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祝!900記事 [コメディー]

本日は、お忙しい中お集まりいただきましてありがとうございます。

りんさんのブログ「りんのショートストーリー」が、なんと、900記事を達成いたしました。
これも、ひとえに読者のみなさまのおかげでございます。
そこで今日は、りんさんが、どんなご質問にもお答えいたします。
年齢、体重、体脂肪以外は何でもお答えいたします。
さあどうぞ、質問のある方は挙手願います。

はい、そこのあなた。
「質問です。900もの話を書いてこられたということですが、ヒマなんですか?」
「いいえ、決してヒマではありません。仕事中に、仕事をしているふりをして書いているのでご心配なく」

次、そちらのあなた。
「900もの話、全部自分で書いてるんですか? ゴーストライターがいるんじゃないですか」(そうだそうだ、絶対いるぞ)←ヤジ
「それはありません。ゴーストライターを雇える財力がありません」

次は、あなた、どうぞ。
「最近コメント返しが遅いですが、職務怠慢だとは思わないんですか」(怠慢だぞ!)
「すみません。夏休みの宿題もためて一気にやるタイプだったので、そういう性分だと諦めてください」

では、次の方。
「ブログのランキングを上げようとして、nice!の強要をしていませんか」
「してません」

「他のブロガーとの忖度はあったんですか」
「ありません」

「悪質タックルの指示はあったんですか?」
「?? あった…かも?」

「文書改ざんの指示はあったんですか?」
「?? あった…かも?」

「サッカー日本代表は勝てると思いますか?」
「勝てる…かも?」

「寒かったり暑かったりで、何を着たらいいかわかりません」
「私もわかりません」

「何を質問するかがわかりません」
「じゃあもうやめる?」

以上、900記事記念記者会見でした。


というわけで、相変わらずくだらなくてすみません。
このブログを始めて、もうすぐ9年です。
めざせ、1000記事!
今後ともよろしくお願いします。


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ひまわり [公募]

夫の背中に、穴を見つけた。

最初はホクロだと思った。
だけど黒い小さな点は、日を増すごとに少しずつ大きくなっていく。
はっきり穴だと気づいたのは、直径が3ミリほどになったときだ。
くぼんでいる黒い空洞に、シャワーの水滴が吸い込まれて行くのを見たとき、思わず手を止めて覗き込んだ。何も見えず、ただの闇だった。

夫は半年前に事故に遭い、右手を失った。
それから私は、毎晩風呂場で夫の髪と背中を洗っている。生活はがらりと変わった。
夫はやり手の営業マンだったが、片手でも業務をこなせる部署に異動になった。
私はフルタイムの職場を辞めて、融通が利くパートで働き、左手しか使えない夫を支えた。

身体に穴があってもおかしくはない。鼻の穴、耳の穴、みんな意味があって、身体の内部と繋がっている。夫の背中の穴は、何処に繋がっているのだろう。

穴の直径が1センチになった。私は思い切って夫に言った。
「あなたの背中に穴が空いているんだけど」
「えっ? 何それ?」
私は、夫に手鏡を持たせ、合わせ鏡で背中を映した。
「何もないけど。変なこと言わないでよ」
夫が笑いながら手鏡を置いた。こんな大きな穴が、あなたには見えないの?

数日後、私は弟を家に呼んだ。自分の代わりに風呂で夫の髪と背中を洗って欲しいと頼んだ。
弟に、穴を確認してもらうためだ。
「背中に穴なんてなかったよ。……っていうかさ、あるわけないじゃん、穴なんか」
弟が、タオルで手をふきながら、揚げたての唐揚げをつまみ食いした。
「おかしいな。私は確かに見たのよ」
「姉さん、疲れてるんじゃない? だいたいさ、髪や背中、左手だけでも洗えるでしょ。食事だってさ、フォークやスプーンで食べられるものばっかり作ってさ、もっと自立させた方がいいんじゃない?」
弟が、唐揚げをもうひとつつまもうとしたところをピシャリと叩いた。
「あの人はね、新しい部署で慣れない仕事をしているの。家に帰ってきてまで無理してほしくないのよ」
弟は「ふうん」と、納得していない様子でキッチンを離れた。利き手を失くした人の気持ちなど、弟にわかるはずがない。

