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2017年のビリージョエル

クリスマスイヴの夜、僕はリボンのついたLPレコードを抱えて走っていた。
彼女が好きなビリージョエル。喜ぶ顔が目に浮かぶ。
少し遅れて予約したレストランに着くと、彼女は来ていなかった。
店員が、「お連れ様からです」と、封筒を差し出した。
色気も何もない茶封筒に、ノートの切れ端に書いたような殴り書き。
『ごめんね。さようなら』
多少の予感はあった。だけどイヴの夜に、これはないだろう。
彼女はその後、金持ちの愛人になったとか、エイズで死んだとか、いろんな噂が飛び交った。だけど何のことはない。実家に帰って幼なじみと結婚したらしい。
要するに、二股をかけられていただけの苦い思い出だ。

ビリージョエルのレコードは、けっきょく一度も聞いていない。
そしてまもなく、レコードの時代が終わりを告げた。

数年後に結婚して、父親になった。
ひとり息子はこの春社会人になり、初めてのボーナスで妻と僕にプレゼントをくれた。
「少し早いけど、クリスマスプレゼント」
妻には、天然石のブレスレット。
僕には、レコードプレーヤーだった。
「おどろいたな。今でも売っているのか」
「レコードが、ちょっとしたブームになっているんだ。お父さん、大切にしているレコードがあるんでしょう。聴きたいんじゃないかって、お母さんが言うから」
「そうよ。お父さん、引っ越しのたびに捨てずに持ってくるレコードがあるじゃない」

ビリージョエルだ。
昔の恋人への未練などでは決してない。
一度も聞いていないレコードを、捨てるのが惜しかっただけだ。

「ねえ、聴いてみましょうよ」
「おれもレコードって興味ある。聴いたことないし」
「そうか」
僕は立ち上がり、CDラックの奥からレコードを取り出した。
レコードは、長い年月歪むこともなく、かけてもらえるのを待っていたように見えた。
針を落とすと、じりじりと懐かしい音がした。
息子が「おお~」と小さく声を上げた。
口笛で始まるストレンジャー、軽快なアップダウンガール。
じつは、有名な歌しか僕は知らない。彼女のために買ったレコードだから。

温かい部屋に、アナログの歌声が響く。
「いいわね。ビリージョエル」妻がうっとりと言う。
「すげえな。おれ、ハマりそう」息子が楽しそうに言う。
レコードをかけただけなのに、こんなに優しい時間が流れることに少し驚いた。
プレーヤーを囲む僕たち家族は、きっと最高に幸せだ。

このレコードはもはや、ビリージョエルが好きな彼女のために買ったものではない。
2017年の12月に、大切な家族と聴くために買ったものだ。
そう思うことにした。

「なあ、今年のイヴは、レストランで食事でもするか」
「ムリ、おれ、彼女とデート」
「ごめんね。私、パート仲間と忘年会」

ああ、ビリージョエルはやっぱりちょっと切ない。


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主婦ブロガーの願い事 [コメディー]

あら、願い事をひとつ叶えてくれるの?
ひとつか…、悩むわね。
私はね、もともと専業主婦になりたかったの。
だけど現実は、家事と仕事と子育てに追われて、自分の時間もないのよ。
楽しみはブログを書くことだけよ。専業主婦の方が羨ましいわ。

― では、願い事は「専業主婦になる」でいいか ー

あっ、待って。専業主婦になってもお金がなかったら仕方ないわ。
お出かけも、ママ友とランチも出来ず、節約に追われる毎日なんて。
ブログのネタにも困っちゃうわ。
宝くじでも当たって大金持ちになるならいいけど。

― では、願い事は「宝くじが当たって大金持ちになる」でいいか ー

待って、待って。
そんなことでお金持ちになったら、ろくな人生じゃないわ。
ブランド品を買い漁ったり、店ごと洋服を買うような女になるわ。
もっと違う方法でお金が入るほうがいいわ。
そうだ。このブログが評判になって出版されてベストセラーになるのはどうかしら。
それで私はテレビに出るの。クイズ番組とか、バラエティとか、あとは、ドラマとか。
それでね、アイドルのTくんやKくんに会って「ファンです」とか言われるの。
「いや、私の方こそファンです」って。
ヤバくない?

