわたし、とても尿意を感じていたの。
簡易トイレの行列に並ぶかどうか悩んでいたところ。
行列に並んでトイレに入るのが、わたしはとても嫌いなの。
わたしのあとに待っている人がたくさんいると思ったら、落ち着けないじゃない。
空いている男子トイレに堂々と入れるオバサンに、出来ることならなりたいわ。

花見よりも男よりも、今すぐトイレに行きたいの。
だからわたしは、彼の申し出をお受けしたわ。
さりげなく立ち上がって、ふたりで輪を抜けた。
そこから一番近い居酒屋に入って、席に着くなりトイレに直行。
居酒屋のトイレが、オアシスみたいに感じたわ。
手を洗って、髪を整えて、ちょっと化粧を直して、いい感じに胸元を開けてから席に戻った。
IT企業のエリートの顔を、じっくり見てやろうじゃないの。

ところが…席に彼がいない。
行き違いでトイレに行ったのかしら?
それにしても上着もない。
「あの、この席にいた男性はどこへ行ったかしら?」
茶髪の店員に尋ねてみた。

「ああ、帰りましたよ。なんか~、明るいところで見たら~、好みじゃなかったっぽくて」
好みじゃなかった…っぽい? わたしのこと?
「お飲み物どうしますか?」
「焼酎ロックで」

桜より、男より、今夜のわたしはトイレを必要としていた。
それだけのことよ。

「焼酎おかわり」
「早え!(店員)」


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説明の多い立ち食いソバ店 [コメディー]

立ち食いソバの店の前に、長い行列が出来ていた。
よほど美味しいのだろうか。
並んだとしても、立ち食いソバなら回転も速いし、さほどでもないだろう。
そう思って、いちばん最後に並んだ。

しかし行列はなかなか減らない。
しかしここまで待つとどうしても食べたい。
根気強く小一時間ほど待って、自分の番が来た。

「いらっしゃいませ。立ち食いソバへようこそ。お客様、おひとりさまですか?」
「はあ」
「当店のご利用は初めてでいらっしゃいますか?」
「はあ」
「では、当店のシステムをご説明いたします。まず、こちらの券売機で、お好きなメニューをお選びください。たとえば、かけそばでしたら300円でございますので、百円玉を3こ、こちらの投入口にお入れください。500円玉、千円札はお使いいただけますが、五千円札、一万円札はご遠慮くださいませ。それから、もうすっかり忘れ去られている二千円札もご遠慮ください。300円を入れますと、かけそばのボタンが光ります。料金が定額に達しない場合は光りませんので、必要な金額を追加してご利用願います。さて、ボタンのランプが光りましたら、そこを人差し指、もしくはその他の指で押していただけますと、こちらの取り出し口より『かけそば』と書かれた券が出てまいりますので、それをカウンターにお出しください。おつりがある場合は、こちらの返却口をご確認ください。万が一取り忘れるようなことがありましたら、次の方が得をしてしまうシステムになっております。もしもトラブルになりましても、当方では一切関知いたしませんのでご了承ください。なお、当店はより多くのお客様にご利用いただくために、立ち食い方式をとらせていただいております。足が疲れる、だるい等の理由で座りこまれますと他のお客様に大変ご迷惑となります。当店は、完全前払い制度でございますので、お食事が終わりましたらそのままお帰り下さい。もしも満腹感を得られなかった際には、お手数ですが最初からお並びください。お客様の場合、少々体格がよろしいので、最初から大盛りにすることをお勧めいたします。大盛りの場合は50円を多く投入いただきまして、こちらのボタンを押してください。それから、お水はセルフサービスとなっております。本日は、フランスの硬水にミントをあしらったものをご用意いたしております。それでは、ごゆっくり当店自慢のソバをお召し上がりくださいませ。なお、本日シェフのご挨拶はご遠慮願っております。なにかご質問はございますか?」
「いや…」
「では、お次の方どうぞ」

こりゃ、行列出来るわ。


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