夫の背中の穴は、5センチに達した。肩甲骨を隠すほどの大きさだ。
中は相変わらず黒い闇で、何も見えない。
いつものように風呂場で背中を洗っていると、ヒューっという風のような音が聞こえた。
それは確かに穴の奥から聞こえる。私はそっと指を入れてみた。
力を入れたわけでもないのに、指がどんどん穴の中に入っていく。
まるで吸い込まれるように、指が、手が、そして私の体が、穴の中に入っていく。
ねっとりとした粘膜のような壁を滑り落ち、たどり着いたのはやはり闇だった。

何も見えないけれど、ここには悲しみが充満している。
ヒューっという音は、風ではなく誰かの泣き声で、呻くような嘆きの声と、やり場のない怒りに叫ぶ声。
「つらい」「せつない」「こんなはずじゃない」「死にたい」
絶望に満ちた世界。ああ、ここは、夫の心の中ではないか。
そう思ったら苦しくなって、私は声を上げてわんわん泣いた。
何もできない。髪と背中を洗うこと、食べやすい食事を作ること、それしかできない。
私は闇の中で泣き続け、いつの間にか眠っていた。

気がついたら、布団の上だった。夫が心配そうに私を見ている。
「私、どうしたの?」
「風呂場で倒れたんだ。ビックリしたよ」
「あなたが布団に運んでくれたの? 左手だけで?」
「うん。結構重かったから引きずった」
夫が笑った。この人は、いつも笑っている。
夫は思い出したように鞄から、紙を出して私に見せた。それは、ひまわりの絵だった。
「パソコンで描いたんだ。あんまり上手くないけど、味があるって評判なんだ」
「へえ、すごい。いい絵だね」
「おれ、社内広報のデザイン担当になったんだ。意外とセンスがいいらしい。給料は減ったけどさ、今の部署、嫌いじゃないよ」

確かに上手くはない。花びらも歪だし、葉っぱの形もちぐはぐだ。
だけど私は、このひまわりが、世界で一番好きだ。

夫の背中の穴は、その日を境になくなった。きっと最初からなかったのだ。
私が落ちたあの闇は、夫の心の中ではない。夫を憐れむ私の心だった。
私が思うよりずっと、夫は強くて明るい人だ。

「髪と背中を洗うの、今日で最後にするね」
まずは、ここから始めよう。夫は「了解」と、ひまわりみたいに笑った。

******

公募ガイドTO-BE小説工房の落選作です。
課題は「穴」でした。割と気に入っていたので、ちょっとがっかり。
SFや奇妙な話が多いと思いましたが、最優秀作は淡々とした日常を切り取ったような話でした。
そうか~そうきたか~(笑)
優しいお話だな~と思いました。
今月の課題は「彼岸」です。この前「お盆」を書いたばかりなので、似たような話にならないように気を付けよう^^


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タオルの一生 [ファンタジー]

わたしは、ふわっふわのタオルでした。
可愛いお花模様の、ピンクのタオルでした。
大人も子供も、私に頬ずりして言いました。
「肌触りがいいね」
「ふかふかで気持ちいい」
「ずっとすりすりしていたい」

そうです。わたしはタオルの中でもひときわ人気者でした。
しかし悲しいかな、月日は流れ、わたしはすっかりゴワゴワになりました。
ある日子供が、ろくに洗わない泥のついた手を、わたしで拭きました。
「あらまあ汚い」と、おばあさんがわたしを漂白しました。
ちょっと待ってぇ~と叫んでも、声は届きません。
私は漂白されてしまいました。

きれいなピンクは、白と薄いピンクのまだらになりました。
お花模様は、もはや色とりどりなシミと成り下がりました。
生地の繊維も弱くなり、いつ穴が空くかビクビクしていました。
そしてついに、そのときがやってきました。

お母さんが、テーブルをわたしで拭いたのです。
食べ物のカスやしょうゆのシミを、わたしで拭きました。
そうです。わたしは雑巾にされてしまいました。
でも、テーブルの雑巾は、雑巾の中でも上位でした。
台所の油汚れを拭かれたり、トイレの雑巾になるよりは、ずっとマシなのです。

