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ピース [短編]

クリスマスイブの夜、いつものように宅配便が届いた。
「ごくろうさま。イブなのに大変ね」
私が言うと、配達員は「仕事ですから」と、いい笑顔を見せた。
「メリークリスマス」
そう言って車に乗り込んだ青年は、どことなく若い頃のあなたに似ていた。

荷物は、遠くのあなたからのクリスマスプレゼント。
開けると、きれいなグリーンのマフラーだった。
「まあ、ステキ」
添えられているのは、筆ペンで書かれた縦書きのカード。あなたらしい。
『メリークリスマス
 寒がりの君にマフラーを贈ります。
 いつかふたりで歩いた早春の散歩道。
 あの若草色を思い出して選んだマフラーです。
 君の温かい未来を祈ります』
封筒を逆さにすると、ジグゾーパズルのピースがひとつ、手のひらに舞い降りた。

あなたは寒い冬の夜、眠るように静かに天国へ旅立った。
作りかけのジグゾーパズル、あと少しで完成だったのに入院してしまった。
「早く退院してパズルを完成しようね」
私が言うと、あなたは首を振った。
「もう家へは帰れないだろう。君が完成させてくれ。そこで考えたんだが、来年から毎年ひとつずつ、ピースを君に送ろう。天国から、クリスマスプレゼントといっしょにね。残りのピースは7つ。君は7年かけてパズルを完成させるんだよ」
「もう、冗談ばっかり…」

その時わたしは、無理して明るく笑った。
まさか本当にピースが届くなんて思っていなかった。
あれから5年目のクリスマス。5回目のプレゼント。
5つめのピースを埋め込むと、残りは2つだ。
全てのピースが埋まって完成したら、奇跡が起こるかも…。

もちろんわたしは知っていた。
天国へ行ったあなたの代わりに、息子がプレゼントを送っていること。
病室で、こっそり交わした約束。
あなたがカードに書いたプレゼントを、あの子が買って送ってくれる。

そんなとき、電話が鳴った。離れて暮らす息子からだ。
「母さん、父さんからのプレゼントなんだけど…」
「ええ、届いたわ。たった今、ピースを埋めたところよ」
「それで、あの…」
「なあに?どうしたの?」
「プレゼント、今年が最後なんだ。来年はないんだよ」
「どうして?ピースはあと2つ残っているわよ」
「うん、そうなんだけどね…、その…」
困ったように口ごもる息子。きっと優しすぎて本当の事が言えない。

「お父さん、5枚のカードしか書けなかったのね。そこまでが限界だったのね」
わたしが言うと、息子は「うん」と小さく言った。
「俺がカードを書こうかと思ったけど、父さんみたいに達筆じゃないし。ごめん、なんか上手く出来なくて…」
「いいのよ。謝らないで。5年間とても楽しかったわ」
「残りのピースは、ツリーの星の中に隠したんだ」
「まあ、どうりでカタカタ音がすると思ったわ」
わたしは笑顔で電話を切った。本当に優しい子ね、と写真のあなたに笑いかけた。

ツリーの星には、不自然なボンドの跡があった。開けると、2つのピースがわたしを待っていたように並んでいる。
パズルにピースを埋め込むと、ステキな雪の街が動き出した。
大きなクリスマスツリーを囲むたくさんの人たち。
「楽しそうな絵」
笑顔をたどると、鮮やかなグリーンのマフラーを見つけた。
あら、これはわたし?
となりには、穏やかな茶色のコートのあなた。
少し離れた所にいるのは、息子夫婦。小さな女の子を抱いている。
そのうしろには、さっきの宅配便の青年。可愛い恋人といっしょだ。

みんな、みんな、メリークリスマス。
わたしは飽きることなく、賑やかな、優しい街を見ていた。

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小春日和 [短編]

お昼休みになると、晴子が長財布を持って誘いに来る。
晴子は安くてお得な店を探すことに、日々全力を注いでいる。
「小春ちゃんって、秋に生まれたのに何で小春なの?」
ハンバーグを切り分けながら晴子が言った。
「小春日和に生まれたからよ」
「小春日和って秋なの?春じゃないんだ~」
「晩秋なのに春みたいに暖かい日を言うのよ」
晴子はふ~んと気のない返事をしてハンバーグを口に入れた。
晴子の興味は、小春日和より目の前のハンバーグに移っている。
いつもそうだ。晴子はあまり人の話を聞かない。
「このソース、味が薄いなあ。あたしコッテリ系が好きなんだけど。小春ちゃんは?」
私は「どっちでもいい」とそっけなく答えた。どうせ話は続かない。
知性も教養も品もない晴子と、私はどうして毎日ランチを共にしているのだろう。
よく動く晴子の口を見ながら、ときどき意地悪な気持ちになってしまう。

