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右手にカギ [男と女ストーリー]

右手にカギ、左手にゴミ袋を持って、誰もいないリビングに声をかける。
「行ってきます」
当然返事はない。あたりまえだ。
もういい加減に慣れなければ…と苦笑いで外に出る。

通りに出ると、近所の奥さんに挨拶を返す。
「あら、ご主人、ゴミを持って電車に乗るつもり?」
笑われて、ゴミ捨て場を過ぎていたことに気づく。
「いやあ、妻がいないことに、なかなか慣れません」
そう言って頭を掻くと、奥さんは少し気の毒そうな顔をした。

会社に着くと落ち着く。
ここはまったく変わらない。妻がいないことを忘れられる。
困るのは昼休みだ。弁当がないのは、やはり寂しい。
最初の頃は部下が気を使ってくれて「課長、一緒に昼飯行きますか?」と声をかけてくれた。
しかし部下にしても、昼休みまで気を使いたくないだろう。
誘いを断り、もっぱらコンビニ弁当だ。

家に帰ってもひとりなので早く帰っても仕方がない。
だけどいつまでも私が帰らないと、部下たちも帰りづらくなる。
帰り支度をしながら、部下の木村君に話しかける。
「さて、今日は何を食べようか。君なら何を食べる?」
「そりゃあ、肉っすよ。すきやき、しゃぶしゃぶ、焼肉もいいっすね」
木村君はえらい。食べたいものを聞かれて即答できるなんて。
私はいつも妻の問いかけに、「何でもいい」と答えた。
「あなたっていつもそう。その答えがいちばん困るわ」
と口を尖らせた妻の顔を、不意に思い出した。

昼がコンビニ弁当だったから、夜はちゃんと作ろう。
スーパーでの買い物も、慣れたものだ。
袋をぶら下げてカバンの中のカギを探る。玄関前でゴソゴソしたくない。
右手にカギ、左手にスーパーの袋を持って家に向かう。

電気がついている。つけっ放しで出かけたのだ。
泥棒除け…とは言いわけで、帰って来た時に寂しくないようにしているのだ。
誰もいないと知りながら、「ただいま」と言ってみる。

「お帰りなさい」
「…え?」
「お帰りなさい、あなた」
妻がいた。

「おまえ、どうして」
「あいかわらずメール見てないのね。今朝おばあちゃんが退院したから帰って来たのよ。もう大丈夫だって。あなた結構ちゃんとしてたのね。村田さんの奥さんが、ゴミ出しもちゃんとしてたわって教えてくれたのよ。あら、何か買ってきたの?え?魚?あなた魚が食べたかったの?ハンバーグ作っちゃったわ。どうしましょう」
よくしゃべる口だ。2週間ぶりに部屋がにぎやかになった。
「何でもいいよ」と返事をする。
「あなたっていつもそうね。何でもいいしか言えないのかしら」
妻が呆れたように言う。
「おまえが作るものなら何でもいいよ」
少しだけ、照れくさいことを言ってみた。
妻はいそいそと、台所に消えた。いつもの日常が戻った。
私はカギを、カバンの奥へとしまった。

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みかん

男やもめのお話だと思って読んでたんです^^;
そんで亡くなった奥さんの幽霊に会ったんだと思ったら。。。
違った(笑)
リンさんにしてやれてた感じです~
by みかん (2014-03-03 20:35) 

四草めぐる

|電柱|・ω・`)ノ ヤァ

りんさん、お前が作るモノだったらなんだっていいよw
私も言ってみたい四草めぐるです。

やっぱり、いつもの日常が、一番、いいですよね。

非日常にいたから、照れくさい事も口に出す事ができたんですよね。
やっぱり、平和が一番。
では、では。

草々。
by 四草めぐる (2014-03-03 21:37) 

たまきち

リンさんはすごい!
してやられました。
すてきなハッピィエンドです。


by たまきち (2014-03-04 10:30) 

たまきち

http://tama8543.btblog.jp/cm/kulSc4awO53164836/1/
リンさんありがとうございます。転載しました。
今朝ちょうど 主人のことをブログに書いてシンクロしたようです。
by たまきち (2014-03-05 07:02) 

麻乃あぐり

こんにちは、リンさん♪

意味深なタイトルがとてもいいですね♪

物語の序盤で、私はてっきり、
妻の方は先立たれたんだと思ってしまったら、ラストになんと!(笑)

