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遅刻の言い訳 [コメディー]

入社早々、3度目の遅刻だ。
まずい。怒られる。言い訳を考えなければ。
「駅のホームで線路に落ちた老人を助けた」というのはどうだろう。
その人を介抱して電車に乗り遅れた。
そうだ。そうしよう。

会社に着いて上司に言い訳をしようとしたら、いきなり握手を求められた。
「スズキくん。君はなんて勇敢なんだ」
「は?」
「ホームに落ちた老人を助けて、介抱までするなんて」
ええ? どういうこと? 僕の考えた言い訳が本当になってる?
「スズキさん、あなたは素晴らしいわ。ネットですごい反響よ」
営業部のマドンナ、景子さんが目をキラキラさせている。
何だかよくわからないけど、僕は頭を掻いた。
「いやあ、当然のことをしただけですよ」

1週間後、また遅刻をした。
今度の言い訳はどうしよう。
「迷子の子供を保護して家まで送り届けた」っていうのはどうだろう。
よし、それでいこう。
会社に行くと、上司が目を潤ませて僕の肩をつかんだ。
「迷子の子供を保護したんだってな。えらいぞ、スズキ」
「え?」
「ネットで大騒ぎよ。スズキさん、子供にも優しいのね」
景子さんも目を潤ませている。
どうやら僕が考えた言い訳は、本当になるようだ。
「子供は日本の宝ですから、当然ですよ」

次に遅刻をしたときは不思議だった。
「チンピラにからまれたOLを助ける」という言い訳を考えたら、僕の顔に殴られた跡がついた。もちろんまったく痛くない。
「スズキくん、自分を犠牲にしてまでOLを救うなんて、君はなんていいやつなんだ」
「スズキさん、傷の手当てをしましょう。ネットで見たけど、あなたが助けたOL、けっこう美人ね。あたし妬いちゃうわ」
景子さん、拗ねた顔も可愛い。
まったく覚えがないけど、美人だったんだ、そのOL。

それから遅刻の度に、僕はヒーローになった。
運転手が心臓麻痺を起こし、暴走したバスに飛び乗って事故を防いだ。
人質をとって立てこもった犯人を説得して、事件を解決した。
UFOに連れ去られ、人体実験をされた。
その後襲ってきた宇宙人と戦って地球を守った。
「スズキくん、地球を救ってくれてありがとう」
「ネットで総理大臣も感謝してたわ。国民栄誉賞もらえるかもね」
「いや、景子さん、僕はそんなものが欲しくて戦ったわけではありません。愛する人を守るためです」
「それって…」
「もちろん、景子さんのことです」
「スズキさん、今夜、うちに来ない?」
ああ、なんて素晴らしい展開。地球を救った覚えはまったくないけれど。
次はどんな言い訳にしようか。よし、明日も遅刻するぞ!

「……という長~い夢を見て、目が覚めたら9時でした」
「スズキくん、明日から会社来なくていいよ」
「スズキさん、私物まとめておいたから。就活がんばって」
景子さんが冷たく言って背を向けた。
ああ、会社辞めなくて済む言い訳、ないかな。

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子供嫌い

いやだ、さっきからずっと、小さな女の子が後をついてくる。
赤いリボンを髪につけ、紺色のワンピースを着ている。
私が歩けば歩き、止まれば止まる。
後をついてきているとしか思えない。
どこの子だろう。話しかけてみようか。
だけど私、子供は大の苦手だ。

小さいころから大人に囲まれて育った私に、弟が出来たのは15歳の時。
15歳も年が離れた弟なんて、正直いらなかった。
周りの大人の関心を、すべて奪った弟が嫌いだった。
だから意地悪もしたし、おやつも分けてあげなかった。
すぐ泣くし、すぐパパに言いつけるし、いつでもママを独占するし。
そんなトラウマがあって、大人になった今でも、子供が苦手だ。

