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交差点 [ホラー]

夜の交差点に、私は立っています。あの日と同じように雨が降っています。
雨は、私の身体をすり抜けて落ちていきます。
なぜなら私は、幽霊だからです。

私は3日ほど前に、ここで交通事故に遭いました。
私を撥ねた車は、そのまま逃げました。
深夜で、おまけに雨で人通りはなく、防犯カメラも設置されていません。
目撃者はいないのです。
だけど私は、事故に遭った時、車のナンバーを見ました。
しっかりと覚えています。しかしそれを警察に伝える術がないのです。
だって私は幽霊だから。

ひとりの女性が私に気づきました。
ここに立っていれば、ひとりくらいは霊が見える人がいると思ったのです。
私は女性に話しかけました。
「私が見えますか?」
「み、見えます」
女性は怯えた様子で応えました。

「私は3日ほど前、ここで車に撥ねられました。黒のワンボックスカーでした。運転手は、車を降りることもなく走り去りました。ひき逃げです。犯人は未だに捕まっていません。目撃者がいないからです。だけど私は車のナンバーを覚えています。どうか私の代わりに、ナンバーを警察に知らせていただけないでしょうか」
女性は信じられないような顔で私を見ています。
私は4ケタのナンバーを告げて、懸命にお願いしました。
「わかりました」と、女性は言ってくれました。
私は安心して、そこからスッと消えました。
女性が呆然と立ち尽くしているのが、上から見えました。

しばらくたっても、犯人逮捕のニュースは入ってきません。
父も母も毎日泣いています。
「いったい誰があの子をあんな目に遭わせたのだろう」と。
両親のためにも早く犯人を逮捕してほしいのに、まるで進展がないまま数週間が過ぎました。

事故現場をさまようのも、そろそろ限界です。
このまま地縛霊になるのはごめんです。
もう、すべてを忘れて天国に行ってしまいたくなりました。
だけどお花畑の真ん中で、4ケタのナンバーが私を追いかけてくるのです。
「このまま行ってもいいのか」って、数字がぐるぐる回ります。

「だめ、ひき逃げなんて絶対ゆるせない」
私は、4ケタのナンバーを叫びながら、ぱちりと目を開けました。
白い天井が見えました。
お父さんとお母さんがびっくりした顔で見ています。
お母さんは私にすがりつき、お父さんはナースコールを押しました。
「先生、先生、娘の意識が戻りました」

どうやら私は死んでいなかったようです。
事故に遭ってからずっと、魂だけが生霊としてさまよっていたのです。

数日後、ひき逃げ犯が逮捕されました。
それは、あの雨の交差点で、私が4ケタのナンバーを託した女性でした。
「怖くなって逃げてしまいました。数日後、何か証拠を残していないかと、現場を見に行きました。そこで、幽霊を見ました。私の車のナンバーを、呪文みたいに繰り返すので怖くなりました。えっ? 生きてる? あの人、生きてるんですか?」

私はその後、すっかり回復しました。
雨の日と夜は、特に交通事故に遭わないよう気を付けています。
物は考えようで、もしもあのひき逃げ犯があっさり自首していたら、私は安心して天国に行ってしまったかもしれません。
たくさんの車が通り過ぎる交差点で、私は足を止めました。
35-25、14-11、55-85
なぜか、瞬時に車のナンバーを覚える技を身に付けました。


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ぼくんちのお盆 [コメディー]

お盆が来ると、たくさんの親戚が集まる。
叔父さん家族4人、伯母さん家族5人、東京に行った兄ちゃん。
お父さん、お母さん、おばあちゃん、おじいちゃん、中学生のぼく。
総勢15人が、居間に集まる。
ふすまを外して2部屋の仕切りをなくすと、旅館の大広間みたいに広くなる。

お母さんは朝から大忙しだ。
掃除に料理。納戸からお皿を出したり布団を用意したり。
おばあちゃんは手伝わないのに「あの皿の方がいいべ」とか「座布団足らんぞ」とか指図ばかりする。

宴会が始まると、お母さんは料理を並べたりお酒を出したりして、ちっとも座らない。
座ろうとすると決まって「好子さん、ビールがないぞ」と言われたり、「好子さん、ごめんなさい、お醤油こぼしちゃった」と言われたり、「好子さん、子供らにスイカ切ってやってくれ」と言われて、結局お漬物の一切れも食べられない。
ぼくが心配になって台所に顔を出すと
「どうしたの? 早く戻ってみんなと遊びなさい」と追い出される。
従弟たちと遊ぶのは楽しくて、結局お母さんのことを気にしていたのは最初だけだった。

