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子どもを乗せるな [ホラー]

「暗やみ坂に幽霊が出るらしい」
客待ちの時間を持て余した運転手たちが、輪になってそんな話をしていた。
タクシーの運転手をしていると、この手の話は珍しくない。
「夜遅く、子どもがひとりで手を上げているらしい」
「子どもの霊か。いやだな」
「子どもは乗せるな、ということだな」
みんなが話に夢中になる中、私はあまり興味がなかった。
私にはまったく霊感がないから、幽霊に会う心配など皆無だと思っていた。

しかし今夜、私はうっかり乗せてしまったのだ。
子どもは乗せるなという忠告を、話半分に聞いていたからだ。
夜の10時を回ったところだ。坂の手前で男の子が手を上げていた。
てっきり親が一緒にいるのだと思い、車を停めた。
街灯のない暗い道だった。

ドアを開けると、子供はひとりで静かに乗り込んできた。
「きみ、ひとりなの?」
私の問いかけに答えず、子供は小さな声で行き先を告げた。
「3丁目の霊園まで」
「れ、霊園?」
ルームライトが小さな白い顔を照らし出した。
子どもがこんな時間に、ひとりで霊園など行くはずがない。
間違いなく幽霊だ。暗やみ坂に幽霊が出ると、あの日言っていたではないか。
冷気とともに、底知れぬ恐怖が背中を伝う。

私はどうしていいかわからずに、とりあえず震える手でハンドルを握った。
振り向かないように、前だけを見て走った。
後部座席からは、不気味なほどに何の物音もしない。
ルームミラーをチラッと見るが、子どもは映らない。
やはり幽霊だと確信した。汗がとめどなく流れた。
霊園に着けば、きっと消えてくれるだろう。
車を停めたら誰もいなくて、シートだけが濡れていたとか、よく聞く話じゃないか。

タクシーは人通りがまったくない霊園の入り口に着いた。
きっと子供は消えているだろう。シートだけが濡れているだろう。
人生で初めて幽霊を見た。それだけのことだ。

私は思い切って振り向いた。
「着きました」
子どもは、大きな瞳で私をじっと見た。
消えていない。それどころか、はっきりした声で「いくらですか?」と言った。

なんだ、人間の子供じゃないか。
最近は塾やら何やらで、遅く帰る子供が多い。
そういえば、この霊園の先に住宅がいくつかある。
きっとそこへ帰るのだろう。
ルームミラーに映らなかったのだって、この子が小さいからだ。
何をビビってたんだ。ライトをつけてよく見れば、可愛い顔をした小学生じゃないか。
私は心底安心して、にこやかに答えた。
「970円です」

子どもは「はい」と小さく返事をした。
そして、誰もいない助手席に向かって声をかけた。
「お母さん、970円だって」

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霊感教室 [ホラー]

わたし、気づいちゃった。
この教室には、幽霊がいる。

高校に入学して2日目、クラスの集合写真を撮った時だ。
どう数えても、名簿の数と生徒の数が合わない。
生徒の方が、ひとり多い。

教室に戻って生徒の数を数えても、やっぱりひとり多い。
クラスメイト達の顔を見回す。
いくつかのグループが出来て、はじける笑顔に包まれた教室。
その中で、少女がひとり、誰にも染まらずぼんやり立っている。
青白い顔に長い髪。
窓側に立っているせいか、なんとなく輪郭もぼやけて見える。
わたしと目が合うと、驚いて目を見開いた。
『あなた、私が見えるの?』と言っているような目だ。
もしかして、この少女が幽霊…?
確かめたい。わたしはゆっくり少女に近づいた。

「ねえ、あなたも霊が見えるの?」
突然後ろから声をかけられた。
藤木というネームを付けているポニーテールの女の子だ。
「実は…私も見えてるの」
藤木さんは怯えた声で言った。わたしは頷いた。
「藤木さん、あなたも見えるのね」
やっぱりそうなのね。彼女は、幽霊。