中途採用で入った会社に晴子はいた。
人付き合いが苦手な私に、同じ年で名前も似ていると、晴子はいつも話しかけてきた。
「ランチ行かない?おいしいお店があるよ」
最初に誘いに応じてしまったのが運のつき。いつしか、毎日ランチを共にするのが当たり前になっていた。

「小春ちゃん、悪いんだけど千円貸して。明日のお給料日に絶対返すから」
「え?また?」
「ホントにごめん」
晴子が手を合わせた。仕方がないので財布から千円を取り出して渡した。
晴子はどうやら金にだらしないようで、月末になるといつもこうだ。
思い切りうんざりした顔をしても、少しも感じ取ってくれない晴子に苛つく。

「明日からお弁当にしようよ。毎月お金が足りなくなるならランチ代を削りましょう」
私の提案に、晴子は下を向いた。
「お弁当なんて…お母さん作ってくれるかな」
「何言ってるの?23にもなって。自分で作るのよ」
「いやあ…自信ないなあ」
「いいから、明日からお弁当よ」
グズグズ言っている晴子に背を向け、私は歩き出した。

翌日、晴子は弁当を作ってこなかった。
「起きられなかった~」とエヘヘと笑った。
私はその日、会議室で弁当を食べた。久々に晴子と別々の昼休みだ。
お弁当組の先輩OLたちが入ってきた。
「あれ、石川さん珍しいね。お弁当なの?」
「あ、はい」
「今日はパー子と一緒じゃないんだ」
「パー子?」
「小山晴子よ。あいつ仕事遅いし空気読めないからパー子って呼ばれてるのよ」
「パー子のくせに男ウケがいいから、結構モテてるの。ムカつくよね」
「お金貸してって言われない?」
「はあ…でも、お給料日にちゃんと返してくれるし」
「同僚に借金するってどうよ?ふつう親とかに頼まない?」
「きっと親にも見放されてんのよ」
「ああ、やだやだ」
「だから私たち、仕事以外でパー子と話さないの。石川さんもこっちに入りなよ」
「そうよ。パー子の相手なんかしなくていいから」

何だかひどく気分が悪かった。その後も先輩たちは、同僚の悪口や噂話に花を咲かせた。
せっかくのお弁当がちっとも美味しくなかった。
どうでもいい晴子のバカバカしい話の方がよほどマシだと思った。
「私、銀行に行くので」と言って席を立った。
きっとこの後この人たちは、私の悪口も言うんだろうな、と思った。

外に出ると、近くのベンチで晴子が寒そうに身を縮めてコーヒーを飲んでいた。
「何してるの?」
話しかけると、晴子は少しぎこちない笑顔を見せた。
「パン買って食べてた。ひとりで店入ってもつまらないから」
そうか。晴子は、あの会議室でお弁当を食べるのが嫌だったんだと気づいた。
晴子がポケットから千円を取り出した。
「これ、ありがとう。今銀行行ってきたから」
千円を受け取って、となりに座った。
「いつもごめんね。あたし、給料のほとんどを家に入れてるんだ。お父さんがリストラされちゃってさ、けっこう大変みたいなの」
「そうなんだ」
「あ、でもランチ代だけは確保してるから…たまに、足りなくなるけど…」
いつになく弱々しい晴子に、私は寄り添った。
「明日からまたランチしよう。私も安い店探すから」
晴子は嬉しそうに頷いた。
「小春ちゃん温かいね。こういうのを小春日和っていうのかな」
「バカだね。今日は寒いよ」
この関係がずっと続くのか…と私はうんざりしながらも、どこかホッとしていた。

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梅雨明け [短編]

初めて圭太が店に来たのは、ねっとりとした風がまとわりつく雨の夜だった。
こんな場末のスナックに、若い男が来るなんて珍しい。
無口でやけに攻撃的で、時折り他の客と軽い諍いを起こす。
決してありがたい客ではなかった。
だけど私は、圭太が来るのを心待ちにした。きっと好みのタイプなのだ。

今日も雨。店の客は圭太ひとりだ。
「あんたって雨男だね。あんたが来る日はいつも雨だよ」
「梅雨だからだろ」
圭太は相変らず不機嫌そうにビールを飲んだ。
「あんたってさ、いったい何が不満なの? 失恋でもした? それとも、就職活動が上手くいかないとか? そんなにとんがらなくてもいいんじゃない?」
「べつに」
「嫌なこともあるだろうけどさ、世の中にはもっと不幸な人間いっぱいいるよ」
がらにもなく説教をしながら、自分の若い頃を思い出して苦笑した。
とても褒められた人生じゃない。

