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新人さん [公募]

朝は誰よりも早く出社して、社員たちが気持ちよく働けるように掃除をする。
入社してからずっとそうしてきた。
今朝も、当然一番乗りだと思ったら、社長が鼻歌を歌いながら机を拭いていた。
「おはようございます。社長、早いですね」
「春日さん、おはよう。ほら、今日から新人さんが来るでしょ。だからね、彼女が気持ちよく働けるように、机をきれいにしてたんだ」

社長がだらしなく鼻の下をのばしながら言った。
社長をここまで張り切らせた新入社員の彼女は、面接で一度微笑んだだけで採用が決まった。
美人で愛らしく、そして若かった。

先代の社長に見初められ、私がこの小さな食品会社に入社してから30年が過ぎた。
先代の社長は、5年前に奥様を亡くしてから急に気力を失い、息子に社長の座を譲った。
息子である今の社長の代になってから、会社の雰囲気はがらりと変わった。
新しい機械を次々に導入して、システムを変え、古くからいる年配社員をリストラした。
すっかり若返った会社で、私だけが浮いていた。

社長が、私を疎ましく思っているのは知っている。
私は新しい機械やシステムを必死で勉強して、何とかこなしているからクビにできない。
そこで社長は、若い事務員を雇い、私が居づらくなって辞めるように仕向けるつもりだ。
この狭い事務所に、二人の事務員はいらない。

いつもは就業時間ぎりぎりに来る従業員たちが、10分以上早く出社した。
「あれ、社長、新人さん、まだですか?」
「うん。道に迷っているのかな。どう思う? 春日さん」
「一度面接に来ているのに迷うはずがありません。よほどのバカでなければ」
「電車の遅延かな。遅延の情報入ってない? 春日さん」
「すべて平常運転です」
社長を始めとする男性社員が、首を長くして待っていても、彼女は一向に現れない。
とうとう就業時間を過ぎてしまった。
「社長、そろそろ朝礼を」
「ちょっと待って。新人さんに電話してみる」
社長が履歴書を見ながら電話をかけたが、どうやら繋がらないようだ。
「社長、朝礼を」
「うーん、今日はいいや。僕はここで新人さんを待つから、各自職場について」

男性社員たちが、がっかりした様子で営業や倉庫に向かうと、事務所には社長と私だけになった。
ピカピカの机に座るはずの美しい新入社員は、30分を過ぎても来ない。
時計を見ながら溜息ばかりの社長に、私は言った。 
「ドタキャンじゃないですか?」
「ドタキャン?」
「平気でドタキャンするらしいですよ。あの人。女友達には、すこぶる評判悪いです。約束は破るし、男の前では態度が違うらしいですよ、あの人」
「どうしてそんなことを知ってるんだ」
「彼女の身辺をリサーチしたんですよ。だって、これから机を並べて仕事するのがどんな人か、知りたいじゃないですか」
「春日さん、どういうつもり? 何の権限があってそんなことを」

社長が蔑むような顔で言った。
「嫉妬? 若くて美人の新人さんに嫉妬してるのかな? 見苦しいぞ、春日さん」
「社長、その美人で若い彼女は、前の会社を半年足らずで辞めていますね。その辺の理由はきちんとお聞きになりましたか? この職種に関する知識は、どの程度あるのでしょう」
社長の顔色が変わった。
「それに、さっきから新人さんって呼んでいますけど、彼女に名前はないんですか。外見ばかりに気を取られて、内面をちゃんと見ていない証拠ですよ」
「俺に意見するなんて、あんた何様だ」
社長がついに、顔を真っ赤にして怒った。
「出過ぎたことを申しました。すみません」
「わかればいいんだ。二度と俺に意見するな」

「社長、ひとつご報告があります。私、先代の社長、つまりあなたのお父様から、正式に求婚されました。お受けするつもりです」
「え?」
「これからは会長夫人として、会社のお役に立ちたいと思っております。多少の意見はご容赦下さい」
いくつになっても父親に頭の上がらない社長は、明らかに動揺して、気持ちの整理がつかない様子で用もないのに倉庫へ向かった。

新入社員はとうとう来なかった。
来るはずがない。私が事前に連絡したのだから。
「この会社はひどいブラック会社で、男性社員のセクハラが原因で何人もの女子社員が辞めている。入社を取りやめた方がいい」と嘘八百を並べて、彼女の入社を阻止した。

だって、職場の花はひとりで充分でしょう。


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公募ガイド「TO-BE小説工房」の落選作です。
テーマは「新人」でした。
佳作など読みましたが、やはり新入社員の話が多かったですね。
「今年の新人は」などと毎年言われますが、「今の若者は」と、昔から言われ続けるのと同じで、誰もが通る道なのですね。
でも、ここ数年は明らかに「ちょっと違うな」と思うのは私だけでしょうか。
年取ったから?


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