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オーナメント [競作]

「明日、クリスマスツリーを飾ってね」と妻の愛子が言った。
「私、帰れそうもないし、来年からも飾れないかもしれないから」
病室の白い壁が、愛子を気弱にさせる。
今日も食事を半分以上残したらしい。痩せていく愛子を見るのが辛い。

「毎年、オーナメントをひとつ新しく買っているの。去年はクマのプーさんのオーナメントよ。ほら、あなたがメタボ検診でひっかかったでしょう。だから、お腹が出ていても可愛いプーさんにしたのよ」
去年のことなのに、やけに懐かしそうに語る。
「今年は悠斗に選ばせてあげて。あの子が好きなオーナメントを飾ってあげて」
「わかったよ。君も早く退院できるように、ちゃんと食べてくれよ」

愛子に早く元気になってほしい。僕は主治医に尋ねた。
「クリスマスに一時帰宅させたいのですが、無理でしょうか」
「うーん、奥さんの場合、車いすの生活になりますから、環境が整っていないと難しいですね」
我が家は1階が車庫で2階が住居になっている。
エレベーターなどないし、やはり難しいだろうか。

7歳の悠斗は、愛子の実家に預かってもらっている。
迎えに行くと、子犬のように走ってくる。
「お義母さん、お世話になりました」
「ゆうちゃん、とてもいい子だったわ。算数のテストで100点とったのよ」
「そうか、えらいぞ。悠斗」
義母が声をひそめて「愛子はどう?」と聞いた。
「はあ、相変わらずです。食事もあまり食べてないようで…」
「そう…。ごめんなさいね。弱い子で」
義母が涙声で言うから、こっちまで泣きそうになった。

悠斗は強い子で、入院当初は「ママ、ママ」と言っていたが、今はあえて我慢しているようにみえる。
「悠斗、明日はクリスマスツリーを飾るぞ」
「うん」
「新しいオーナメントは、悠斗がえらんでいいよ」
「オーナメント?」
「ツリーに吊るす飾りだよ」
「あ、じゃあボク、吊るしたいものがある」
「よし、じゃあ明日買いに行こう」

クリスマスイブの日、僕は無理を言って愛子を一時帰宅させた。
「無理よ。私車いすだもん。あの階段のぼれないわ」
「まかせて。僕がお姫様抱っこするから」
「重いわよ、無理よ」
「入院前なら無理だったけど、君、ずいぶん痩せたから大丈夫」
そんなわけで、僕はすっかり軽くなった愛子を抱いて階段をのぼった。

ドアを開けると、悠斗がパンッとクラッカーを鳴らした。
「ママ、お帰り!」
テーブルにはご馳走が並んでいる。
すべて買ってきた惣菜だけど、愛子が好きなものばかりだ。
「ありがとう。パパ、悠斗。ごめんね、ママ、迷惑かけてばかりで」
「そんなのいいから、ツリーを見てごらん」
愛子がクリスマスツリーを見て、思わず涙ぐむ。
ツリーには、悠斗が選んだオーナメントがたくさん吊るしてある。
今年のオーナメントは、お守りだ。
「ママが早く元気になるように、悠斗と一緒に神社を巡ってお守りを買い集めたんだ」
「すごい。素敵なオーナメントだわ。ママ、頑張って早く治すからね」
愛子はそう言って、骨折した足を擦った。

愛子は交通事故に遭って、両足を骨折した。
もともとネガティブな性格の彼女は、すっかり悲観的になり泣いてばかり。
ちゃんとリハビリすれば、すっかり治るというのに。

「ママ、やっとリハビリ頑張る気になってくれたね」
「うん。世話の焼けるママだね」
悠斗と僕がそんなふうにささやきあっているのをよそに、愛子はフライドチキンにかぶりついている。
「食欲が出てきたわ。やっぱり家はいいわね」
おいおい、食べ過ぎないでくれよ。
お姫様抱っこが出来なくなるからさ。