― では、願い事は「ブログが評判になって本になる」でいいか ー

やっぱりダメ。
だってもしもTくんやKくんに誘われて不倫しちゃったら大変。
SNSで悪口書かれるわ。「ブスのくせに」って。
ブログも炎上しちゃう。
それに、そんなことで大切な家族を失いたくないわ。

― では、願い事はどうするんだ ー

待って。もう少し時間を…。
はっ、やだ、もうこんな時間。夕飯の支度をしなくちゃ。
ねえ、夕飯のメニュー考えてくれない?

― わかった。では1週間分のメニューを、おまえの脳に送る ー

えっ、ちょっと、それ願い事じゃないから。
ああ、消えちゃった。

でも考えてみたら、毎日の悩みって夕飯の献立くらいだわ。
さて、サバの味噌煮作ろう。あら、メニューが次々浮かぶわ。
お料理ブログに変更しようかしら。


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スノードームの街 [ファンタジー]

離れて暮らすパパから、贈り物が届いた。
『ユイ、いい子にしているかな。少し早いけど、クリスマスプレゼントだよ。パパは、イブには帰れそうもないから』

パパのプレゼントは、丸い大きなスノードームだ。
ドームの中は雪の街。素敵な建物と、冬木立。
大きなツリーの下に、5人の子供たちがいる。
ドームを振ると、雪がふわっと舞い上がり、街を真っ白に染める。
「きれい。ねえママ、パパが暮らしているのは、こんな街?」
「そうね。パパの赴任先は北欧だから、きっとこんな街ね」
「行ってみたいな~」

パパはこの春、単身赴任で外国に行った。
「パパがいなくても全然平気」なんて言ったけど、運動会もキャンプも、パパがいなくて寂しかった。クリスマスもいないのか…。

それから私は、飽きるほどスノードームを見て過ごした。
ひっくり返して雪を降らせて、止んだらまた降らせて。
何度も何度も繰り返し、遠い街に想いを馳せた。
そしてイブの日、パパからクリスマスカードが届いた。

『ユイ、いい子にしているかな。イブの夜に、パパからのプレゼントだ。願いを込めてスノードームを3回振ってごらん。きっと願いが叶うよ』

私は、スノードームを両手で持って、願いを込めて3回振った。
ふわっと体が宙に浮いて、私は白い街にいた。
素敵な建物、冬木立。私は、スノードームの街にいた。
大きなツリーの下で、5人の子供たちが私を呼ぶ。
「こっちにおいでよ。点灯式が始まるよ」
カウントダウンが始まった。スリー、ツー、ワン。
ツリーがブルーに光り、子供たちは歓声を上げる。
「きれいだね。素敵だね」
振り向くと、子供たちはいなかった。きっと家に帰ってしまったんだ。
そのかわりに、木立を抜けて背の高い男の人が歩いてくる。
見覚えのあるグレーのコートを着ている。
「パパ!」
「やあ、ユイ。メリークリスマス」

地面の雪がふわっと舞い上がり、街を真っ白に染める。
誰かが、ドームを振っているんだ。
何度も何度も、パパと私に雪が降りそそぐ。
離れていた時間を埋めるように、私たちはずっと手をつないでいた。

「ユイちゃん、ごはんよ」
ママに肩を叩かれて、眠っていたことに気づいた。
夢だったのか。
机の上のスノードームを見る。
「あれ?」
ツリーがブルーになって、5人の子供がいなくなっている。
かわりに、グレーのコートの男の人と、小さな女の子が手をつないでいる。
これはきっと、私とパパだ。
ドームを振っていたのは、たぶん私。ほら、こんなふうに何度も何度も。

テーブルには、クリスマスのご馳走が並んでいた。ママは何だか嬉しそう。
「あのね、ユイちゃん、パパが春に帰ってくるのよ」
「ふうん」
「あら、あまり喜ばないのね。ドライな子」

うふふ。だって私、さっきパパに会ったもん。
ヤキモチやくから、ママにはナイショ。


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美しい姉

同じ親から生まれたのに、姉はとても美しい。
透き通るような肌、吸い込まれそうな瞳、天使のような微笑み。
姉ほど美しい人はどこにもいない。

会う人はみんな同じことを言う。
「姉妹なのに、お姉さんはすごい美人ね。可哀想に…」
私、可哀想なの?