あるとき、子供が言いました。
「お母さん、この雑巾、穴が空いてる」
が~ん。ついに、わたしに小さな穴が空いてしまったのです。
「あら、しょうがないわね。じゃあ、お台所の雑巾に格下げしましましょう」
格下げ……。嫌な言葉です。恐れていた言葉です。
私は台所の油汚れを拭かれた上に、焦げた鍋やこびり付いたカレーを拭かれ、ゴミ箱に捨てられるのです。
わたしの一生は、こうして終わりを迎えるのです。

しかしそのとき、子供が言いました。
「お母さん、これ、絵の具用の雑巾にしていい?」
なんと素晴らしい。子供と一緒に学校へ行けるのです。

わたしは翌日から、絵の具用の雑巾になりました。
赤青黄色、たくさんの色で、わたしはとてもカラフルな雑巾になりました。
写生の時は一緒に外に連れて行ってもらいました。
そんなときは決まって緑色に染まります。

子供は、なかなかに絵が上手でした。
将来、有名な画家になるかもしれません。
有名な画家が使っていたパレットが、展示されている美術館があるそうです。
彼が有名な画家になったら、『有名画家が使用した雑巾』として、展示されるかもしれません。
わたしはその日を夢見て、今日も絵の具箱で出番を待っているのです。


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免疫 [ホラー]

カウンターだけの小さなバー。
もう少し広い店に移転したいところだが、今はここが僕の城だ。

閉店間際、今日最後の客は、近くのスナックのママだった。
この辺りでは、なかなか繁盛している店のママだ。
すでにどこかで飲んできたようで、すっかり出来上がった顔だ。
「珍しいですね。今日は、お店休みですか?」
「女の子がみんな、病気で休んじゃったのよ」
「へえ、揃いもそろって夏風邪ですか」
ママは水割りをチビチビ舐めながら、苦い顔をした。

「昨夜、2人組の男の客が来たのよ。辛気臭い男でさ、そのふたりが来たとたん、客がすーっと帰っちゃったの」
「へえ、なぜです?」
「そりゃあ、ふたりが貧乏神と疫病神だからよ」
「貧乏神と疫病神?」
「憑りつかれたら最後、商売あがったりよ。お札を貼って出入り禁止にしたわ」
ママは煙草に火をつけて「あんたも気を付けなさいよ」と言った。

「だけど、ママさんはどうして病気にならなかったんですか?」
「あたしは大丈夫よ。免疫があるからね。この年まで水商売やってるんだもの。どうってことないわ」
「免疫ですか。じゃあ、僕も貧乏神や疫病神に負けないように頑張ります」
「あたしもね、最初はこのくらい小さな店から始まったのよ。あなたも頑張りなさい」
ママは水割りを2杯飲んで立ち上がり、千鳥足で歩き出した。
その後ろを、大きな鎌を持った黒い服の男がゆらゆらとついて行く。

ママさん、死神には免疫がないようだ。

看板の電気を消してクローズの札をかけると、割と近くで救急車のサイレンが聞こえた。
「あのママさんのスナック、売りに出たら買おうかな」


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子離れ [コメディー]

一人暮らしをしたいと言ったとき、思った通り、母は反対した。
私を溺愛しているからだ。
「でもね、お母さん。通勤時間1時間半って、けっこう大変なのよ。うちの会社は時間が不規則だし、残業になったらそれこそ、寝に帰るだけよ」
「残業なんてしないで早く帰ってくればいいでしょう。だいたい若い女の子をそんな遅くまで働かせる会社がどうかしてるわ」
「お母さん、昔と違うのよ。男も女もないのよ」
「一人暮らしなんて、ずぼらなあんたには無理に決まってる」
何を言っても平行線。そもそも私は24歳だし、アパートの契約もひとりで出来る。
会社から5分のアパートを紹介してくれる先輩もいる。
だから私は、反対されても家を出る決心をした。
母には、早く子離れして欲しい。