大きな音で扉が開いて、先生が入ってきた。
おしゃべりをしていた生徒たちがいっせいに席に着いた。
わたしも座ろうと思ったら、席がない。
あの黒髪の少女が、わたしの席に座っている。
やだ、こわい。
先生がわたしを見ている。早く座れって言いたそう。
すみません。だけど、座りたくても座れないんです。

そのとき、藤木さんが私の代わりに手を上げてくれた。
「先生、この教室の中に霊がいます」
ざわざわと教室内が揺れた。「何言ってんの?」「頭大丈夫?」
失笑が起こるのも気にせずに、藤木さんは話し続けた。
「私、霊が見えるんです。悪い霊ではないと思うけど、さっきから震えが止まらないんです」
黒髪の少女が戸惑っているのがわかる。
そうよ、あなたの居場所は、ここではないのよ。

黒髪の少女が立ち上がる。ああ、よかった。やっと座れる。
だけど彼女は、ささやくような声で言った。
「先生、わたしにも見えます。さっきまで、わたしと藤木さんの間にいました」
生徒たちが、小さく悲鳴を上げた。
え? なに、なに? 幽霊はあの少女じゃないの?

「じつはみんなに、話しておくことがある」
先生がゆっくり話し始めた。
「君たちと一緒に高校生になるはずだった女生徒が、もう一人いたんだ。しかしその生徒は、入学前に事故で亡くなってしまった」
ざわめく教室。泣き出した女の子もいる。
「きっと、死んだことに気づかずに、この教室に来てしまったのかもしれないね」
先生が、わたしに向かって手を合わせた。
「じつは、先生にも見えるんだ。ショートカットの女生徒の霊が」

藤木さんと黒髪の少女が振り向いてわたしを見た。
手を合わせて合唱。
他の生徒たちも手を合わせて、みんなで合唱。
え…? ショートカットの幽霊って…わたし?
ここに居ちゃいけないのは、わたしだったのね。

ピカピカの制服。
きっと、最期にパパとママが着せてくれたのね。
だからわたし、勘違いしちゃった。

バイバイ、ありがとう。
優しい光に包まれて、わたしはゆっくり天に昇った。

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怪談タクシー2 [ホラー]

怪談タクシーへようこそ。
お盆も過ぎて、ようやく寝苦しい夜ともお別れですね。
とは言っても、まだまだ残暑は厳しいですよ。
そんな時は、当怪談タクシーをご利用ください。
経験豊富な運転手が、世にも恐ろしい体験談をお聞かせしますよ。
さあ、では始めましょう。

あれは、蒸し暑い夏の夜でした。
夜になって降り出した雨のおかげで、駅のロータリーにはたくさんの人が乗車を待っていました。
ドアを開けると、仕事帰りと思われる男と女が乗り込んできました。
いくらか酒の匂いがしました。
「どちらまで?」
尋ねると、女のほうが小さな声で地名を言いました。
聞き覚えのない地名だったので聞き返すと、
「案内しますので進んでください」と言いました。
男のほうは、酔って眠ってしまったのか何も言いません。

女の言うとおりに走ると、車はどんどん市街地を外れていきます。
「お客さん、この道でいいんですか?」
「はい。まっすぐ進んでください」
しかし家などまるでありません。
道は次第に細くなり、まるで獣道のようです。
鬱蒼と木が茂り、その先には灯りひとつありません。
「お客さん、本当にこの道ですか?」
私は恐ろしくなって何度も聞きました。
そのたびに女は「もう少しです」と、落ち着いた声で言うのです。

とうとう、行き止まりになりました。
深い森です。これ以上進めません。
「お客さん、行き止まりですよ」
振り返ると、そこに女はいませんでした。
いつの間にか降りた?いや、そんなはずはありません。
私は男を揺り起しました。
「起きてくださいよ」
男は目を開け、狐につままれたようにきょろきょろしました。
「ここはどこです?」
「お客さん、こっちが聞きたいよ。駅で女性と一緒にタクシーに乗ったでしょう?」
「いや、僕はひとりでタクシーに乗ったはずだ。乗った途端に眠くなって…」
「とにかく、あんたのお連れさんの言うとおりに走ったら、こんなところに来ちゃったんですよ。あの人はどこへ行ったんです?」
「さあ、何が何だか…」