愛子の笑顔と悠斗の笑顔。来年は3人でツリーを飾ろう。

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*もぐらさんとはるさんのクリスマスパーティに、今年も参加します。
どんな作品が集まるか、楽しみですね。


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優しい物々交換 [ファンタジー]

いつも時間に追われていた。
朝ご飯、息子二人と夫の弁当、洗濯、9時から3時までのパート仕事。
買い物と掃除を済ませると、あっという間に夜だ。
自分の時間なんてまるでない。

ハンバーグを作ろうとしたら、卵がないことに気づいた。
慌ててエプロンを外し、財布だけ持って夕暮れの街に出かけた。
途中の古い家に漂う金木犀の香りに足を止めた。
垣根の中から、杖をついたおばあさんが顔を出した。
「いい香りでしょう。よかったらお茶でもいかが?」
「いえ、私とっても忙しいので。買い忘れた卵を買いに行くところなんです」
「まあ、卵なら家にあるわ。差し上げるわよ」
おばあさんはそう言うと家に入って卵を1パック持ってきた。
「私は食べないからどうぞ」
「それじゃあ、お金を払います」
「いいのよ。そうねえ、それじゃあ、その鈴と交換しましょう」
おばあさんは私の財布に付いている古ぼけた鈴を指さした。
「物々交換よ。それならいいでしょう」
おばあさんは、ゴミと言われても仕方ないような鈴を嬉しそうに受け取った。

いくらなんでも、タダ同然で卵をもらう訳にもいかず、翌日スーパーでみかんを買っておばあさんを訪ねた。
「あらまあ、悪いわ。それならまた物々交換しましょう。あなたの欲しいものを言ってちょうだい」
「欲しいものなんてありません。私、もう行かないと。時間がないんです」
「あなたいつも時間がないのね。そうだ、それなら私の時間と交換しましょ」
「時間と交換?」
「私は時間を持て余しているの。だから私の1時間と、そのみかんを交換しましょ」
よく意味が解らなかったが、とりあえずみかんを押し付けて帰った。

家に着いたのは午後4時。急いで掃除をして洗濯物を取り込んでアイロンがけを済ませて時計を見ると4時。
え? どういうこと? 帰って来てから1分も経っていない。
スマホで時間を確かめたがやはり4時で、夕飯の支度を始める5時まで、まるまる1時間残っている。
ああ、そうか。きっとこれが、おばあさんと交換した1時間だ。
なんだかキツネにつままれたような気分だけど、私はその1時間でゆっくりコーヒーを飲んで、読みたかった本を読んだ。

翌日、再びおばあさんを訪ねた。
「ウールのブランケットです。これと、おばあさんの時間を交換してください。出来れば2時間」
「いいわよ。素敵なブランケットね」
こうして2時間を手に入れた私は、ずっと見られずにいた映画のDVDを観た。
なんて自由。なんという充実感。

私はだんだん欲張りになった。いくらでも時間が欲しい。
毎日おばあさんと時間の物々交換をした。
交換する物は、引き出物でもらった食器や着なくなったカーデガン、お菓子や本。
おばあさんは何でも喜んでくれた。
時間はだんだん長くなり、3時間から5時間をもらうことが多かった。
その時間で友人と会ったり、ショッピングをしたり、映画を観たりした。
しかし時間がいくらでもある生活に慣れると、あえて出かけなくてもいいと思うようになった。
だらだら過ごし、いつでも出来ると思うと、家事も自然とおろそかになる。
晩のおかずもデパ地下の惣菜で済ませるようになった。

「お母さん、制服のボタン付けてって言ったよね」
「俺のスーツ、クリーニング出してくれなかったの?」
私の答えはいつも同じだ。「明日やるわ」
そして翌日、いつものようにおばあさんの家に行った。
ボタン付けとクリーニング、今日は余計に時間をもらおう。

