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金木犀の午後 [男と女ストーリー]

ハックション!
夫が庭先で大きなくしゃみをした。
子供たちが巣立ち、夫婦ふたりの暮らしで会話が増えると思ったら逆だった。
話すことが何もない。
「犬でも飼おうかしら」
何気なく呟いたら夫が「ふん」と鼻を鳴らした。
「生き物を飼うと責任が生じる。暇つぶしで飼えるもんじゃないぞ」
「わかってるわよ」
正論だけど言い方がむかつく。会社でも煙たがれているんじゃないかしら。

ハックション!
2回めのくしゃみ。ほら、女子社員が悪口言ってるんじゃない?
「寒くなって来たし、おでんでも作ろうかしら」
頭の中で材料をあれこれ考える。大根、こんにゃく、玉子……
買い物に行かなくちゃ。

ハックション!
3回目のくしゃみ。くしゃみ3回の意味ってなんだっけ。
お隣の金木犀がいい香り。まさか金木犀アレルギー?
だとしたら可哀想。いい香りなのに。
「さて、買い物行こうかな」
立ち上がった私を夫が呼び止めた。
「大型犬がいいな」
「はい?」
「エサ代はかさむが、番犬になるし従順なイメージがある」
「ふうん」
どこかズレているのよね、この人。犬の話はもう終わったのに。

ハックション!
あらあら、4回目のくしゃみ。こりゃ風邪だな。
「寒いんじゃない? もう家の中に入ったら」
聞こえているのかいないのか、夫はゴルフの素振りなんかしている。
「今夜はおでんか。いいな」
だから、ズレてるってば。

ハックション!
あっ、今のは私のくしゃみ。
「風邪か?」
「うつったのよ。あなたのくしゃみが」
「くしゃみはうつらないだろう」
「ねえ、私は小型犬がいいわ。可愛いもん」
「ズレてるなあ、おまえ。犬の話はさっき終わっただろう」
あなたにだけは、言われたくないわ。

「一緒に行くか」
「は? どこに?」
「買い物」
「えー、すぐそこのスーパーだよ」
「あと、ついでにペットショップ」
「やだ、本気なの?」
少しだけ楽しくなりそうな秋の一日。
金木犀の甘い香りのおかげかな。

ハックション!
今度は、ふたり同時にくしゃみをした。


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月がきれいですね [男と女ストーリー]

きれいな満月の夜。あなたはいない。
すぐに逢いに来るって言ったのに、うそつきだな。
満月の夜、僕も同じ月を見るよって言ったのに、
あなたの街は雨じゃないの。
ホントにうそつきだな。

お祭りいっしょに行きたいねってメールしたのに返信もない。
忘れちゃったのかな。私のこと。
なんか泣きたくなってきた。
月がきれいすぎて。


やっべえ。電車で爆睡して終点まで行っちゃった。
疲れているのかな。最近仕事きつかったからな。
夕方までに帰って彼女を驚かせようと思ったのに。
すっかり夜だ。
お祭り、間に合うかな。やっぱりメールしておこう。
わあ、きれいな満月だな。
彼女も同じ月を見ているのかな。
そうだ。ちょっとロマンチックなメールにしよう。


あ、彼からメールだ。もう、どれだけ待たせるんだよ~。
『月がきれいですね』だって。
はあ???
月がきれいですね? あなたの街は雨でしょう?
毎日あなたの街の天気予報、チェックしてるんだから。
もう、ホントにうそつき!


彼女からの返信だ。
『うそつき』
えええ~?

遠距離恋愛の可愛いふたりが、並んで月を見るのは30分後のことでした。


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拾った恋 [男と女ストーリー]

高2の夏、生まれて初めて彼氏が出来た。
ずっと憧れていたイケメンの翔君に告白したら、拍子抜けするほど簡単にOKをもらった。
「いいよ。ちょうど彼女と別れたばっかなんだ」と。
日曜日に、早速映画に行くことになった。
旬のアイドルが出ている大ヒット映画だから、先にチケットを買ってから食事をすることにした。

「舞ちゃん、俺バイト代が入るまで、すげー貧乏なんだ。悪いけど割り勘でいい?」
「もちろんだよ」
あたしは自分の分を翔君に渡して、2枚いっしょにチケットを買ってもらった。
そして近くのファミレスで食事をした。友達がどうしたとか、先生がウザいとか、模試がヤバいとか、特に中身のない話だったけど楽しかった。
そしてやっぱりあたしの分を翔君に渡して、いっしょに会計をしてもらった。
翔君は店を出ると財布の中のレシートを丸めてゴミ箱に捨てた。
「俺、財布が厚いと嫌なんだ」
へえ、男の子ってそうなんだ。ひとつ勉強になった。