「じゃあさ、ママさんの不幸ばなし聞かせてよ」
圭太が、深い瞳でじっと見た。私は慌てて目をそらし、自分用に水割りを作った。
とてもしらふで話せることではない。

私の人生で、もっとも悲しかったのは18歳の夏だった。
初恋の相手は、同じクラスの優等生。
私たちは付き合い始めた。何もかもが楽しかった。
そう…私が妊娠するまでは。
まさかと思った。だけど私は産みたかったし、彼も学校をやめて働くと言ってくれた。
許さなかったのは親たちだ。当然のことだと思う。
私はともかく、彼はとても優秀だったから。
私たちは駆け落ちをした。海辺の町に逃げて数か月、民宿で働きながら過ごした。
お腹がどんどん大きくなると、彼はどんどん逃げ腰になった。
父親になる覚悟なんて、彼にはまだ出来ていなかった。18歳だから仕方ない。
彼はとうとう親に連絡をしてしまった。
そしてあの日、彼の親と私の親が訪ねてきた。私はとにかく逃げた。
夢中で逃げて、桟橋から海に落ちてしまった。
気づいたら病院。空っぽのお腹をさすりながら、私は一生分の涙を流した。
彼とは、それっきり会っていない。20年以上も前の辛い思い出だ。

「あたしが悪いんだ。あたしが逃げなければ、子供は無事に生まれたのにさ」
2杯目の水割りを飲み干して、私は久しぶりに切なくなった。
圭太はひと言も口を挟まずに、グラスの氷を見つめていた。
「次は俺の番だね」
「え?」
「俺の不幸ばなしだよ」

俺には両親はいない。生まれてすぐに捨てられた。
海辺の町の養護施設で12歳まで育った。べつに不幸ではなかった。
施設には友達もいたし、先生も優しかった。
12歳のある日、ひとりの男が訪ねてきた。俺の父親だという。
そいつは数年前に結婚したけど、相手の女性は子供が出来ない体だと言った。
このままでは困る。そいつは会社を経営していたから、後継ぎが欲しかったんだ。
そこで思い出した。高校生の頃に付き合っていた女が自分の子供を産んだこと。
生まれた子供は、事故で彼女が眠っているあいだに、施設に預けられたこと。
その子が俺だ。そうして俺は父親に引き取られた。不幸の始まりはそこからだ。
子供ができないはずの母親に子供が出来た。俺が15歳の時だ。
その子が男の子だったから、俺はすっかり邪魔者だ。
居場所を失くして、18歳で家出した。捜してももらえなかった。

「信じられる?人生で2回も親に捨てられたんだぜ」
圭太は、口元だけで小さく笑った。
私は、今度は目をそらさずに、圭太の瞳をじっと見た。
この子を心待ちにしたのは、好みのタイプだったからじゃない。
忘れられない初恋の男に、よく似ていたからだ。

圭太は千円札を2枚置いて立ち上がる。
その背中に、私は思わず叫んだ。
「また来るよね」
圭太は微かに首を傾け「さあね」とドアに手をかけた。
「もう、梅雨明けだしね」
少しだけ、肩の力が抜けたような背中を、私はただ見送るしかなかった。

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引きこもり [短編]

私の兄は、10年も引きこもり生活をしている。
兄が部屋から出てこなくなった時、私は小学生で何もわからなかった。
大学生になった今でも、正直何もわからない。
兄は風呂とトイレ以外はほとんど部屋を出ない。
母は兄が風呂に入るのを見計らって部屋に入り、生ごみを捨ててファブリーズを振りまくる。
ちらりと覗いたその部屋には、数台のパソコンがあった。
ネットの世界だけで、社会と繋がった気になっているのだろうか。

そんな時、沙織さんという女性が突然訪ねてきた。
「ヒロトさんと結婚したいんです」
ヒロトというのは兄の名前だ。これには父も母も驚いた。
兄が月に数回、夜中のコンビニに行っているのは知っていた。
沙織さんとは、そこで知り合ったらしい。

両親は顔を見合わせ「あんな奴でいいんですか」と言った。
私も思わず口をはさんだ。
「あいつ、引きこもりだよ」
沙織さんはにっこり微笑んで「いいんです。彼も私を受け入れてくれました」と言った。
信じられなかった。
だって、彼女がこうして会いに来ている時でさえ、兄は部屋から出てこないのだ。

しばらくして、沙織さんが引っ越してきた。
知的な美人で話題も豊富、家の中が明るくなった。
兄は相変わらず引きこもっていたが、食事は沙織さんといっしょに食べているようだ。
部屋がきれいになったことだけでも、母のストレスはずいぶん軽減された。

アベノミクスで景気回復の兆しが見えた頃、父がため息まじりに言った。
「ヒロトも結婚したんだから、いい加減にちゃんと働いてほしいな」
沙織さんは「いいえ」と笑った。
「もう少し、そうっとしてあげてください。私が働いて、お金を少しずつ入れますから」
沙織さんは、どこかのインテリアショップで働いているらしい。
家事もきちんとこなし、両親ともうまくやっていた。
どうして兄なんかを選んだのだろう。

「沙織さん、あんな奴のどこがいいの?」
「ヒロトさんは素敵よ。わくわくするわ」
「わくわく?」
「そしてとてもエキサイティング」
何を言っているのだろう。ろくに会話も出来ないような暗い奴の、どこがエキサイティング?