学校へ行くようになると、姉はますます美しくなり、友達も先生も同じことを言った。
「姉妹なのに、お姉さんはすごい美人ね。可哀想に…」
もう慣れた。

成長した姉は、スタイル抜群の完璧な女性になった。
それなのになぜかモテない。姉に告白する男がひとりもいないのだ。
平凡な顔立ちの私でさえ、それなりの恋愛を経験しているのに、姉には恋人が出来なかった。
私は恋人を家に連れてくるたび不安になった。
「こんにちは」と、美しい顔で微笑む姉に、彼が恋をしてしまうのではないかと。
だけどそんなことは一度もなく、私は姉より先に結婚をした。

30歳を過ぎた今、私は二人の子供に恵まれたが、姉には相変わらず恋人もいなかった。
あんなに美人なのに、どうしてだろう。

私はある日、夫に言ってみた。
「ねえ、お姉さんは美人なのに、どうして恋人が出来ないのかしら」
夫は首を傾げた。
「君、知らないの? お姉さんは観賞用でしょ」
「観賞用? なによ、それ」
「植物だって、食用と観賞用があるだろ」
「姉は人間よ」
「観賞用の人間だ。生殖機能は付いていない。だから恋も結婚もしないんだよ」

いつの時代からか、人間は平均的な容姿だけになった。
差別や争いを防ぐために、自然に進化したのだという。
しかし、ごくまれに遺伝子の突然変異で、飛び抜けた美貌の持ち主が生まれるという。
飛び抜けた美貌の男女には、生殖機能がないため、子孫は残せない。
生態系が崩れるからだ。

「天文的レベルの確率だよ。君のお姉さんは、それだけレアな存在なんだ」
「知らなかった」
「きっとご両親が、分け隔てなく育てたかったから、観賞用であることを教えなかったんだ。周りの人は、みんな知っていると思うけどね」

ああ、そうか。
みんなに言われた「可哀想」は、私ではなく姉のことだったのだ。
姉は、子孫も残せず、死ぬまで観賞用として生きるのだ。

私は、自分そっくりの丸い鼻をした我が子を抱きしめてつぶやいた。
「お姉さん、美人で可哀想……」


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おとぎ話(笑)21 [名作パロディー]

ウサギとカメ

ウサギ「いやあ、うっかり居眠りしちゃったよ。ボクの完敗だ」
カメ 「やったー! ぼくの勝ちだね」
ウサギ「うん。往路はキミの勝ちだね」
カメ 「往路?」
ウサギ「ここは箱根のお山だから、往路と復路があるんだよ」
カメ 「えーーーー」
ウサギ「じゃ、今から復路スタートね」
びゅ~~~~~ん
カメ 「ず、ずるいよぉ」


アリとキリギリス

「キリギリスのやつ、夏のあいだ遊びまくっていたから、いまごろ寒さに震えながらひもじい思いをしているね」
「ざまーみろ」
「僕たちアリは、一生懸命働いたから冬は楽々さ」
「おい、みんな、噂をすればキリギリスから絵葉書が来たぞ」

『アリ君たち、元気かい。おいらは飛行機に紛れ込んで、今ハワイにいるよ。暖かくてサイコーさ。春になったらまた戻るよ。じゃあね、アロハ~』

「………」


つるの恩返し

「ねえ、おじいさん、つうは絶対開けるなと言ったけど、気になりますねえ」
「気になるのう」
「ちょっとだけ開けちゃう?」
「開けてすぐに閉めたらバレないだろう」
「じゃあ、開けてすぐ閉めますよ」
スー、シャッ!
「おじいさん、見えました?」
「いや、床の間の花瓶しか……」


