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傘の花 [公募]

春から夏にかけて、たくさんの花が咲くけれど、私にとって最も愛しいのは「傘の花」だ。
雨上がりの澄んだ光の中、六つの傘の花が軒先に咲く。それは我家の幸せの象徴だ。

夫の黒い傘、私の赤い傘、長女の夕菜はオレンジの傘、長男の海斗は青い傘、次男の草太は緑の傘、末っ子の桃香はピンクの傘。
それぞれのカラーが、右から大きい順に並んでいる。
通りすがりの人が目を細めるほど、それは微笑ましい風景だった。

**
雨が降り続いている。六つの傘が軒下に咲くことは、もうない。
家族で出かけたハイキングの帰り道、突然の集中豪雨に見舞われ、私たちが乗ったバスがスリップして崖から転落した。家族の中で、私だけが生き残ってしまった。

あの日から、ずっと雨が続いている。
色のないこの部屋に、雑音のような雨音が絶え間なく聞こえる。
気が狂いそうな寂しさに耐えながら、楽しかった日々を思い出そうとしても、雨は私の心にまで降り続き、やがて嵐のようにすべてを奪ってしまうのだ。

雨が続いているせいで、昼も夜も暗い。
日にちの感覚がわからないほど、私の心が壊れかけている。そんなときだった。
容赦なく窓ガラスを打ち付ける雨音に混ざって、子供たちの声が聞こえてきた。
「お母さん、算数のテストで百点とったよ」
しっかり者の夕菜の声。優しくて、お手伝いもよくしてくれた。
「お母さん、サッカーの大会で点入れたよ」
元気な海斗の声。負けず嫌いな頑張り屋さん。運動会ではいつも一等だった。
「お母さん、家族の絵を先生に褒められたよ」
おっとりしている草太の声。時々大人みたいことを言って驚かせてくれた。
「お母さん、桃ちゃんひとりで、お買い物に行けたよ」
甘えん坊の桃香の声。おしゃれが大好きで、幼稚園にはいつも違うリボンを付けて行った。

あなたたちはどこにいるの? この雨の中に閉じ込められているの? 
子供たちに逢えるなら、嵐の中でも飛び込んで行く。
本当にそう思っているのに、なぜか私の体は雨を恐れていて、外に飛び出すことができない。

リビングに置かれた茶色のソファーには、いつも誰かが座っていた。
夜になると、三人掛けのソファーを奪い合うように、夫と四人の子供たちが押し合いながら座っていた。
根負けして最初にソファーを下りるのは決まって草太で、子供と一緒になってはしゃぐ夫を、私が何度もたしなめたものだ。

今私は、一日中ソファーにいる。占領する私に、「ずるーい、お母さん」と誰かが言ってくれるまで、ずっとソファーに座っている。
ふと、小さな歌声が聞こえてきた。
雑音のような雨音がいつの間にか消えて、代わりに聞こえてきたのは小鳥のさえずりだ。
長い雨が、ようやく止んだ。

私はソファーから体を起こし、窓辺に近づいた。
どんよりと暗かった空に光がさしていて、その先に大きな虹が出ていた。
「まあ、きれい」
虹が出ているよと、子供たちに声をかけそうになって、いないのだと気づいた。
ため息混じりにうつむいて、窓を閉めようとした私の目に、七色の虹よりもずっと愛しい、五つの色が飛び込んできた。
軒先に五色の傘の花が咲いていた。
夫の黒い傘、夕菜のオレンジの傘、海斗の青い傘、草太の緑の傘、桃香のピンクの傘。
右から大きい順に並んでいる。
「五人でお出かけしたのね。お母さんも連れて行って欲しかったな」
手をのばしたら、五つの傘はふわりと宙に浮いて、空へと昇っていく。
「待って。私も連れて行って」
私は、重い体を思い切り伸ばして、黒い夫の傘の柄を、ようやく掴んだ。
連れて行って。あなたたちの世界に、私を連れて行って。

硬くて冷たいはずの傘の柄が、温かくて柔らかいものに変わり、子供たちの声が近くに聞こえた。
もうすぐ逢える。空の上に行ったら、みんなで虹を見下ろそうね。

**
目が覚めたら、夫が私の手を握っていた。
「よかった。戻ってきてくれたんだね」
夫の後ろで、子供たちが泣いていた。
身体の痛みと、子供たちの腕や足に巻かれた包帯で、私は現実を知った。

あのバスの事故で、私だけが意識不明の重体だった。
土砂降りの世界から、夫と子供たちが私を救ってくれたのだ。
「お母さん、虹が出てるよ」
桃香が小さな手で指さした。
夕菜がカーテンを開けてくれて、海斗があそこだよと教えてくれて、草太が上手に絵を描いてくれた。