おばあさんの家は、いつもと違った。
白と黒の幕が張り、訃報を告げる張り紙があった。
ちょうど家から出てきた、おばあさんに目元が似ている女性に声をかけた。
「どなたか、お亡くなりになったんですか」
女性は泣きはらしたような目で私を見た。
「母が亡くなりました。昨夜急に」
「まあ…」
「母は余命宣告を受けていました。だけどまだ時間があるはずだったんです。だけど時計が止まるように突然、母の時間は止まってしまいました」
女性は「それでは」と深く頭を下げて家の中に入った。
私は立ちすくみ、雷に打たれたように動けない。
体中が震えた。おばあさんの時間を、私が奪った。
だらだらと、意味もなく過ごした時間は、おばあさんの大切な時間だった。
崩れそうになりながら、「ごめんなさい」と心の中でつぶやいた。

以前と同じ日常が戻った。時間に追われる日々。
だけどその時間の大切さが、今ならわかる。
どんなに忙しくても、おばあさんの家の前では立ち止まる。
金木犀も、もう香らない。寂しい空き家になった庭に向かって「ありがとう」と手を合わせる。
にこやかに笑うおばあさんが立っているような気がしたが、そこにはコスモスが優しく揺れるだけだった。


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夫婦喧嘩は犬が食う [男と女ストーリー]

ボクはトイプードルのジャム。
この家に来てもうすぐ2年だよ。
ダンナさんとオクさんは、前はとっても仲良しだったのに、最近はケンカばかり。
オクさんが、何かに不満を持っているみたいだけど、ダンナさんはそれに全く気付いていないみたいなんだ。

今日のケンカは特にすごい。
とうとう離婚っていう言葉が飛び出しちゃった。

「離婚の協議をしましょう。私、本気よ」
「わかった。このマンションは、もともと君が住んでいたから、俺が出ていけばいいんだろう」
「そうね。家具や家電はどうする?あなたが買ったものもあるけど」
「いらないよ。全部置いていく」
「そう」
「俺はジャムだけ連れて行くよ」
「えっ? どうしてジャムを連れて行くの?」
「だって、ジャムは俺の犬だし」
「はあ? 何言ってるの? ふたりで選んで買ったんじゃないの」
「金を出したのは俺だ」
「違うわよ。あのお金は、いつかハワイ旅行に行くためにふたりで貯めた貯金から出したのよ」
「そうだっけ。でもそれだって俺の方が多く貯金してたよ」
「うわ、せこい。男のくせにそういうこと言う?」
「ジャムは俺に懐いている」
「私がしつけたからよ。毎日ご飯あげてるのは私よ」
「朝の散歩は俺が行ってる」
「それは私が朝ご飯を作るからでしょう。夕方の散歩は私が行ってるわ」
「帰りが早いんだから当たり前だ」
「あなたは気が向いたときに可愛がるだけじゃない。あなたが好き勝手に旅行に行ってるとき、ジャムを見ているのは私よ」
「旅行って…、出張だよ。仕事だよ」
「この前の熱海は?」
「あれは同窓会だ。仕方ないだろう」
「ずるいわ。私、同窓会なんて何年もやってない」
「それは自分の学校の幹事に言えよ」
「だけど、そんなにしょっちゅう出張に行く人に、ジャムは渡せないわ」
「ペットホテルとかあるだろ」
「高いわよ。あなたの収入じゃ無理ね」
「あっ、じゃあ妹のユキに預けよう。ユキは大の犬好きで、一時期獣医の勉強をしてたんだ」
「えっ、そうなの? ユキさん、獣医の勉強してたの?」
「うん。出来ちゃった婚で諦めたけどな」
「なに、そういうの早く言ってよ」
「ん? 出来ちゃった婚の話?」
「ちがう!ユキさんが喜んでジャムを預かってくれるって話よ」
「えっ…と、それが何か?」
「だから、行けるじゃないの、ハワイ」
「ハワイ?」
「そうよ、やっとお金が貯まったのに、ジャムがいるから旅行に行けないでしょう。それなのに、あなたばっかりいつも出かけて、もう私、耐えられない。私だって行きたいのよ、旅行に!」

え??? ボクが原因だったの?