とにかく引き返そうと、車をバックさせました。
その時、車に何かがぶつかりました。
「何か轢いたぞ?」
「タヌキか何かでしょう」
私はそう言って確認のため車を降りました。

「ひい!」自分でも驚くほどの悲鳴をあげ、その場で腰を抜かしました。
女が、ぶら下がっていたのです。
木の枝にロープをくくって、だらりと首を吊っていたのです。
顔はよくわかりませんが、髪型と服装は、さっきまで乗せていた女によく似ていました。
「どうしました?」
車を降りてきた男が、同じように悲鳴をあげました。
そのとき急に強い風が吹き、一瞬ですが女の髪が揺れて顔が見えました。
その目が、ぎろりと男を睨みつけました。
暗かったし、一瞬のことでしたから見間違いかもしれません。
しかし男は、発狂したように怯え、「許してくれ」と叫び続けました。

後でわかったことですが、女はこの男に、遊ばれた上に捨てられて、この森で自殺したそうです。
自分を捨てた男を、遺体の発見者にしたかったのでしょうね。
恐ろしい怨念です。

お客さん、今日の話はいかがでしたか。
雨が降ってきましたね。気を付けてお帰りください。
おや、さっきまで一緒だった女性はどうしました?

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怪談タクシー [ホラー]

怪談タクシーへようこそ。

連日の熱帯夜で、眠れませんよね。
こんな夜は、怖い話に限ります。
当タクシーの経験豊富な乗務員が、お客様にひと時の涼を贈ります。

ご乗車ありがとうございます。
では、早速はじめさせていただきます。

あれは、今夜と同じような蒸し暑い夜でした。
午前2時を回ったころでございます。
タクシーを走らせていましたが、客はつかまらないうえに、ひどい睡魔に襲われました。

公園の駐車場に車を停めて、少しばかり仮眠をとることにしたのです。
目を閉じてウトウトしかけたとき、運転席の窓をたたく音がしました。
とんとんとん…控えめなか細い音です。
客かと思って目を開けましたが、そこには誰もいませんでした。

「風の音か」と、ふたたび目を閉じると、また窓をたたく音がします。
とんとんとん…さっきより、いくらか大きな音でした。
目を開けても、やはり誰もいないのです。
誰かのいたずらかと思い、車の外に出てみました。
するとそこに、小さな子供がうずくまっていたのです。

いくらなんでも、こんな夜中に子供がいるはずがない。
不審に思いましたが、放っておくわけにもいきません。
私は声をかけました。
「こんな時間に、何をしてるんだい?」

子供は男の子で、今どき珍しく半袖半ズボンに白いハイソックスを履いていました。
よく見ると、ハイソックスの足首から先がぼやけています。
これは霊だ、と思いました。
おそらくこの近くで亡くなった、子供の霊だろう。

私は恐ろしくなって、車に戻ろうとしましたが、体が思うように動きません。
子供が立ち上がって、にやりと笑いました。
「おじさん。ぼくもいっしょに連れて行っておくれよ」
子供はそう言って、私の手首をつかみました。
子供とは思えないほどの力でした。
「や、やめてくれ」
私は叫んで、思い切り手を振り払い、急いで車に戻りました。
バタンとドアを閉めるのと同時に、車を急発進させました。

どくどくと汗が流れ、心臓が爆発しそうでした。
大通りに出ても、客を拾う気になどなれませんでした。
私はそのまま事務所に帰りました。
事務所の灯りは、どれだけ私を安心させたでしょう。

「いやあ、恐ろしい目にあったよ」
事務所に戻ると、先に帰っていた同僚が、怪訝な顔で言いました。
「おまえの右手の手首にくっついているのは何だ?」

私は自分の右手を見ました。
そこには、小さくて白い子供の手がありました。
私の手首に巻き付いていたのです。
私はあのとき、子供の霊に手をつかまれたまま車のドアを閉めたため、手首だけがちぎれてついてきたのです。