明日、我家の軒先に、傘の花が咲く。


******
公募ガイド「TO-BE小説工房」で佳作をいただきました。
課題は「かさ」です。
いろんな「かさ」がありますね。勉強になります。
今月の課題は「切符」です。まだ何も浮かびません。


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あべせつ

りんさん、御入賞おめでとうございます(*^▽^)/★*☆♪

最初は悲しいお話かと思いましたが、最後でほっといたしました。

読後感の良い、優しいお話は、りんさんらしくて、とても良かったと思います。

最優秀賞作品は、「嵩」のほうでしたね。

私も「嵩」「瘡」「笠」「暈」など、ありとあらゆる「かさ」をいれて書いて見ましたが、見事落選でありました(笑)

次の切符も苦戦中でありますが、何とか頑張りたいと思います。

りんさんのお作品を楽しみにしていますね(* ̄∇ ̄)ノ
by あべせつ (2017-08-09 18:15) 

SORI

リンさんさん おはようございます。
佳作、おめでとうございます。
みんなが生きていてほっとさせられるお話でした。鮮やかな傘の花がまた見れることになる心地よいお話でした。
by SORI (2017-08-10 10:11) 

雫石鉄也

なかなか、読まされました。
哀しさが胸に迫りました。
ただ、オチを夢オチに持っていかない方が、良かったと私は思います。

もうすぐ逢える。空の上に行ったら、みんなで虹を見下ろそうね。

 先月21日に起こったバス転落事故で、ただ一人の生存者で、意識不明の重体だった、○○△△さん(35歳)が、今朝、亡くなりました。これで、この事故では乗客乗員32名全員が亡くなりました。

哀しい話は哀しいまま終わったほうが、私は良いと思います。
by 雫石鉄也 (2017-08-10 14:06) 

まるこ

リンさん、こんにちは。

涙腺、何度も緩みそうになりました。
家族を思い、後を追っちゃったんだろうか・・・と。
思った直後のラストのドンデン返し。
さすがです。
読み終えた後、自分にも虹が見えた気がしました。
安堵感漂うとても後味の良いお話でした。

佳作、おめでとうございますっ!!!
by まるこ (2017-08-10 15:58) 

傍目八目

りんさん、佳作おめでとうございます。私は迷走しておりますよー。
りんさんの作品はどれもハイレベルですが、特に家族物が良いです。ハッピーエンドでもバッドエンドでも、リアル感があります。
立秋を過ぎましたが、夏休みの宿題(1Pとか!)進んでいますか?
by 傍目八目 (2017-08-11 08:55) 

家間歳和

佳作おめでとうございます。
はっきりと映像が浮かぶ傘の使い方が良いですね。勉強になります。
最後まで読んで、途中の子どもたちの会話が、
なるほど、眠っているときに聞こえていた語りかけだったのかな
と思い、もう一度読み返しました。
目覚めたときのお話の落差も、心地良かったです。
by 家間歳和 (2017-08-11 10:24) 

リンさん

<あべせつさん>
ありがとうございます。
いろんな漢字をご存じで感心してしまいました。
私は端から「傘」しか浮かびませんでした。
いろんな意味があるということは、作品もバラエティに富んでいるということですよね。
だから難しいのかもしれません。

切符は、やっぱり駅ですかね?
難しいです。

by リンさん (2017-08-12 10:33) 

リンさん

<SORIさん>
ありがとうございます。
子供の傘がベランダに干してある風景って、幸せを感じますよね。
だからやっぱりラストは、ほのぼのしたものにしたかったです。

by リンさん (2017-08-12 10:37) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
なるほど。
ひとり残されるより、家族の待つ天国へ行くことで幸せになるという話ですね。
そういうのもアリだと思います。
雫石さんのコメントを読んで、面白いと思いました。
でも、やっぱりちょっと悲しいですね。
by リンさん (2017-08-12 10:40) 

リンさん

<まるこさん>
ありがとうございます。
子供たちの声と、手を握っていた夫によって救われたというお話です。
家族の有難みを「傘」で表現してみました。
この家に再び傘の花が咲くことを祈ります^^

by リンさん (2017-08-12 10:43) 

リンさん

<傍目八目さん>
ありがとうございます。
夏休みの宿題ですか(笑)
なんとか頑張っています(1Pは清書して出すだけになってます)
あとは、31日締め切りのアレ。まだ8枚しか書けてません。
「切符」は、話すら浮かんでません。
何とかしないとですね^^;

by リンさん (2017-08-12 10:47) 

リンさん

<家間歳和さん>
ありがとうございます。
そうです。
ずっと雨の音しか聞こえない場所から、子供たちの声が聞こえて、ついには意識が戻るんです。
そのあたりをわかりやすく書くのが、難しかったです。
by リンさん (2017-08-12 10:52) 

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