ひとりでアパートを決めた。
母とはずっと口をきかず、引っ越しの日には父が来てくれた
「足りないものがあったら言いなさい。それから、ちゃんと連絡は入れるように。メールでいいから、1日1回、お母さんに送りなさい。お母さんは、寂しがり屋だからな」
父は、優しく言って帰って行った。

一人暮らしは快適だった。
朝6時に起きなくていいし、満員電車に乗らなくていいし、飲み会で電車の時間を気にすることもない。
同僚が遊びにきて「いいなあ」を連発する。優越感だ。
私は毎日楽しくて、母へのメールも忘れていた。母からもメールはない。
きっと意地を張っているのだろう。

しかし、快適な暮らしは、1か月後に崩れる。
通帳の残高を見て愕然とした。
「うそ、なんでこんなに少ないの?」
家賃の他に光熱費と水道代というものがかかる。
わかっていたことなのに、その金額に驚く。
引っ越したばかりで友達がたくさん来て、電子レンジを使いまくった。
朝からシャワーを浴びたりした。
おまけに、実家暮らしのときにカードで買った服や化粧品の引き落としもある。
貯金は家具や家電を揃えるのに使ってしまい、ほとんど残っていない。
給料を全部、自由に使えた癖が抜けずに、ついつい余計なものを買っていた。
ヤバい。生活費が足りない。

父に電話して、いくらか援助してもらおうと思ったけれど、よく考えたら父の小遣いは、私の学生時代のバイト代より少ない。無理だ。
週末のディナーをキャンセルして、合コンも飲み会も断ろう。当分贅沢は敵だ。

もやしばかり食べていたら、無性に母の手料理が食べたくなった。
週末に帰ってみよう。きっと母だって、寂しがっているはずだ。
突然行って驚かせたら、泣くかもしれない。
そして泣きながら、私の好物を作ってくれるだろう。

家に帰り、庭に入った途端、犬に吠えられた。
噛みつきそうな勢いで、キャンキャン吠える。
「あらあら、マリンちゃん、どうしたの?」
高級そうな犬用の牛肉を持った母が出てきて、私に気づいた。
「あら、あんた帰ってきたの?」
「お母さん、犬飼ったの?」
「犬じゃないわ。マリンちゃんよ」
私のお腹がグーっと鳴った。
「お腹空いてるなら、台所にカップ麺があるから食べなさい。お母さんは今からマリンちゃんのトリミングなの」
母はあっさり出かけてしまった。

台所では、父がカップ麺にお湯を注いでいた。
「ああ、帰ってきたのか。しょうゆ味と味噌味、どっちがいい?」
「お父さん、犬飼ったの?」
「ああ、お母さんは犬を溺愛している。犬って呼ぶと怒られる。マリンちゃんだ」
ふうん。
子離れ、早すぎない?
私は、しょうゆ味のカップ麺にお湯を注ぎながら思った。
あの犬、私よりいいもん食ってたなあ~。


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夢のティーパーティ

海が見える別荘で、ティーパーティを開くのが夢だった。
いろんな種類のお茶と、手作りのスコーン。
ティーカップは、お客様に合わせたものを私が選ぶ。
楽しいおしゃべりと、子供たちの笑い声。
芝生に寝そべるのは、大きなオスのゴールデンレトリバー。
優しい風に、揺れる木々。
私の隣には、背が高い素敵な夫が微笑んでいる。

そんな夢みたいことを考えていたのは、20代後半まで。
「お母さん、お腹すいた」
「めし、まだ?」
パートから疲れて帰ると、食べ盛りの二人の息子がひな鳥のように口を開けて待っている。
息子たちの関心は、私より、私が作る料理にある。
たまにスコーンを焼いても、まるでハンバーガーを頬張るようにバクバク食べる。
むせてはコーラで流し込む。
ティーパーティどころか、リビングでゆっくりお茶すら飲めない。