映画館の前で、翔君が手を出した。
「舞ちゃん、チケットは?」
「えっ、翔君が持っているんでしょう」
「は? 俺持ってないよ。舞ちゃんに渡したよね」
渡された記憶は全くなかったけど、一応鞄とポケットを探る。
「あたし持ってないよ」
「持ってないよじゃないだろ。どこかで落としたのかよ。しょうがねえな。まだ時間あるから探しに行くぞ」

翔君が苛立った様子で歩き出した。あたしは腑に落ちないと思いつつ、後に続いた。
人が多いうえに風も強くて、道端で見つけるのは模試でA判定をもらうより難しい。
結局食事をしたファミレスまで戻った。
店員にチケットの落し物はないか尋ねたけれど、届いていないとの返答だった。
あたしたちが座っていたテーブルには、難しい顔で商談をしているサラリーマンがふたり座っている。
「舞ちゃん、あそこの椅子にチケット落ちてないか聞いてきて」
「えっ、あたしが?」
「うん。だって舞ちゃんが落としたんでしょ」
あたしはまっ赤になりながら、サラリーマンにチケットが落ちていないか尋ねた。
彼らは迷惑そうにお尻の下を見て「ないない」と短く言った。
そしてひたすら地面を見ながら映画館に戻ったけれど、チケットは見つからなかった。

「あーあ、どうする舞ちゃん」
完全にあたしのせいになっている。腑に落ちない。
あたしはチケットを買った時の様子を思い出した。
「翔君、財布にチケット入れなかった?」
「え?」と翔君は財布を開けて「入ってないけど」と、少し怒ったような口調で言った。
「捨てたんじゃない。ほら、レシートと一緒に。あそこのゴミ箱にあるかも」
「テキトーなこと言わないでよ。俺にゴミ漁れって言うの? なかったら責任とってくれんの?」
超イケメンだと思っていた翔君の顔が、歪んで醜く見えた。
翔君が彼女と長続きしない原因がわかった気がした。

もう帰ろうかと思ったとき、「あの」と大学生風の男が声をかけてきた。
「君たち、映画のチケット失くしちゃったの? よかったらこれあげるよ。彼女と見るつもりで2枚買ったけど、どうやら振られたみたいだ」
いつも笑っているような目をした、癒し系の人だ。
差し出したチケットに躊躇していると、翔君が「ラッキー」と言いながら受け取った。
「舞ちゃん行こう。始まっちゃうよ」と、まるで最初から自分の物のようにチケットをかざす翔君に、あたしの怒りはマックスに達した。
あたしは翔君を突き飛ばし、チケットを奪い取ると癒し系大学生に1枚を渡した。
「一緒に見ませんか。あたしとふたりで」
翔君が慌ててあたしの腕を掴む。
「ちょっと舞ちゃん。君の彼氏は俺だろ」
あたしは再び翔君を突き飛ばした。
「映画が見たかったらゴミ箱漁ってチケット探してこい、このクズ野郎。永久にサヨナラ」

翔君は、まっ赤になって映画館から出て行った。
あっけにとられた癒し系大学生が、「すげえ」とつぶやき、こらえきれずに吹き出した。
あたしはこの癒し系大学生と、このあと付き合うことになり、5年後めでたくゴールイン。
翔君があのときゴミ箱を漁ったかどうかはわからない。
結局誰がチケットを持っていて、誰が落としたなんてわからないけれど、あたしはあの日、最低なデートのおかげで素敵な恋を拾った。


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離婚届・婚姻届 [男と女ストーリー]

バツイチ同士の再婚で、彼も私も子供がいないし、双方の親も他界している。
障害は何もない。彼はちょっと頼りないけど優しい人だ。
とりあえず一緒に暮らし始めて、あとは籍を入れるだけだった。