離れてみて、初めて見えてくるものって確かにありますよね。
物語の主人公は、妻が本当に旅立ってしまう前にそのことに気付けて、
これからとても幸せな人生を歩んでいくんだろうなと、
物語の延長線をきれいに描けました♪

by 麻乃あぐり (2014-03-05 12:05) 

リンさん

<みかんさん>
ありがとうございます。
そう思って読んでもらえたら、シメシメって感じです(笑)
by リンさん (2014-03-05 17:21) 

リンさん

<四草めぐるさん>
ありがとうございます。
そうですね。料理を作る方も、「何でもいい」ではテンション上がりませんよ。
ひと言付け加えるだけで、夫婦円満ですね^^
by リンさん (2014-03-05 17:24) 

リンさん

<たまきちさん>
ありがとうございます。
たった2週間でも、夫にとっては大変なんだろうなと思います。
奥さんのありがたみが分かったんじゃないでしょうか^^

転載ありがとうございます。
by リンさん (2014-03-05 17:28) 

リンさん

<麻乃あぐりさん>
ありがとうございます。
タイトルは後から考えたんですが、やっぱりカギを右手に用意するかしないかが、彼の日常を表しているので決めました。

今後、この夫婦はきっといい人生を送りますね。
普段はうるさいと思っていても、いないと寂しい。そういうものですね。
by リンさん (2014-03-05 17:33) 

海野久実

>片手にピストル 心に花束 唇に火の酒 背中に人生を
と来れば沢田研二の歌。
>右に定期券 左に生ごみ
と来ればさだまさしの歌ですよね。
この作品は右手がカギですか。
定期券は必要な時しかポケットから出さないので、右手にカバン、左手に生ごみと来たほうが僕としてはしっくり来ると思っていました。
この作品の場合、そこら辺がちゃんと考えられていて、鍵を持っていたのは玄関を出て鍵を閉めるまでなのが判ります。
帰りにカバンから鍵を取り出す描写があるので、そうか、ショルダー型のカバンなんだなと(笑)ちゃんと絵が想像できました。
なんて、細かいところに気持ちがむいちゃう今日この頃。

この作品、離婚したんだなと思っていた夫婦が実はそうではなかったというのが落ちになっていますが、僕は妻が入院しているのか?離婚しているのか?どっちだろうかなと宙ぶらりんな気持ちで読んでいました。
「あ~なんだ、離婚したんじゃなかったんだ?」と思わせる為には前半に読者にこれは離婚しているなと思わせる描写があったほうがいいような気がしましたが、僕だけかな。
by 海野久実 (2014-03-05 21:53) 

dan

妻を亡くした寂しい夫に同情しつつ読んでいました。
でも悲壮感がないな、もっと辛くて悲しいはず....
ああよかった。そこはかとなくふたりの思いやりが
みえて、いい夫婦だなあと嬉しくなりました。
by dan (2014-03-06 11:49) 

さきしなのてるりん

かみさんに先立たれたと思ってたら、そういうことか。かみさんのいない部屋の冷たい風が吹き抜ける雰囲気、漂ってくる。
by さきしなのてるりん (2014-03-07 20:33) 

かよ湖

これはウマい!!!
私はまんまとハマりました。
「口を尖らせた妻の顔を、不意に思いだした」で離婚か逃げられたかと、確信してしまいました。
「何でもいいよ」がいい味を出していますね。
by かよ湖 (2014-03-08 01:45) 

リンさん

<海野久実さん>
私もそうなんですが、玄関前でカバンをごそごそしたくないんです。
だからこの人は鍵を右手に持って出るんですね。
妻がいたら、鍵なんかかけなくていいのに…と思いながら。

そうですか。離婚だと思ったんですね。
私は妻を亡くした男と思わせたかったんです。
もっと悲壮感を出せばよかったかもしれませんね。
by リンさん (2014-03-08 17:36) 

リンさん

<danさん>
ああ、やっぱり悲壮感が足りませんでしたね。
結局は2週間留守にしているだけだったので、これはこれでよかったのか。
なかなか難しいところですね^^
ありがとうございます。
by リンさん (2014-03-08 17:37) 

リンさん

<さぎしなのてるりんさん>
そうなんです。2週間でも、奥さんがいないと男の人は寂しいんじゃないかな。
たまにはひとりになりたいと思う私は、きっと贅沢なんだわ^^
by リンさん (2014-03-08 17:43) 

リンさん

<かよ湖さん>
ありがとうございます。
やっぱり離婚だと思いましたか^^
「何でもいいよ」は、奥さんの料理が何でも美味しかったからなんですね。
by リンさん (2014-03-08 17:47) 

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