夫は関西に単身赴任中で、もう半年間会っていない。
仕事が忙しくて、全然帰って来ない。
夫は、背が高くもないし素敵でもないけれど、いないと不安な夜もある。

テーブルに並べた大皿のホイコーローを食べながら、息子たちが言った。
「お母さんの料理ってさ、大雑把だよね」
「そうそう。質より量って感じだよね。いつも大皿だし」
「キャベツの千切り、うどんみたいに太いし」
「弁当もさ、大盛りご飯に肉がドドーンって乗っかてるし」
「うん。彩りってものは皆無だね」
「ペットボトルの紅茶、がぶ飲みするしな」
「あとさ、あの岩みたいなゴツゴツしたスコーン」
「ああ、コーラなしでは食えないやつね」
息子たちは、ケラケラと笑っている。
笑いながらも、ホイコーローはすごい勢いで減っていく。

「な、なによ。お母さんだってね、最初からそうだったわけじゃないのよ。こうなったのは、あんたたちのせいでしょ」
「あっ、けなしてるわけじゃないからね。ごはんおかわり!」
「そうだよ。俺たちお母さんのガサツ…いや、大らかなところが好きなんだから。オレもごはんおかわり」

頭に来たから弁当作るのやめようと思ったけど、結局早起きして作った。
習慣って恐ろしい。
パートが休みでも、家事は山ほどある。
ブツブツ言いながら掃除をしていたら、宅配便が来た。
それは夫からで、開けたら高そうな神戸牛が入っていた。
『なかなか帰れなくてごめん。これでバーベキューでもして下さい』
あら、ステキ。

私は物置から、長いこと仕舞い込んでいたバーベキューセットを出して庭に並べた。
ザクザク切った野菜と神戸牛。
ビールとコーラと炊きたてのご飯。
夜空に舞い上がるバーベキューの煙と、よく食べる息子二人の笑い声。
これって、ティーパーティより良くない?

海も見えない住宅街の一角だけど、ステキな夫もいないし、犬もいないけど。
だけど私、けっこう幸せかも。


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解禁 [公募]

鮎釣りが解禁になり、新しい竿を抱えていそいそ出掛けた夫は、そのまま帰って来なかった。
夫は、慣れたはずの川で命を落とした。
川岸に残されたのは、空っぽのクーラーバッグと、ひとりの見知らぬ女だった。

女は、体中の全ての汁を出し切るような勢いで泣いていた。
「すみません。私のせいで芦田さんが……」
女は泣きながら、慣れない岩場で足を滑らせた女を庇って、夫が川に落ちたと話した。
「家庭を壊すつもりなんてありませんでした。たまにふたりで食事をするだけで幸せでした。だから週末の釣りに誘ってくれたときは嬉しくて……。それがこんなことに……」
ぼんやりした頭で、ぐちゃぐちゃになった女の顔を見ていた。
誰? この人? 冷たくなった夫に尋ねても、答えるはずがない。

夫には愛人がいた。そんな素振りは微塵も見せず、平然と女と釣りに行っていた。
梅雨のねっとりする風の中、骨になった夫を抱く。涙ひとつこぼれてこない。
泣こうとしても、あの女のぐちゃぐちゃの顔が浮かんで泣けなかった。

四十九日が過ぎたころ、安岡が訪ねてきた。夫の昔からの釣り仲間だ。
「芦田君の弔いをかねて、鮎釣りに行って来たよ。あいつが死んだ川で、あいつも分も釣ってやろうと思ってね。そうしたら、これが木の枝に引っかかっていたんだ」
安岡は、黒い携帯電話を差し出した。
夫のものだ。一緒に流されたのだと思っていた。
「誰かが拾って木に掛けたのかもしれない。ストラップに見覚えがあったから、芦田君のものだと気づいたんだ」

防水機能が付いた携帯は、思ったよりも傷がなく、きれいな状態だった。
「持ち帰って、家で充電してみたんだ。そうしたら未送信のメールがあってね。それもあの事故の日に、奥さんに宛てたメールだ。なんだか気になってね。」
女と出掛けた釣りで、どんなメールを送ろうとしていたのだろう。
震える指でボタンを押すと、何とも呑気な言葉が踊っていた。

