So-net無料ブログ作成
検索選択

ビールを買いに [コメディー]

夏の夕方、ずいぶん早く帰ってきたお父さんが、冷蔵庫を開けて「ああああ~」と大声を出した。
「ビールがない!」
お父さんは息子の啓太を呼んだ。
「啓太、角のコンビニでビールを買ってきてくれ。お父さん、疲れて歩けない」
「お父さん、僕は12歳だよ。未成年はビールを買っちゃいけないんだ。大人のくせに知らないの?」
「でもさ、おまえは12歳の割に背が高い。俺と大して変わらないだろう。変装すれば買えるさ」
犯罪じゃん、と啓太は思ったけれど、ちょっと面白そうな気もした。
お父さんのスーツを着て、帽子とサングラスとマスクをしたら小学生には見えない。
「おお、完璧だ。低い声を出すんだぞ」
「じゃあ、ちょっと行ってみる」
「角のコンビニだぞ。間違えるなよ」

外に出るなり啓太は、あまりの暑さに驚いた。
「お父さん、こんな暑いスーツで会社に行ってるんだ。大変だな」
啓太はすぐさま上着を脱いだ。
コンビニに着くと、ガラスに映った自分の姿を見てギョッとした。
「あれれ、まるでコンビニ強盗だ」慌ててサングラスを外した。
店内には、レジの女と男のバイト。立ち読みの高校生がふたりだけ。 
帽子を目深に被りコンビニに入ると、啓太は迷わずお父さんの好きなビールを2本かごに入れた。ついでにポテトチップを入れてレジに行った。
「いらっしゃいま……」
レジの女の手が止まった。啓太の顔をじっと見ている。
隣にいた大学生のバイトが「未成年っすよね」とささやいた。

レジの女は呆れたような顔で、バイトに言った。
「このビール、あたしが買うから、レジ代わって」
「え? いいんすか?」
女は素早くレジカウンターから出て、啓太の隣に並び、啓太の代わりに金を払った。
「あのね、小学生はビールを買っちゃいけないのよ」
「へへへ、ばれたか」
「じゃあ、もうすぐ仕事が終わるから、ここで待ってなさい」
「はい、お母さん」

レジの女は、啓太の母親だった。
お父さんとケンカして家を出たお母さんは、近所のコンビニで働きながら、ときどき啓太の様子を見に行っていた。
「お母さん、ここで働いてたんだね。お父さん、知ってたのかな」
「昼間なら見つからないと思ったのに、どこかで聞いたのね」
「ねえ、お母さん、家に帰って来てよ。お父さんとふたりだと面倒くさいよ」
「そうね。子供にビールを買いに行かせるお父さんじゃ、しょうがないわね。きつく叱ってあげるわ」
「ほどほどにしてよ。またケンカになるから」

その頃お父さんは、シンクにたまった洗い物を片付けながら、時計を見た。
「そろそろ帰ってくるかな。啓太とお母さん」


*****
童話賞に応募しようと思って考えた話ですが、犯罪めいた話じゃさすがにダメだろう……ってことで、やめました(笑)


にほんブログ村

紫陽花の恋 [ファンタジー]

紫陽花は、気まぐれ、移り気などと言われますが、私は違います。
私は一途です。
私が恋をしたのは、目の前のアパートに住むT大生です。
爽やかでイケメンで、おまけに頭がいいのです。

彼は毎朝、大家さんに挨拶します。
「おはようございます。紫陽花がきれいに咲きましたね」
きれいだなんて言われてしまいました。照れます。
大家さんは私に水をかけてくれながら、ひとりごとをつぶやきます。
「いい男だね。礼儀正しいうえにT大か。あたしが50歳若かったら惚れてたよ」
私も思います。私が彼に似合いの(人間の)女性だったらどんなに嬉しいか。
彼が目の前を通るたびに、私は花びらをピンクに染めました。

ある日、彼が女を連れてきました。彼より年上に見えます。
ブランド品を身に着けた、いけ好かない女です。
私は、カタツムリに命じました。「さあ、あの女の頭に乗りなさい」
カタツムリは、私の葉っぱからぴょんと飛んで、女の頭の上に乗りました。
「きゃ、なにこれ、キモ!」
女はカタツムリを投げつけました。
ほらごらん。ろくな女じゃない。きっと純情な彼をたぶらかそうとしているのです。

彼は憂うつそうな顔で私を見ています。
「どうかしたの?」と、女が言いました。
「ああ、ごめん。実は母が入院してね、ちょっと難しい病気なんだ」
「まあ……」
「治療費がかかるから、大学をやめて働こうかと思っているんだ」
「そんな、T大をやめるなんて勿体ないわ。いくら必要なの?」
「いや、そんなこと、マキさんに頼めないよ。ごめん、忘れてくれ」
「いいのよ。どうせ夫が株で儲けたお金よ。あなたのお母様のために使いたいの」
マキという女、結婚しているようです。なんて女でしょう。
しかもお金で彼を繋ぎとめようとしています。あざとい女です。
でも彼は、きっとマキのことが好きなのでしょう。
人目もはばからず、紫陽花目もはばからず、ふたりは抱き合いました。