そのあと、どんなにお祓いをしても、手首から子供の手が離れることはありません。
ですから私は、今でもこの手といっしょに暮らしているんですよ。
ほら、見てください、私の右手を。
まるで体の一部のように、小さな手が私の手首を握っているでしょう。

お客さん、そんなに怖がることはありませんよ。
この手は悪さなんてしませんから。
ただ、午前2時になると、どうしても来てしまうんですよ。
この公園に…。
ほら、お客さん、見てください。
手首のない子供が、手を振っているでしょう。

どうです?涼しくなりました?
二度と乗りたくないとか言わないでくださいね。

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35歳の呪い [ホラー]

「おーい、四郎」
名前を呼ばれて顔を上げると、広大な花畑の向こうで、三郎兄さんが手を振っていた。
三郎兄さんは3年前に亡くなった。
するとここは死後の世界か。僕も死んだのか。

僕は名前のとおり4人兄弟の末っ子で、まだ35歳だ。
死ぬには早すぎるが、これが僕の、いや、僕たち一族の運命だ。
遠い昔、僕たちの祖先は地元では名の知れた僧侶だった。
夜な夜な現れる妖怪を、自らが犠牲になって封じ込めたという。
その時の年齢が35歳。それから妖怪の呪いが始まった。
僧侶の血を受け継ぐ男子は、35歳までしか生きることが出来ない。
それは、末えいまで祟られ、今もなお続いている。
3人の兄も35歳で亡くなった。父も、祖父も、そのまた祖父も。

覚悟はしていた。だけど、こんな突然なのか。
そもそも僕は、どうして死んだのだろう。
「四郎、早く船にのれ」
三郎兄さんは、船の上にいた。目の前に大きな川がある。三途の川だ。
「三郎兄さん、もしかして、僕はまだ死んでないんじゃないかな。三途の川を渡る前なら戻れるかな」
「戻る?おまえ何言ってるんだ?」
「そもそも、どうして死んだのかわからない。あまりに突然で、妻と子供に別れも言ってない。一度戻ってお別れを言いたいんだ」
「四郎、そんなことをしたら、余計に未練が残るだろう。これが俺たちの運命だ。ガキの頃から聞かされて来ただろう。今日がおまえの寿命なんだよ」
「わかってる。ただ最後に会ってお別れを言うだけだ。息子はまだ小さくて、呪いの話はしていない。それもちゃんと伝えなければいけないし」
「そんなの奥さんに任せろよ。だいたい自分の運命を知りながら、なぜ子供を作ったりしたんだ」
三郎兄さんは結婚をしなかった。一郎兄さんと二郎兄さんは子供を作らなかった。
どういうわけか僕たち一族には、男の子しか生まれないからだ。
「母さんに孫を抱かせてやりたかったんだ」と僕は言った。
「甘ったれだな。おまえは昔から」
三郎兄さんは、強引に僕の手を引っ張った。
手首にあざが出来るほどに強く握った。もう従うしかないと思った時だった。

遠くから声が聞こえた。
「パパ~」息子の声だ。
「あなた、戻ってきて」妻の声。
僕は船に乗る足を止めた。兄さんは、驚くほど冷たい顔をした。
「ごめん、兄さん。すぐ戻るから」
僕はその手を強引に振り切り、花畑の先に見えるひとすじの光に向かって走った。
ゴーッという地響きのような唸り声が後ろから聞こえた。構わずに僕は走った。

病院のベッドの上にいた。
「気がついたのね。よかった。急に倒れたから驚いたわ」
妻と息子が僕にしがみついた。
「心配させてごめんよ。だけど、どうやら今日が僕の寿命らしいんだ」
「そんな。いやよ」
呪いのことは結婚する前に告げていた。わかっていたとはいえ、妻は泣き崩れた。
眠ったら、再びあそこに戻るのだろう。父と3人の兄が待っている死後の世界に。

ところが僕は死ななかった。あれから30年が過ぎたが、まだ生きている。
僕のところでちょうど呪いがとけたのだと思った。
しかし、そうではない。
僕は、父の子供ではなかったのだ。母と不倫相手とのあいだに出来た子供だった。
それを知ったのは母の臨終前で、「ごめんね」を繰り返しながら、自分の不貞を詫びた。
詫びる必要などない。たしかにショックだったけど、おかげで僕はこうして生きている。