ゆきおんな

雪山で遭難して、雪女に出会った。
殺されると思ったけど、雪女はおらの顔を見て見逃してくれた。
「なあ雪女、おまえがおらを殺さないのは、おらがイケメンだからだろ?」
すべての村娘をイチコロにする、自慢のキメ顔で聞いてみた。
「はっ? ち、違うし、別にタイプじゃないし、ただの気分だし。っていうか、誰にも言うなよ。言ったらマジで殺すし。人間に化けてお前の家なんか絶対行かねえし、お前の嫁になんかならねーからな」
雪女のくせに真っ赤になって出て行った。
おらって罪な男だな。里に下りてきたら、嫁にしてやってもいいぜ。


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手紙 [公募]

今日のラッキーカラーは緑だ。
現金書留の緑のラインをなぞりながら、麻美は鋏も使わず封を開けた。
千円札が五枚入っていた。
「サンキュー、お母さん」
麻美はその中から三枚を抜いて財布に入れると、お気に入りのコンバースを履いて外に出た。
実は昨夜から何も食べてない。所持金十二円では、チロルチョコも買えない。

麻美が、女優になるという大きな夢を抱いて上京したのは二年前だ。
地元では「町一番の美人」「超絶可愛い」などと言われてその気になっていたが、ここには麻美程度の容姿はごまんといる。
なかなか女優として芽が出ない上に、劇団の練習を優先していたらアルバイトをクビになった。
日雇いのバイトでも探そうかと思った矢先、母から『お金を送った』とメールが来た。以心伝心とは、まさにこのことだ。
まずは空腹を満たそうと定食屋に行き、むせながらカツ丼を食べた。

「五千円か。もうちょっと欲しかったな」
親の反対を押し切って上京しておきながら、しかも携帯代とアパート代まで親に甘えている身でありながら、麻美はそんなことをつぶやいた。
五百円のカツ丼は、あっという間に麻美の胃の中に収まった。

定食屋を出ると、ドラックストアで安い化粧品と少し高級なシャンプーを買った。
バイト募集の張り紙を見て、とりあえず考える。もっと自由が利くところの方がいい。
あくまでも本業は女優なのだと自分に言い聞かせる。
劇団の先輩の中には、居酒屋の店長になって、そちらを本業にしてしまった人がいる。そうはなりたくないと、麻美は思う。

スーパーでカップ麺と水を買って歩き出すと、里歩から電話が来た。
麻美と同じ劇団の同期で、東京に来て初めてできた友人だ。
「もしもし、里歩だけど、あのね、オーディション受かった。連ドラだよ、連ドラ」
ハイテンションで飛び跳ねるような声だ。
「そのオーディション、私も受けたんだけど」と小さな声で言ってみたけれど、「真っ先に麻美に知らせたかったの。里歩、マジで嬉しくて死にそう」という大声にかき消された。
勝手に死ね。相変わらず空気が読めない上に、自分のことを名前で呼ぶのが気持ち悪い。
麻美は「おめでとう」と抑揚のない声で言って電話を切った。

何が違うのだろう。顔もスタイルも演技力も、何ひとつ負けていない。
里歩は実家暮らしで、親も芸能活動を応援しているから経済的に恵まれている。
オーディションを受けるのもお金がかかる。服を買う、ジムに通う、美容院に行く。
やっぱりそこか。経済力か。
麻美は、左手に食い込むレジ袋の重さに泣きたくなった。

里歩のドヤ顔を見たくなくて、劇団の練習を休んだ。
アパートの窓から安っぽいネオンの看板を眺めていたら母から電話が来た。
「麻美、書留届いた?」
「うん。ありがとう。電話しようと思ってたんだけど忙しくてさ」
「それで、帰ってくる?」
「はあ? 帰らないよ。舞台もあるし、バイトだって休めないもん」
麻美の強がりに、母はまるで気づかない。
「わかったよ。忙しくてもちゃんと食べるんだよ。こっちのことは気にしなくていいから」
離れて暮らすようになってから、母はいつも優しい。

電話を切って無造作に置かれた現金書留の中を見ると、丁寧に折りたたまれた手紙が入っていた。
お金ばかりが気になって気づかなかった。
几帳面な母の文字を、少し照れくさく思いながら読んだ。

『お元気ですか。頑張り屋の麻美のことだから、ちゃんとやっていると思います。お父さんは麻美がいなくなってから、お酒の量が減りました。口では厳しいことを言っているけれど、本当は応援しているのですよ。東京で若い女性が被害に遭うニュースを見るたびに、麻美じゃないかと心配しています。お父さんのためにも、一度帰ってきませんか。余計なこととは思いますが、交通費を同封します。この帰省の切符代にしてください』