ある日、大学の帰りに沙織さんを見かけた。
ブランドの服を身にまとっていた。いつもと違う雰囲気に驚いた。
この近くで働いているのだろうか。好奇心から、あとをつけてみた。
沙織さんは、青山の高級マンションに入って行った。

しばらくしてそこから出てきた沙織さんは、いつもの地味な服装に戻っていた。
それから私は、沙織さんのあとをつけるようになった。
彼女は、二重生活をしている。ブランド品を買いあさり、派手に遊んでいる。
働いている様子はない。かといって、男の影はない。
よほど金持ちのお嬢様なのか。しかし両親はいないと言っていた。

沙織さんの化けの皮が剥がれたのは、彼女が母と夕食の支度をしている時だった。
突然飛び込んできたテレビのニュース。
「株価が大暴落しました」
沙織さんは持っていたジャガイモを投げ捨て、青ざめた顔で階段を駆け上がった。
「ヒロト、株が大暴落したわ」

何事かと思ってあとを追った。ドアが開いたままの兄の部屋では、数台のパソコンがフル活動していた。
株価、為替レート…忙しく変わる数字たち。
兄は、部屋に引きこもって株を操作していた。
「大暴落したわ。大損よ」
狂ったように沙織さんが言った。
「別にいいよ。こんなのゲームさ。金なんかあってもなくても関係ないさ」
久しぶりに兄の声を聞いた。
「だから、あたしがあんたのお金を使ってあげるって言ってるでしょう。もっと損する前にさっさと売りなさいよ」
兄は、ただニヤニヤと笑いながら、パソコンの画面を見ていた。

翌日、沙織さんは出て行った。
株価の上昇と共にやってきて、大暴落と共に去って行った。
兄は、まだ引きこもっている。
父と母は、それから株価の数字を興味深く見るようになった。なぜか、引きこもりを責めることはなくなった。

*株とともに去りぬ…なんちゃって^^

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若葉と紅葉 [短編]

わたしは車です。ちょっと古いシルバーのセダンです。
わたしのご主人は75歳のおじいさんです。ベテランのドライバーです。

最近、新しいご主人が増えました。
18歳のお嬢さんです。免許取り立てです。
だからわたしには、若葉マークと紅葉マークが、並んで貼ってあるのです。

おじいさんの運転は安心です。スピードも出さずスムーズです。
演歌を聞きながら鼻歌を歌ったり、落語を聞いて笑ったりします。
お嬢さんの運転は怖いです。急ブレーキをかけたり右折がなかなか出来なかったりします。
わけのわからない音楽を聞きます。ファザードってどれだっけ?と言ったりします。

洗車は、もっぱらおじいさんがやってくれますが、時々お嬢さんも手伝います。
「ねえ、おじいちゃん、そろそろ車買い換えない?」
「ミホの運転が上達したらな」
そんな会話を聞くと、わたしは願ってしまいます。
どうかお嬢さんの運転が、ずっと下手でありますように…と。

ある雨の夜です。わたしに乗っていたのはお嬢さんです。
突然わたしの前に、となりの車線の車が横入りして来ました。
ウインカーも出さずに急に入って来たから、お嬢さんは慌ててハンドルを切りました。
運悪く雨でスリップして、わたしはガードレールにぶつかりました。
左前がぐしゃっとへこみ、ライトも割れました。幸いお嬢さんは無事でした。
すぐ後ろを走っていた車から、若い男が降りてきて「大丈夫ですか?」と聞きました。
お嬢さんは気が動転して、見知らぬ男の胸にすがって泣きました。

わたしは、修理に出されました。
なに、たいしたことはありません。すっかりきれいに直りました。
お嬢さんは落ち込んで、しばらく雨の夜の運転を控えました。
でも、1ヶ月もしたらケロッと元通り。若いっていいですね。

ところで、最近おじいさんは、すっかりわたしに乗らなくなりました。

春が近づいてきたある日、お嬢さんが念入りにわたしを掃除してくれました。
柔らかい香りの芳香剤を付けて、可愛いマスコットを飾ってくれました。
鼻歌を歌いながら車に乗り込み、しばらく走ると車を停めました。
そこで男が助手席に乗り込みました。
あの事故の日にお嬢さんに胸を貸した好青年です。

「お休みの日に付き合わせちゃってすみません」
「いいよ。ミホちゃんの車でドライブなんて楽しみだ」
「ホントですか?怖くないですか?」
ちょっとよそゆきのお嬢さんの声。初々しいですね。

わたしは、初めて高速道路に乗りました。
お嬢さんは、初めての遠出が不安で、彼に一緒に乗ってもらったようです。
お嬢さんはずっと緊張してハンドルを握っていました。
ひと言も話しません。余裕がないんです。
彼の方は、「ゆっくりでいいよ」とか「左によって」とか「次の出口で降りるよ」とか、的確なフォローをしました。

