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身代わり雛 [ファンタジー]

お雛様には、不思議な力があるのです。
最初にそれを知ったのは、一人娘の桃香が小学生のときでした。

2月のよく晴れた日に、お雛様を飾りました。
三段のひな壇に人形を並べると、家の中が華やかになりました。
一気に春が来たようです。

飾ったときは何ともなかったのですが、一息入れようとお茶を飲んでふと見ると、お雛様の手が曲がっています。
「おかしいわね。さっきまで曲がっていなかったわ」
不思議に思っていると、桃香が学校から帰ってきました。
手首をさすっています。
「どうしたの?」
「そこで転んだの。へんなふうにひねっちゃったけど、もう大丈夫」
桃香の手は、少しコンクリートで擦った跡がありましたが痛みはないようです。
私は思いました。
もしかして、お雛様が身代わりになってくれたのではないかと。
そんな話をおばあちゃんから聞いたことがありました。
人形が、子供を守ってくれるという言い伝えです。

その後も、不思議なことは続きました。
自転車で転んで額に傷が出来たときも、いつのまにかきれいに消えていました。
代わりにお雛様の額に、深い傷がついていたのです。
指にやけどをした時も、お雛様の指が赤くなり、桃香の指に跡が残ることはありませんでした。

そんなふうにお雛様に守られながら、桃香は大人になりました。
18歳になり、東京の大学に行った桃香は、家を出て一人暮らしを始めました。
心にぽっかり穴が空いたようでした。
その時から、私はお雛様を飾らなくなりました。

そして去年、桃香は東京で知り合った人と結婚しました。
大学を卒業したばかりでした。
早すぎると、夫も私も反対しましたが、桃香の気持ちは変わりませんでした。
もうこの家で一緒にお雛様を飾ることはないのだと、少し寂しくなりました。

ちゃんとやっているのかしら。
親の気も知らずに、桃香はあまり帰ってきません。
時々電話をしても、「心配しないで」とすぐに切られてしまいます。

春が近づいてきました。
私は、ふと思いついて、お雛様を出してみました。
娘がいなくても、ひな祭りを楽しもうと思いました。
私も昔は女の子だったのですから。

押し入れから出したお雛様を見て、驚きました。
お雛様は傷だらけでした。
あちらこちらに傷があり、唇の端が切れて血のように赤くなっています。
泣いているような目で、私を見ました。
はっとしました。
私は、取るものも取り合わず、東京へ向かいました。

突然訪ねた私に、桃香は戸惑いを隠せませんでした。
桃香の夫はなおさら動揺しました。
そのはずです。桃香の顔は、たった今殴られたように腫れていました。
体にもたくさんの痣がありました。
DVです。真面目そうに見えたこの男に、桃香はずっと怯えていたのです。

私は、桃香を連れて帰りました。
感情を失くしたようにうつむいていた桃香は、傷だらけのお雛様を見て泣きました。
子供のように泣きじゃくりました。
桃香の痣が、だんだんにお雛様に移り、お雛様はまっ黒になりました。
「ごめんね、ごめんね」

私は桃香の背中をゆっくりさすりました。
「来年は、一緒に飾ろうね。お雛様」
桃香はまっ黒になったお雛様を抱きしめて、小さく頷きました。

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恋人は受験生 [男と女ストーリー]

慎ちゃんは受験生。
1年浪人したから、今年こそは合格してほしい。
だから私は、逢いたいのをじっとこらえて我慢している。

クリスマスも、お正月も、慎ちゃんは部屋にこもって勉強をしていたみたい。
初詣で買った受験のお守りを届けに行ったとき、おばさんがそう言っていた。
ぼーっとしていて私に甘えてばかりの慎ちゃんが、そんなに頑張っているなんて。
だから邪魔しないように、そっと祈っている。
絶対に合格してね。

寂しいけど大丈夫。
最近は、目を閉じれば慎ちゃんの存在を感じることが出来る。
すぐそばにいるみたいで落ち着く。
春になったら、たくさん遊ぼう。サクラ咲きますように。

