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記憶 [公募]

私は犬だ。普通の犬ではない。前世の記憶を持っている。
今は犬に生まれたが、前世では人間だった。大富豪のひとり息子で、ずいぶん可愛がられたのを憶えている。

大きな屋敷に住んで、たくさんの女中がいた。父は貿易商で、母は貴族の娘だった。毎日豪華な食事を食べて、きれいに洗濯された上質な洋服を着ていた。
十八歳の時に、私は恋をした。女中のひとりで、タエという女だ。
タエはいつも汚い着物を着て下働きをしていた。驚くほどに荒れた手をしていた。冬はあかぎれの手で、痛みをこらえながら水仕事をしていた。

ある日私は、小遣いでクリームを買って、こっそりタエに渡した。
タエは「もったいねえ、もったいねえ」と泣きながら喜んだ。
それから、私はタエを映画や喫茶店に連れて行くようになった。本気だった。一緒になりたいとさえ思っていた。

半年ほどそんな関係が続いたが、ついに親にばれてしまった。
もちろん、引き裂かれた。タエは田舎に戻され、二度と会うことはなかった。私はそのあと、誰とも結婚しなかった。タエと別れた数年後に始まった戦争で命を落としたのだ。
死ぬとき私は祈った。
「どうか生まれ変わったら、今度こそタエと結ばれますように」
何度も何度も祈った。だから生まれ変わったとき、私は本当に嬉しかった。自分の姿を鏡で見るまでは…。

まさか犬に生まれるなんて思わなかった。しかも、こんなガラスのショーケースに入れられて、人間の好奇の目にさらされるとは。
「ママ、この子可愛い。抱っこしたい」
小さな女の子が不器用に私を抱いた。抱き方が下手でむずむずした。動いて暴れると「くすぐった~い」とのけぞって喜んだ。
可愛い女の子だけど、この子はタエではない。
逢ったらきっとわかると思う。だってタエは私にとって、たったひとりの女性だ。
早くタエを捜さなければ、前世の記憶が消えてしまう。実際少しずつ忘れている。ドッグフードを食べるたびに、耳の後ろを撫でられるたびに、私は完全な犬になりつつある。

人もまばらな午後だった。
「この子売れないわね」
「値段下げようか」
チワワのゲージの前で、店員たちが話している。
このチワワは、私よりずっと長くここにいる。チワワは、店員がいなくなると大きくため息をついた。
「生き物に値段を付けるなんて言語道断。そう思わない?」
私に話しかけてきた。
「しかも値下げだって。失礼しちゃう」
「君は可愛いのに、どうして売れないの?」
「売れないんじゃないの。あたしが飼い主を選んでいるの。気に入らない人には吠えたり手を噛んだりするの。もちろん本気では噛まないけどね」
チワワはなんだかカッコよかった。

「あたし、前世でも売られたの」
「前世も犬だったの?」
「いいえ、人間だったわ」
「人間?」
「家が貧乏だったから売られたの。大きな屋敷の女中になったわ。仕事はきつかったけど、おなか一杯ご飯が食べられたから辛くなかった。でもね、その家の坊ちゃんといい仲になっちゃって、やめさせられたの」
言葉を失った。このチワワはもしや……。

「家に帰ってからは地獄だったわ。父ちゃんに殴られて女郎屋に売られて、そこで結核になって死んだの。あたし死ぬとき祈ったわ。生まれ変わったら、今度は絶対お金持ちになりますようにってね。だからあたし、お金持ちの家に飼われたいの」
「人間だったときの名前は?」
恐る恐る私は聞いた。
「それがね、忘れちゃったの。記憶がね、だんだん消えていくのよ。あたしを不幸にしたお坊ちゃんの名前も忘れちゃったわ。あんなに恨んでいたのにね」
膝ががくがくと震えた。やっとめぐり会えたタエは、私を恨んでいた。その日私は、店員が手をつけられないほど哭いた。

数日後、チワワは幸せそうな夫婦に買われて行った。人間だった記憶はすっかり消えて、愛らしい犬として、ペットショップを去って行った。
私はチワワの幸せを心から願った。もう彼女の名前も思い出せない。人間だったころの記憶は、霞がかかったように不透明だ。
「おやつですよ~」
店員の声に、尻尾を振って応えた。私はもうすぐ、愛らしい完全な犬になる。

*******

公募ガイド「小説虎の穴」で佳作をいただいた作品です。
今回は、先生の講評欄にも作品を取り上げていただきました。
嬉しかったです。ただ、こういう話に前世を持ち出すのは安易だというご指摘も…^^;
次は最優秀目指して頑張ります(…って毎回言ってる)

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コメント 16

dan

とても素敵です。
公募ガイドの選者の講評、好評でしたね。凄いです。リンさんの作品には
一目おいている感じでした。
読んでいて自分のことのように嬉しくて。おめでとうございます。
最優秀期待しています。

by dan (2013-09-10 18:59) 

hiroshi

生還後のぼくのブログにさっそく「nice」をいただき、ありがとうございました。たいへん励まされました。
リンさんの作品を読ませていただいて、松浦理英子の「犬身」を想い出しました。
人と犬が過去というか記憶を共有している点が共通している、というだけなのですが。
今後もどんどん書きつづけてください。
by hiroshi (2013-09-10 21:02) 