「じゃあ、行く? ハワイ」
「行きましょう。私、日程を組むから、あなたはユキさんに電話して。ああ、忙しくなるわ。会社に休暇届出さなきゃ。あなたも早めに出してよ」
「それで、離婚は?」
「しないわよ。だってあなたも私も、ジャムを手放したくないんでしょう。今まで通り一緒に暮らすしかないわ」
「そうだね」

ダンナさんとオクさんは、代わる代わるにボクを抱いて頬ずりした。
夫婦喧嘩は犬も食わないって言うけどさ、何だかボク、もうお腹いっぱいだよ。

11月22日は、いい夫婦の日です。


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七五三なので [コメディー]

「すまないが誰か、明日休日出勤してくれないか?」

「………」

「鈴木君、どうかな、明日出てくれるかね」

「すみません、課長。明日は娘の七五三でして」

「そうか、七五三なら仕方ないな。吉田君はどうだ? 君は子供いないだろう」

「すみません、課長。明日は甥っ子の七五三パーティに招待されてます」

「そうか。パーティじゃ仕方ないな。石川君はどうだ? 君は一人っ子で独身だ」

「すみません、課長。僕の実家は神社でして、明日は七五三で大賑わい。手伝いを頼まれました」

「そうか、家が神社じゃ仕方ないな。桂木さんはどうかな? 独身だし、実家もたしかサラリーマンだったね」

「すみません、課長。私は明日、不倫相手の子供が七五三なので、ちょっと嫌がらせにでも行こうかと」

「そうか。嫌がらせなら仕方ないな。白井さんはどうかな? お子さんはもう大きいし、不倫もなさそうだ」

「すみません、課長。飼ってるネコが七五三で」

「そうか。ネコが七五三なら仕方ないな。新入社員の荒木君、君はどうかな? 独身だし、寮だからペットもいないだろう」

「すみません、課長。ネットの中で育ててる美少女のクルミちゃんが、めでたく七五三を迎えました」

「そうか。クルミちゃんが七五三なら仕方ないな。うーん、どうしよう」

「課長が出たらいいじゃないですか」

「いや、私は明日7・5・3の三連単で勝負しようと思ってるんだ」

「ああ、競馬ですか。競馬なら仕方ないですね」

「…というわけで、すみませんが部長、出勤してください」

「ふざけるな!!」

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あの人の鍋 [公募]

つきあって二か月目の今日、初めて彰さんの家に招かれた。
彰さんとは婚活パーティで出会った。
女性ばかりの職場で婚期を逃した私と、三年前に妻を亡くして一児の父である彰さんは、出会ってすぐに結婚を意識した。
時間をかけて整えた髪を、木枯らし一号が容赦なく崩す。
乱れた髪で、葱や豆腐を抱えた自分の姿がやけに可笑しい。

「きれいに片付いているわ。もっと散らかってるかと思った」
「麻美ちゃんが来るから、優奈と一緒に掃除したんだ。なっ、優奈」
彰さんが一人娘の頭を撫でると、優奈は得意げな顔で笑った。
五歳の子どもがいることに、戸惑いがないと言えば嘘になるが、幸い優奈は可愛くて私にとても懐いてくれた。

「麻美ちゃんの手料理が食べられるなんて楽しみだな」
「手料理っていっても鍋だもん。材料切ってぶっこむだけよ」
「ぶっこむ?」と優奈が小動物みたいに首を傾げた。
「やばい。言葉遣いも気をつけなきゃね」
「麻美ちゃん、〝やばい〟もアウトでしょ」
彰さんが笑って、優奈も笑った。

「彰さん、土鍋ある?」
「ああ」と彰さんが棚の奥から土鍋を出した。朱色の小さな花がちりばめられた蓋が可愛い。
「いい柄ね。おしゃれだわ」
「しばらく使ってないから洗わないと」
土鍋を受け取って流し台に乗せようとしたとき、優奈が突然「ママ」と言った。
「ん? どうした? 優奈」
「それはママのお鍋なの。ママが大切にしていたお鍋なの。パパとの思い出がたくさんあるお鍋なの」