ただ、心配なのは三郎兄さんのことだった。
母の人生をかけた秘密を、三郎兄さんだけが知っていたそうだ。
三郎に日記を読まれてしまったと母が言った。

35歳のあの日、僕を死後の世界に連れて行ったのは三郎兄さんだったのではないか。
血を継いでいない僕を妬んで、無理やり連れて行こうとしたのではないか。
僕は時々夢を見る。あの時の兄さんの冷たい顔。手首にくっきり残ったあざは、あの日兄さんが付けたものだ。
そして、僕の息子の手首にも、あの日から同じあざが出来た。
息子と嫁との間に生まれた、僕の孫にも同じあざがあった。

新しい呪いが始まってしまった。

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雨の日は憂鬱 [ホラー]

朝から雨が降っていたので仕事を休んだ。
怠け者だと思わないでほしい。雨の日は、出かけたくない。
なぜなら、見えてしまうから。

歩道橋の下や踏切の前、橋のたもと、交差点の真ん中。
成仏できない霊たちが、私を見つけて傘の中に入ってくる。
「ねえ、お願い、助けて」

私は霊媒師ではないし、どうすることも出来ない。
ただひたすら、気づかないふりで歩くしかない。
それはとても辛く、苦しい時間だ。
身体中が重くなり、この上なく憂鬱になる。

出かけないと決めた日に限って、母から連絡が入る。
「咲ちゃん、具合が悪いのよ。すぐに帰ってきてくれない?」
母はいつも私を頼る。家を出てひとり暮らしを始めても、母は私を束縛する。
ため息まじりに家を出る。
霊が入ってきそうになると傘を閉じて耳をふさいだ。
おかげで家に着いたときにはびしょ濡れで、まるで私の方が幽霊みたいだった。

「ああ、帰ってきてくれたのね。さっきから頭が痛くてね」
母がソファーに力なく座っていた。
どうせ私を呼び戻す口実と知りながら、「大丈夫?」と声をかける。
母は私にすがり、決まって繰り返す。
「咲ちゃん、帰ってきてよ。私はこの家を出られないんだから」
「無理だよ」
「じゃあせめて今日泊まって行ってよ。寂しくて耐えられない」
「何言ってるの?再婚相手がいるのに冗談じゃないわ」
「あんな人、気にしなくていいのよ」
「気にするわ。私はあの人が来たから家を出たのよ」

母はだるそうに頭を抱えた。雨がますます強く降ってきた。
窓の外に何人もの霊が、ずぶぬれで私を見ている。
玄関を開ける音がした。
再婚相手が帰ってきたようだ。

「お母さん、私帰るね。あの人が帰ってきたみたいだから」
母は再び私にすがった。「行かないで。あの人とふたりにしないで」
再婚相手が、軋むような鈍い音を立ててリビングに入ってきた。
青い顔で、乱れた髪をかきあげて私を睨んだ。

「あら、咲さん来てたの? まあ、元々ここはあなたの家だから自由だけど、来るなら連絡くらい欲しいわね」
「ごめんなさい。ちょっと、忘れ物を取りに」
「あら、それならお母さんの仏壇も、いっしょに持っていってくれないかしら。あれがあると落ち着かなくて。何だかいつも見られている気がするのよ」

父の再婚相手は、いかにも体調が悪そうにため息をついた。
無理もない。あの人のまわりに、母の霊が張り付いているのだから。
「雨の日は気分が悪いわ」
そう言って座り込んだあの人の後ろで、母の霊が私に訴える。
『ねえ、お願い、この人を追い出して。お願い、助けて』

ああ、これだから雨の日は…。

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真夜中の廃墟 [ホラー]

キリコから電話がきたのは、深夜2時だった。
「ハコ、どうしよう。マサルが出てこないんだよ」
「出てこないって、どこから?」
「廃墟だよ。F町のはずれの廃墟。入ったきり出てこないんだ」
「あんたたち、まだそんなことやってんの?」