高速を降りると海辺の町です。
海岸沿いを走って、わたしは白い病院に着きました。
「おじいちゃんが、このホスピタルに入院してるの」
お嬢さんが言いました。そうだったんですか。

おじいさんが車いすで近づいてきました。
「ミホ、こんな遠くまでよく来れたな」
「うん。もうすぐ若葉マークも取れるよ」
お嬢さんは照れながら彼を紹介して、緊張がほぐれたのかやっと笑いました。
「ミホがそんなに上達したなら、新しい車を買わなきゃな」
「いいよ。あたし、もうしばらくこの車に乗るよ。だってこれはおじいちゃんの車でしょう。紅葉マークも付いてるし。あたしね、この車と一緒に、おじいちゃんが帰ってくるのを待ってるから」
おじいさんは、目に涙をためて、かすかに笑いました。

おじいさんがわたしに乗ることは、もうないかもしれません。
だけど春の風は優しくて、3人は穏やかに笑っていました。
わたしはいつまでもここにいたいと思うのでした。

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フクはうち [短編]

フクちゃんが、オニから逃げてきた。
オニというのは、借金取りだ。
「あいつらオニだよ」とフクちゃんはいつも言っている。

フクちゃんはだらしない。
その上ギャンブルが好きだから、いつも借金を繰り返す。
前は息子に肩代わりしてもらっていたが、何度も繰り返すから縁を切られた。
今はアメリカかどこかに行ってしまったらしい。
「地道に働くよ」と言いながら、3日と続かない。
だからフクちゃんは、家族にも友達にも見放された。

行き場をなくすとフクちゃんはここに来る。
私はフクちゃんを見放さない。
私にとってもフクちゃんは、たったひとりの友達なのだ。

「ドンドンドン」乱暴に扉が叩かれた。
「おい!フクダ~!いるんだろう。出てこいや!」
マヌケなフクちゃんは、借金取りにあとをつけられていたようだ。

「どうしよう。こんなところまで来ちゃったよ」
フクちゃんが泣きそうな顔で言う。
「追い返してあげようか」私は言った。
「怖いよ。大丈夫?」
「うん。ちょうど今日は節分だし、この豆をぶつけて追い返すよ」

私は、テーブルの上の豆をつかんで、玄関へ出た。
「おには~そと」
と言いながら、借金取りに思い切り投げつけた。
借金取りは、逃げて行った。

「帰ったよ」
「すまねえな。ところで、あのしつこいやつらが、豆ぶつけたくらいでよく帰ったな」
「それは、私が本物の鬼だからだろう」
私は2本の角をフクちゃんに見せた。
「ああ、そうだった。あんたは本物の鬼だったね。忘れてたよ」
「普段は帽子やバンダナで角を隠しているからね」
「あんた、鬼なのにちゃんと生活してて偉いなあ。おれも地道に働こうかな」
フクちゃんは、そう言いながら、年の数だけ豆を食べた。

フクちゃんが地道に働いて、まともになったら私は寂しい。
もうここには来なくなってしまうから。
だから、いつまでもフクちゃんがダメ人間であることを願っている。
こんな私は、やっぱり鬼だな。

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明日は節分ですよ~
豆まきしましょう。そして、年の数だけ豆を食べよう。
私は、28個…こら!!うそつき!

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人生の幕 [短編]

「じいじ、お誕生日おめでとう」
男は70歳になった。古希の宴に家族がそろってお祝いをした。
妻と、ふたりの子供に孫が3人。
息子の嫁も、娘の婿も優しくていい人だ。
男は幸せだった。

「お父さんも年なんだから、少しはお酒を控えてね」
「食べ過ぎもだめだよ」
「あらあら、この人に言っても無駄よ。美味しいものに目がないんだから」
「じいじ、お肉好きだもんね」
和やかな食事だ。男は頷きながら楽しい会話に耳を傾けた。
生きたい。もっともっと生きたい。
男は、心から願った。

50年前、男は20歳だった。
当時付き合っていたガールフレンドに連れられて、占いの館に行った。
男は占いなど信じなかったが、占い師の言うことがいちいち当たっていて驚いた。
調子に乗った男は、こんなことを聞いてみた。
「僕って、あとどれくらい生きられますか?」
占い師は、神妙な顔で水晶玉を覗き込んだ。
「50年」
「50年ですか。じゃあ、70歳だ」
「妻と2人の子供と3人の孫が見えます。家族に囲まれて、あなたの幸せな人生は幕を閉じるでしょう」
「ふうん」
男はまだ若かったから、50年生きられればいいと思った。充分だと思った。

70歳になった今、男はふと、あの時の占いを思い出してしまった。
あの時は充分だと思ったが、やはり孫の成長も見たいし、もっと人生を楽しみたいと思うようになった。
生きたい。せめてあと10年。