宴会が終わるとお風呂の用意や布団の用意。そして後片付け。
汗を拭いながら、全部お母さん一人でやる。
お母さんがお風呂に入ったのは、おそらく午前0時を回っていた。

翌朝も、お母さんは働く。
誰よりも早起きで、みんなの朝ごはんを作る。
欠伸をしながら起きてきた叔父さんや伯母さんは、当たり前のように座っている。
「好子さん、うちの子、生たまごダメなのよ。目玉焼きにしてくれる?」
「あ、好子さん、うちもお願い」
「牛乳ないの?」「ご飯おかわり」「お茶入れてくれや」
みんな好き勝手言って、お母さんはそのたび台所と居間を行ったり来たり。

昼前にみんなが帰ると、お母さんはやっと座り、ゆっくりお茶を飲んだ。
お父さんと兄ちゃんは釣りに出かけ、おじいちゃんとおばあちゃんは畑に行った。
「お母さん、どうしてお母さんばっかり忙しいの? みんなに手伝ってもらえばいいのに」
「いいのよ。だって他の人に手伝ってもらったら、取り分が減るでしょ」
「ん? 取り分?」

夜になると、お母さんはおばあちゃんに封筒を渡した。
「お義母さん、昨日と今日の請求書です」

『準備費(掃除・布団干し含む)………30,000円
 夕食調理、配膳、後片付け……………50,000円
 床の準備(シーツ洗濯代含む)………10,000円
 朝食調理、配膳、後片付け……………30,000円』

「〆て12万円になります」
「好子さん、去年より高くないかい?」
「去年より、料理の腕が上がっていますから」
「仕方ないねえ。まあ、来年も頼むよ」
お母さんは「毎度あり」と言って、おばあちゃんからお金をもらっていた。

「お母さん、働いた分のお金、ちゃんともらっていたんだね」
「そうよ。だってね、おばあちゃん、叔父さんと伯母さんから10万円ずつもらっているのよ。何もやらないくせに独り占めさせるものですか」

お母さん、すげー。
ぼくは密かに、来年はお手伝いをしよう。1万円でいいや、と思った。


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傘の花 [公募]

春から夏にかけて、たくさんの花が咲くけれど、私にとって最も愛しいのは「傘の花」だ。
雨上がりの澄んだ光の中、六つの傘の花が軒先に咲く。それは我家の幸せの象徴だ。

夫の黒い傘、私の赤い傘、長女の夕菜はオレンジの傘、長男の海斗は青い傘、次男の草太は緑の傘、末っ子の桃香はピンクの傘。
それぞれのカラーが、右から大きい順に並んでいる。
通りすがりの人が目を細めるほど、それは微笑ましい風景だった。

**
雨が降り続いている。六つの傘が軒下に咲くことは、もうない。
家族で出かけたハイキングの帰り道、突然の集中豪雨に見舞われ、私たちが乗ったバスがスリップして崖から転落した。家族の中で、私だけが生き残ってしまった。

あの日から、ずっと雨が続いている。
色のないこの部屋に、雑音のような雨音が絶え間なく聞こえる。
気が狂いそうな寂しさに耐えながら、楽しかった日々を思い出そうとしても、雨は私の心にまで降り続き、やがて嵐のようにすべてを奪ってしまうのだ。

雨が続いているせいで、昼も夜も暗い。
日にちの感覚がわからないほど、私の心が壊れかけている。そんなときだった。
容赦なく窓ガラスを打ち付ける雨音に混ざって、子供たちの声が聞こえてきた。
「お母さん、算数のテストで百点とったよ」
しっかり者の夕菜の声。優しくて、お手伝いもよくしてくれた。
「お母さん、サッカーの大会で点入れたよ」
元気な海斗の声。負けず嫌いな頑張り屋さん。運動会ではいつも一等だった。
「お母さん、家族の絵を先生に褒められたよ」
おっとりしている草太の声。時々大人みたいことを言って驚かせてくれた。
「お母さん、桃ちゃんひとりで、お買い物に行けたよ」
甘えん坊の桃香の声。おしゃれが大好きで、幼稚園にはいつも違うリボンを付けて行った。

あなたたちはどこにいるの? この雨の中に閉じ込められているの? 
子供たちに逢えるなら、嵐の中でも飛び込んで行く。
本当にそう思っているのに、なぜか私の体は雨を恐れていて、外に飛び出すことができない。