「でも会いたいな」と思っていたら、受験の前日に慎ちゃんが会いに来てくれた。
3か月ぶりに会った慎ちゃんは、すっかりやつれて少しやせたみたい。
「慎ちゃん、大丈夫?無理してない?」
「大丈夫」と笑った顔は変わっていない。
「受験明日だね」
「うん。それで、君にお願いがあるんだ」
「なに?慎ちゃんのためなら何でもするよ」
「明日、一緒に試験会場に来てほしい」
「うん。いいよ。不安なんだね。会場まで一緒に行くよ」
「それで、僕と一緒に試験受けてくれる?」
「ん?…それは無理でしょ」

すると慎ちゃんは、ポケットから瓶に入った薬を取り出した。
「これ、透明人間になる薬。3日前にやっと完成したの。これで透明になって僕と一緒に試験受けてよ。…っていうか、こっそり答え教えて」
「はあ?何言ってんの?」
「大丈夫。実験済みだから。僕、何度か透明になって君に会いに行ったんだよ。気配感じなかった?」
うそ。慎ちゃんに散らかった部屋を見られてた? いや、そんなことより。
「慎ちゃん、完成したの3日前って言ったよね。もしかしてずっと部屋にこもってその薬作ってたの?」
「うん」
「受験勉強は?」
「しないよ。だってさ、こっちの方が確実でしょ。君、難しい大学に現役合格してるんだから、僕よりずっと頭いいでしょ」

呆れた。私は、透明人間になるという薬を眺めながら言った。
「慎ちゃん、こんな薬が発明できたなら、大学受験なんてしなくてよくない?」
これが本当なら、世紀の大発明だ。大学の方から彼を欲しがる。
「え?なんで?」って首をかしげる慎ちゃん。
馬鹿なのか天才なのか、一周回ってやっぱり馬鹿なの?
だけど一生彼のマネジメントをする価値は、あるんじゃないかしら。
薬は私、飲まないけどね。
とぼけた顔の慎ちゃんを抱きしめて、3か月分のキスをした。

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うるう年だよ、フェブラリー [ファンタジー]

「しくしく、しくしく」
「どうしたの? フェブラリー、何を泣いているの?」
「マーチ、聞いてよ。今年はうるう年よ。29日間も働かなきゃならないのよ。ああもう地獄だわ」
「なんだ、そんなことか。別にいいだろう。僕なんか毎年31日まで働いているよ」
「じゃあマーチは、今年だけ32日働けって言われたらどうする?」
「そりゃあ嫌だよ。それじゃなくても僕たち31日組はエイプリルやジューンたちより多く働いているんだ」
「でしょう? 一日多く働くって大変なことよ。体が28日に慣れちゃってるもの」
「まあ、気持ちはわかるけどさ、4年に一度なんだから頑張れよ」
「じゃあ、ご褒美ちょうだい」
「え? な、なんで?」
「人間だって多く働いたら残業手当が出るでしょう? それと同じよ」
「いや、僕はフェブラリーの雇い主じゃないし。ただの同僚だよ」
「いつも偉そうなこと言ってるくせに、逃げるのね」
「いやいやいや、おかしいだろう」
「ブラック企業だわ。労働基準局に訴えてやる」
「無駄だと思うよ」
「マーチ、わたし、みんなの賛同を集めてくるわ」
「無駄だよ。あ、行っちゃった。まったくこういう行動だけは早いな」

「ただいま」
「あ、帰ってきた。どうだった? 無駄足だったでしょ」
「いいえ。オーガストの賛同を得たわ」
「オーガスト? なぜ?」
「今年から山の日っていう祝日が増えて大忙しらしいわ。あとオリンピックもあるでしょう。ボーナスくれなきゃストライキだって」
「ちょっと、それ困るよ。8月がなくなったら大変だよ」
「夏休みが短くなるわ」
「盆踊り大会が出来なくなる」
「ねぶたは? 大文字焼は?」
「フェブラリー、大変だ。2月29日の分は僕が代わりに働いてあげるから、オーガストを説得してくれ」
「ホント! じゃあマーチ、お願いね。わたし、オーガストに会ってくる。今夜は帰らないかも」
「はあ? どういうこと? オーガストには彼女がいるだろう。たしかジューンと付き合ってるよね」
「いいの。二股とか不倫とか、今流行ってるでしょ」
「フェブラリー、言ってもいい? ……ゲス!」

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暗殺者の恋 [ミステリー?]