「あなた、浮かない顔してどうしたの?」
「そうだよ父さん。せっかくの誕生日なのに」
「何か心配事があるの?」

男は、50年前の占いの話を家族に聞かせた。
家族にも自分の寿命を知ってもらった方が、悲しませずに済むと思ったからだ。
「あはは…。やだ、何それ~」
娘が吹き出した。
「何事かと思ったら占い? 父さん、そんなの信じるの?」
「だって、子供の数も孫の数も当たっているじゃないか」
「子供が2人で孫が3人なんて、珍しくも何ともないわ」
「そうよあなた。私の友達だって子供2人と孫3人なんて、石投げれば当たるほどいるわよ」
「適当にありそうなことを言ってるんだよ」
家族みんながどっと笑った。
そうか。そう言われてみれば、まったく死ぬような気配もないじゃないか、健康だし。
男はそう思い直した。気持ちがすうっと楽になった。

「ところで、あなた」
妻が静かな声で言って、男の顔を覗き込んだ。
「その占いって、誰と行ったんですの? 50年前といえば、もう私たちお付き合いしていましたわよねえ」
男はギクッと身を縮めた。妻は本当に怒った時に言葉が丁寧になる。
「いや…、男友達だったかな」
「あなた、はっきりとガールフレンドと言いましたわよ」
「ええ…と」
「二股かけていたんですか?そういえば思い当たることがありますわ」

「お父さん、最低!」
「そんな人だと思わなかったよ。母さんがかわいそうだ」
「じいじ、ひど~い」
「ずっと私を騙してたんですのね。しくしく」

一瞬にして空気が冷え切った。
家族全員の冷たい視線にさらされながら、男は居心地の悪さと闘った。
幸せだった男の人生は、この時いったん幕を閉じた。

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おじいちゃんの結婚 [短編]

おじいちゃんの結婚話を聞きつけて、伯父さんと伯母さんがやってきた。
「親父が結婚したってどういうことだよ!」
一郎伯父さんが、鼻を膨らませて言った。
「20歳の年の差だって?いい年して色恋に狂ったか」
二郎伯父さんが呆れたように言った。
「年の差婚が流行ってるからって…その女に騙されてるんじゃないの?」
三子伯母さんが眉間に皺を寄せて言った。

「だいたい何で事前に連絡しないんだ。親父が結婚して、今新婚旅行に行っている…って、なんだそりゃあ」
「四郎、おまえは一緒に暮らしていて反対しなかったのか」
「あんたって昔からボーっとした子だったわ」
パパは、みんなに責められても何も言わずに笑って頭を掻いている。

8年前におばあちゃんが亡くなった時、ひとりになったおじいちゃんの世話を誰がするかで揉めた。
伯父さんと伯母さんは都合のいいことを言って逃げたらしい。
「私たちは、それぞれ子供の学校があるでしょう。転校させるのも大変なのよ。四郎の子供はまだ3歳だし、この家に引っ越しても何の支障もないんじゃない?」
そう言って、末っ子であるパパにおじいちゃんを押し付けた。
おじいちゃんはちょっと頑固だから、ママは苦労もしたけど何とかうまくやってきた。

「あんたたちがお父さんを邪険に扱うから、再婚なんか考えたんじゃないの?」
伯母さんの嫌味に、ママはため息をつく。
金は出さないけど口は出す小姑が、いちばん厄介なのかもしれない。

「なあ四郎、その女に親父の財産を全部吸い取られたら、たまらんだろう」
「そうだ。絶対に財産目当てだ」
「そうよね。好き好んで68歳のじいさんを相手にするとは思えないわ」
「そこでだ、俺たち話し合ったんだけど、親父が元気な今のうちに、財産分与をしてしまおうじゃないか」
「四郎にはこの家があるからいいだろう?だから親父が今持っている貯金を俺たち3人で分けたいんだ」
「どこの馬の骨がわからない女に取られるくらいなら、今欲しいわ」

そこで、パパが初めて口を開いた。
「…今財産分与をするってことは、遺産はいらないってこと?」
「そうだよ。どうせその女にいいように使われちまうんだ。その前に欲しいと言ってるんだ」
「…わかったよ。父さんに言ってみるよ」
「そのかわり、私たちはお葬式の費用は一切出さないわよ」
「…いいよ。そういうのは僕がやるから」
「四郎って物わかりが良くて助かるわ」
「…でもさ、こういうことは、きちんと書類にして残した方がいいと思うんだ。あとで父さんと相談して、書類を作るよ。お金はなるべく早く渡せるように話してみるよ」
「四郎、おまえ意外と頼りになるな」
「じゃあ、頼んだぞ」
伯父さんと伯母さんは、いくらかすっきりした顔で帰って行った。

「はあ…やっと帰ったわね」
「うん。早いとこ父さんと連絡とって書類を作ろう」
パパとママは顔を見合わせて笑った。

ねえ、パパ、ママ、伯父さんたち何か勘違いしているみたいだけど、本当のこと言わなくていいの?
おじいちゃんの結婚相手が、20歳年下じゃなくて、20歳年上の88歳だっていうこと。
そしてその人は、大財閥のひとり娘であること。
その人が亡くなったら、その財産はすべておじいちゃんの物になるっていうこと。