それにしても困った。もう家に着いてしまう。
思い切って振り向いて話しかけた。
「どうしたの?おうちの人はいないの?」
答えない。だんまりだ。
答えないくせに、澄んだ瞳で私をじっと見る。
そうそう、こういうところが、たまらなく苦手。
「迷子だったら交番へ行きましょう」
私は女の子の手を握って、駅の方向へ歩き出した。
なんて小さな手。
こんな小さな手にも、ちゃんと指先まで血が通っているなんて不思議。
そういえば、弟の寝顔を見たときも、同じように思った。
こんな小さくて人形みたいなのに、ちゃんと息をしているなんて不思議。
今日の私は少し変だ。
弟のことなんて、思い出すのも嫌なのに。

20歳になると東京で一人暮らしを始めた。
この春で12年になるが、家には殆ど帰っていない。
30歳を過ぎると、「結婚は」「孫は」と言われるのが嫌で、ますます足が遠のいた。

駅前の交番が見えてきた。
「おまわりさんが、あなたのパパとママを探してくれるわ」
そう言って、交番に入ろうとしたとき、女の子は突然私の手を振り払った。
パタパタと駅の方に走っていく。
その姿に、一種のデジャブを覚えた。
赤いリボンに紺のワンピース、靴はピンクのセーラームーン。
幼いころの、私のお気に入りばかり。

慌てて女の子を追いかけると、ちょうど改札から出てきた男子高校生とぶつかった。
「あ、すみません」
「私こそごめんなさい。ねえあなた、赤いリボンの女の子を見なかった?」
「女の子?さあ?……っていうか、姉ちゃんだよね」
「え?」
男子高校生の顔をよく見たら、弟だった。
丸坊主で走り回っているイメージしかなかった私は面食らった。
弟は背の高いさわやかな高校生になっていた。
「あんた、どうしたの?」
「修学旅行。自由行動で、姉ちゃんに会いに来た」
「連絡くらいしなさいよ。会えなかったらどうするつもりだったの」
「連絡したら会ってくれないでしょ。姉ちゃん、意地悪だから」

女の子は、とうとう見つからなかった。
とりあえず弟とふたり、駅前のカフェでお茶を飲んだ。
すっかり大人になった弟に戸惑いながらも、よく行った映画館がつぶれた話や、アウトレットモールが出来た話などで盛り上がった。

ふいに弟が写真を一枚取り出した。
赤いリボンに紺のワンピース、靴はピンクのセーラームーン。
「あっ、これ私の写真。さっきの女の子とまるで同じだわ。やっぱりあの子、幻だったのかしら」
「姉ちゃん、これはおれだよ」
「何言ってんの。これは私の写真でしょう?」
「憶えてないんだ。小さい頃、姉ちゃんがおれに女の格好させて写真を撮ったんだ」
「え?私、そんなことした?」
「おれ、すげえ嫌で、その写真を引き出しの奥に隠しておいたんだけどさ、どういうわけか修学旅行の荷物に紛れてたんだよ。それでおれ、あのときの怒りがよみがえってきて、姉ちゃんにひとこと文句を言ってやろうと思ったわけさ」
「やだ、それでわざわざ来たの?執念深いのねえ」

しみじみと写真を見ながら、こみあげる笑いをこらえた。
そうか。あの女の子は弟だったのか。
不思議なくらい愛しく思えた。

「パンケーキ食べる? あの頃のお詫びにご馳走するわ」
「全然足りねーけど、食べる」
私たちは、声をあげて笑い合った。

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桃色ノ空 [ファンタジー]

もぐらさんの呼びかけで、本日は「空見の日」です。
年に一度、空を眺める日です。
みんなで空の写真を撮って、ブログにアップします。
空って、世界中につながっていますから。

私の空は、素晴らしい青空。

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桃の花と一緒に撮りました。

空に因んだ話をひとつ。
『桃色ノ空』

桃の花がきれいに咲いたわ。
お空の上から見えるかしら。

毎年3月になると、桃の木の下に集まって、お弁当を広げた級友たち。
ひとり減り、ふたり減り、そしてとうとう、みんな空へ行っちゃったの。
「逢いたい」と手紙を書いて、桃の枝にくくりつけた。
わたしから逢いに行くことは出来ないの。
だって可愛いひ孫も生まれたし、犬のマリリンもいるんだもの。
だからね、出来ることならそちらから、逢いに来てはくれないかしら。