地面に叩きつけられたカタツムリが、葉っぱの上に這い上がってきて、
「どうせ叶わぬ恋だよ。せっかくきれいに咲いたのに残念だけどさ」
と、自分の痛みも忘れて慰めてくれました。

しばらくして、彼の姿が見えなくなりました。
優しい彼のこと、きっと病気のお母様のところに行ったのでしょう。
マキはたまに見かけました。彼がいなくてがっかりして帰りました。
ざまーみろ、と思いました。

日差しが眩しくなって、本格的な夏がやってきました。
私の季節ももう終わりです。
そんなとき、大家さんが近所の人と井戸端会議にやってきました。
「詐欺師だったらしいよ」
「あらまあ、あのT大生が?」
「T大っていうのもウソだったらしいよ」
「若い女から金をだまし取ってたんだって。怖いねえ」
「ホントにね。あたし騙されなくてよかったよ」
「ちょっとあんた、あたしゃ若い女って言ったんだけど」
ハハハハハハハ

何の話をしているのでしょう。
どうでもいいけど水をください。今にも枯れそうです。
花の先っぽが、茶色くなってきました。
大家さんたちは、まだしゃべっています。
カタツムリが、葉っぱから話しかけてきます。
「おいらたちの季節はもう終わりだな。紫陽花さん、もし一緒に人間に生まれ変わったら、おいらと恋をしようよ」
「あたし、メンクイよ」
「知ってる」

夕立が降ってきました。気持ちいいです。
さあ、もう一花咲かせましょう。


にほんブログ村

おじさまと人魚 [ファンタジー]

子供の頃、冒険家のおじさまの話を聞くのが好きだった。
海賊に襲われて、命からがら逃げた話や、どこかの民族の酋長に気に入られて、危うく婿養子にされそうになった話。
大きな熊と闘った話もあった。

私がいちばん好きだったのは、おじさまが人魚と恋に落ちた話。
船が遭難して、人魚の国にたどり着いたおじさまは、ひとりの人魚と恋をした。
だけどおじさまは海の中では生きられず、人魚は陸では生きられず、悲しい別れとなった。
おじさまは、とてもつらそうに話してくれた。
その話を聞くたびに、私は切なくなった。
おじさまは、きっとその人魚が忘れられないから、誰とも結婚しないのだろうと思っていた。

月日が流れて、おじさまはすっかり年を取った。
幼かった私も、すっかり大人になった。
いくつかの恋をして、社会に揉まれ、おじさまの冒険話を素直に信じる子供ではなくなった。
おじさまは冒険家などではなく、定職を持たずにふらふらしていただけだと母から聞いた。
親戚中から疎まれていたことも、今は知っている。

おじさまは、海辺の施設に入っている。
訪ねて行っても、もう私が誰だかわからない。
窓辺の椅子に座り、静かに海を眺める横顔があまりに悲しそうだから、私は思わず言った。
「おじさま、人魚のことを考えているのね」
おじさまは、ハッとした顔で私を見た。
「なぜ人魚のことを知っている」
「おじさまが話してくれたのよ。私が小さいころにね」
おじさまは目を細めて私をじっと見た。
「あんたは信用できそうだ。ちょっとそこのジュラルミンケースを取ってくれんか」
おじさまがいつも持ち歩いていた銀色のケースが、ベッドの横に置かれていた。
おじさまが首から下げた鍵で扉を開けると、中に缶の箱があった。
「それを持ってついてきなさい」
杖をついて歩き出したおじさまを、私は慌てて追いかけた。

「おじさま、どこへ行くの?」
おじさまは答えない。まるで恋人にでも逢いに行くように、頬が微かに紅潮している。
施設の前は海だった。おじさまは歩きづらそうに砂浜を歩き、テトラポットに腰を下ろした。
「その缶を開けてくれ」
おじさまに言われて止め金を外し、蓋を開けた私は、「キャッ」と小さな悲鳴を上げた。
中には、干からびてミイラになった魚が入っていた。
もはや何の魚かわからないが、完全に水分が抜けてシシャモくらいの大きさになっている。
「そいつを海に返してやってくれ」
「おじさま、海に返したところで、もう泳がないわよ」
「いいんだ。さあ、彼女を海に返してやってほしい」
彼女…? おじさまは、愛おしそうに魚のミイラを見た。