胸が何かに掴まれたように痛んだ。
二千円しか残っていない。これでは到底帰れない。
お母さん、ごめん。カツ丼食べちゃった。高いシャンプー買っちゃった。
涙が溢れて止まらない。麻美は現金書留の封筒を握りしめて子供みたいに泣いた。

翌日から麻美は、居酒屋でアルバイトを始めた。
店長をしている劇団の先輩に頼み込んで雇ってもらった。
舞台の練習の合間を縫って、とにかく働いた。

二か月後、麻美は現金書留に一万円札と劇団の公演チケットを二枚入れた。
役名もない小さな役だ。だけど両親に、等身大の今の自分を見てほしい。
『お金は、東京までの切符代にしてください』短いメモを添えて封をした。

************************
公募ガイド「TO-BE小説工房」で佳作をいただいた作品です。
今回は次点だったので、阿刀田先生の選評も少しいただけました。
ありがたいです。
次は最優秀目指して頑張ります^^


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床暖房の家

小さな田舎町に、白い壁の素敵な家が建った。
都会から移住してきたその家には、私と同じ小学生の女の子がいた。
私は、子供会の役員をしていた母と、引っ越してきたばかりの家に挨拶に行った。
優しそうなおばさんと、可愛いワンピースを着た舞ちゃんがいた。
リビングに入るなり、私は「わあ」と声を上げた。
床が暖かい。
「床暖房が入っているのよ」
おばさんは手作りのクッキーを皿に載せながら優しく笑った。
なんて暖かい家だろう。
舞ちゃんの部屋はとても可愛い家具とぬいぐるみで溢れた、夢のような部屋だ。
自分の家に帰ったとき、いかにも農家らしい引き戸と、玄関に置かれた魚をくわえた木彫りの熊に、いつになくガッカリしたのを憶えている。

私はたまに、舞ちゃんの家に野菜を持って行った。
おばさんは「新鮮な野菜ね」と喜んで、お返しにケーキやローストビーフをくれた。
ローストビーフというものが、この世にあることを知ったのはこの時だ。
そんなやりとりを幾度か続けたが、母は突然交流を断った。
舞ちゃんはあまり学校へ来なくなり、ある日何も言わずに引っ越してしまった。
「舞ちゃんはどうしたの?」
母に聞いても「知らない」と言うばかりだった。
舞ちゃんのお父さんが事業に失敗して借金を作ったとか、本当はたいして金持ちでもないのに無理して大きな家を建てて破産したとか、いろんな噂が流れたが、真実はわからない。
ただ私は、もう一度あの暖かい家に行きたかったと、心から思った。

月日は流れ、私は大人になり、結婚して母になり、念願のマイホームを建てた。
「絶対に床暖房にしたい」という私の願望を、夫は叶えてくれた。
引っ越しを終えたある日、客が来た。
「S町子供会支部長の田中です」
上品そうな田中さんを部屋に招くと、「わあ、床が暖かい」と確かめるように手に平を当てた。
「床暖房です」
「いいですね。私の家も、前は床暖房でした。母が冷え性なもので」
私は田中さんをじっと見た。渡された名簿で名前を確かめる。
『田中舞』
「もしかして、舞ちゃん? M町に住んでた舞ちゃんでしょ」
田中さんは、驚いたように目を丸くした。
「香織ちゃん?」
「そうよ。ほんの数か月だったけど、よくお家に遊びに行ったわ」
あまりに偶然の再会だった。
「舞ちゃん、急に引っ越しちゃって、私寂しかったよ」
「あのときは酷かったわ。ママがおかしくなっちゃって、本当に最悪だった」
舞ちゃんは、嫌なことを思い出したように目を伏せた。
「あの町のしきたりに馴染めなくて、ママはずいぶん苛められてたの」
ママ友の苛め? 子供の私には、みんな優しい大人に見えたけど。
「香織ちゃんのお母さんは仲良くしてくれたけど、ある日突然来なくなった。きっと周りの人に言われたのよ。よそ者と仲良くするなとかね。パパはいつも帰りが遅かったし、ママは孤立して精神的におかしくなったの。それで引っ越したのよ」
「知らなかった。ごめんなさい」
「いいのよ。香織ちゃんは何も悪くないでしょう。それより、子供会の話よ」
舞ちゃんは分厚いファイルを開いた。