「ねえ、お金が入ったら、この家リフォームしたいわね」
「そうだね」
パパとママはすごく幸せそうに笑った。

*****

敬老の日に因んだ話を書こうと思ったら、こんな話になっちゃいました^^

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3度目の桜 [短編]

桜の季節がやってきた。
いやでも思い出してしまう。3年前の春の日を…。

そのころ息子はまだ5歳で、私たちは毎日のように公園に行っていた。
とても暖かい日で、桜の花は3分ほど咲いていた。
私はベンチに座って、砂遊びをする息子を見ていた。穏やかな午後だった。

「やっと咲きましたなあ」
隣りに座った老人が、桜を見上げて話しかけてきた。
「そうですね。この陽気では、あっという間に満開になりますね」
「可愛い男の子ですね」と老人は優しい目で息子を見た。
「あの子は、あと何十回も桜を見るんでしょうな」
「ええ、まだ5歳ですからね」
「あんたもまだお若い。たくさん桜を見ることができますな」
老人は、ふうっと息を吐いた。

「しかし私はダメだ。あと数年…いや、今年が最後かも」
あまりに寂しそうなので、私は思わず老人の手をとった。
「そんなことありませんわ。とてもお元気そうじゃないですか」
「そうかね。じゃあ、賭けようか」
老人の目がきらりと光った。

「賭ける?」
「私があと何回桜を見られるか、賭けるんですよ」
「何言ってるんですか。そんなもの賭けませんよ」
「あなたが勝ったら、私の財産を差し上げます」
「ふざけないでください」

老人は、笑いながら息子に話しかけた。
「ぼうや、好きな数字は何だね?」
息子は、うーんと考えながら、「3」と答えた。
「3回か。私が桜を見られるのは、あと3回というわけですね」
「何を勝手に!賭けなんかしませんよ」
私は、さらうように息子を抱いて公園を後にした。

冗談かもしれない。気にする方がどうかしている。
だけどそれから、私たちは公園に行くのをやめた。

あれから3年が過ぎた。
5歳だった息子は8歳になり、私も3年分の年を重ねた。
もちろんずっと、あの老人のことを考えていたわけではない。
ただ、春になって、桜の頃になると、思い出してしまうのだ。
あれから、3度目の春、3度目の桜だ。

買い物のついでを言い訳に、私は久しぶりに公園を訪れた。
桜はもう終わりの頃で、花びらが雪のように空を舞っていた。
あの時のベンチを見ると、あの時と同じように老人が座っていた。
よかった。生きていた…とまず思った。ほっとしていた。
桜吹雪が、老人の肩や膝に降り積っても、払うでもなくじっと座っていた。
眠っているようだ。

そっと立ち去ろうとした時、老人がゆっくり倒れた。
どすんとベンチを転げ落ちた老人を、人々が囲んだ。
「息をしていないぞ」「救急車を呼べ」と騒ぐ中、怖くなった私は慌てて帰った。
激しく動揺していた。もちろん私のせいではないのだけれど。

公園で、老人が亡くなったという話は、団地中で広まった。
丁度3回目の桜を見て、あの老人は逝った。
関係ない、意味はない…と思いながらも、私は再び公園を訪れた。
ベンチに花を置いて手を合わせた。ほんの少しでも言葉を交わした人が亡くなったのだから。
桜はすっかり散って、青々とした若葉がまぶしかった。

「あの」と背後で声がした。
ふり返ると、年配の女性が立っていた。
「父と賭けをした方ですよね」と女性は言った。
「いえ…、賭けというわけでは…」
私は慌てた。あの老人の娘さんだった。

「父は、ギャンブルが大好きな人だったの。家のお金を持ち出してね、ひどい人だったのよ。まあ、晩年はおとなしかったんだけどね」
「はあ…」
「その父が、3年前にすごく嬉しそうな顔で帰ってきたの。人生最後の賭けをしてきたって…」
「だから、私は賭けたつもりはないんです」
「3回、あと3回桜が見られるって、父は嬉しそうに言ったわ」
「子供が気まぐれで言った数字です」
「それでもいいの。だって父は、医者から余命半年と診断されていたんだもの」

女性は、ふくよかな指で愛おしそうにベンチの淵を撫でた。
そして、バッグから封筒を取り出して私に差し出した。
「父の財産です」
もちろん私は断った。もらう理由などない。
「気にするようなものではないのよ」
と女性が封筒を開けた。中味は宝くじだった。
「父が最後に買った宝くじよ。これが父の財産。5億円当たるかもしれないし、300円かもしれない。すごいギャンブルでしょう?父らしいわ」
女性はそれを、私に押し付けた。
「父が3年間生きられたのは、あなたたちのおかげだと思うわ。だから受け取って」