私は、魚のミイラをそっと波に乗せた。
魚のミイラは、寄せては返す波に身をまかせ、やがて沖へと姿を消した。
おじさまは、泣いていた。きらきら光る波に消える魚のミイラに、小さく手を振っていた。

おじさまが人魚に恋をした話は、もしかしたら本当だったのかもしれない。
海と陸、引き裂かれたおじさまは、人魚によく似た美しい鱗を持った魚を、ずっと傍に置いていたのかもしれない。ミイラになっても、ずっと、ずっと…。

水平線に何かが飛び跳ねて、きらりと光った。
おじさまは、愛おしそうにそれを眺め、ふいに振り向いた。
「私が、七つの海をまたにかけ、冒険していたころの話を聞きたいかね?」
私は、反射的に手を叩いた。
「待ってました!」
おじさまは、昔みたいに勇ましく笑った。


にほんブログ村

記憶研究所 [公募]

「大丈夫、眠っている間に終わります」
初老の医者が祥子の顔を覗き込んだ。
医者の顔に並んだホクロを、祥子は薄れていく意識の中でぼんやり見た。

「人間は間違いを犯します。しかしそこで躓いて、たった一度の人生を棒に振るのはよくありません。いいですか」
初老の医者は、紙に鉛筆で丸を書き、すぐに消しゴムできれいに消した。
「間違った文字を消しゴムで消すようなものだと思ってください。祥子さんの人生の悲しい記憶を、すっかり消してしまうのです」
祥子の母は、祈る想いですがりついた。記憶を操作する研究は、まだ開発途中で合法ではない。
しかし祥子は悲しみの淵に沈み、自殺さえしかねない。
祥子を苦しめる記憶を消して、以前のように楽しく暮らせるだろう。

施術は無事終わり、祥子は眠っている。
「成功しました。ただ、何かのきっかけで思い出してしまうことがないとは言えません。身の回りの物を出来るだけ処分して、新しい環境で暮らすことをお勧めします」
医者はそう言うと、眠っている祥子を一般病棟に移す手続きをした。
「記憶研究所」に来たことも、祥子の記憶から消えているからだ。

目覚めた祥子は、以前のようなあどけない十七歳の少女に戻った。
「どうして私病院にいるの?」
「ただの検査入院よ。ほら、貧血で倒れたでしょう。もう大丈夫よ」
母親は何事もなかったように振る舞い、祥子が入院している短期間で新居を決め、高校の退学届を出し、新しい生活の準備をした。

母親は祥子を連れて、遠く離れた田舎町で暮らすことにした。
元々不登校気味だった祥子は、高校に未練もなく、すぐにこの暮らしを受け入れた。
母親はスーパーで働き、祥子は近くの農園でアルバイトを始めた。
土いじりに向いているようで、学校に行っているときよりもずっと生き生きしている。

祥子は、農園で知り合った青年と親しくなった。今どき珍しい素朴な青年だ。
「祥子は、お母さんと二人暮らしなのか?」
「うん。生まれたときから二人なの。父親は、顔も知らないわ」
「そうか。だからアルバイトで家計を助けているのか。えらいな、祥子は」
青年は大きな手で祥子の頭を撫でた。その仕草が好きで、祥子は頬を染めた。

「土曜日に、星祭りに行かないか」
トマトの収穫をしながら、青年が言った。
夏休みに近所の小学生を集めて、星を見るイベントだ。
過保護すぎるほど祥子の外出を規制する母親だが、最近明るくなった祥子を見て夜の外出を許可した。
信用できる青年だし、祥子のよいパートナーになりそうだ。
この町で平穏に暮らすために彼は必要だと思った。

星祭りの夜、小学生に交じって、祥子は青年と星を見た。
都会ではありえない星空だ。今にも降ってきそうなほど近い。
宇宙に手が届きそうな感覚に、祥子は息をのんだ。
「すてき。こんな星空初めて見た」
「すごいだろう。ほら、あれが北斗七星だ」
七つの星を、青年の指が辿る。
それを目で追いながら、祥子はふと、頭の中で何かが弾けるような気がした。
何かが祥子の記憶の蓋をこじ開けようとしている。
なんだろう。難しい数式を思い出すように、祥子の脳が急激に動き出した。
星座の説明をする青年の声は、もはやまるで聞こえない。
もやもやしたまま、星祭りが終わった。

会場の出口で、スタッフが参加賞を配っていた。
星型の消しゴムだ。それを受け取り、祥子は小さくつぶやいた。「消しゴム……」
不思議な感覚と共に、記憶がじわじわと染み出してくる。『初老の医者』『記憶研究所』。
祥子はあんなに好きだった青年の手を振りほどき、走り出した。
「お父さん」と叫ぶ声が、震えていた。

祥子には父親がいた。酒を飲むと人が変わったように暴力をふるう父親だった。
月も星もない真夜中、祥子は母親と一緒に、マンションのベランダから父親を突き落とした。
泥酔して母親を殴った後だった。

