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テレビ依存症

「麻子さん、テレビが壊れちゃったのよ」
パートから帰った途端、義母からの電話だ。
電気屋じゃあるまいし、私が行ったところで直るものではないけれど、とりあえず車を走らせて、5キロ先の夫の実家に向かった。
「ほら、みて」
リモコンを渡されて電源ボタンを押したが、テレビ画面は黒いままだ。
「ダメですね。寿命じゃないかしら」
朝から晩までつけっぱなしで8年も経てば、テレビだって壊れるだろう。

義母は早くに夫を亡くし、3人の息子を立派に育て上げた。
しかし息子たちは誰ひとり実家に住まず、長男と次男は少し離れたところに家を建ててしまった。
私は三男の嫁でアパート住まいだが、同居する気はさらさらない。
「お義母さん、日曜日にテレビを買いに行きましょう」
「じゃあ、今夜のドラマは…見られないのかしら」
「録画しましょうか? 何時からです?」
「録画なんて…うちには機械もないし、そういうの嫌いなのよ」
「じゃあ、うちに来ます?」
本意ではないけれど、たまにはいいかと思い提案すると、義母は嬉しそうに頷いた。

息子の翔太は「おばあちゃんだ」と喜んだ。
帰ってきた夫の孝雄も「あれ、お袋来てたのか」と嬉しそうだ。
2,3日泊めてあげようと、私は思った。

義母は本当にテレビばかり見ていた。
家では絶対見ない時代劇や演歌の番組からバラエティまで、そこまで笑うかというほど笑いながら見ている。
我が家は狭いので、リビングに布団を敷いて義母を寝かせた。

翌朝、目が覚めるとテレビの音が聴こえる。
リビングで、義母がテレビを見ていた。
「お義母さん、早いですね」
「あら麻子さん、おはよう。実は寝てないのよ」
「え?」
「深夜テレビってね、意外と面白いの。だからついつい寝そびれちゃうの」
テレビ依存症かよ。私は呆れながら心の中で軽いツッコミを入れた。
「今日、なるべく早く帰るので、テレビ買いに行きましょう」
毎日こんなふうにリビングを占領されるのもかなわない。
私はその日、1時間早くパートを切り上げて家に帰った。

義母は相変わらずテレビを見ている。その横で翔太が宿題をしている。
「おばあちゃん、ずっとテレビとお話してるよ」
義母は振り向き、私に向かって「どちらさま?」と言った。
「孝雄の学校の先生? 今日、家庭訪問だったかしら」
思わず翔太と顔を見合わせる。義母が、テレビと一緒に壊れてしまった。

義母が死んだように眠った夜、3兄弟夫婦が家に集まった。
「ついに来たか、認知症」
「まだわからないですよ。検査しないと」
「ねえ、麻子さん、近くにいて気づかなかったの?」
「いっしょに住んでいるわけじゃありませんから」
「とりあえず医者に連れて行って、様子を見るしかないだろう。孝雄、頼んだぞ」
「え? おれ?」
「いちばん近くに住んでいるんだから」
「そうよ。あとは孝雄さんと麻子さんにお任せしましょう。お義母さまの一番のお気に入りは麻子さんですもの」
はあ? この嫁二人だって、決して遠くに住んでいるわけではない。
子供の受験だ、PTAだと理由を付けて、義母を避けているくせに。

そのとき、隣の寝室で寝ていた義母が起きてきた。
「麻子さん、ごめんなさいね。テレビを買いに行く約束だったのに、私寝ちゃったわ。…あら? みんなそろって何の集まり?」
あまりに普通の義母に拍子抜けして、兄夫婦たちはそれぞれの家に帰った。
とりあえず検査はしたが、どうやら寝不足で一時的におかしくなっていたようだ。

義母の家に新しいテレビが来た日、私はテレビの電源を切って義母と向き合った。
「お義母さん、私これから毎日来ます。パートの帰りに1時間、ダンナや小姑の愚痴を言いに来ます。そのときはテレビを消して、私の話し相手になってください」
義母は「あらまあ、嫁の愚痴を聞くなんて、時代も変わったわ」と笑った。

同居するのはまっぴらごめんだけど、そのくらいならいいかな…と思いながら、夕方のニュースを義母と並んで見た。


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