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おでんにはまだ早い

「コンビニで、もうおでんが売ってたよ」
アルバイトから帰ってきた息子の亮太が袋を下げている。
「まさか買ったの? この暑いのに?」
「うん。見てたらなんか食べたくなって」
そう言いながら汗を拭う亮太に呆れながら、私はおでんを皿に移した。

亮太は春に入った大学を、わずか3カ月でやめてしまった。
すべり止めで入った大学は、彼にとって「やっぱり違う」場所だったようで、アルバイトをしながら再び志望校を目指すと言う。
「せっかく入った大学をやめるなんて堪え性のないやつだ。お前のような奴は一生そういう人生を送るようになる」
と、夫は激怒したけれど、私はそうは思わない。
合わないと思えば、やめる勇気も必要なのだ。人生は一度きりだから。

亮太が買ってきたおでんは、やっぱり熱いけど美味しかった。
夫は今日も遅い。あの人は仕事がすべてだ。
休日も家で仕事をするか、寝ているかのどちらかだ。
子どもの行事も、親戚付き合いも、親の介護も、すべて私がやってきた。
息子と二人の夕食もすっかり慣れた。
慣れたというより、二人の方が落ち着く。

私は時々想像する。
夫が定年を迎えた後のこと。
そのころは亮太も家を出ているだろう。
会話もなく、息苦しい生活を思いうかべてしまう。
離婚という二文字が頭をかすめる。
合わないと思えば、やめる勇気も必要なのだ。人生は一度きりだから。
…なんて、そんな簡単じゃないことはわかっているけれど。

「あら、大根とはんぺん食べないの?」
「あっ、これはお父さんの分」
「食べるかどうかわからないわよ」
「大根とはんぺんなら食べるよ。お父さん好きだから」
「そんなこと、よく知ってるわね」
「ふつう知ってるでしょ。家族なんだから」
夫と一緒に食事をするのは、週に1度あるかないかだ。
いつの間にか私は、夫の好物を作ることをしなくなった。
「じゃあおれ、勉強するから」
亮太は大根とはんぺんを残して立ち上がった。

11時を過ぎたころ、夫が帰ってきた。
疲れた顔でネクタイを緩めた夫は、テーブルの上のおでんに気づいた。
「亮太が買ってきたコンビニおでん。食べるなら温めるわ」
「ああ、頼む」
夫はビールを飲みながら、温めたおでんを食べ始めた。
「亮太はちゃんと勉強してるのか」
「してるわよ。昼はアルバイト、夜は勉強、頑張ってるわ」
「しっかりやるように言っておけ」
「自分で言ったら」

夫はおでんを食べ終えて立ち上がった。
「美味しかった?」
「ああ、美味かった。でも、まあ、おまえのおでんの方が美味いな」
「え?」
不覚にも、ドキッとした。
風呂場に向かう夫の背中を、思わず見つめた。
次の日曜はおでんにしようか、などと思ってしまった。
いやいや、まだ暑い。単純すぎるでしょう、私。
ビールの空き缶と皿を片付けながら、ちょっと笑った。

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宿題屋 [コメディー]

もうすぐ夏休みが終わる。プールにかき氷に花火。
楽しい時間はあっという間。残っているのは憂うつだけだ。
宿題が終わらない。
絵と漢字ドリルと自由研究は何とか終わった。
だけど苦手な算数ドリルと読書感想文が手つかずのままだ。
ああ~、どうしよう。

と思っていたら、窓を叩く音がした。
開けてみるとおばあさんが立っている。
「宿題屋だが、終わってない宿題はないかね」
「宿題屋?」
「1教科たったの千円だ。どうだい?」
超苦手な算数ドリルと読書感想文をやってもらえるなんてラッキーだ。

「ちょっとまって」とボクは、貯金箱をひっくり返した。
取っておいたお年玉が千円と、小銭が500円。
「算数ドリルと読書感想文をお願いしたいけど、1500円しかないんだ。まけてくれる?」
「そいつは困ったね。じゃあこうしよう。算数ドリルは全部やって、読書感想文は半分だ」
ボクは考えた。読書感想文なんて、決まった枚数があるわけじゃないし、半分書いてもらえたらあとは『おもしろかったです』とか適当にまとめればいいんだ。
「うん。じゃあそれでお願いします」
ボクは、1500円払って、おばあさんに算数ドリルと課題図書と原稿用紙を渡した。