翌朝のこと、マリリンとお散歩に出たら、枝の手紙が消えていたの。
あら、もしかして、お空に届いたのかしら。

マリリンが珍しくワンワン吠えた。
見ると、桃の木の下で4人の級友が手を振っていた。
「おハナちゃん、早くいらっしゃい」
「あらみんな、やっぱり逢いに来てくれたのね」
昔みたいに5人そろって、桃の花を見上げたの。
「美しいわ」
「なんて素敵な青空かしら」
わたしたちは、いつの間にか少女になって、コロコロと笑った。
笑い声は雲になって、いつまでも浮かんでいたわ。
ああ、楽しい。


「……おばあちゃん、おばあちゃん」
肩をゆすられて目を開けたら、心配そうな孫の顔。
「帰りが遅いから迎えに来たの。こんなところで寝たら風邪ひくわ」
ああ、夢だったのね。楽しい夢だったわ。

木の枝には、手紙があった。空に届くわけがないわよね。
だけどちょっと不思議。私がくくりつけた枝と、違う場所にそれはあった。
背伸びして手紙を取って開けてみた。

『また来年あいましょう』
あら、まあ。
見上げた空は、桃色の空。
ピンクの頬の級友たちが、雲の上で笑ってた。

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妻の小言 [コメディー]

山田は、仕事の帰りに交通事故を起こしてしまった。
信号待ちの車に後ろから突っ込んだ。100%山田が悪い。
幸いお互い怪我はなく、相手も良心的な人だ。
保険にも加入していたから、大事には至らなかった。
ただひとつ、山田の試練は、妻の小言であった。
山田の妻は、マシンガンのように小言を言う女だった。

「何やってるのよ。スマホ見ててブレーキが遅れたって? いい年して馬鹿じゃないの?あのね、保険で何とかなったからいいと思ってるかもしれないけど、等級下がったら保険料上がるのよ。事故車だと売るとき査定も低くなるし、子供たちの教育費が必要になるときに、何してくれるのよ。いい加減にしてよね。だいたいあなたは集中力が足りないの。そういうところ、お義母さんにそっくりね。そうそう、お義母さんと言えば……」

妻の小言は、絶え間なく湧き出る泉のように続く。
いや、そんなきれいなものではない。
底なし沼に降り続く茶色い土砂降りのようだ。
山田は、沼に足を取られたまま、土砂降りに耐える自分を想像した。

山田の試練はまだ続く。
車を修理に出したが、あいにく代車が借りられず、妻に送迎を頼むことになった。
家から会社までの15分間、切れ間のない妻の小言に耐える日々を迎えるのである。

「まったく、バスも通らないところに会社を創るなんて、お宅の社長馬鹿じゃないの。従業員の事考えなさいよ。高々往復30分って思ってるでしょう。朝の30分はね、主婦にとって2時間にも相当するのよ。主婦はヒマだと思ってるんでしょう。豪華なランチ食べて、昼寝してるとでも思ってるんでしょう? 冗談じゃないわ。あなたの給料で豪華なランチなんて行けるものですか。せいぜいファミレスよ。午後には子供たちも帰ってくるし、塾の送迎だってあるんだから。塾っていえば、今度値上がりするらしいのよ。授業料上げずに成績上げろって話よね。ねえ……」

妻の小言は、耳元で絶え間なくさえずる小鳥のよう…いや、そんな可愛いものじゃない。
永遠に終わらない道路工事の騒音のようだ。
山田は会社に着くなり大きく深呼吸をした。
ああ、ようやく解放された。
仕事中は平和である。
上司のいやみも、妻の小言に比べたら何のことはない。
女子社員が淹れてくれるお茶の美味しいこと。
たとえそれが、ついでに淹れた出がらしでも、山田は幸せをかみしめるのである。

仕事が終わり、会社の正門で妻を待つ。
山田の心は、たちまち重くなる。
「山田さん、奥さんのお迎えですか?ラブラブですね」
部下の冷やかしに、作り笑いで応え、時計を見ると30分も過ぎている。
遅いな。妻が待たされる側ならば、烈火のごとく怒るくせに。
まあ、悪いのは事故を起こした自分だ。あのときスマホさえ見なければ。
山田は思った。そもそも、どうしてスマホを見たんだっけ?
そして思い出した。
あのとき、妻からメールが来たのだ。
件名が、『緊急!大至急』だったため、気になって開いた。
そして気づいたら、信号が赤だったのだ。
あの時の緊急の用件は何だったのか。
山田は、そのときのメールをもう一度開けた。
妻からの用件は『牛乳買ってきて』であった。