リビングに置かれた茶色のソファーには、いつも誰かが座っていた。
夜になると、三人掛けのソファーを奪い合うように、夫と四人の子供たちが押し合いながら座っていた。
根負けして最初にソファーを下りるのは決まって草太で、子供と一緒になってはしゃぐ夫を、私が何度もたしなめたものだ。

今私は、一日中ソファーにいる。占領する私に、「ずるーい、お母さん」と誰かが言ってくれるまで、ずっとソファーに座っている。
ふと、小さな歌声が聞こえてきた。
雑音のような雨音がいつの間にか消えて、代わりに聞こえてきたのは小鳥のさえずりだ。
長い雨が、ようやく止んだ。

私はソファーから体を起こし、窓辺に近づいた。
どんよりと暗かった空に光がさしていて、その先に大きな虹が出ていた。
「まあ、きれい」
虹が出ているよと、子供たちに声をかけそうになって、いないのだと気づいた。
ため息混じりにうつむいて、窓を閉めようとした私の目に、七色の虹よりもずっと愛しい、五つの色が飛び込んできた。
軒先に五色の傘の花が咲いていた。
夫の黒い傘、夕菜のオレンジの傘、海斗の青い傘、草太の緑の傘、桃香のピンクの傘。
右から大きい順に並んでいる。
「五人でお出かけしたのね。お母さんも連れて行って欲しかったな」
手をのばしたら、五つの傘はふわりと宙に浮いて、空へと昇っていく。
「待って。私も連れて行って」
私は、重い体を思い切り伸ばして、黒い夫の傘の柄を、ようやく掴んだ。
連れて行って。あなたたちの世界に、私を連れて行って。

硬くて冷たいはずの傘の柄が、温かくて柔らかいものに変わり、子供たちの声が近くに聞こえた。
もうすぐ逢える。空の上に行ったら、みんなで虹を見下ろそうね。

**
目が覚めたら、夫が私の手を握っていた。
「よかった。戻ってきてくれたんだね」
夫の後ろで、子供たちが泣いていた。
身体の痛みと、子供たちの腕や足に巻かれた包帯で、私は現実を知った。

あのバスの事故で、私だけが意識不明の重体だった。
土砂降りの世界から、夫と子供たちが私を救ってくれたのだ。
「お母さん、虹が出てるよ」
桃香が小さな手で指さした。
夕菜がカーテンを開けてくれて、海斗があそこだよと教えてくれて、草太が上手に絵を描いてくれた。

明日、我家の軒先に、傘の花が咲く。


******
公募ガイド「TO-BE小説工房」で佳作をいただきました。
課題は「かさ」です。
いろんな「かさ」がありますね。勉強になります。
今月の課題は「切符」です。まだ何も浮かびません。


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キッチンの魔女 [ホラー]

気配を感じて振り返ると、キッチンに女が立っていた。
淡い光に包まれて薄ぼんやりとしたシルエットは、彼女が生きている人間ではないことを物語っている。

「キッチンだけは汚すな」と、結婚前に夫に言われた。
他はいいけど、キッチンだけはきれいにしてくれと。
私はその言いつけを守っていた。

女は、ピカピカのシンクを満足そうに見つめ、ふわっと消えた。
何だったのだろう。
夫には死別した前妻がいた。その人だろうか。
私は、帰宅した夫にその出来事を話した。
夫は、少し辛そうに話してくれた。

「じつは、前の妻はきれい好きでね、キッチンだけは汚したくないと、暇さえあればシンクを磨いているような人だったんだ」
前妻は、亡くなる前に「キッチンを汚したら化けて出るわよ」と言ったそうだ。
「もちろん冗談だと思うよ。でもさ、死んだ妻のために、いつもキッチンはきれいにしておこうと思ったんだ。君に話すと嫌がると思って言えなかった。ごめん」
「謝ることなんてないわ。私がきちんとしているか確認に来たのね。大丈夫よ。私、ちゃんとするから」
不思議と怖さは感じなかった。

それから私は、彼女がいつ来てもいいようにキッチンをピカピカにした。
1年後に、子供が生まれるまでは……。

子育ては、予想以上に大変だった。
夜は眠れないし、一日中手がかかる。洗濯物は倍に増えた。
掃除なんて、どうでもよくなる。
シンクには生ごみがたまり、水垢のラインが無数にできた。
やらなきゃ、やらなきゃと思いながら出来ずにいた。
夫も仕事が忙しく、帰宅は毎日深夜で、休日は疲れて寝てしまう。