「決まり事がいくつかあるの。まず、朝と夕方、黄色いタスキをかけて通学路に立ってください。毎日です」
「毎日!」
「月に一度の保護者会には必ず出席してください。欠席の時は理由を書いて役員の認可を受けてください。季節ごとの行事には必ず参加。クリスマス会と新年会は手作りの料理を持ち寄ります。他の方と被らないようにコミュニケーションを取ってください。それから雨の日は町内会長さんが車を出して児童の送迎をしてくれます。お中元とお歳暮を欠かさず送ってください。それから……」

「ちょっと待って。無理だわ。仕事もあるのにそんなに……。あと、雨の日は車なの? 傘をさしていけばいいのに」
「じゃあ、あなたの子供のためだけに、私たちは雨の日に通学路に立つの?」
「だけど…」
「従ってもらうわ。だって、しきたりだもの」
「し、しきたり……」

暖かいはずの床に、冷たい空気が流れた。


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同居の条件 [男と女ストーリー]

空っぽになったシャンプーを、ブツブツ言いながら詰め替えた。
風呂から出て、ビールを飲みながらお笑い番組に大笑いしている彼に話しかける。
「ねえ、シャンプー切れてなかった?」
「ああ、切れてた。ポンプ外して逆さまにして何とか洗った」
「あのさ、詰め替えのシャンプー置いてあったでしょ。なんで入れないのよ」
「ああ、なんか面倒で。どうせマコちゃんがやると思ったから」
彼は視線をテレビに戻し、再び大笑いを始めた。

一緒に暮らし始めて3ケ月。そろそろ本性が出てくるころだ。
彼は面倒くさいと言って、何もしない。
家事は分担と言ったのに、掃除も洗濯も料理も私がしている。
そのくせ味にうるさくて「何か物足りない味だな」とか言う。
「じゃあ作ってみなさいよ」と言うと、私よりうまく作ったりする。
それはそれでムカつく。
「ねえ、洗濯物たたむの手伝ってよ」
「うん。じゃあ、俺の分置いといて。後でやるから」
出た! 彼の「後でやる」発言。いつやるの? 明日?明後日?

「ねえ、一緒に暮らし始めたころの約束、憶えてる?」
「もちろん憶えてるよ。1、浮気はしない、2、帰りが遅いときは連絡する。ちゃんと守ってるでしょ。マコちゃんは時々忘れるけどね」
「だ、だって私は接客業だもん。お客様の都合で連絡できないことだってあるわ」
「うん。だから俺、怒ってないでしょ」
「まあ、そうね」
「でもさ、元カレとラインしてるのはどうだろ。まあ、浮気とは言えないかもしれないけどね」
「どうして知ってるの!」
「スマホをテーブルに置きっぱなしにしてるから、見えちゃうんだよ」
「何でもないのよ。向こうにも彼女いるし、音楽通だから、ライブの情報とか教えてくれるだけよ」
「うん。知ってる。だから怒ってないでしょ」

やだ、何だか分が悪くなっちゃった。家事の分担の話をしようと思ったのに。
ちょっとご機嫌でも取っておこう。

「ねえ、ビールもう1本飲む?」
「いいの? 結婚資金をためるためにビールは1日1本って決めたのに」
「まあ、たまにはね」
「やった! じゃあ俺、後片付けと風呂掃除するよ」
彼は鼻歌まじりに冷蔵庫を開けてビールを持って来た。

ああ、こういうことか。
結婚までに彼の操縦法を、もっと研究しなければ。
密かにニヤッと笑いながら、彼の分の洗濯物をたたんだ。


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おばけカボチャ [コメディー]

秋の日暮れはつるべ落とし。
おばあさんは夕食の支度の手を止めて、カーテンを閉めようと窓辺に寄った。
「おや?」
庭に、おばけカボチャが立っていた。
いつもなら、ギャーと叫んで失神するところだが、おばあさんは驚かない。
なぜなら今日はハロウィンだから。