愕然とする山田。そこに、ようやく妻が来た。
「ああ、もう忙しい。出がけに隣の奥さんに声かけられちゃって。車どうしたんですかって聞くのよ。事故ったなんて言ったら大変。あの奥さん、歩く回覧板なのよ。他人の不幸が大好きなのよ。あなたも絶対言っちゃだめよ。やだ、信号また赤だわ。早く帰りたいのに。あの子たち、私がいないとすぐにゲームを始めちゃうの。今度あなたからもちゃんと叱って。いい顔ばっかりして子供に好かれようとしてもダメよ。あっ、また赤だ。ついてないわ。それもこれもあなたが事故を起こすからよ。スマホ見ながら運転なんかするからよ。ああ疲れる。ちょっと、前の車遅くない?7時からのテレビ間に合うかな」
マシンガントークは続く。
ちょっとでも口を挟もうものなら、モグラたたきの如く叩かれるだろう。
いや、そんな楽しいものではない。
順番に割られる空手の瓦だ。もちろん、山田が瓦である。
しかし、言わずにはいられない。
山田は、意を決して妻に告げた。
「あのさ、おまえ…」
「なによ。早く言って」
「家、通り過ぎてる…」
「え?あらやだ。だから早く言ってよ~」
妻が膝を叩きながらゲラゲラ笑う。
自分の失敗は笑ってごまかす。山田もつられて笑った。
妻にもこんな可愛いところがあるのだと、山田はほっとする。

家に着くと、ガレージの横に見慣れぬ自転車がある。
「実家から自転車を借りてきたの。あなた、明日から自転車で行ってね」
車で15分の距離を自転車で?
山田は耳を疑ったが、妻は今日いちばんの笑顔を向けるのである。
山田ではなく、自転車に。

一瞬でも可愛いなどと思ってしまった自分を、激しく後悔する山田であった。

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この子誰の子? [コメディー]

職場恋愛の末、見事ゴールインしたヒロシとヨーコ。
この春待望の赤ちゃんが生まれた。
可愛くて、愛おしくて、代わる代わる抱いて頬ずりをした。
幸せなひとときだ。

そんな幸せを一目見ようと、職場の同僚や後輩が揃って病院にやってきた。
「おめでとう」
「わあ、ちっちゃい」
「可愛いですね」
みんな笑顔でガラガラを振ったり、頬を撫でたり、写真を撮ったり大はしゃぎだ。
そんな中、空気の読めない女子社員Mが、赤ちゃんの顔を見ながらぽつりと言った。
「この子、S先輩にそっくりですね」

一瞬で場が凍りついた。S先輩とヨーコとは、以前交際していたという噂があった。
「あら、やだ、私ったら。ごめんなさい」
Mが慌てて口を押えたことで、ますます緊迫した空気が流れた。
…まさか、この子S先輩の子?
…言われてみれば似てるかも。
…あの噂本当だったのか。
…そういえば社員旅行の時、ヨーコさんとS先輩ふたりで消えたな。
…ああ、ヒロシさん気の毒に。離婚するのかな。他の男の子供を育てるのはキツイぞ。
それぞれが、無言で想いを巡らせる。

夫でさえも、妻を疑いの目で見始める。
…ヨーコのやつ、よくS先輩と遅くまで残業していたな。まさか。

緊迫した空気に耐えられなかったのか、火が付いたように赤ん坊が泣きだした。

その時、噂の張本人、S先輩が息を切らして入ってきた。
「遅くなってごめん、ごめん」
まっ赤な顔で汗をぬぐうS先輩と、まっ赤な顔で泣いている赤ちゃん。
交互に見比べて、一同は思わず顔を見合わせた。
「そっくり」

「ねっ、生まれたての赤ちゃんって、本当にサルにそっくりですよね。あ、すみません。赤ちゃんをサルだなんて」と明るく笑うM。
「え? 何が何に似てるって?」
頭を掻きながら尋ねる、サル顔のS先輩.。