部屋もキッチンも日に日に汚れていく。
子供の泣き声と散らかった部屋。
疲れ果てた夕方、再びあの気配を感じた。

キッチンに女が立っている。
前のように優しい表情ではない。
恐ろしい悪魔のような顔でシンクを見ている。

突然部屋の電気が消えて、キッチンの水道が勢いよく流れだした。
私はとっさに子供を抱きしめた。何をされても、この子だけは守らなければ。
震えながら、水音だけが流れる部屋で時が過ぎるのを待った。
「ごめんね。ママがちゃんとしないから。怖いよね。ごめんね」

どれくらいの時間が過ぎただろう。
電気がついて、夫が帰ってきた。
「いったいどうしたんだ? キッチンが水浸しだ」
我に返り子供を見ると、すやすやと眠っている。女は消えていた。

私は子供をベッドに寝かして、夫とふたりでキッチンの掃除をした。
「ごめんね。キッチンを汚していたから、あの人を怒らせたわ」
「僕も悪かった。仕事にかまけて子育てに協力しなかったね。仕事も一段落したし、明日から僕がシンクを磨こう」
夫が優しく笑ってくれた。

子供がすやすや眠っているので、私たちは久しぶりにゆっくり夕食を食べた。
「あの子がこんなに寝てくれるなんて珍しいわ」
「何かしたのかも……」
「何かしたって、誰が?」
「前の妻との間に子供はいなかったけど、彼女は保育士でね、子供をあやすのがすごく上手だったよ」

私が震えている間に、彼女が子供をあやした? そんなばかな。
子供は、ステキな夢を見ているような笑顔で眠っている。
まさかね。
食器を片付けてシンクを磨き上げると、どこからか優しい風が吹いた。


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月がきれいですね [男と女ストーリー]

きれいな満月の夜。あなたはいない。
すぐに逢いに来るって言ったのに、うそつきだな。
満月の夜、僕も同じ月を見るよって言ったのに、
あなたの街は雨じゃないの。
ホントにうそつきだな。

お祭りいっしょに行きたいねってメールしたのに返信もない。
忘れちゃったのかな。私のこと。
なんか泣きたくなってきた。
月がきれいすぎて。


やっべえ。電車で爆睡して終点まで行っちゃった。
疲れているのかな。最近仕事きつかったからな。
夕方までに帰って彼女を驚かせようと思ったのに。
すっかり夜だ。
お祭り、間に合うかな。やっぱりメールしておこう。
わあ、きれいな満月だな。
彼女も同じ月を見ているのかな。
そうだ。ちょっとロマンチックなメールにしよう。


あ、彼からメールだ。もう、どれだけ待たせるんだよ~。
『月がきれいですね』だって。
はあ???
月がきれいですね? あなたの街は雨でしょう?
毎日あなたの街の天気予報、チェックしてるんだから。
もう、ホントにうそつき!


彼女からの返信だ。
『うそつき』
えええ~?

遠距離恋愛の可愛いふたりが、並んで月を見るのは30分後のことでした。


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お父さんのかくれんぼ [コメディー]

一家の大黒柱であるにも関わらず、私の存在感はティッシュペーパーよりも薄い。
「あら、お父さん、いたの?」と、毎日のように言われる。
ネコのミーコの姿が見えないと一家総出で探すくせに、私がいなくても誰も気づかない。

日曜日の朝、どうせ存在感がないのなら…と、ソファーの後ろに隠れてみた。
誰かが「あれ? お父さんは?」と言ったら、
「ここに居るぞ」と出て行こう。きっとウケるぞ。
「もう、お父さん、何やってるのよ」と、みんな笑うぞ。

妻が朝食をテーブルに並べている。
娘のカンナがリビングに来た。
「おはよう、お母さん、今日友達とカラオケ行っていい?」
「いいけど、ちゃんと勉強もするのよ」
「はあい」
息子のユウキが起きてきた。
「お母さん、ジョンの姿が見えないけど」
「車庫で寝てるわ。あそこ涼しいから」
「そっか。よかった」
おいおい、お父さんより犬の心配か。