ところがここで問題が起きた。
彼の離婚届が、出されていなかったのだ。
つまり彼はまだ、離婚をしていない。

彼は元妻に電話をした。
「え? 出し忘れたって、どういうことだよ。もう5年も経っているんだぞ。いや、確認しなかった俺も悪いかもしれないけど、出し忘れって、なんだよ、それ」
不機嫌そうに電話を切った彼は、ため息混じりに「ごめん」と言った。
「だらしない奴なんだよ。私が出すって言いながら、忘れたんだって。しかもどこかへ失くしたらしい。本当にダメな奴なんだ。だから別れたんだけどね」
「それで、どうするの?」
「明日、うちに来るって。離婚届をその場で書いてもらうよ」
「そう」
「会うのが嫌だったら、君は出かけてもいいよ」
彼はそう言ったけれど、私が留守の間に元妻が来て、あちこち見られるのも嫌だ。
私は、二人の離婚届の署名に立ち会うことにした。

翌日、午後6時に来るはずの元妻は、30分を過ぎても来ない。
「ルーズな奴なんだよ。だから別れたんだ。仕事が忙しいとか言って朝飯も作らないし、掃除もいい加減だし」
彼の元妻に対する悪口は、どんどんエスカレートする。
いつだって仕事優先で、妻としての役割を果たさなかったとか、車の運転が荒いとか、自分よりも高収入なのを鼻にかけていたとか。
なんだか、聞けば聞くほど、彼が小さい男に見えてくる。

元妻は、6時40分を過ぎたころにやっと来た。
「ごめんなさい。遅れちゃって」
彼が言うほどだらしない印象はない。
上品なスーツを着て、薄化粧だけど美人だった。
彼女は私に気づくと、丁寧にお辞儀をした。
「忙しい時間にごめんなさいね。離婚届を書いたらすぐに帰りますから」
感じのいい人だった。

彼女の後ろから、小さな男の子がひょっこり顔を出した。
彼女は子供の頭を撫でながら言った。
「この子を保育園に迎えに行ってたから遅くなってしまったの」
「君の子供? 結婚したのか?」
彼が驚いて聞いた。
「結婚するわけないでしょう。離婚していないんだから。さあ、ごあいさつして」
母親に促され、子供が可愛い声で挨拶をした。
「はるきです。5歳です」
「5歳?」
彼が青ざめた。確かめるまでもなく、はるき君は彼にそっくりだ。

「別れた後で妊娠がわかったの。でもね、捨てないでくれってすがりつくあなたを追い出しておいて、妊娠したから帰ってきてなんて言えないじゃないの」
すがりついた? 彼が?
「出産準備やら仕事の調整やらで忙しくてね、離婚届出し忘れちゃったのよ」
彼女はそう言うと、素早く離婚届に名前を書いて印を押して帰った。
「じゃあ、あとはヨロシク」

離婚届を見つめながら、彼は明らかに動揺している。
「わざとじゃない?」と私は言った。
「彼女、わざと離婚届を出さなかったのよ。あなたが帰ってくると思って」
「そうかな…」
「追いかけたら」
私は、離婚届を丸めて捨てた。今度は私があなたを追い出す。

彼が元妻、いえ、妻の悪口を言い始めたときから、わずかな嫌悪感を拭いきれない。
それは放っておいたコーヒーのシミみたいに、消えることはないような気がする。
抽斗にしまった婚姻届けを出す日は、もう永遠に来ない。
溜息をつきながら捨てた。ゴミ箱の中で、離婚届と婚姻届がぶつかり合って弾けた。


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純愛日記 [男と女ストーリー]

2017年3月

卒業式で、大好きな先輩が答辞を読んだ。
凛々しい先輩を見るのは、今日で最後。
溢れる涙をこらえて、私は先輩の姿を目に焼き付けた。
「思い切って告白すれば?」
友達は言ったけれど、私は見ているだけで幸せだった。

家に帰ると日記帳を開く。
入学した日に、桜吹雪の中で先輩を見た日から毎日書き続けている日記。
先輩への想いが詰まった2年間の日記。
最後の想いを綴って日記帳を閉じ、鍵のかかった引き出しにしまった。

翌日、学校から帰ると、部屋の様子が微妙に違っている。
日記の鍵を入れた小物入れの蓋が少しずれている。
日記帳は引き出しにちゃんと入っていたが、誰かに見られたような気がした。
だけど母はパートでいないし、中学生の弟は部活で私より帰りが遅い。
きっと気のせいだ。私は日記を読み返して、先輩との思い出に浸った。

そんな思い出が、黒く塗りつぶされるような出来事が起きた。
先輩に彼女が出来た。
その彼女というのが、私に「告白すれば?」といつも言っていた親友だった。
「あんたが告らないから、あたしが言ったの。すぐにOKもらえたよ」
私はその夜、大泣きしながら日記帳をびりびり破って捨てた。
こんな思い出、もういらない。
切ない恋と儚い友情を、思い知った夜だった。