おばあさんが来たのは夏休み最後の日だった。
「おばあさん、遅いからヒヤヒヤしたよ」
「すまん、すまん。算数ドリルが思いのほか手こずってのお。でもほら、ちゃんと終わったぞ。全問正解だと怪しまれるから、ところどころ間違えておいたぞ」
「サンキュー。気が利くね。さすが宿題屋だ。それで、読書感想文は?」
「ああ、ほい、これじゃ」
おばあさんは、何も書いてない原稿用紙をそのまま戻した。
「何も書いてないじゃないか。半分書いてくれるって言っただろう」
「ああ、半分はやったよ」
「何も書いてないよ」
「読書感想文の半分は、本を読むことだ。あたしゃ、しっかり本を読んだからね、あとはあんたが書きなさい」
「そ、そんな~」
おばあさんは「ひひ」と笑って「毎度あり」と帰って行った。

時計の針は午後5時半。
今から読書感想文を書くのか。…っていうか、本を読まなきゃ。
あ~あ、終わるかな~。

ボクは泣きそうになりながら、「来年のお年玉はちゃんと取っておこう」などと、懲りずに思ってしまうのだった。(教訓になってない)

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いい意味で [コメディー]

初めまして。こんにちは。
お電話では失礼しました。
急にコンサートに行けなくなって、チケットが無駄になるところでした。
いろいろ声をかけて、やっと買ってくださる方がいて助かりました。
電話の声がきれいだったから、どんな美人が現れるかとドキドキしていましたけど、庶民的な方でよかったわ。
あ、いい意味でね。

コーヒーでも飲みながらお話しましょ。
失礼ですけどおいくつですか?
1955年生まれ? まあ、わたしと同じだわ。
てっきり、わたしよりずっとおねえさんかと。
あ、いい意味でね。

同じ年だったら高校はどこ? 地元じゃないの?
あら、東京出身なの?
意外だわ。だってとても素朴な方だから。
あ、いい意味でね。

あら、ブラックで飲むんですか?
お砂糖3杯くらい入れるのかと思っちゃいました。
ふくよかでいらっしゃるから。
あ、いい意味でね。

忘れないうちにチケット2枚ね。16000円です。
毎度あり。うふふ。
どなたと観に行くの? まあ、ご主人と?
仲がよろしいのね。
うちの主人なんか会社を経営してるから、忙しくて一緒に出掛けることなんてありませんわ。
おたくのご主人、おヒマな方で羨ましいわ。
あ、いい意味でね。

ご主人ってどんな方?
え? 20歳年下? 身長182センチ?
レストランチェーンのオーナー? あの有名な?
写メがあるの? どれどれ。
やだ…イケメン。
もしかしてすごく性格悪いとか。暴力振るうとか、浮気するとか。
あらそう。真面目で優しいの。へえ…。
幸せすぎて怖いって…
あんたホントにムカつく女。
あ、もちろんいい意味で。

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ラムネの町

お盆休みに、なっちゃんが帰ってきた。
少しだけ、都会の匂いがした。

なっちゃんは、地元の小学校で教育実習をしていた。
だけど先生にはならずに、東京の会社に就職して町を出て行った。

子どもたちにすごく人気があった。
今日だって、なっちゃんの帰省を聞きつけた子どもたちが遊びにきている。
「なっちゃん先生、スカイツリー行った?」
「アキハバラ行った?」
「芸能人に会った?」
しつこいほどの子どもたちの質問に笑顔で答えるなっちゃんは、東京に行っても全然変わらない。

「さあみんな、もう帰りなさい。おうちの人が心配するわ」
ひとりひとりに手を振って、なっちゃんは台所へ向かった。
冷蔵庫から、よく冷えたラムネを2本取り出して袋に入れる。
「お母さん、お墓行ってくる」
「はいよ」
なっちゃんのお母さんは、少し切なそうに振り向いた。

午後5時を回っているのに日差しは容赦なく、うるさいくらいに蝉が鳴いている。
なっちゃんは蚊を払いながら石段を登って、お墓の前に立った。
「お花がいっぱい。おうちの人が迎えに来て、きっともう帰っちゃったね」
なっちゃんがつぶやいた。
「君がいないと寂しいわ。君がいない町はつまらない」
墓石に向かって、なっちゃんが泣きそうな声を出した。