3人で朝食を食べ始めた。「お父さんは?」と誰も言わない。
「そういえば」と妻が言った。いよいよか?
「お隣のおばあさん、見つかったんですって」
「え? どこにいたの?」
「それがね、家の中にいたんだって。押し入れに隠れてたらしいの。まあ、年を取ったら子供に戻るっていうけど、かくれんぼでもしているつもりだったのかしらね」
「徘徊じゃなかったんだ。人騒がせだね」
「姿が見えなくて心配したけど、よかったわ」
隣の他人より、夫の心配をしろ。

けっきょく誰の口からも、「お父さんは?」という言葉は出なかった。
そもそも私の朝食はあるのだろうか。覗いてみると目玉焼きが3つ。
朝食すら用意されていないのか。ショックだ。
出るに出られず、ソファーの陰で悶々と時が過ぎるのを待った。
そしてリビングがすっかり静かになったころ、狭い空間を抜け出してようやく座った。

妻が掃除機を持って入ってきた。
また邪魔者扱いされるんだろうな…と思ったら、目を潤ませて
「お父さん!」と駆け寄ってきた。
「お父さん、いったいどこに行っていたの? ずいぶん探したのよ」
え? なんだなんだ?
「カンナ、ユウキ、お父さんが、リビングにいるわ」
妻が呼ぶと、カンナとユウキが走ってきた。
「お父さん、3年も何してたんだよ」
さ、3年? いや、私が隠れていたのは7時から9時までの2時間だが。
「お父さん、わたし、高校生になったよ」(知ってるし)
「お父さん、ぼく、中学でバスケやってるよ。身長10センチも伸びたよ」(知ってる。毎日見てるから)
3人が泣きながら私にすがりつく。いったいどういうことだろう。
だけど今、私は間違いなく必要とされている。富士山並みの存在感だ。
「さあ、お父さん、お腹すいたでしょう」
「お父さん、あのね、聞いてほしいことがいっぱいあるの」
「ぼくが先だよ。ねえ、お父さん」
「だめよ、お父さんのご飯が先よ」
ああ、なんて素晴らしい。家族が私の取り合いをしている。
夢か。これは、夢か。

ドンと足を蹴られた。
「もう、お父さん邪魔よ。なんでこんなところで寝てるのよ」
掃除機を持った妻が立っていた。
あ……やっぱり夢だった。
「ほら、朝ご飯食べちゃってよ」
テーブルに、目玉焼きがあった。
「これ、俺の目玉焼き?」
「そうよ。早く食べちゃってよ。片付かないから」
忘れられたわけではなかった。冷めた目玉焼きが死ぬほど美味い。
「お父さん、食べ終わったらジョンを散歩に連れてってね」
ガーガーと掃除機をかけながら妻が言う。
「あと、粗大ごみを捨ててきてほしいの。今日回収の日だから」

俺って、意外と必要とされている……のかな?


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お兄ちゃん [コメディー]

あれ、ジュンちゃん、どうしたの?
明日まで広島出張じゃなかった? 一日早く帰ってきたんだ。
そ、そうなんだ。
え? 何も慌ててないよ。やましいことなんかないよ。
あるわけないでしょ。会いに来てくれて嬉しいよ。

タバコ臭い? ああ、えっとね、昨日ユミが来たの。
ほら、あの子タバコ吸うから。
ベランダに男物の下着? ああ、それはね、えっと、防犯だよ。
ほら、女性のひとり暮らしは物騒でしょ。
だからね、しまむらで買ってきたの。しまむらブランド。いいでしょ。

洗面所に髭剃り?
ヤバ……、えっとね、最近女性ホルモンが足りないのかなあ~
髭が生えてきちゃって。へへへ。
でも大丈夫だよ。もう剃ったから。

寝室に男が寝てる?
あっ、えっとね、あの……、紹介します。兄です。
ひとりっ子だろうって? 
それがですね、生き別れの兄がいることが判明して、昨日涙のご対面。
……昨日はユミが来たんだろうって? ハハ、聞き逃さないねえ、さすがだね。
そうだよ。ユミに立ち会ってもらって3人で会ったの。
いやあ、話がはずんじゃってね、お兄ちゃん終電逃しちゃってさ、泊まってもらったの。

挨拶したいって? いやいや、お気遣いなく。
なんか、お兄ちゃん、よく寝てるし、今度ゆっくり紹介するから今日は帰って。
ごめんね、ジュンちゃん、また電話するね~。
あ、お土産のもみじ饅頭だけはもらっておくね。

は~、何とかバレずに済んだ。(いや、ふつうにバレてるだろ)