2042年3月

子供のころから書くことが好きだった私は、小説家になった。
一度大きな賞を頂いたけれど、その後はなかなか書けずにいる。
今手掛けているのは、純愛小説なんだけど…。
「先生、主人公、高校生ですよね。なんだか、中年女みたいなんですよね。もっとこう、ピュアな恋愛とか、書けませんか」
編集さんによる鋭いダメ出し。
青春物で賞をもらったから、次は純愛物をと意気込んだけれど、恋なんて何年もしていない。
そういえば、高校生の頃、すごくピュアな片思いをしていた。
その頃のことを思い出してみたが、そういう感情はもはやどこかへ消えてしまった。

そういえば、あのころ日記を書いていた。
あの日記、どうしたかしら。
実家に行って探してみたけれど見つからない。ああ、そうだ。嫌なことがあって、破って捨てたことを思いだした。

数年前から始まった、タイムトラベルサービス。
まだ開発途中で、過去にしか行けないのだけれど、確か滞在時間1分1万円だ。
利用してみようか。
日記帳を超小型高性能カメラで読み取って、戻ってくるまで10分もかからないだろう。出せない金額ではない。

私は、私が日記帳を破り捨てる前の2017年3月に戻った。
懐かしい部屋だ。17歳の私は、この部屋で泣いたり笑ったりしていた。
感慨に浸っている場合ではない。1分1万円だ。
引き出しの鍵の場所はもちろん知っている。
素早く事を終え、私は2042年に帰り、日記に詰まったたくさんの純愛を文字にしていった。

小説「純愛に死す」はベストセラーになった。
「この作品は、先生の体験が元になっているそうですね」
「はい、私は、この辛い失恋の後、なかなか次の一歩が踏み出せませんでした。脆くて切なくて純粋だったころの自分と、主人公を重ねて書いたものです」
「先生が未だに独身なのも、この純愛が関係あるのでしょうか」
「そうかもしれませんね」

2017年3月

びりびりに日記帳を破り捨てて大泣きしたらすっきりした。
さあ、次の恋しよう!


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クリスマス・イルミネーションデート [男と女ストーリー]

キラキラしたものは好きだけど、イルミネーションはきらい。
クリスマスは好きだけど、お祭り騒ぎはきらい。

夕方の駅は、人が多すぎて目眩がしそうよ。
こんなところに私を呼び出すなんて、テツオもずいぶん偉くなったものだわ。
テツオはね、私の幼なじみなの。
一緒にクリスマスを過ごすのは、もう10回以上だわ。
小学校のクリスマス会も入れたら…だけどね。

大通りに続く並木道はシャンパンゴールド。
どこまでも続く光の道ね。
きれいだけど、どうしても造りものに思えてしまうの。

テツオが来た。キョロキョロしている姿がマヌケで笑えるわ。
声はかけないの。だってこっちが先に見つけたなんて悔しいもん。
キョロキョロしているから、外人さんに道を尋ねられてるわ。
へえ、英語出来るんだ。中学の時は私の方が成績よかったのに。

「リカ!」
「3分20秒の遅刻ね」
「今、そこで外人に道聞かれちゃった」
知ってる。見てたから。
「さあ、行こうか」
「どこに行くの?」
「おしゃれなレストラン。スイーツが美味しいんだって」
ふーん。松屋の団子が世界一って言ってるテツオがスイーツだって…。
「会社の同期の子が教えてくれたんだ。予約もしたよ」
同期の子?
「あ、先輩からライン。飲みに行こうってしつこいんだよな。この前なんかカラオケでさ、同じ曲を何度も歌うんだ。5回目にはさすがにトイレに逃げたよ」

就職してから、テツオの世界は広がった。
私の世界は変わらない。
家から10分のお弁当屋さんで、9時から15時までのアルバイト。
それだけ。あーあ。

「リカ、どうしたの? 空に何かあるの? UFOでも見えた? それとも、また変な妄想してるの?」
「星が見えないわ」
「うん。曇ってるね」
「みんながイルミネーションばかり見てるから、悲しくなってどこかへ行っちゃったのよ」
やだ。ちょっと泣きそう。ばれないように、しばらく上を見ていよう。