祥子の記憶がすべて戻ってしまったことを知った母親は、ひどく動揺した。
「祥子、落ち着いて。もう済んだことよ。警察も事故で処理したじゃないの」
「私は憶えてる。お父さんを押したときの手の感触も、全部憶えてる」 
この町で穏やかに暮らせると思ったのに、いったいなぜ記憶が戻ってしまったのだろう。力なく座りこむ母親の耳に、テレビニュースの音声が滑り込んだ。

『……無認可の治療を行ったとして、記憶研究所の医者が逮捕されました』

テレビ画面に映し出された初老の医者の顔には、星座のようなほくろが七つあった。

*******

公募ガイドTO-BE小説工房で、落選だったものです。
テーマは「消しゴム」でした。
まったく自信がなくて、アップするのもやめようかな~と思ったのですが、まあいいか。
ちょっとテーマとずれたかな?
みなさまの意見をお聞かせください。


にほんブログ村

雨宿り

小さな雑貨屋で、妻の代わりに店番をしている。
どうせ客は来ないだろう。
雨音が聞こえてきた。かなり激しく窓ガラスを叩いている。
客はますます来ないだろう。
…と思っていたら扉が開いて、客だと思って身構えたが違った。

「すみません。雨宿りをさせてください。急に降ってきて、あいにく傘がなくて」
女性が小さく息を吐きながら、困った様子で言った。
「構いませんよ」と、私は椅子をすすめた。
カフェでもあれば飛び込むのだろうが、この辺りには何もない。
こんなしょぼくれた雑貨屋でも、彼女にはオアシスに見えただろう。

「妻がいればハーブティーでもご馳走するのだけど、今ちょっと出かけていてね」
「どうぞお気遣いなく」
「イントネーションがきれいだ。東京の方かね?」
「はい。ちょっと知り合いを訪ねて来ました」
「そうかい。ぼくも以前は東京にいたんだよ。妻と一緒にこの町に来るまではね」
妻の実家であるこの町は、お年寄りが多い。
多少の差はあるが、ほぼ全員が訛っている。妻もときどき訛る。
きれいなイントネーションの人と話すのは久しぶりだ。

「素敵なお店ですね」
「ああ、妻がね、道楽でやっているんだよ。自分で作った小物や陶芸品を売っているんだ。大した儲けにならないよ。もっとも妻の本業は、カルチャースクールの講師なんだけどね」
「そうなんですか」
「あ、雨宿りのお礼に何か買おうとか、そういう気遣いは無用だよ。本当に、趣味でやってるような店だからさ」
「ご主人が作ったものはないんですか?」
「僕には作れないよ。でも、昔撮った写真をポストカードにしたものならあるよ。そのカウンターの上にないかな? よかったら気に入ったのを一枚あげるよ」
「いいんですか?」
以前は写真が趣味で、山に登って花の写真を撮ったりしたものだ。
妻ともそこで知り合った。

「ありがとうございます。じゃあ、このカタクリの花の写真をいただきます」
「きれいでしょう。その写真を選ぶなんて、あなた趣味がいいな」

雨音が、小さくなってきた。
女性は立ち上がり、「ありがとうございました」と、きれいな発音で言った。
そして静かに扉を開けて出ていった。一瞬、雨の匂いが鼻をかすめた。
カタクリの花の写真は、実はいちばんのお気に入りだった。
彼女にそれを選んでもらって、なぜだかとても嬉しかった。

ほぼ入れ違いの時間差で、妻が帰ってきた。やけに慌てた様子で、僕の名を呼んだ。
「ねえ、ちょっと、今店から出ていった人、優香ちゃんじゃない?」
「優香ちゃん?」
「そう。優香ちゃんよ。あなたの娘の優香ちゃん」
「まさか。優香がこんなところにいるわけがない」
「でも、すごく似てたわ。私、一度しか会ったことないけど、きっとそうよ」
「彼女は、雨宿りをしにきただけだよ。急に雨が降ったからさ」
「でも、あの人、傘を持っていたわ」

10年前に離婚をして、当時18歳だった一人娘の優香と別れた。
それから定期的に会ってはいたが、5年前に今の妻と再婚して、この町に越してからは一度も会っていない。
1年前に事故で視力を失ってからは、連絡も取っていない。
弱い姿を見せたくなかったから、あえてそうした。
「あなたの目のことが気になって、様子を見に来たんじゃないかしら」

雨宿りの女性が、本当に優香だったのか、残念だけど僕にはわからない。
だけど雨が降るたびに「雨宿りをさせてください」と、きれいなイントネーションが聞こえる気がして、僕はじっと耳をすます。
雨の音にも風情があることを、今さらながら僕は知る。


にほんブログ村