「おはよう」
「お、おはよう。あっくん。もう昼だよ」
「さっき、男の声がしたけど、誰か来たの?」
「あ、えっとね~、お兄ちゃん!」


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見える人、見えない人 [コメディー]

我が家はいわゆる「見える」家系だ。
パパもママも私も、生まれたときから幽霊が見える。
ただ、どういう訳かお姉ちゃんだけは「見えない」人だ。
霊感が全くない。
だからといって困ることなど何ひとつない。
霊なんて、見えないに越したことはないのだから。

そんな我が家に、ちょっと困ったことが起きた。
お姉ちゃんが、幽霊を連れてきてしまったのだ。
青白い顔の男の霊が、お姉ちゃんの肩に乗っている。

「どうする? パパ、ママ、教えてあげた方がいいかな?」
「あの子は怖がりだから、きっとパニックになるよ」
「悪い霊じゃなさそうだし、明日にはいなくなるでしょ」

お姉ちゃんはまるで気づかない。
「ああ、肩が重い。誰か揉んでくれない?」
「お姉ちゃん、揉んだくらいじゃ治らないよ」
「そうか。疲れがたまってるのかな。明日マッサージ行こう」
(マッサージでも治らないけどね)

翌日、お姉ちゃんに憑りついた霊は、いなくなるどころか二人に増えた。
血を流した男の霊だ。そして日を追うごとに、男の霊が増えていく。
「お姉ちゃん、会社で何かあった?」
「なにかって?」
「人がいっぱい死んだとか」
「あるわけないでしょ」
「じゃあ、心霊スポットとか行った?」
「究極の怖がりなのに、行くわけないでしょ」
「だよね。じゃあ、最近変わったことは?」
「何もないわよ。相変わらずの氷河期よ。いい男は結婚しちゃうし、合コンはハズレばかり。私のモテ期はいつ来るの?」
あ…、いつもの愚痴が始まっちゃった。退散しよう。

とはいえ、放っては置けないということで、知り合いの霊媒師のおばばに来てもらった。
「おばば様、うちの長女はものすごい怖がりなんです。霊が憑いていたと知ったら大騒ぎです。どうか寝ているうちに除霊してください」
「ふむ、見える家系に生まれたのに、見えない上に怖がりとは、不憫なことじゃ」

お姉ちゃんの部屋に行くと、ベッドの周りに霊たちがふわふわ浮いている。
何も感じないお姉ちゃんは、すやすやと寝ている。
「悪い霊ではないな。どれ、話を聞こう」
おばばが、霊たちひとりひとりに話しかけた。
私たちには霊は見えるけど、声は聞こえない。
ここはおばばに任せて、隣の部屋で除霊が終わるのを待った。

30分後、おばばがお姉ちゃんの部屋から出てきた。
「終わったぞ。もう大丈夫じゃ」
「なぜ、あんなにたくさんの霊が姉に?」
「恋じゃ」
「はっ?」
「あの霊たちは、あの子に恋をしたそうじゃ。しかし所詮、幽霊と人間の恋じゃ。叶わないと知って、みんな離れた。切ないのう。罪な女じゃ」

翌日、お姉ちゃんはすっきりした顔で起きてきた。
「今日は肩が軽いわ~」
「よかったね」
「今日の合コンは上手くいくような気がする。私にもやっとモテ期が来るかも」
…お姉ちゃん、もうモテ期、来たよ。
生きてる男じゃないけどね。


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拾った恋 [男と女ストーリー]

高2の夏、生まれて初めて彼氏が出来た。
ずっと憧れていたイケメンの翔君に告白したら、拍子抜けするほど簡単にOKをもらった。
「いいよ。ちょうど彼女と別れたばっかなんだ」と。
日曜日に、早速映画に行くことになった。
旬のアイドルが出ている大ヒット映画だから、先にチケットを買ってから食事をすることにした。

「舞ちゃん、俺バイト代が入るまで、すげー貧乏なんだ。悪いけど割り勘でいい?」
「もちろんだよ」
あたしは自分の分を翔君に渡して、2枚いっしょにチケットを買ってもらった。
そして近くのファミレスで食事をした。友達がどうしたとか、先生がウザいとか、模試がヤバいとか、特に中身のない話だったけど楽しかった。
そしてやっぱりあたしの分を翔君に渡して、いっしょに会計をしてもらった。
翔君は店を出ると財布の中のレシートを丸めてゴミ箱に捨てた。
「俺、財布が厚いと嫌なんだ」
へえ、男の子ってそうなんだ。ひとつ勉強になった。