― あたしはスナイパー。
狙撃命令が出たら、どこへでも行くの。
今回のターゲットは、愛しい彼。
何度も彼の狙撃を依頼されたけど、そのたびにうまく逃げるのよ。
悪い男なの。だけどとてもタフなやつ。いつのまにか、愛してしまった。
一生結ばれない恋だとわかっている。

あたしはスナイパーだから、愛する男でも容赦なく殺す。
それがあたしの使命なの。
殺したいほど愛してる。
出来ることなら、逃げて生き延びてほしい。
だけどあなたは、きっとあたしを待っているでしょう。
あたしたち、あの場所でしか交わることが出来ないのだから。
さあ、時間だわ。行きましょう。―


― もうすぐ彼女がやってくる。
わかっている。彼女はおれを殺しに来る。
彼女になら、殺されたってかまわない。
いっそ殺してほしい。
おれの愛は命がけだ。
決して交わることのないおれたちだけど、この愛は永遠だ。

彼女が来た。
やはり凄腕のスナイパーだ。
仲間を次々に撃っていく。
さあ、おれの番だぜ。
そのまっすぐな瞳、ゾクゾクするぜ。―


「あ~、すっかり風邪が治ったわ」
「薬が効いたんだな」

彼はウイルス、そして彼女は特効薬。

「はっくしょん」
「あらやだ。私の風邪がうつった?」
「そうみたい。はっくしょん」

― おれは生きている。ああ、また死に損なったか。― 
― うまく逃げたようね。さすが私の愛した男だわ。―

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非常階段 [公募]

ホテルのエレベーターが突然止まった。乗客は一組のカップルだけだ。
上質なスーツを着た30代の男と、同じく30代と思われる黒いドレスの女。
小さく悲鳴をあげてよろけた女を、男が抱きとめた。
ふたりは、最上階のレストランに向かっていた。
「まだ25階じゃないの。一体どうしたの?」
「何かあったのかな」

そのとき扉が開き、緊迫した様子の警備員が、すぐにエレベーターを降りるように告げた。
「上の階で爆発がありました。危険なのでエレベーターは使えません。あちらの非常階段で降りてください」
「爆発だって? 誰も騒いでないじゃないか」
「この階には他のお客様はいません。さあ、急いでください」
男は少し不審に思ったが、騒ぎに巻き込まれるのはまずい。
男には妻がいて、女には夫がいる。お互いに人目を忍ぶ関係である。

警備員に誘導された非常階段は、恐ろしく急だった。
風が下から吹き上げてきて、女はドレスの裾を押えた。
下を見ると目眩がしそうだ。しかし止まっているわけにもいかない。
男は手すりに掴まり、階段を下り始めた。
「ちょっと待ってよ。早いわよ」
「そんなハイヒールを履いてるからだ。脱げ」
「いやよ。足が冷たいじゃないの」

5階ほど下りたところで男は首を傾げた。
「なあ、爆発が起きたのに、避難してるのが俺たちだけって、おかしくないか?」
「そうね。大した爆発じゃなかったのかも。あの警備員が大げさだったのかしら」
フロアに戻ろうとドアノブに手をかけたが鍵がかかっている。その下の階も同じだ。
「階段を下りるしかなさそうね」
女が息を切らしている。
「運動不足じゃないのか?」
「お互い様よ。あなただって最近お腹が出てきたわよ」
「女房みたいなこと言うなよ」
「あっ、そのセリフ、タブーよ」

