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はつこい [ファンタジー]

僕の初恋は、姉のお雛様だった。
大きな屋敷にあるような七段飾りではなく、お雛様とお内裏様だけの一段飾りだ。
姉はお雛様を飾るたびに、「さわらないでよ」と言った。
だから僕は、少し離れたところから、お雛様を眺めるだけだった。

僕は小学生になった。
母と姉が出かけて、僕は子供番組を見ながらひとりで留守番をしていた。
「くすくす」と笑い声がした。
振り返ると、お雛様が笑っている。
見間違いかと思ったけれど、何度も笑う。
「テレビ、面白いの?」
「ええ、面白いわ。だってこの子、何度叱られても同じいたずらをするんだもの」
「そうだね。チャレンジャーだね」
「キミとは大違いね。キミは、お姉さんが私にさわるなと言ったら、本当にさわらないんだもの。良い子すぎてつまらないわ」
「さわって…いいの?」
「もちろんいいわよ」

僕は、お雛様に初めて触れた。近くで見ると、すごくきれいだ。
「きれいだな」
「ありがとう。お内裏様は、そんなこと言ってくれないわ」
「そうなの?」
「もともと愛なんてないのよ。政略結婚だから」
「せいりゃくけっこん?」
「キミにはわからないでしょうけど、昔はね、自分の気持ちなんて関係ないの。家のために結婚するのよ」
「ふうん」
そのとき、母と姉が帰ってきて、僕は慌ててお雛様を戻した。
「ただいま。あんた、お雛様にさわった?」
「さ、さわってないよ」
「そう。ならいいわ」

その後もお雛様は、僕がひとりのときに話しかけてきた。
たいがいはお内裏様の愚痴だった。
「あの人、何を考えているのかわからないの。ちっとも話さないしね。キミとのおしゃべりの方がずっと楽しいわ」
小学生の僕には、重い話だったけど、なぜかとても嬉しかった。
だけど月日が流れるにつれて、お雛様の愚痴はだんだん減っていった。
「あの人、無口だけど意外と優しいところもあるのよ」
「へえ」
「不器用なのよね。簡単に愛を口にする人より信頼できると思うわ」
「へえ」
「キミは、好きな子はいないの?」
「え?あっ、姉ちゃんが帰ってきた」
そんなふうに、僕たちの楽しい時間は過ぎていった。

姉は中学生になると、お雛様を飾らなくなった。
「どうして飾らないの?」
「勉強が忙しいの。お雛様どころじゃないわ。男のくせにお雛様を飾りたいなんて、あんた、もしかしてオカマ?」
姉の言葉に傷つきながらも、いつしかお雛様を飾らないのが当たり前になり、僕の人知れぬ初恋は終わりを告げた。

さらに月日は流れ、姉は結婚して男の子ふたりの母になった。
その後僕も結婚して、秋に女の子が生まれた。
「まあ、初節句ね。お雛様を買わなくちゃね」
母の言葉に僕は、姉のお雛様を思い出した。
「おれ、姉ちゃんのお雛様が欲しいんだけど」
「あんな古いお雛様より、新しいのを買ったら」
母は言ったけれど、僕はどうしても姉のお雛様がいいと言った。
妻もそれでいいと言ってくれた。
姉は「別にいいけど。あんた、小さいころお雛様にさわらせてもらえなかったのが、よほど悔しかったのね」と笑った。

久しぶりに会ったお雛様は、やはりきれいだった。
もうしゃべることはなかったけれど、見るたびに甘酸っぱい想いが甦る。
娘が3歳になった穏やかな春、家族でお雛様を飾った。
「ねえパパ」
お雛様をじっと見ながら娘が言った。
「せいりゃくけっこんって、なに?」

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コメント 16

まるこ

リンさん、おはようございます。

「僕」の初恋。。。
微笑ましいお話でした^^

時間が経って大人になっていくにつれ
大事にしてたモノも忘れていってしまう・・・っていうのが
ちょっぴし寂しい現実です。。。
しかも再会した時には初恋のお雛様の声ももう聞こえない・・・なんて。
ディズニーのトイストーリーやピーターパンのラストを思い出して
ちょっとジーンとしちゃった!

でもずっと仕舞われたままのお雛様はまた飾ってもらえて
嬉しかったと思う。
今度は「僕」の娘に愚痴を聞いてもらえるし^^
でも政略結婚って・・・(笑)
by まるこ (2017-02-23 10:03) 

海野久実

ちょっときゅんとなるストーリー。
あっけらかんとしたユーモア。
をい!と突っ込みたくなる所もあり。
いいですねえ。
決していつも楽しくすらすら書けるわけではないでしょうけど、創作の汗を感じさせない心温まる一編でした。

by 海野久実 (2017-02-23 16:01) 

SORI

リンさんさん こんばんは
子供にはお雛様の声が聞こえるのですね。ほのぼのとした心地よいお話を楽しく読ませていただきました。
by SORI (2017-02-23 21:00) 