いるよ。
なっちゃん、僕はここにいるよ。

なっちゃんは、持ってきたラムネを一本墓に供えた。
そしてもう一本を器用に開けて一口飲んだ。
「夏になると一緒にラムネを飲んだね。縁側に並んで座って。君はビー玉を取り出すのが天才的に上手かったわ」

なっちゃんと僕は幼なじみ。
友達になって、恋人になって、飽きるほど一緒にいた。
そう。僕が事故で死ぬまでずっと。

なっちゃんは、僕がいないこの町で暮らすのがつらかったんだね。
だから東京に行ったんだ。
だけどね、なっちゃんは絶対ステキな先生になると思うんだ。
だからさ、いつかきっと帰っておいで。
この町は、たぶんずっと変わらないから。

なっちゃんが飲み終わったラムネの瓶が、カランと鳴った。
ビー玉を覗く横顔を、夕焼けが赤く照らす。
瓶からビー玉を取り出すコツを、教えてあげればよかったね。

バイバイなっちゃん。
来年のお盆にまた会おう。

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やった!TO-BE小説工房最優秀 [公募]

公募ガイドの「TO-BE小説工房」で、最優秀をいただきました。
なんと2度目です!本当に嬉しい。
毎回出していた甲斐がありました。
阿刀田先生の選評も、とてもありがたかったです。
少し自信が持てました。

今回のテーマは、「眼鏡」でした。
最初はファンタジックな話を考えたのですが、結局とても現実的な話になりました。
深い想いがあって、自分ではすごく気に入った話でした。
公募ガイド9月号に掲載してますので、よかったら読んでみてください。

これからも、いいご報告ができるように頑張ります!

hyoshi1609_2.jpg

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子どもを乗せるな [ホラー]

「暗やみ坂に幽霊が出るらしい」
客待ちの時間を持て余した運転手たちが、輪になってそんな話をしていた。
タクシーの運転手をしていると、この手の話は珍しくない。
「夜遅く、子どもがひとりで手を上げているらしい」
「子どもの霊か。いやだな」
「子どもは乗せるな、ということだな」
みんなが話に夢中になる中、私はあまり興味がなかった。
私にはまったく霊感がないから、幽霊に会う心配など皆無だと思っていた。

しかし今夜、私はうっかり乗せてしまったのだ。
子どもは乗せるなという忠告を、話半分に聞いていたからだ。
夜の10時を回ったところだ。坂の手前で男の子が手を上げていた。
てっきり親が一緒にいるのだと思い、車を停めた。
街灯のない暗い道だった。

ドアを開けると、子供はひとりで静かに乗り込んできた。
「きみ、ひとりなの?」
私の問いかけに答えず、子供は小さな声で行き先を告げた。
「3丁目の霊園まで」
「れ、霊園?」
ルームライトが小さな白い顔を照らし出した。
子どもがこんな時間に、ひとりで霊園など行くはずがない。
間違いなく幽霊だ。暗やみ坂に幽霊が出ると、あの日言っていたではないか。
冷気とともに、底知れぬ恐怖が背中を伝う。

私はどうしていいかわからずに、とりあえず震える手でハンドルを握った。
振り向かないように、前だけを見て走った。
後部座席からは、不気味なほどに何の物音もしない。
ルームミラーをチラッと見るが、子どもは映らない。
やはり幽霊だと確信した。汗がとめどなく流れた。
霊園に着けば、きっと消えてくれるだろう。
車を停めたら誰もいなくて、シートだけが濡れていたとか、よく聞く話じゃないか。

タクシーは人通りがまったくない霊園の入り口に着いた。
きっと子供は消えているだろう。シートだけが濡れているだろう。
人生で初めて幽霊を見た。それだけのことだ。

私は思い切って振り向いた。
「着きました」
子どもは、大きな瞳で私をじっと見た。
消えていない。それどころか、はっきりした声で「いくらですか?」と言った。

なんだ、人間の子供じゃないか。
最近は塾やら何やらで、遅く帰る子供が多い。
そういえば、この霊園の先に住宅がいくつかある。
きっとそこへ帰るのだろう。
ルームミラーに映らなかったのだって、この子が小さいからだ。
何をビビってたんだ。ライトをつけてよく見れば、可愛い顔をした小学生じゃないか。
私は心底安心して、にこやかに答えた。
「970円です」

子どもは「はい」と小さく返事をした。
そして、誰もいない助手席に向かって声をかけた。
「お母さん、970円だって」

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