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社長夫人と僕

社長夫人は、社長が不在の時を狙って会社に来る。僕に会うために。
今日は昼休みにやってきた。
「あら、あなたひとり?」
「社長は出張です(知ってるくせに)」
「まあ、愛妻弁当? ちょっとおかず少なくない?」
「放っておいてください」
「ねえ、今夜うちに来ない? あの人いないから」
「行きませんよ。嫁が待っているんで」
「朝昼晩、嫁の食事じゃ飽きるでしょ。たまには浮気しなさいよ」
弁当のプチトマトを、赤い口紅をたっぷり塗った口に放り込み、
「甘くないわね。安いトマトね」
「放っておいてください」

社長夫人は、ずっと社長の愛人だった。
2年前に本妻が亡くなって、正妻の座についたのが半年前だ。
社長と前妻との間に子供はなく、再婚に反対されることもなかったが、会社の中には、あまり快く思っていない社員もいた。
事務の中川さんが昼休みを終えて戻ってきた。
社長夫人が僕の隣に座っているのを見て、あからさまに嫌な顔をした。
中川さんは、社長の再婚を快く思っていないひとりだ。

「おじゃましました」
腰をくねらせて社長夫人が帰ると、中川さんは大きくため息をついた。
「狙われてるんじゃない? 浅田くん。誘惑された?」
「いえ、そういうんじゃないです」
「前の奥様は品のいい方だったのに、あのケバイ女が社長夫人だなんて、会社の恥ね」
中川さんは社長夫人の香りを消すように、窓を開けた。
ひんやりした風が入り込み、僕は少し身震いをした。
「浅田くん、社長夫人に気に入られるのもいいけど、誘いに乗ってクビにならないようにね」
「まさか」

僕はこの会社で経理の仕事をしている。
高卒だけど、会社の配慮で夜間の経理専門学校に通わせてもらった。
中川さんは、そんな僕を少しやっかんでいる。

数日後、社長夫人がまたやってきた。僕はコンビニで買ったパンを齧っていた。
「あら、今日は愛妻弁当じゃないの? ついに嫁に逃げられた?」
「ちがいます。ちょっと具合が悪いだけです」
「風邪?」
「いえ、つわりです」
「あらまあ、おめでたなの。やだ、早く言ってよ」
社長夫人が隣に座って、ささやくように顔を近づけてきた。
「じゃあ今晩うちに来ない? ほら、いろいろ不自由でしょ」
「不自由なんてしてませんよ」
「敬語やめなさいよ。ふたりきりなんだから」
社長夫人の指が僕の髪に触れたとき、中川さんが帰ってきた。
社長夫人は立ち上がり、「じゃあね」と手を振った。
中川さんは、軽蔑するように僕を見た。

社長夫人と僕が不倫をしていると噂が流れたのは、翌日のことだ。
僕と社長夫人が顔を近づけて親密そうに話す写真が、会社の掲示板に貼り出されていた。
おそらく中川さんの仕業だ。
「浅田くん、おとなしそうに見えてなかなかやるね」
「社長に特別扱いされて、いい気になってるんじゃね」
「浅田はクビだな」
うわさ話にうんざりしているところに、社長がきた。
「キミ、子供が出来たそうじゃないか。おめでとう」
ニコニコしながら僕の手を握った。
「困ったことがあったら言いなさい。家内も心配していたよ」
「ありがとうございます」

そんなやりとりを見ていた中川さんが、居ても立っても居られない様子で僕と社長の間に割って入った。
「社長、浅田くんは社長を裏切っているんですよ。奥様と不倫しています」
そう言って写真を見せた。
一瞬間を置いて、社長が大声で笑いだした。
「仲睦まじい写真じゃないか。不倫の訳ないだろう。妻と彼は親子なんだから」
「お、親子?」

そう。社長は母の愛人だった。
そういう関係に反発した時期もあったけど、金銭的な援助も受けたし、好待遇で社員にしてくれた。
何よりこの会社は、いずれ僕の物になる。
その日まで、せいぜい母と仲良くしてくださいよ、お義父さん。


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