ーなんだ。赤ん坊がサルに似ているって話か。
ほっと胸をなでおろすヒロシ。

そしてヨーコもまた、胸をなでおろした。
ーあー、よかった。S先輩がサルに似てて。

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旅する腕時計 [公募]

出張先の新潟に、腕時計を忘れた。気に入っていたが仕方ない。
おいそれと取りに戻れる距離ではないし、何より忘れたのは、おそらく女のアパートだ。
地元のスナックで働く未亡人と、一夜限りの関係を持った。
後腐れなく終わりたい。惜しいが時計は諦めた。

数か月後、一人娘の春香が結婚相手を連れてきた。
いつかこんな日が来ると思ってはいたが、やはり少し寂しいものだ。
「春香さんと結婚させてください」
高林と名乗る男は、礼儀正しい好青年。手土産に持ってきた老舗の最中も好印象だ。
とりあえずビールでも飲もうとグラスを傾けたとき、高林の袖口から腕時計が見えた。思わずグラスを落としそうになった。
新潟に忘れてきた腕時計にそっくりだったからだ。

「高林君、ちょっと腕時計を見せてくれ」
よく見ると、やはり私の腕時計だ。ベルトの小さな傷も見覚えがある。
「あら、高林君の時計、お父さんが失くした時計と同じね」
つまみをテーブルに並べながら、妻が高林の時計をのぞきこんだ。
「この時計、実家に帰ったとき、母がくれたんです。いつまでも学生みたいな時計じゃおかしいだろうって」
「ご実家はどちらなの?」
「新潟です」

ああ、決定的だ。
娘の結婚相手が、行きずりとはいえ一夜を共にした未亡人の息子だなんて
困ったことになった。結婚が決まったら、母親にも会わなければならないだろう。
こんな気まずいことはない。
「両親が、今度東京に出てくるんです。春香さんに会うのを楽しみにしています」
「わたしも早くお会いしたいわ」
春香が嬉しそうに頬を染めた。あれ? ちょっと待て。今、両親と言わなかったか?

「高林君、ご両親は健在なのかね?」
「はい。父は高校の教師をしています。母は主婦業のかたわら、家で子供たちにピアノを教えています。ごく普通の家庭です」
「家でピアノを教えるなんて、さぞかし大きなお家なのね」
妻が羨ましそうに言う。「田舎ですから」と、高林が笑った。
おかしい。あの日一夜を共にした女と、高林の母親ではイメージが違いすぎる。
狭いアパートでひとり暮らす女は、あまり裕福には見えなかった。

察するに、女はあの時計をリサイクルショップに売ったのだろう。
なかなか高級な時計だ。多少は生活費の足しになったかもしれない。
そしてその時計を高林の母親が買って、息子にプレゼントしたのではないか。
何とも不思議な巡り合わせだが、これで一安心。私はホッと胸をなでおろした。

月日は過ぎ、彼の両親との顔合わせも滞りなく済み、高林と春香はめでたく結婚した。
つまり私は、大事な一人娘と大切にしていた時計を、同じ男に渡したことになる。
これもひとつの運命だろう。

しばらくして、再び新潟へ出張することになった。
前回のことが苦いトラウマになり、アルコールは控えることにした。
仕事を終えた後、宿泊先のホテルから近い定食屋で夕飯を取ることにした。
時間が遅かったせいか、客は私ひとりだ。
「いらっしゃい」と、なかなか可愛い店員が迎えてくれた。
前回も思ったが、新潟には美人が多い。

水とメニューを置いた店員の手首には、不似合いな男物の腕時計が巻かれている。
思わず目を見張った。
それは紛れもない、私が新潟で失くした後、娘婿の手に渡った腕時計だ。
「男物の時計だね」
「ああ、これですか。元カレからもらったんです。…っていうか、奪ったっていうか」
「穏やかじゃないね」
「別に盗んだわけじゃないですよ。五年付き合った彼から、突然別れを告げられたんです。東京の女と結婚するからって。ようするに、二股かけられてたんですよ。悔しいから、高そうな時計を手切れ金代わりにもらってやったんです。でもこれが、なかなか捨てられなくて。未練がましいですよね。わたし」