『今から帰る。大漁だ。今夜は鮎祭りだ』

「芦田君らしいな。笑顔が目に浮かぶよ」
安岡が微笑んだ。拍子抜けするとともに、ふと、ひとつの疑問が沸いた。
「何が大漁よ。クーラーバッグは空だったわ」
「待てよ。変だな。この文面からすると、釣りが終わって帰り支度をしているようだ。じゃあ、あいつはなぜ川に落ちたんだ?」
私は少しためらった後、夫が愛人と釣りに行き、女を庇って川に落ちたことを話した。
安岡は何度も「信じられない」と言った。
「まさか芦田君が女を、しかも初心者を釣りに誘うなんて。いや、ありえないな。釣りはあいつにとってとても神聖なものなんだ」
言われてみればそうだ。長年連れ添った私でさえ、一度も誘われたことがない。
女の話は本当だろうか。
「ちょっと調べてみようか。釣り仲間に、何か事情を知っている奴がいるかもしれない」
安岡はそう言って帰って行った。
モヤモヤしながら季節はすっかり秋になり、鮎釣りの季節も終わりを告げた。

安岡が訪ねてきたのは、秋桜がだらしなく倒れた晩秋のことだ。
「奥さん、芦田君はやはり不倫なんかしてなかったよ。どうやらその女は、芦田君がたまに行くスナックの女だ」
安岡はそう言って写真を見せた。泣き顔しか見ていない女の、厚化粧の顔が写っていた。
「不幸な生い立ちの女で、芦田君は相談に乗ったり、酔って絡んでくる客から、彼女を助けたりしていたらしい。まあつまり、女がそれを愛だと、勝手に勘違いしたんだな」
それから女は、夫の会社を執拗に訪ねたり、帰り道を待ち伏せするようになった
あの釣りの日も、女が夫を尾行したのではないかと安岡は言った。
女が夫を突き落とし、釣った鮎を川に放ったのだとしたら……。
証拠はない。夫はもう骨になってしまった。
安岡が帰った後、夫の写真の前で初めて泣いた。

夏が来て、再び鮎釣りが解禁になった。
今日は夫の命日で、私は、あの川に来ている。
恐らく今日、女が花を手向けに来ると思ったからだ。
待ち伏せて、女が岩場に花束を置いたとき、思い切り背中を押してやる。
あの日から私は、そんなことばかり想像してきた。

やはり女はやってきた。大きな百合の花束を抱えている。
女はそれを岩場に置くと、私が近づくまでもなく、あっという間に川に身を投げた。
女は、夫の後を追ったのだ。

許せない。
夫の後を追って死ぬのが、あの女であってはならない。
私は大声で叫んだ。
「助けて。誰か助けて!」
後追い自殺など、させるものか。
「人が溺れています。誰か助けて!」
山間に響く大声で、私は助けを呼び続けた。

***********

公募ガイドTO-BE小説工房の落選作です。
課題は「鮎」です。難しい課題ですよね。
鮎の塩焼きは美味しいけれど、食べるの専門で釣りなんて行ったことないし。
やはり無理があったかもしれません。


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青春が終わった [男と女ストーリー]

大好きなバンドが解散した時、青春が終わったような気がした。
June party 通称JP。
デビューした時からの大ファンで、ライブにも行ったしCDも全部持っている。
ここ数年はあまり活動していなかったけれど、解散はさすがにショックだった。

「JP解散か。仲悪いって、ネットに書いてあったもんな」
夫が足の爪を切りながら言った。何も知らないくせに。
夫は、私がJPに夢中になっていた頃を知らない。
この虚しさを共有できるのは、元カレしかいない。
ライブにはいつも一緒に行ったし、ドライブのたびに聴きまくった。

スマホを取り出して、まだ消していない元カレのアドレスを開いてみる。
いやいや、今さらありえない。
閉じて開いてまた閉じて、スマホをポケットに入れた途端、着信があった。
元カレからだった。きっと彼も、私と同じ気持ちだったのだ。

「あ、カオリ? よかった~、番号変わってなくて」
「久しぶりね」
「俺さ、今実家に帰ってるんだよね。よかったら一度会えないかな」
少しは迷ったけど、お茶くらいならいいかと思って、出かけることにした。
何よりJPとの想い出を語れるのも、この喪失感を分け合えるのも彼しかいない。