半分くらい下りただろうか。
ふたりの口数は徐々に減り、互いを気遣う余裕さえ失くしていった。
階段は、上るより下りる方がはるかに神経を使う。足がガクガクする。
薄暗い夕闇がせまる中、まるで終わりのない不思議絵の階段のように思えて気が滅入る。

「もういや。足が痛いわ」
「だから、靴を脱げと言っただろう」
苛立って投げた言葉を返すように、女がハイヒールを投げつけ、男の後頭部を直撃した。
「イテッ、何するんだよ。危ねーな」
「脱げって言ったから脱いだのよ」
ハイヒールは、羨ましいほどの勢いで、階段を転げ落ちて行った。
「下に降りたら新しいのを買ってよね」
「はあ? 自分で買えよ。ダンナのカード使いまくってるくせに」
「家族の話題はタブーでしょ。イエローカード二枚で退場よ」
「ああ、今すぐこの場からもお前からも退場したいよ」
ふたりは険悪な空気の中、ただ下に降りることだけを考えて足を動かした。
感覚が麻痺してくる。
なぜここにいて、なぜこれほどに辛い思いをしているのか、考えることも億劫になっていた。

へとへとになりながら、ようやくビルの裏手にたどり着いた。
何もなかったように静まり返っている。
表にまわると、いつもと同じ煌びやかなイルミネーションと、笑顔で賑わう多くの人々。
爆弾騒ぎなど、本当にあったのか。
そんなことはどうでもいい。ふたりは疲れ切っていた。

男は、裸足の女をタクシーに乗せ、投げるように札を渡した。
この女とは、これっきりだ。もちろん女もまた、同じことを思った。
ネクタイを緩め、汗をぬぐった。早く帰りたい。
12月の夜の街、男は無性に妻の手料理が恋しかった。

その頃、男の妻はホテル最上階のレストランにいた。
オペラグラスで疲れ切った男と女を楽しそうに眺めた後、連れの男とシャンパングラスを合わせた。
「いい気味ね」
「無様だな」
「ところであなた、あの警備員にいくら握らせたの?」
「浮気女を懲らしめるためなら安いもんさ」

連れの男は、女の夫である。
「それで、この後どうする?」
「そうね。どうしようかしら」
ふたりは二杯目のシャンパングラスを軽く合わせて見つめ合った。

******
公募ガイドTO-BE小説工房でボツだった作品です。
テーマは「階段」。
もうすっかり自信を無くしてしまいました。
どうすりゃいいのさ。

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ラブ・スクエア [男と女ストーリー]

あたしは玲くんが好きで、玲くんは由里ちゃんが好きで、由里ちゃんは智くんが好きで、智くんはあたしが好き。

三角関係ならぬ、四角関係なの。
4人は高校のクラスメイト。とても仲良しだけど、恋の行方は前途多難。
今の友人関係を壊したくないから、みんな密かな恋心を隠しているの。

そんなある日、由里ちゃんがついに動き出した。
「ねえ、ちはる、私、智くんに告白しようと思う」
「え、マジで」
「バレンタインにチョコ渡して、好きって言うの。ねえ、ちはる、応援してくれる?」
「もちろんだよ。がんばって」
あたしは心の中でガッツポーズ。
だって、由里ちゃんと智くんがうまくいったら、玲くんは由里ちゃんを諦めて、あたしの彼氏になるかもしれない。
あたしはその時を待てばいい。

いや、やっぱりダメ。待っているだけなんてずるいよね。
あたしもバレンタインに告白しよう。由里ちゃんに負けていられない。
そんなわけで、2月14日の日曜日、あたしは玲くんを呼び出した。