映画館の前で、翔君が手を出した。
「舞ちゃん、チケットは?」
「えっ、翔君が持っているんでしょう」
「は? 俺持ってないよ。舞ちゃんに渡したよね」
渡された記憶は全くなかったけど、一応鞄とポケットを探る。
「あたし持ってないよ」
「持ってないよじゃないだろ。どこかで落としたのかよ。しょうがねえな。まだ時間あるから探しに行くぞ」

翔君が苛立った様子で歩き出した。あたしは腑に落ちないと思いつつ、後に続いた。
人が多いうえに風も強くて、道端で見つけるのは模試でA判定をもらうより難しい。
結局食事をしたファミレスまで戻った。
店員にチケットの落し物はないか尋ねたけれど、届いていないとの返答だった。
あたしたちが座っていたテーブルには、難しい顔で商談をしているサラリーマンがふたり座っている。
「舞ちゃん、あそこの椅子にチケット落ちてないか聞いてきて」
「えっ、あたしが?」
「うん。だって舞ちゃんが落としたんでしょ」
あたしはまっ赤になりながら、サラリーマンにチケットが落ちていないか尋ねた。
彼らは迷惑そうにお尻の下を見て「ないない」と短く言った。
そしてひたすら地面を見ながら映画館に戻ったけれど、チケットは見つからなかった。

「あーあ、どうする舞ちゃん」
完全にあたしのせいになっている。腑に落ちない。
あたしはチケットを買った時の様子を思い出した。
「翔君、財布にチケット入れなかった?」
「え?」と翔君は財布を開けて「入ってないけど」と、少し怒ったような口調で言った。
「捨てたんじゃない。ほら、レシートと一緒に。あそこのゴミ箱にあるかも」
「テキトーなこと言わないでよ。俺にゴミ漁れって言うの? なかったら責任とってくれんの?」
超イケメンだと思っていた翔君の顔が、歪んで醜く見えた。
翔君が彼女と長続きしない原因がわかった気がした。

もう帰ろうかと思ったとき、「あの」と大学生風の男が声をかけてきた。
「君たち、映画のチケット失くしちゃったの? よかったらこれあげるよ。彼女と見るつもりで2枚買ったけど、どうやら振られたみたいだ」
いつも笑っているような目をした、癒し系の人だ。
差し出したチケットに躊躇していると、翔君が「ラッキー」と言いながら受け取った。
「舞ちゃん行こう。始まっちゃうよ」と、まるで最初から自分の物のようにチケットをかざす翔君に、あたしの怒りはマックスに達した。
あたしは翔君を突き飛ばし、チケットを奪い取ると癒し系大学生に1枚を渡した。
「一緒に見ませんか。あたしとふたりで」
翔君が慌ててあたしの腕を掴む。
「ちょっと舞ちゃん。君の彼氏は俺だろ」
あたしは再び翔君を突き飛ばした。
「映画が見たかったらゴミ箱漁ってチケット探してこい、このクズ野郎。永久にサヨナラ」

翔君は、まっ赤になって映画館から出て行った。
あっけにとられた癒し系大学生が、「すげえ」とつぶやき、こらえきれずに吹き出した。
あたしはこの癒し系大学生と、このあと付き合うことになり、5年後めでたくゴールイン。
翔君があのときゴミ箱を漁ったかどうかはわからない。
結局誰がチケットを持っていて、誰が落としたなんてわからないけれど、あたしはあの日、最低なデートのおかげで素敵な恋を拾った。


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ぼたん園 [公募]

パートを終えた午後3時、家に帰りたくない気持ちは百パーセントに達する。
会話のない家は崩壊寸前、いや、もう崩壊しているかもしれない。
車を家と逆方向に走らせる。
民家がまばらな山道で、このまま行方不明になってやろうかと、幾度となく考える。
私がいなくなったら、あの家は間違いなく崩壊する。

古い木の看板が、目に飛び込んできた。黒い字で『ぼたん園』と書いてある。
そういえば、牡丹の季節だ。薄紅色の大きな牡丹が、実家の庭で毎年咲いていた。
花を見る余裕など、最近の私にはなかった。
気分転換に行ってみようと、車を看板の矢印の方へ走らせた。