彰さんと私は、思わず顔を見合わせた。彰さんの妻が亡くなったとき、優奈はまだ二歳だ。
母親のことも殆ど憶えていないのに、そんなことを知るはずがない。
「驚いたな。でも、優奈の言うとおりだ」
彰さんが懐かしそうに目を細めた。
「僕も妻も、早くに両親を亡くしていてね、家族で鍋が囲めるのが嬉しくてさ、結婚してすぐにこの土鍋を買ったんだ」
見たこともない寂し気な顔で、彰さんは土鍋を愛おしそうに見た。
仏壇で見た妻の写真と、目の前の優奈の顔が重なる。
優奈の中で、母親は生きている。そして亡き妻との思い出を懐かしそうに語る彰さんの中にも、彼女は消えずに生きている。

私は何だかいたたまれなくなり、乱暴に土鍋を置いた。
「今日は帰るわ」
鞄だけをつかんで外へ出た。北風が再び髪を乱すが、直す気力もない。

彰さんが慌てて後を追ってきた。
「麻美ちゃん、ごめん。無神経だったよ。今から新しい土鍋を買いに行こう」
優しく、そして強く体を包まれて、私はポロポロ涙を流した。
わかっていたはずだ。この家に来たら、亡き妻の残骸がいくつもいくつもあることなど、最初からわかっていた。
私は自分の心の狭さ認め、彰さんに促されて家に戻った。
玄関先で、優奈が大きな瞳を潤ませていた。

「おばちゃん、ごめんなさい。本当は鍋のことなんて知らないの。パパがおばちゃんの話ばかりするから、ちょっといじわるをしたの」
わずか五歳の子どもに、そんな嫉妬心があることに驚きながら、優奈がとても愛おしく感じた。
「優奈ちゃんもパパが好きなんだね。私もパパが大好きよ。同じ人が好きなんだから、きっと私たち、上手くやれるよ」
そう言って髪を撫でると、優奈は安心したように頷いた。
「でもね、優奈ちゃん、今度おばちゃんって言ったら怒るよ」
冗談めかして言うと、「だっておばちゃんだもん」と、優奈が笑って反撃した。
彰さんも「そうだよな」などと楽しそうに言いながら、慌てて逃げる真似をした。
私たちはきっと素敵な家族になれる。時間を重ねて、少しずつ本当の家族なろう。

葱や白菜を切って鍋に入れていく私を、優奈がじっと見ている。
「もうすぐできるからね」
「うん」と言った優奈の視線が外れた。
優奈の瞳は私を通り越し、白い壁を見つめている。
優奈のあどけない声が、白い壁に問いかける。
「これでいいんでしょう、ママ」

背中を冷たいものが走る。振り向いても誰もいない。
優奈にだけ見えるその人は、どんな顔で私を見ているのだろう。
「大切に使ってね。そのお鍋」
やけに大人びた声で優奈が言う。私は思わず「はい」と答えた。
風がふっと目の前を通り過ぎ、優奈が「バイバイ」と手を振った。


*****

公募ガイド「TO-BE小説工房」の落選作です。
課題は「鍋」
今回、レベルが高かったらしいです。
このところ、連敗続きです。めげずに頑張ろう!


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ママ友ってなんだろう

ママ友との付き合いは大切。
子供の友達関係にも影響するらしいって、先輩ママが言っていた。
幼稚園に送り届けた後のファミレスは、今や日課になっている。
税込み380円のドリンクバーは、私にとって決して安くないが、これも主婦の仕事。
おしゃべりが苦手な私はめっぽう聞き役で、よく動くママ友たちの口を眺めて相槌をうつのが精一杯だ。

「ねえ、優ちゃんママはどう思う?」
こんなふうにいきなり話を振られると「へっ?」とマヌケな声を出してしまう。
「もう、聞いてなかったの? 旬くんママが不倫してるってウワサ」
「旬くんママが? …まさか」
「優ちゃんママ、ご近所でしょう? 何か知らない?」
「さあ…」
首をかしげると、途端にため息の嵐が起こる。
「つかえねーな、この女」と、言われているような気がする。