「このあとバイトだから、あんまり時間ないんだけど」
私服の玲くん、やっぱりイケてる。
「ごめんね。どうしても今日、チョコを渡したかったの」
あたしは奮発して買ったゴディバのチョコを渡した。
「お、サンキュー、ちはる」
「あのね、玲くん、あたし…」
「やった!チョコ2個目!」
「2個目?」
「うん。さっき由里からもらったんだ」
「ええ? 由里ちゃんがチョコを?」
「そう。わざわざ休みの日にチョコ持ってくるなんてさ、やっぱりそういうことだよな」
「どういうこと?」
「だから、由里がおれを好きってことだろ」
いや、いや、いや…。ちょっと待ってよ。
あたしも休日にわざわざ持ってきたじゃん。

「じつはさ、おれも由里が好きなんだよね。明日告白しようかな。なあ、ちはる、応援してくれるよな」
え? いや、なんでそうなるの?
「あ、バイトの時間だ。じゃあな、ちはる。チョコありがとう。義理でも嬉しいよ」
玲くんは手を振って出て行った。
おい、ちょっと待て。義理でゴディバ渡すか!

その夜、由里ちゃんに電話した。
「え? 玲くんにチョコ? うん、ついでにあげたよ。スーパーで買った300円の義理チョコだけどね。あ、それからね、私、智くんと付き合うことになったよ。智くん、ちはるが好きだったけど、チョコもらえなかったから、もう諦めるって。明日から私たち、彼氏と彼女だよ。でもね、今まで通り友達だからね」
幸せオーラ全開の電話が切れて、あたしはボーゼン。

あれ、ちょっと待って。
あたしは玲くんが好きで、玲くんは由里ちゃんが好きで、由里ちゃんは智くんが好きで、智くんも由里ちゃんが好きで…。
あれれ? 三角関係+あたし?

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ゴディバのチョコ。
私は買ったことはありません。これは娘の^^

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コインランドリーの女王 [ミステリー?]

彼女は赤いポルシェでやってくる。
胸元で揺れるきれいな長い髪、体型がそのまま出るようなミニのワンピース。
もちろんプロポーションは抜群だ。
右手にピンクの大きなバッグ。
左手に車のキーをじゃらりと鳴らし、ヒールの音を響かせる。

ここは、町はずれのコインランドリー。客は一人暮らしの男ばかり。
彼女が入ってくると誰もが道を開ける。
「こちらにどうぞ」
と、僕(しもべ)のように空いている機械を案内する者もいる。
「ありがとう」
彼女がサングラスを外して微笑むと、ハートの矢が刺さったようにメロメロになる。

コインランドリーに投げ込まれる色とりどりの下着たち。
それを見ただけで鼻血をだす学生は数知れず、コインを入れる仕草にさえも誰もがときめく。
「どうぞ」
彼女のために椅子を空けると、優雅に微笑み足を組む。
ヘッドフォンで音楽を聴き、時にリズムに合わせて体をくねらせる。
ああ、なんてセクシー。

彼女のランドリーが終わるまで、帰る男はひとりもいない。
とっくに終わっているやつも、スマホゲームに夢中のふりをしながら彼女をチラ見する。
そして彼女がすべてを終えて、魅力的なヒップラインを揺らしながらポルシェに乗り込むのを見届け、僕らは無言でそれぞれのアパートに帰る。
安アパートの電気をつけて、僕らはようやく現実に戻る。

僕らは彼女を、クイーンと呼んだ。
クイーンが来るのは月・水・金の午後8時。いつも時間ピッタリだ。
そしてそれは、金曜の夜だった。
いつものようにクイーンが来て、僕らを翻弄させて出て行った。
僕はその日、原付バイクで来ていたから、興味本位でポルシェを追った。
追いつくはずもないと思ったが、ポルシェは意外とゆっくり走った。
そして古いアパートも前で停まった。
ここがクイーンの家?まさか、こんなボロアパートに住んでいるはずがない。
そう思ったとき、ポルシェのドアが開いて女が出てきた。