「リカ、おしゃれなレストランやめようか。ケーキとチキン買って家で食べようか」
「だって、同期の可愛い女の子に教えてもらったんでしょう」
「えっ、いやたしかに同期の女の子だけど、全然可愛くないよ。あ、全然ではないけど、普通だよ。いや、そういうことじゃなくて、リカが人混み苦手なことも、こういうイベントが嫌いなことも知っているのに、なんかひとりで浮かれてごめん」
テツオは、ちっとも悪くないのに、いつも謝るの。
我儘な私は、いつかテツオの世界から排除されてしまうのかしら。

星のない空から、白いものがふわりと落ちてきた。
黒い空から、無数の白いものたちが落ちてくる。きっと星の反乱よ。
「リカ、雪だよ」
テツオが珍しくはしゃいだ声で言った。
まわりの人たちも、いっせいに空を見上げている。「雪だ」「わあ、雪だ」
「見て、テツオ、今まで夢中でイルミネーションを見ていた人たちが、みんな雪を見ているわ。自然が人工の物に勝った瞬間よ。雪の勝利よ」
「えっ、何の勝負だよ」
「ああ、お腹が空いた。早くテツオが予約したスイーツの美味しいレストランに行きましょう」
「…いいの?」
「うん。だって、大して可愛くもない同期の女の子が教えてくれたんでしょう」

テツオとふたりで、雪の街を歩いた。
イルミネーションたち、卑屈になることはないわ。
今回は雪に負けたけど、あなたたちも充分に美しいわ。

テツオは、スイーツが美味しいおしゃれなレストランで、照れながらプレゼントをくれた。
小さな宝石がついた、細くて可愛い指輪。
イルミネーションよりも、星よりも雪よりも、間違いなく輝いている。
「今夜の勝者は、ダントツでテツオね」
「だから、何の勝負だよ」

悔しいけど認めるわ。
世界でいちばん大切な幼なじみは、世界でいちばん大切な恋人になったの。

***
テツオとリカのシリーズも6作目になりました。
6作目にして、やっと一歩前進ね。
前作をお読みになりたい方はこちらからどうぞ。
熱帯夜妄想デート
初詣わがままデート
新緑ドライブデート
七夕、星空デート
春爛漫、さくらデート


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夫婦喧嘩は犬が食う [男と女ストーリー]

ボクはトイプードルのジャム。
この家に来てもうすぐ2年だよ。
ダンナさんとオクさんは、前はとっても仲良しだったのに、最近はケンカばかり。
オクさんが、何かに不満を持っているみたいだけど、ダンナさんはそれに全く気付いていないみたいなんだ。

今日のケンカは特にすごい。
とうとう離婚っていう言葉が飛び出しちゃった。

「離婚の協議をしましょう。私、本気よ」
「わかった。このマンションは、もともと君が住んでいたから、俺が出ていけばいいんだろう」
「そうね。家具や家電はどうする?あなたが買ったものもあるけど」
「いらないよ。全部置いていく」
「そう」
「俺はジャムだけ連れて行くよ」
「えっ? どうしてジャムを連れて行くの?」
「だって、ジャムは俺の犬だし」
「はあ? 何言ってるの? ふたりで選んで買ったんじゃないの」
「金を出したのは俺だ」
「違うわよ。あのお金は、いつかハワイ旅行に行くためにふたりで貯めた貯金から出したのよ」
「そうだっけ。でもそれだって俺の方が多く貯金してたよ」
「うわ、せこい。男のくせにそういうこと言う?」
「ジャムは俺に懐いている」
「私がしつけたからよ。毎日ご飯あげてるのは私よ」
「朝の散歩は俺が行ってる」
「それは私が朝ご飯を作るからでしょう。夕方の散歩は私が行ってるわ」
「帰りが早いんだから当たり前だ」
「あなたは気が向いたときに可愛がるだけじゃない。あなたが好き勝手に旅行に行ってるとき、ジャムを見ているのは私よ」
「旅行って…、出張だよ。仕事だよ」
「この前の熱海は?」
「あれは同窓会だ。仕方ないだろう」
「ずるいわ。私、同窓会なんて何年もやってない」
「それは自分の学校の幹事に言えよ」
「だけど、そんなにしょっちゅう出張に行く人に、ジャムは渡せないわ」
「ペットホテルとかあるだろ」
「高いわよ。あなたの収入じゃ無理ね」
「あっ、じゃあ妹のユキに預けよう。ユキは大の犬好きで、一時期獣医の勉強をしてたんだ」
「えっ、そうなの? ユキさん、獣医の勉強してたの?」
「うん。出来ちゃった婚で諦めたけどな」
「なに、そういうの早く言ってよ」
「ん? 出来ちゃった婚の話?」
「ちがう!ユキさんが喜んでジャムを預かってくれるって話よ」
「えっ…と、それが何か?」
「だから、行けるじゃないの、ハワイ」
「ハワイ?」
「そうよ、やっとお金が貯まったのに、ジャムがいるから旅行に行けないでしょう。それなのに、あなたばっかりいつも出かけて、もう私、耐えられない。私だって行きたいのよ、旅行に!」

え??? ボクが原因だったの?