待ち合わせは、懐かしいカフェ。
先に来ていた彼が窓側に席で手を振った。
「10年ぶりかな。カオリ、変わってないね」
「そんなことないよ。もうおばさんだよ」
「おれ、女盛りは35歳からだと思ってるから」
相変わらず口がうまい。だけど嬉しい。おしゃれしてきてよかった。
アイスコーヒーで喉を潤して、私は本題のJPの話を始めた。

「JP、解散しちゃったね」
「えっ、マジで?」
……。なに、この反応?
「へえ、知らなかったな~。でもまあ、仲悪いってネットに書いてあったからな」
……。夫と同じ反応。
喪失感を共有したくて、連絡をくれたとばかり思っていた。
行き場を失くした私の感情が、もやもやしたまま胸の中でしぼんでいく。

「ところでさ、俺、リストラされて今無職なんだ。カオリのダンナって、会社の社長だったよな。就職世話してくれないかな」
彼が目の前で両手を合わせた。「ごめん」と謝るときに、いつもしていた仕草。
浮気したとき、借金作ったとき、嘘をついたとき。思い出したら腹が立ってきた。

「俺、今は実家に世話になってるんだけど、親も年だし、それにさ、これがこれでさ」
小指を立てて、腹の前で円を描く。女房が妊娠中という意味か?
今どきこんなリアクションをする人いるかしら。バカみたい。
すっかり冷めた。おしゃれしてきて損した。

「夫の会社は、新卒しか雇わないから」
「冷たいこと言うなよ。マジで困ってるんだよ」
「生きてりゃ何とかなるわよ。JPの歌で、そんな歌詞があったでしょ」
「そうだっけ?」
そんなことも忘れちゃったんだね。

私はコーヒー代をテーブルに置いて立ちあがった。
バイバイ。アドレス、消しておくから。
私の青春が、またひとつ終わった。


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隣の芝生

庭のツツジは満開で、日差しは輝き、風は穏やかに頬をかすめる。
5月は暖かい。5月は素敵だ。
何より今日は、妻が朝から上機嫌だ。
「ねえ見て。バラもそろそろ咲きそうよ」
放物線を描くホースの水は時おり七色の虹を浮かべる。
本当にいい日だ。

思えば妻は、ずっと機嫌が悪かった。
一人息子が結婚して、東京で新居を構えたのは2年前。
それだけでも寂しいのに、今年の正月、息子夫婦は帰って来なかった。
「あちらの家には行ったのよ。あちらの家に行ったなら、こちらにも来るべきじゃないかしら。だいたいね、婿に出したわけじゃないのよ。もう少しこちらに気を遣ってもいいと思わない?」
「おまえが、子供はまだか、早く孫の顔が見たいとか言うからだ。そういうデリケートな話題はいくら家族でもタブーなんだ」
「あら、私なんてお義母さまから、もっとひどいことを言われたわよ。男の子を産まなかったら離縁するとまで言われたのよ」
「まあ、そういう時代だったんだ」
「冗談じゃないわ。こんなことなら女の子を産めばよかったわ」
「いや、それはおまえ、無理だろう」
「だってね、お隣の幸子ちゃんなんて、毎週のように帰ってきてるわよ。私も帰省した娘と買い物に行ったりしたかったわ」

1月からずっと、こんな調子だった。長い長い氷河期だった。
春が来て、ツツジが咲いて、ようやく妻が笑顔になった。
もうすぐ牡丹や紫陽花も咲く。
盆休みには、さすがに息子も帰省するだろう。

そのとき、隣の奥さんが垣根から顔を出した。
なんてタイミングが悪いんだ。娘自慢か?
「こんにちは。ツツジがきれいね」
「あら、奥さん、今日は幸子ちゃん来ないの?」
心なしか、棘のある言い方に聞こえる。
「午後から来るわ」
「いいわねえ。嫁に行った娘さんがしょっちゅう帰ってきて。うちの息子なんか、正月も帰ってこなかったのよ」
雲行きがあやしくなってきた。穏やかだった風も、いくらか強くなってきた。
こりゃあ、また荒れるぞ。