雫石鉄也

海野さんのいうとおりです。
この話、簡単に書いているようですが、けっこう苦労なさっているのではないですか。
料理も、野菜をゆでる、卵をゆでる、魚を焼く、そういうシンプルなものほど難しいのです。ショートショートも同じです。こういうシンプルなものほど書くのは苦労します。
ところでウチのおひなさまです。わたしは気に入ってます。
http://blog.goo.ne.jp/totuzen703/d/20120301
by 雫石鉄也 (2017-02-24 13:17) 

リンさん

<まるこさん>
ありがとうございます。
年上の女性に憧れる、可愛い初恋ですね。
(人形だけどね)

お雛様、やっぱり飾ってほしいよね。

by リンさん (2017-02-24 21:51) 

リンさん

<海野久実さん>
ありがとうございます。
お雛様、子供に何話してるんだって思いますよね(笑)
基本的に楽しく書いていますが、なかなか書けないことも、やはりありますね。


by リンさん (2017-02-24 22:03) 

リンさん

<SORIさん>
ありがとうございます。
子供にだけ聞こえる声。だけど姉には聞こえなかったんでしょうね。
「きれい」と言ってくれる子を選んでいるのかもしれませんね。
by リンさん (2017-02-24 22:13) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
なかなかアイデアが思いつかないときは、とりあえずテーマを決めることが多いです。
今回は「お雛様」でした。
苦労と言えば、この話を書き終えて保存するときに何かの不具合ですべて消えてしまいました。
もう一度書き直しました。

お雛様、拝見しました。
素敵ですね。ちょっとレトロな感じで、可愛らしいです。

by リンさん (2017-02-24 22:23) 

dan

こういう初恋もあるのですね。
ちょっと感動しました。リンさんの作品にはなんかしら
発見があるので、つい肩に力が入ってしまいます。
でも決して裏切られないのがリンさんの力量なのでしょう。
by dan (2017-02-25 11:07) 

お名前(必須)

人形に恋をするなんて江戸川乱歩みたいでやすね。
by お名前(必須) (2017-02-25 12:56) 

リンさん

<danさん>
ありがとうございます。
ちょっと色っぽいお雛様に、幼い僕はキュンとしたのでしょう^^
いつも褒めていただき、ありがとうございます。
by リンさん (2017-02-26 11:29) 

リンさん

<ぼんぼちぼちぼちさん ですよね?>
ありがとうございます。
江戸川乱歩の「人でなしの恋」ですね。
「人間椅子」とか、ちょっと歪んだ異常な愛が多いですね。
by リンさん (2017-02-26 11:34) 

ひと休み

素敵なお話でした。

お姉さんに軽くあしらわれている気弱な「僕」。
僕に話しかけてくれるきれいな雛人形。
雛人形の挑発的な?言葉に心さわぐ僕。
お内裏様をほめるようになって、心みだれる僕。
僕の成長とともに、そっと終わってしまう初恋。
ストーリーの展開に合わせて「僕」の心の動きがひしひしと伝わってきました。
そして、大人になった僕と雛人形との再会。
最後の一行。あっと驚く娘の言葉──。
それを聞いたときの「僕」の思いを想像して、胸がきゅんとしめつけられました。

りんさんて、本当にすごい。
最高の作品だと思います。

by ひと休み (2017-02-27 23:19) 

リンさん

<ひと休みさん>
ありがとうございます。
いつも褒めていただいて、木に登ってしまいそうです。
お雛様も、案外かわいい坊やが好きだったのかもしれませんね。
そうなると、娘に話しかけたのはもしかしてお内裏様?

by リンさん (2017-03-03 18:38) 

アブダビ

はじめましてアブダビと申します。
読みました。ふー!
お雛様…か。
「子連れ狼」の中で、宿場に来た刺客が女郎になるのを拒否した娘の身代わりとなり、拷問を請け負う話があります。
苦痛の悲鳴を出す事なく受け押せた刺客は、
やがて女郎主に再見して、彼女でなく、女郎の遺髪と遺服でできた「お雛様」の頚を切って去る。標的は女郎主でなく、奉公中に死んだ女郎雛人形だった…。

35年前に江東区の私娼窟たった町で、元娼館の屋敷に下宿をいたしました。
一階で商売をしていましたが、看板を観ると
[満月][満月]楼」て文字が薄っすら見える。
その家ではお雛様他の人形を飾るのですが、
新しい物と、古ぼけた物の差が激しい。

事情を聞きますと、その大家の親族は売春宿を経営していたそうで。人形は娼婦が年季明けで残していった服を流用してるそうです。
毎年、一体づつ、回行して、一つずつに新しいものと変えてたそうです。
売春禁止法が定められた時から行ってるそうです。
近くには病死した娼婦を祀る石碑もあったから、悲劇は山ほどあったのでしょう。
そんな経験があるので、雛人形に対する妄執が強く感じられて、私にはホラーでした。
by アブダビ (2017-03-10 00:41) 

リンさん

<アブダビさん>
訪問、コメントありがとうございます。
雫石さんのところで、お名前は拝見しておりました。

お雛様にまつわる、そんなお話があったのですね。
小説になりそうな切なくて温かい話です。
たしかにちょっとホラーの匂いもしますね。
by リンさん (2017-03-11 15:03) 

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