「なにか、探って…みる?」
ご機嫌をとるように言ってみると、みんなの目が輝く。
「やだ、優ちゃんママ探偵みたい」
「何かわかったら、明日報告してね」
「あ、明日…?」
軽はずみなことを言ってしまった。
旬くんママとは、家が近所というだけで、親しいわけではない。どうしよう。
やはり「おすそ分け作戦」といくか。

スーパーで柿を4つ買って旬くんママの家に行った。
「あの、実家から柿がたくさん送られてきて、その、おすそ分けです」
旬くんママは、柿と私を交互に見ながら「どうも」と短く言った。
そう。この人はとてもそっけない。会話が終わってしまう。
「す、素敵なお庭ですね」
「どこが?」
よく見ると、バラバラに伸びきったコスモスと、空の植木鉢が転がっている殺風景な庭だ。
しまった、ともじもじしていたら、旬くんママが呆れたように言った、
「散らかってるけど、上がってく?」
「いいんですか?」
「そのつもりで来たくせに」と、旬くんママが軽く舌打ちをした。

家の中は、本当に散らかっていた。
ダンボールとプラスチックの部品が床を占領している。
「内職してるの」
「あ、内職。へえ」
「本当は働きたいけど、旬がまだ小さいから一緒にいてあげたいし」
旬くんママはカチカチと手を動かしながら「適当に座って」と言った。
「大変そう」
「うん。でもね、旬が幼稚園に行ってる間に集中してやれば、小遣い稼ぎくらいになるのよ。旬が帰ってきたらめいっぱい遊ぶの。子供と過ごす時間は、私にとっても宝物だもん」
不倫どころか、めちゃくちゃいいママじゃないの。
私なんて怒ってばっかり。尊敬する。見習いたい。

「先生、私、コーヒー淹れます。柿も剥きます。どうぞお仕事お続けください」
「ぷっ」と旬くんママがふき出した。
「ありがと。面白い人ね、小暮さん」
え…?苗字を呼ばれただけなのに、妙に新鮮だ。優ちゃんママと呼ばれることに慣れていたせいか。
「それ、どこの柿?」
「えっ?さあ、産地見るの忘れたわ」
「ご実家から送って来たんじゃないの?」
はっ!なんてマヌケ。「おすそ分け作戦」すっかりバレた。
「ウケる。面白いわね、小暮さん」
旬くんママ…いえ、原田さんは笑い転げた。

翌日のファミレスで、私は原田さんの不倫疑惑を否定した。
不倫どころか毎日内職で忙しく、かといって子育てもおろそかにしないことを話した。
「ええっ?旬くんママ、内職してるの?」
「今どき内職って。なんか暗い。昭和かよ」
「そんなに家計が苦しいなら、公立の幼稚園にすればいいのにね」
嘲笑が起こる。なぜ原田さんが笑いものにされるのかわからない。

「あの」と私は顔を上げた。
「小遣い稼ぎに内職をして、何が悪いの? 私だって、そんなに生活が楽なわけじゃない。毎日380円のドリンクバーだって、専業主婦には結構な負担だわ。この時間だって、ずっと前から無駄だと思ってた。早く帰って子供のおやつでも作ったほうがよっぽどいい」
過呼吸になるかと思うほど一気にしゃべり、380円を置いて席を立った。
足がふるえていた。

やっちまった…という気持ちが20%、爽快感が80%
明日から、私が悪口の標的になるのかな。優香が仲間外れにされたりするかしら。
でも、自分をしっかり持っていれば大丈夫。
家に帰って、優香の好きなケーキを焼こう。

その後結局、朝のファミレス集会はなくなった。
私と同じ思いの人が、他にもいたらしい。
月日が経って、彼女たちとの付き合いがなくなっても、原田さんとだけは交流が続いている。
ママ友ってなんだろうって、最近考える。