「じゃあ、行く? ハワイ」
「行きましょう。私、日程を組むから、あなたはユキさんに電話して。ああ、忙しくなるわ。会社に休暇届出さなきゃ。あなたも早めに出してよ」
「それで、離婚は?」
「しないわよ。だってあなたも私も、ジャムを手放したくないんでしょう。今まで通り一緒に暮らすしかないわ」
「そうだね」

ダンナさんとオクさんは、代わる代わるにボクを抱いて頬ずりした。
夫婦喧嘩は犬も食わないって言うけどさ、何だかボク、もうお腹いっぱいだよ。

11月22日は、いい夫婦の日です。


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コスモスの丘で [男と女ストーリー]

久しぶりの休日だ。
たまった洗濯物を干し終えて、太陽に向かって大きく伸びをした。
「いい天気だし、どこか行く?」
まだ夢の中のマサルに声をかけても返事はない。
ずっと残業続きだったから、ゆっくり寝ていたいのだろう。
自分も働いているから、マサルの気持ちがよくわかる。
「たまには、ひとりで出かけてみようかな」
コスモスの丘はどうだろう。結婚前にふたりでよく行った場所だ。
たしか美味しい蕎麦屋があったはず。

マサルを起こさないように支度をして、車に乗り込んだ。
結婚して3年。最近は互いに仕事が忙しくて、一緒に出掛けることもない。
「おひとりさま」も流行っていることだし、疲れている夫をわざわざ起こして連れ出すこともない。何事もひとりで楽しめる自分になろう。
私は、なんだか冒険に行くようでわくわくしていた。

コスモスの丘は、家族連れやカップルで賑わっていた。
ちょうどコスモスが見ごろで、多くの人がスマホで写真を撮っていた。
自撮りしてみようかな。カメラを自分に向けたが、どうもうまくいかない。
「撮りましょうか?」
若いカップルの女性が声をかけてきた。
「ありがとうございます」
写真を撮ってもらい、礼を言うと、女性は少し気の毒そうに「おひとりですか」と聞いた。
「ええ、まあ」
「ここって、カップルで来ると、永遠に結ばれるんですよ」
「そうなの?」
「はい。だから、頑張ってくださいね」
え…? 何を?
私は思わず左手の指輪を隠した。この人ぜったい私を憐れんでいる。
そういえばさっきから私、カップルばかりをじっと見ていた。
寂しい30女に見えたのかしら。
遠ざかる若いカップルを見送ると、たまらなく可笑しくていつまでも笑った。

売店でコーヒーを買って、今度は家族連れをじっと見た。
そろそろ子どものことも考えないと、女性にはタイムリミットがある。
子どもができたら、マサルの帰りも少しは早くなるかな。
女の子が投げたボールが、ころころと転がってきた。
取って手渡すと、あどけない声で女の子が言った。
「おばちゃん、ひとりなの?」
ん? おばちゃん? きみのママよりたぶん若いけどね。
という言葉を飲み込んで、「ひとりだよ」と答えた。
「じゃあこれあげる」と、女の子はイチゴのキャンディをくれた。
ぱたぱたと女の子が走り去った後に、少し溶けたキャンディが残った。
私って、そんなに寂しそうに見えるのだろうか。

本でも持ってきて読めばよかった。
ただじっと、カップルや家族連ればかり見ているから愛に飢えた女に見えるんだ。
それならコスモスを見よう。
爽やかな秋の風に揺れる可憐な花。可憐なのに芯が強い花。
「君はコスモスみたいだね」って、結婚前にマサルが言ってくれたっけ。
遠い昔のことみたいだ。
ぼんやりしながらコスモスを眺めていたら、見覚えのある男が近づいてくる。
「え? マサル?」
マサルが息を切らしながら走ってきた。
「どうしたの?」
「電話しても出ないから、きっとここだと思って」
「電話。あっ、マナーモードにしてたから気づかなかった」
「ごめん」と、突然マサルが頭を下げた。
「なに? あなた何かしたの?」
「忘れたわけじゃないんだ。今日が結婚記念日だってこと」
「へ?」