なるほど。高林の元恋人か。あの好青年にもそんな裏の事情があったとは。
「その時計、私に売ってくれないか?」
私は、相場よりも高い金額を提示した。
店員は驚いたように腕時計をまじまじと見た。
「わたしはいいけど、お客さんは、それでいいんですか?」
「そういう時計をずっと探していたんだよ。君だって、早く彼を忘れたほうがいいだろう」
店員は、腕時計をそっと外した。交渉成立。
自分の時計を自分で買うなんて、馬鹿馬鹿しい話だが、あの好青年をいちどを痛い目にあわせてみたい。
帰ったら高林を呼び出して一緒に飲もう。
この時計を見たときの、彼の反応が楽しみだ。

**********
公募ガイドTO-BE小説工房で、またまた落選。
課題は「時計」でした。
課題が名詞になってから、まるでダメです。
今月の課題は「電話」です。これまた普通名詞か…。

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黒ずきんちゃん [名作パロディー]

あたしは黒ずきん。あの有名な赤ずきんの従妹なの。
おばあさまが赤いずきんと黒いずきんを作ってくれて、
「好きな色を選びなさい」って言ったの。
赤ずきんのやつ、すかさず赤いほうを取ったわ。
あの子って本当にめざといのよ。
あたしは仕方なく、黒いずきんを取った。

それからは悲惨だったわ。
黒いずきんのおかげで、暗いイメージを付けられて誰も近寄らない。
呪いをかけられるとでも思っているのかしら。
密かに付けられたあだなは「魔女」よ。

「黒ずきん、おばあさまが病気なの。お見舞いに行ってちょうだい」
「はあい」
「今度は赤ずきんより早く行くのよ」
お母さんはそう言って、お見舞い用のリンゴをかごに入れた。
そうよ、前におばあさまが病気だった時も、リンゴだったらよかったのよ。
お母さんったら、手間のかかるブリ大根なんか作るから遅くなったのよ。
あたしが着いたときには、倒れたオオカミの前で赤ずきんとおばあさまが手を取り合っていたわ。
「あらあんた、今頃来たの? 病気なんか治っちゃったよ」
冷たく言い放つおばあさまの後ろで、赤ずきんが「ざまあみろ」って顔してたわ。
悔しかったな。
お母さんがブリ大根さえ作らなかったら、いいえ、家に圧力鍋があったら、グリム童話は『黒ずきんちゃん』になっていたのよ。

今度こそは赤ずきんより早く行くわ。
「行ってきます」と家を出て、わざと森を通るの。
そろそろ出て来るはずよ。あの悪いオオカミが。
「やあ黒ずきんちゃん、おばあさんのお見舞いかい?」
来た! よかった。今回は赤ずきんを出し抜いたわ。
「そうよ、オオカミさん」
「んじゃあ、気を付けてね」
オオカミは手を振って背を向けた。
「えええ? ちょっと待ってよ。花を摘ませなさいよ。先回りしておばあさまを食べなさいよ」
「いや、そういうことはやめたんだよ。ほら、赤ずきんの話が広まって、オオカミはすっかり悪者じゃん。ここらで悪いイメージを払拭しないとね」

ああん、これじゃあ童話にならない。ただのお使いだわ。
なんとしても童話に出たい。
もうおばあさまの家なんてどうでもいい。
森をウロウロ歩いていたら、見つけたわ、小さなお家。
もしや、うわさの7人の小人の家じゃないかしら。

「何か御用かしら?」
出てきたのは、超美人のおねえさん。
「あら、おいしそうなリンゴね。ひとつくださる?」
「いいけど…このリンゴ、病気のおばあさまがよく眠れるように薬が塗ってあるのよ」
「かまわないわよ。いただくわ」

それで、リンゴを食べたおねえさんはそのまま眠りについて、王子様のキスで目覚めたらしいわ。放っておいても目覚めたんだけどね。
その後、『白雪姫』っていうタイトルで童話になったんだけど、どうも腑に落ちないわ。
だってあたし、魔女のおばあさんになって登場しているのよ。
ひどい、ひどい。こんなに可愛い子供なのに。

その日を境にあたし、黒いずきんを脱いで普通の女の子になったの。
黒ずきんは普通の女の子になって、幸せに暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし
あ~ん、やっぱりくやしい~!!

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