ぼんぼちぼちぼち

佳作に選ばれたとはすごいでやすね!
これからも がむばってくださいでやすo(◎o◎)o
by ぼんぼちぼちぼち (2013-09-11 18:42) 

リンさん

<danさん>
ありがとうございます。
公募ガイドの選評も読んで下さったんですか。
最優秀はいただけなかったけど、作家の先生から講評をいただくと本当に嬉しいです。
danさんのコメントも励みになります。ありがとうございました。
by リンさん (2013-09-12 16:28) 

リンさん

<hiroshiさん>
コメントありがとうございます。
かよ湖さんのブログでお名前を見つけて、訪問しました。
素敵な文章でした。
またお邪魔しますね。次はコメント残しま~す^^
by リンさん (2013-09-12 16:30) 

リンさん

<ぼんぼちぼちぼちさん>
ありがとうございます。
はい!頑張って最優秀めざします^^
by リンさん (2013-09-12 16:31) 

矢菱虎犇

短いお話の中にしっかりドラマがあってグイッと読み応えがありました。
さっすがりんさん!
ボクは前世なんか鼻毛の先ほども信じない人間なんで、前世なんか持ち出さて都合のいいハッピーエンドでまとめられても、あんまり楽しめないんです。
だから前世の記憶が消えていくっていう設定のほうが好きだし、せつないムードだなあって感じました。
また遊びに来ます。
by 矢菱虎犇 (2013-09-13 03:04) 

サイトー

佳作おめでとうございます!
今度、公募ガイドをチェックしてみますね~。
by サイトー (2013-09-14 07:09) 

海野久実

公募ガイド発売前に「公募ガイド発表ブログ」で読ませていただきました。

ところで、虎の穴の応募要領が公募ガイド紙面とブログでは違っているのが前から気になっています。

ブログでは。
作品には表紙を付け、表紙にタイトルと氏名のみ併記(それ以外の個人情報は作品には書かないこと)。
別紙に〒住所、氏名、年齢、職業、電話番号を明記。作品にはページ番号をふること。
用紙はA4に設定。横位置で使用し、縦書き。

と言う事なのですが、公募ガイド誌では。
400字詰5枚厳守。ワープロの場合は書式自由。郵送の場合は…(略)作品にはタイトルと氏名のみ併記。
別紙に〒住所、氏名、年齢、職業、電話番号を…(略)

と言う事なので前はタイトルと名前の続きから本文を書いて応募したのですが、次からはブログにあるように表紙を付けて応募しました。

どうしてこういう違いがあるんでしょうね。
応募後にブログの応募要領を見て、「あ!間違ってしまった」と思ってびっくりしたんですよ。
公募ガイドを買っている人と買ってない人を見分ける為?(笑)
まあ、公募ガイドさんに聞けばわかる事なんですが、あれこれ話題にするのも楽しいものですから。
by 海野久実 (2013-09-15 08:42) 

リンさん

<矢菱さん>
ありがとうございます。
たまに前世の記憶がある人っているみたいですね。
ずっと記憶を持っていたら、幸せになれないんじゃないかと思うんですよ。
だから、記憶が消えてなくなることにしました。
また来てくださいね~^^
by リンさん (2013-09-16 13:48) 

リンさん

<サイトーさん>
ありがとうございます。
公募ガイド、ぜひ見てください。
そしてサイトーさんも応募しましょう。
今月のテーマは、近未来です。
by リンさん (2013-09-16 13:50) 

リンさん

<海野久実さん>
あ、私も思いました。
公募の規定が本とネットで違うんですよね。
私は本の規定で毎回送っています。

公募ガイドさんは、とても親切ですよ。
前にメールに原稿添付し忘れちゃったんです(なんてミス)
その時わざわざメールをくれました。
普通の公募では、きっとそのままですよね。
by リンさん (2013-09-16 13:55) 

さきしなのてるりん

目指せ最優秀賞!遠くから祈る!なんちゃって。
すごいですねぇ。尊敬しちゃいます。
継続は力ですか。やっぱり、好きこそものの、、、かな。
見習わなくちゃ、別のことでもあきらめず、、と。
by さきしなのてるりん (2013-09-17 21:35) 

リンさん

<さぎしなのてるりんさん>
ありがとうございます。
最優秀の道はなかなか遠いです^^;
そうですね。やっぱり好きなんでしょうね。
てるりんさんの野菜作りも、私尊敬します^^
by リンさん (2013-09-20 00:06) 

九子

りんさんの生まれ変わりシリーズ、大好きです!いつも楽しくて夢があって!
今回のはちょっと悲しい結末だけど、救いがあっていいですね。( ^-^)
by 九子 (2013-11-12 00:02) 

リンさん

<九子さん>
ありがとうございます。
そうですね。今回はちょっと切ない。
でも、完全な犬になった方が幸せですね。
by リンさん (2013-11-13 16:48) 

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