私がそれを受け取ると、どこからか老人の声が聞こえた。
「あんたの勝ちだな」
笑っているような、優しい声だった。

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最期の扉 [短編]

右へ六、左へ四…。ダイヤルを回す私の手を、姉がじっと見ている。
最後の数字を合わせると、カチッと手応えを感じ、重い鉄の扉がゆっくり開いた。

**
春は暖かい風と一緒に、父の訃報を運んできた。この小さなアパートで、父はたったひとりで亡くなった。
知らせを受けた私たち姉妹は、感情をどこかへ置き忘れたように事務的に葬儀や諸々の手続きを終えた。
生きていてもいなくても同じなのだ。父との思い出などかけらもない。

海外赴任が長かった父とは、幼少期から年に一、二度しか顔を合わさず、家にいても難しい顔で仕事をしている姿しか見ていない。
大人になっても何だか苦手で、結婚して家を出てからは、父がいない時を見計らって家に帰ったりしたものだ。

さらに溝を深めたのは、母が死んだ後である。
父は私たちに何の断りもなく、家を処分してしまったのだ。
ひとり暮らしに大きな家は必要ないと、全ての思い出をあっさり捨ててしまった。
私たちは憤慨し、それっきり父との一切の連絡を絶ったのである。

「何もこんな狭いアパートで死ななくてもね。そう思わない?」
葬儀のあと姉が、猫の額という表現がぴったりの小さな庭を見ながら言った。
「そうね。六畳二間に狭い台所。まあ余計な物はいらないんでしょう。そういう人よ」
整然とした和室から、憎らしいほど几帳面な暮らしぶりが伺われた。

「ねえ、ところで、お金ってどうしたと思う?」
姉が遠慮がちに切り出した。父の取引銀行には、老人がひとりで暮らすのに足りる額の金しか入っていなかった。家を売った金や、多額の貯金が他にあるだろうと、姉は言った。

小さな仏壇の横の押入に金庫を見つけた。
このアパートには立派すぎる鉄の金庫だ。
ダイヤル式の鍵を開ける四桁の数字は、文机の引出しから私が見つけた。
慎重にダイヤルを合わせ、私たちは扉を開けた。

***
「開いたわ」ふたり同時に声をあげた。中には漆の箱がひとつ、大切に仕舞われていた。
「何かしら。株券とか入っているのかな」
まるで玉手箱のような箱には、金も証券も、もちろん煙も入っていなかった。
あるのは、輪ゴムでくくられた手紙の束だった。
手紙は、いかにも子供の字で『お父さんへ』と書かれていた。

『おとうさん、らんどせるをありがとう』
『おとうさん、おもちゃをありがとう』
『お父さん、自転車をありがとう』

そして最後の封筒には、キャビネ版の写真が入っていた。笑顔の父を囲むようにたくさんの子供が写っていた。
「何よこれ。お父さんの隠し子?」
「まさか。二十人はいるわ」
「お父さんのこんな顔、見たことないわね」

その時、庭先で「すみません」と、か細い声がした。見ると、化粧っ気のない若い女が軒下から覗いていた。
「お父さん…いえ、小林さんにお線香をあげてもよろしいでしょうか」
女は、近くにある『向日葵園』という養護施設の職員だと名乗った。
「小林さんは、みんなのお父さんでした」
「父が、その施設に行っていたんですか?」
「はい。初めていらしたのは五年前です。最初は老人会の方に無理矢理連れて来られて、とても不機嫌そうでした。だけど子供たちとふれあううちにすごく優しくなられて、毎週のように来てくれるようになったんです。みんなお父さんが大好きでした。おじいちゃんと言ったら怒るので、みんなはお父さんと呼んでいたんです」
女は陽だまりのような顔で笑った。

「たくさんの寄付もいただきました。来るたびに、おもちゃや文房具を持ってきてくれました。どんな言葉でも言い尽くせないくらい、本当に、本当に感謝しています」
女は父の写真に手を合わせ、たくさんの涙を流した。姉と私が流すことのなかった、純粋できれいな涙だった。

夕暮れ、姉は崩れるように縁側に座った。
「何だか悔しいわ。お父さんの最期の扉を開けたのが、娘や孫じゃなくて他人の子なのよ」
「そうね」と私は、手紙を元に戻した。せめて棺に入れてあげたらよかったと、今さらながらに思った。

姉と並んで縁側に座った。
柔らかい風に水仙の花が揺れていた。母が好きな花と知っていたのだろうか。
「お父さんも寂しかったんじゃないかな」
父を避けていたのは私たちの方だった。扉を閉ざしていたのは、私たちの方だった。
姉と私は、肩を寄せ合って泣いた。父の訃報を聞いてから、初めて流す涙だった。

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フェリシモ文学賞「ひらく」に応募して、落選だった作品です。
ブログ用に読みやすくしましたが、文章は変えていません。
川越さんやかよ湖さんが、UPしていたので、恥ずかしながら私も載せてみました。
ご意見お願いしま~す。

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