ところがそこで、隣の奥さんが大きなため息をついた。
「午後から幸子が来ると思うと、私、憂うつで」
「えっ、なぜです?」
奥さんは、「聞いてくれます?」と、庭になだれ込んできた。
「愚痴を聞かされるんです。ダンナの愚痴、姑の愚痴、小姑の愚痴。毎日のように聞かされるんです。平日は電話で、休日は家に来て。延々と、悪口ばかり言うんです。もう私、ストレスで頭が変になりそうです。おまけに冷蔵庫の食材は持って行っちゃうし、一緒に買い物に行けば娘の分まで払わされるし、これで孫なんか出来たら私、どうなってしまうのでしょう。身も心も財布もボロボロです」

隣の奥さんは、うちの庭で散々不満をぶちまけた後、いくらかすっきりした顔で帰って行った。
隣の芝生は青く見えるというけれど、本当だ。
午後になると、「お母さん、ただいま~」という幸子ちゃんの声が聞こえてきた。
「お隣も大変ね。うちは男の子でよかったわ」
妻が、朝よりずっと機嫌のいい顔で言った。
向かいの家のベランダには、小さな鯉のぼりが泳いでいる。
幸せそうなあの家にも、きっといろいろあるのだろう。
そんなことを思いながら、5月の庭で伸びをした。


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黄色い花 [ファンタジー]

「お花には、妖精がいるのよ」
と、お母さんは言った。
「赤い花には華麗な子。白い花には優しい子。青い花には清楚な子。色によって違うのよ」
「ふうん」と僕は適当に相槌を打った。
花なんて、ただの植物じゃないか。
お母さんの、子供みたいな妄想に付き合っている暇はない。
今どきの小学生は忙しいのさ。

ある日、学校から帰ったら、リビングから話し声が聞こえた。
誰か来ているのだろうか。玄関に客用の靴はなかったけれど。
「あら、いやだわ。お上手ね。そんなこと、主人にも言われたことないわ」
お母さんの声だ。セールスマンでも来ているのだろうか。
うまいことおだてられて、化粧品でも買わされるのかな。
僕はそおっとドアを開けた。

お母さんはひとりでしゃべっていた。
リビングに飾った黄色い花に向かって、楽しそうに笑っている。
「もう、やめてよ。私なんて、もうおばさんよ。やだ~、20代は言い過ぎよ~」
嬉しそうに頬を染めた。

「お母さん?」
声をかけると、お母さんは体をピクリとさせて振り向いた。
「あ、あら、帰ってきたの? もう、男の子ならもっと元気に帰ってきなさいよ」
「お母さん、誰かとしゃべってた?」
「独り言よ。さあ、手を洗ってきなさい。おやつをあげるわ」
お母さんは慌てた様子で台所に消えた。
僕はテーブルの上の黄色い花を見た。
何もない。どう見ても、ただの黄色い花だった。

それから、お母さんはおしゃれになった。
どこにも出かけないのにお化粧をしたり、お出かけ用のワンピースを着たりした。
鼻歌を歌って、いつもご機嫌で、やはり黄色い花に向かって笑ったり照れたりしていた。

やがて黄色い花が枯れると、お母さんは悲しそうに窓辺でうなだれた。
泣いているような背中が寂しそうで、僕はその手をそっと握った。
「お母さん、黄色い花には、どんな妖精がいたの?」
お母さんは、想い出に浸るように微笑みながら言った。
「陽気なイタリア男よ」
妖精って男なんだ。イタリア人なんだ。
「ふ……、ふうん」
やっぱり僕には、理解できなかった。

お母さんは翌日、新しい花を買ってきた。ピンクの花だ。
僕はピンクの花をじっと見た。
もそもそと、花弁が動いた。何だろう?
見たこともない可憐な女の子が、ひょっこり顔を出して、あどけない顔であくびをした。
よ、妖精? なんて可愛いんだ。
バラ色の頬の女の子が、はにかむように僕に笑いかけた。
「おにいちゃん、いっしょにあそぼ」
ピンクの妖精は可憐な甘えん坊。僕はたちまち恋に落ちた。

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