広い日本庭園のようなものを想像していたが、コンクリートの小さな建物だった。
この建物の奥に、きっと牡丹園が広がっているのだろう。
中に入ると、薄暗い窓口から、顔半分が見えない老婆が「どうぞお入りください」と、しゃがれた声で言った。
個人の家の庭を、この時期だけ開放しているのだろうか。
私は、遠慮なく扉を開けて中へ進んだ。

色鮮やかな牡丹園を想像していた私は、その部屋に面食らった。
中に展示してあるのは、どこにでもある洋服のボタンだった。
確かに『ぼたん園』とひらがなで書いてはあったが、駄洒落? おやじギャグ? 
あまりのお粗末ぶりに笑うしかなかった。
さっさと進んで出ようと思ったとき、受付にいた老婆がいつのまにか、私の後ろにピタリと寄り添っていた。
「これが、あんたのボタンだよ」
老婆はそう言って、クリーム色の小さなボタンを指さした。
「あんたが、掛け違えたボタンだよ」
掛け違えたボタン? 私は、その小さなボタンを手に取った。
すると目の前が急に明るくなり、賑やかな子供の声が聞こえてきた。

「ねえ、ママ、晩ごはんなに?」
私のスカートにまとわりつくのは、娘の実花だ。
今は13歳で、大人を小馬鹿にしたようなことしか言わない実花が、まだあどけない幼稚園児だ。
「ぼく、ハンバーグがいい」と、リビングに駆け込んできたのは、息子の聡だ。
引き籠って誰とも口をきかない十六歳の聡が、ランドセルを背負った小学生で現れた。
「ママのハンバーグ大好き」
口を揃えるふたりの頭を撫でながら、私はおひさまみたいに笑っていた。

次のシーン。現れたのは、六年生の聡だ。
「ねえ、どうしても塾に行かなきゃだめ?」
「当たり前でしょう。私立中学を受験するのよ。学校の授業だけじゃ無理でしょう」
聡が好きだったサッカーを辞めさせて、塾に通わせた頃だ。
夫が帰ってきて、ネクタイをゆるめながら言う。
「中学は公立でいいんじゃないか?」
「あなた何もわかってないわ。公立はいろんな子がいるの。いろんな事件もあるわ」
この地域の中学が荒れているという噂を、いくらか大袈裟に言い、夫を黙らせた。
そこからだ。我が家が崩壊へ向かったのは。

聡は結局、中学受験に失敗した。
サッカーを辞めたことで友達が離れたこともあり、中学へは一日も通わなかった。
引き籠り、時々部屋で暴れることもある。
実花はその3年後に公立中学へ進んだが、噂ほど荒れた様子はなく、いたって平和な中学だ。実花はすっかり兄を馬鹿にするようになり、夫のことも、私のことも下に見ている。
何よりいつも重い空気が漂う家を、心底嫌っている。

あのときだ。私がボタンを掛け違えたのは、聡の中学受験を決めたときだ。
聡のためだと言いながら、果たして本当に聡のためだったのか。
ママ友たちとの会話がよみがえる。
「聡君、有名私立に行くんですって?」
「聡君、成績がいいからね。羨ましいわ」
「そんなことないわ。勉強嫌いで困ってるのよ。でもほら、子供の将来を考えたらね」
ママ友たちの善望のまなざしが、上辺だけのものだと知るのは、聡が受験に失敗した後だ。今では誰ひとり、付き合いはない。

現実に戻った。薄暗い部屋で、私は黄ばんだボタンを握りしめている。
先ほどの老婆が、私の肩に優しく手を乗せた。
「だいじょうぶ。まだ、だいじょうぶだ」
「大丈夫?」
「あんただって、反抗期のときは相当だった」
振り向いて見ると、老婆は私の母だった。
親孝行のひとつも出来ぬまま、逝ってしまった母だった。
「まだ、間に合う?」
「間に合うさ」
 涙を拭いて顔を上げると、もう母はいなかった。ぼたん園もすっかり消えていた。
手のひらに残ったボタンを握りしめ、私は歩き出した。
今夜はとびきりおいしいハンバーグを作ろう。
聡のために、実花のために、夫のために。時間はかかっても、きっと間に合う。
ひとつづつ、ボタンをかけなおそう。

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公募ガイド『TO-BE小説工房』で、佳作をいただきました。
課題は「ボタン」です。
今回は次点だったので、阿刀田先生の選評もちょっとだけいただきました。
ところで今月の課題は「質屋」
何を書いたらいいのかさっぱりわかりません。まあ、ぼちぼち…。


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