「あらあら、おばけカボチャに仮装しているのね。どこの子供かしら。ええっと、お菓子をもらいに来たのよね。たしか、頂き物のクッキーがあったわ。ちょっと待っててね。おばけカボチャさん」

おばあさんはキッチンの戸棚からクッキーの缶を取り出した。
「あったわ」
振り向くと、おばけカボチャが、おばあさんのすぐ後ろにピタリとついていた。
「ああ驚いた。なあに。待ちきれなかったの? はい、クッキーよ」
おばあさんがクッキーを差し出しても、おばけカボチャは受け取らない。
「いらないの? これしかないのよ。困ったわね」
おばけカボチャは何も言わない。じっとおばあさんを見ている。

「そろそろおじいさんが寄り合いから帰ってくるわ。夕飯の支度をしなくちゃ」
おばあさんはスーパーの袋から大きなかぼちゃを取り出して、まな板の上に置いた。
流しの下から出刃包丁を取り出し、「えいやあ」と振り下ろし、かぼちゃを真っ二つに切った。
「ひいっ!」
と叫んだのは、おばけカボチャだ。
「おやまあ、あんた、どうしたの?」
振り向いたおばあさんの手には、よく研がれた包丁が握られている。
「うわあああああ」
おばけカボチャは、一目散に走り去った。
「あらまあ、お菓子はいらないのかしら。変な子ね」

夜になって、寄り合いから戻ったおじいさんは、大好物のかぼちゃの煮物を食べた。
「美味いかぼちゃだ」
「おじいさん、そういえばね、今日、おばけカボチャさんが来たのよ」
「なんじゃ、それは?」
「ハロウィンの仮装よ。どこかの子供がおばけカボチャに仮装してきたのよ」
「子供? ここは老人専用の集合住宅だぞ。子供なんかいるもんか」
「あら、そういえばそうね。じゃあ、あれ、本物のおばけだったりして」
おばあさんは、かぼちゃの天ぷらを食べながら首をひねった。

***
おばけカボチャは、こっぴどく叱られていた。
「人間を驚かせるのがおまえの仕事なのに、逆に脅されてどうする」
「すみません。でも、あのばあさん、まるで山姥ですよ」
「ハロウィンと重なってしまったのが失敗だった。次こそ頑張れ。リベンジの日は12月22日だ」
「はい。今度こそ、しっかり驚かせます」

****
「ねえ、おじいさん、西洋ではカボチャと言えばハロウィンだけど、日本はやっぱりカボチャと言えば冬至ね」
「そうだな。ばあさん、美味しいカボチャを頼むよ」

今年の冬至は、12月22日です。

KIMG0257.JPG


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無人島に持っていくもの [コメディー]

無人島に何かひとつだけ持っていくとしたら、何を持っていく?

よくある質問だわ。
そもそも無人島に行くことがわかっているのに、ひとつしか物を持って行かない人っている?
用意周到、準備万端で行くものじゃないの?
「行かない」っていう選択肢もあるしね。

スマホを持っていくって答えたバカがいたけど、電波来てないし、もし来ていても充電切れたらどうするの?
「大丈夫っす。充電器持っていきますから」
ホントにバカ。

ナイフって答えた人も多かったな。
確かに便利よ。だけど危険。死にたくなっちゃうもの。
水、ライター、毛布、薬、本って答えた人もいたな。
まあ、どうせお遊びだから、危機感がないのは当たり前ね。

さて、今夜は魚料理にしようかな。デザートはフルーツ盛り合わせ。
星空レストランの三ツ星料理よ。お酒が飲めないのが残念だけど。
ああ、満点の星がきれいだわ。

乗っていた船が沈没して、この無人島にたどり着いたのは半年前(たぶんね)
何も持っていなかったけど、何とかなるものよ。
石や木を使って火を熾したり、木に登って果実を取ったり、魚を捕まえたり、大概のことは出来るようになるわ。
いちばん必要なのは、強靭な体力と鋼のような精神力ね。
だけど今、いちばん欲しいのは、やっぱり男かな(笑)

おーい、だれか見つけてー


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