「え?」
それは、まったくの別人だった。
よれよれのスエット上下に、無造作に束ねたぼさぼさの髪。サンダル履き。
ポルシェ違いか?いや、たしかにクイーンのポルシェだ。ナンバーも同じだ。
じゃあ、クイーンはどこに行ったんだ。
ぼさぼさの女は、クイーンが持っていたのと同じピンクのバッグを持って、アパートの階段を上がっていく。何が何だかわからない。
次の瞬間、まっ赤なポルシェが突然消えて、古ぼけた軽自動車に変わった。
まるでかぼちゃの馬車みたいだ。魔法が解けたシンデレラ?
僕は、キツネにつままれたように首をひねりながら帰った。

月曜日、クイーンはいつものようにコインランドリーにやってきた。
相変わらず美しくセクシーだ。
僕は、金曜日のことを確かめたくて、ポルシェの鍵を隠した。
クイーンが音楽を聴いているときに、こっそり自分のポケットに入れた。
帰ろうとしたクイーンは、焦って鍵を探した。
「ここに置いた鍵、誰か知らない?」
みんなクイーンのために鍵を探している。時間がどんどん過ぎていく。

5分後、彼女の魔法が解けた。
ぼさぼさの髪、毛玉だらけのスエット。ノーメイクの平凡な顔。
「え?あんた誰?」
取り巻きだった男たちは、見てはいけないものを見てしまったようにうろたえた。
僕がポケットから鍵を出すと、彼女は泣きそうな顔で僕をにらみ、奪うようにつかんで出て行った。
ポルシェは、もちろん軽自動車に変わっていた。
もうここには、おそらく来ないだろう。
「何だアレ?」「普通の女じゃん」「夢でも見てたのか?」
男たちは、事態が飲み込めないまま帰って行った。
僕は、罪悪感と、何とも言えない喪失感を拭いきれなかった。

水曜日の夜、僕の原付バイクが、突然まっ赤なポルシェに変わった。
上質なスーツと整ったさわやかなルックス。
憧れていた男になっている。
今度は僕の番なのか?
おそらく魔法は1時間余りで切れるのだろう。
さてどうしよう。
僕はとりあえずコインランドリーに向かった。
いつもは男ばかりのコインランドリーが、女子大生のたまり場になっていた。
彼女たちは、目をハートにして僕を迎えた。

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俺の遺書 [コメディー]

彼は遺書を書いていた。
『お父さん、お母さん、先立つ不孝をお許しください』

うーん、硬いなあ。最後までつまらないやつだと言われたくないな。
だいたい「お父さん、お母さん」っていうのが真面目すぎてダメだな。

『おやじ、おふくろ』
うん、これくらいワイルドな方がいい。

『おやじ、おふくろ、今まで育ててくれてマジThank you。
先立つ不孝、マジsorry。
思い出すのは運動会。おふくろ弁当マジ美味い。おやじの声援マジウザい。
休日家族でデパート巡り。迷子になってマジ号泣。
涙の再会。マジ感じたぜ、親子愛。Oh-baby
Thank youパパ、ママ。好きな食べ物ピザ、ハンバーグ』

ああ、なんかノッてきた。

『中学初恋、可愛いあの子。LINEアカウント聞けずに撃沈。
俺のハートはブレイク寸前。誰か助けてOh my god。
修学旅行、インフルエンザ。体育祭は足捻挫。
俺のハートはブレイク寸前。誰か助けてOh my god。
Thank youパパ、ママ。好きな食べ物ピザ、ハンバーグ』
*Thank youパパ、ママ。好きな食べ物ピザ、ハンバーグ
*繰り返し』

すげえ、俺って作詞の才能あるかも。CDデビューも夢じゃない。

「タカシ~、ご飯よ。あら、作詞してるの?あんたバンドでもやるの?」
「ああ、見るんじゃねえよ、クソババア」
「なんですって。失恋して落ち込んでるだろうと思って、せっかくピザとハンバーグ作ったのに。食べたくないの?」
「あ、ごめんなさい、食べます。マジ感謝だぜ、母ちゃん!」

彼の遺書が世に出ることはなかった。
いや、もはや彼は、遺書を書いていたことすら忘れているだろう。
そして彼がCDデビューすることも、おそらくないだろう。

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