今日が結婚記念日ということを、すっかり忘れていたのは私の方だ。
マサルは、いつまでも起きない自分に腹を立て、私がプチ家出をしたと思ったらしい。
コスモスの丘はふたりの想い出の場所だから、ここに来れば会えると思ったようだ。
ひとりの休日を満喫するつもりだったのに、結局ふたりになっちゃった。
まあ、でも、ひとりでいても私、マサルのことばかり考えていたんだけどね。

「お蕎麦食べる?」
「そういえば腹減った」
私たちは腕を組んで、コスモスの道を歩いた。
さっきの若いカップルと、キャンディをくれた子どもの姿を探したけれどいなかった。
「私のダンナさまよ」と自慢したかったのに。残念。

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ペアルックデート [男と女ストーリー]

敦くんにデートに誘われた。
男の子との初デートは、おしゃれなカフェって決めていた。

高校までずっと女子高で、大学も女子大。
男の子とろくに話せないまま20歳になって、さすがに焦って他校のサークルに参加した。
ぽつんと座っていた私に、敦くんが話しかけてくれて、優しい人だなと思った。
帰り際、「ルミちゃん、土曜日ヒマ?」って聞かれた。

すごく迷って服を選んで、髪型決めるのに30分。
それなのに、駅で待ち合わせた敦くんに、青いTシャツを渡された。
「それ着て」
敦くんも青いTシャツを着ている。
え? もしかしてペアルック? 初デートでペアルック?

連れていかれたのは、サッカー場だった。
まわりはすべて、青い服。とんだペアルックだ。
サッカーなんてさっぱりわからない。
青い服と白い服の選手が入り混じってちょこまか動いているだけ。
敦くんは、「よし、そのまま行け!」とか「今のオフサイドじゃないだろう!」とか、興奮しながら叫んでいる。
オフサイドって、なに?

「ちょっと、今のどこがファールなの!」
隣に座った女の人が、まわりに聞こえるような声で言った。
敦くんがそれに反応して、私を挟んで彼女と話し始めた。
「あの審判、誤審が多いよね。前の試合でも、ほら、〇〇が倒されたとき…」
「そうそう、あのときは訴えてやろうと思ったわよ」
「あっ、〇〇が抜けた。チャンスだ」
「きゃー、そのままシュートよ!」
青い服の人が蹴ったボールが、網に入った。
何が起こったかわからないほどの歓声と、騒音にしか思えない怒涛のどよめき。
敦くんと、隣の女の人が立ち上がって手を叩いている。
何だか、私だけ別世界にいるみたい。

「のど渇いちゃった」
私のつぶやきに敦くんが気づき、
「あっ、ごめん。前半が終わったらハーフタイムに何か買ってくるよ」
前半? 後半もあるの? ハーフタイムって、なに?

どうやら、そのハーフタイムとやらに入ったようで、みんなが立ち上がった。
「トイレ行ってくる」と立ち上がって、正直もう帰っちゃおうかと思った。
でも敦くんの車で来たから帰り道分からないし。
涙目でトイレを終えて手を洗っていたら、「ねえ」と声をかけられた。
さっき隣に座っていた女の人だ。
「あなたサッカーに興味ないでしょう。彼氏に無理やり連れてこられたカンジ?」
「いえ、無理やりっていうか…、ブルーフェアリー行こうって言われて、あたし、素敵な名前のカフェだと思ったの。まさかサッカーチームの名前だなんて思わなかったんだもん」
ぽろぽろと涙が出てきた。
女の人は「ぷっ」と吹きだした。
「やだ、カワイイ」
「バカにしてます?」
「いいえ。でもね、そのTシャツ、似合ってるわよ。あなたが思っているよりずっと。彼とあなたもね」
女の人は笑いながら出て行った。確かにこの色は、嫌いじゃない。

席に戻ると、敦くんが淡いブルーのドリンクをくれた。グラスの端に南国の花があしらわれている。きれいな色だ。
「このスタジアム限定のカクテルだって。ルミちゃん、こういうの好きそうだから」
「ありがとう。こういうの大好き」
敦くんが私のことを、ちょっと知っててくれて嬉しい。

極度の緊張とカクテルのせいで、後半戦はずっと寝てた。
「終わったよ」って起こされた。5-0で勝ったらしい。
あのあと4点も入ったってことは、敦くんと隣の人は4回立ち上がって拍手したのか。
それでも起きなかった私って……。
完全に嫌われたと思ったけど、敦くんは優しかった。
「サッカーに興味なかったんだね。ごめん。この近くに女の子が好きそうなカフェがあるんだって。さっきサポーターの人に聞いたんだ。行ってみる?」
「うん。行きたい」
サポーターって、もしかしてあの女の人かな?