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最後のレストラン

男は、この春会社をリストラされた。
再就職はうまくいかず、酒におぼれ、妻は中学生の娘を連れて実家に帰った。
何もかも失った。
「もう生きている価値もない」と口癖のようにつぶやく。
財布の中の所持金は、2500円。
これっぽっちを家族に残しても仕方ない。
この金で、今夜食事をしよう。最後の晩餐だ。
男は、自ら命を絶つことを決めていた。

男がまだ幸せだったころ、家族でたまに訪れたレストランを選んだ。
目を輝かせてお子様ランチを見つめる娘、妻と男はグラスワインを傾けて、ささやかな贅沢を楽しんだ。懐かしい店だ。最後の晩餐にふさわしい。
男はラストオーダーギリギリの時間に行った。
幸せそうな家族連れを見たくなかったからだ。

「いらっしゃいませ」
男を迎えた店員たちが、いっせいにクラッカーを鳴らした。
「おめでとうございます!」
「え? なに?」
くす玉が割られた。何かの祝いだろうか。男は戸惑った。

「おめでとうございます。お客様は、当店最後のお客さまです」
「最後の客?」
「今日で店を閉めることになりまして。本日は、家族みんなで精一杯のおもてなしをさせていただきます」
男は中央のテーブルに案内された。
シェフとその妻、娘と息子。心なしか寂しげに見える。
近くにチェーン展開をするレストランが増えて、経営が苦しくなったのだろうか。
気の毒だ。他人ごとではないと、男は思った。

ワインが運ばれてきた。ずいぶん高そうなワインだ。
「いや、頼んでないけど」
「本日は、最高級のワインとお料理をサービスさせていただきます」
男が戸惑っていると、料理が次々運ばれてくる。
この店で一番高いステーキが出てきたときは、さすがにシェフを呼んだ。
「お客様、何かご用でしょうか」
「あの、いくら最後の客だからって、大盤振る舞いしすぎじゃないですか? 今後のために、少しでもお金を残した方が。いや、余計なお世話ですが」
シェフは静かに笑いながら、「かまいません」と言った。
「これっぽっちの金を残しても、仕方ないんです」

男はハッとした。自分と同じだ。
もしや、このシェフ、いや、この家族は、店を閉めた後で一家心中をするのではないか。
そう思って見てみると、すべてが絶望に包まれているように見える。
ひそひそ声で「旅立つ準備はできたか」などと囁き合っている。
男は思わず娘と息子を見た。まだ若い。息子はまだ学生だろう。
だめだ。若い命を巻き込んではだめだ。
男は、信じられないほど柔らかくて美味いステーキをほおばりながら、ボロボロ泣いた。
「お客様、どうされました?」
「シェフを、呼んでください」

男は、涙ながらに話し始めた。
「私は、この春リストラされました。妻子にも逃げられ、すべてが嫌になりました。財布に残った2500円を持って、この店に来ました。最後に思い出のレストランで食事をして、死のうと思ったんです。だけどやめました。あなたの料理を食べて、私は生きる希望を持ちました。だからお願いです。あなたたちも生きてください。こんなおいしい料理が作れるんです。死んでしまったら勿体ないです」
涙ながらに訴える男に、シェフは穏やかに微笑んだ。
「わかりました。いろいろありますが、頑張って生きていきましょう」

男は心底安心して、デザートまできれいに食べて帰った。
明日から、ちゃんと仕事を探そう。日雇いでも何でもいい。
そして、妻と娘を迎えに行こう。そう心に決めた。

男が帰った後のレストラン。
家族で後片付けをしながら、息子がぽつりと言った。
「あの客、なにか勘違いしてたよね」
「そうね。私たち、宝くじが当たって、もっといい場所に大きな店を出すのにね」
「まあ、いいじゃない。パパのお料理で一人の命が救われたのよ」
「さあ、明日からハワイだ。旅立ちの準備は出来てるか?」
「アロハ~」


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