私は車の助手席に身を沈めて、敦くんの横顔をそっと見た。
好きなチームが勝って嬉しそうな顔。なんだか可愛い。
あなたのことを、もっともっと知りたい。
「ねえ敦くん、オフサイドってなに?」
まずは、ここからかな。

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恋の松竹梅 [男と女ストーリー]

高木は、午後6時になると500円玉をにぎりしめて、弁当を買いに行く。
「幕の内の梅ですね」
高木が注文する前に、弁当屋の看板娘が言う。
毎日同じものを注文するから、すっかり覚えてしまっている。
「はい、485円です」
500円を渡すと、左手をそっと添えてお釣りを手のひらに乗せてくれる。
高木はいつもここでときめく。
笑顔が素敵で、キビキビ動く彼女に、高木はほのかな恋心を抱いている。

高木は漫画を描いて生計を立てている。
まったく有名ではないが、何とか食べていける収入はあった。
幕の内の梅は、高木にとってささやかな贅沢だった。

あるとき、「いらっしゃいませ」と元気に挨拶した彼女の顔がくもった。
「あら、ごめんなさい。幕の内の梅、売り切れちゃったの」
「え?ホント?」
「ええ、竹ならあるんだけど」
「じゃあ、今日は竹にするよ」
そう言って500円を出した高木だったが、幕の内の竹は590円だった。
「あ、足りない。家に帰って金持ってくるよ」
慌てて500円をひっこめた高木だったが、看板娘は竹を袋に入れて差し出した。
「500円でいいですよ。毎日来てくれてるから。あっ、パパとママには内緒ね」
そう言ってにっこり笑った彼女に、高木は大きな勘違いをした。
『もしかして、この子、オレのこと好きかも』
高木は夢心地で、少しだけ豪華な弁当を食べた。

いいことは続くもので、原稿を出版社に持っていくと、
「このまえの読み切り評判いいよ。連載にしようかって話が出てるんだ」
「本当ですか。やった!」
高木はすぐに思った。
きょうは、幕の内の松にしよう!

千円札を握りしめ、勇んで買いに行くと、弁当屋の前に高級な外車が停まっている。
すげーな。デラックス幕の内でも買いに来たのかな。
そう思っていると、看板娘のあの子がいつになく着飾って出てきた。
「お待たせしました」
よそ行きの声の彼女が、微笑みながら車に乗り込んだ。
弁当屋に不似合な外車が、スマートに走り出し、高木の横を通り過ぎた。
彼氏か…。そうだよな。あんなかわいい子に彼氏がいないわけがない。
うなだれながら高木は帰った。今夜はカップ麺でいいや。

それからしばらく、弁当屋へ行かなかった。
彼女のことがショックだったのもあったが、初めての連載が決まって、高木は急に忙しくなった。

高木は数週間後、久しぶりに弁当屋に行った。
「いらっしゃい。あら、久しぶりですね」
彼女の笑顔は、心なしか少し淋しげだった。
「梅ですね」
「いや、今日は、松にしようかな」
高木はそう言って、千円札を出した。
「毎日梅だと飽きるからさ、たまには贅沢しなきゃ」
彼女はクスッと笑いながら松の弁当を詰めた。
「はい、780円なので、220円のお釣りです」
いつものように手のひらに釣銭を乗せて、彼女はふっとため息をついた。
「松のお弁当も、毎日食べると飽きるものよ」
「?」

彼女は金持ちの御曹司に見初められて、つきあい始めた。
しかしデートの度に豪華なディナーやパーティ。
ブランドで身を固めたセレブの友人たち。会話は全く意味不明。
自分らしさを出せぬまま、彼女は御曹司と別れてしまったのだ。

そんなことはつゆ知らず、高木は松の弁当を食べながら思った。
「梅の方が好きかも」

高木は翌日、500円玉を握りしめ、弁当屋へ行った。
「いらっしゃいませ。今日は松竹梅どれにする?」
「梅にする。やっぱり俺には梅がいちばん合ってる気がする」
そう言って500円を差し出す高木に、なぜか不思議な安心感を覚える彼女であった。
「15円のお釣りです」
いつものように手のひらに釣銭を乗せて、彼女はふと思った。
「わたし、この人のこと、わりと好きかも」

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