キリコとマサルは、心霊スポット巡りが趣味で、あたしも前は一緒に行っていた。
だけどキリコとマサルが付き合い始めたのを知って、行くのをやめた。
ふたりがこっそり手をつないだり、囁き合ったりするのを見たくなかった。
「勘弁してよ」と言いながら、あたしは車を走らせた。
キリコのためじゃない。心霊スポットが好きなくせに怖がりのマサルが心配だったからだ。

誰も歩いていない寂しい街道。
道は徐々に狭くなり、背の高い草が車のミラーをこするたび、背中がひやりとした。
壊れかけたコンクリートの建物が現れた。20年前に閉鎖されたリゾートホテルだ。
F町の廃墟は、深い靄に包まれていた。

ライトに人影が映った。マサルだった。
「なんだ、マサルいるじゃん」
車を降りて近づくと、マサルはひとりでぼんやり立っていた。
「キリコは?」
「たぶん中にいる」
「何やってんのよ。まったく」
きっとキリコは、なかなか出てこないマサルを捜しに、再び廃墟に入ったのだろう。
「キリコを迎えに行こう」
そう言ってマサルの腕を取ると、それは氷のように冷たかった。
「マサル、よほど怖かったのね。大丈夫?」
「ハコが一緒に行ってくれるなら大丈夫」
弱気なマサルに、今更ながらときめいた。
悟られないように、マサルの前を歩き出した。

ケイタイが震えた。キリコからだった。
「キリコ、何やってんのよ、まったく」
「それはこっちのセリフだよ。ハコこそ何やってんの。早く来てよ」
「え?あたしは廃墟の前にいるよ」
ねえ、と振り返ってマサルを見た。
マサルは青い顔で笑っている。靄のせいか、輪郭がぼやけている。

「ハコ、早く行こう」
マサルがあたしの手を握った。冷たい手。まるで…。
ケイタイから、キリコの声が叫び続ける。
「ハコ、ハコ、どうしたの?どこにいるの?」
泣き叫ぶようなキリコの声に、あたしは応えなかった。
キリコ、悪いわね。マサルはあたしを選んだわ。

あたしはマサルに寄りそって、廃墟へと歩き出した。
生温かい風の中、マサルの横顔が冷たく笑った。

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真夏の夜の怪 [ホラー]

大学の学生寮でボヤ騒ぎがあった。
誰も住んでいない部屋から不審火が出た。
何者かが忍び込んだという人もいれば、10年前の呪いだという人もいた。
「10年前の呪い?」
「噂ですけどね、10年前にこの寮が火事になったんだって。その火事で亡くなった学生の部屋から、毎年この時期になると悲鳴のような声が聞こえるっていう話です」
「それが今回ボヤを出した部屋…」
「そういうことです」

僕の部屋は、その部屋から離れていたので気づかなかったが、悲鳴を聞いた学生は大勢いた。
「お祓いした方がいいかもな」
先輩は飲んだ缶ビールをつぶして寝っころがった。
アパートに帰るのが面倒になると、先輩は僕の部屋に泊まるのだ。

寝苦しい夜だった。
夜中に先輩が起き上がり、僕を起こした。
「なんですか?」
「便所につきあえ」
「は?ひとりで行って下さいよ。女子高生じゃないんだから」
「気持ち悪いだろ。さっきの話聞いたあとなんだから」
僕はのろのろ起き上がり、先輩といっしょに廊下を歩いた。

「ボヤがあった部屋ってどこ?」
前を歩く先輩が聞いた。
「2階の端ですよ。ここは1階だから物音も聞こえません。安心してください」
「ちょっと、行ってみないか?」
「え?先輩、何言ってるんですか?ひとりでトイレ行けないほど怖がりなんでしょ」
「怖いもの見たさだ」
先輩は振り向いて笑った。青い月明かりが白い顔を照らした。

先輩はトイレを通り過ぎ、階段を昇りだした。
「先輩、やめましょうよ」
怖気づきながらも、僕は先輩の後に続いた。
ギシギシと廊下が鳴る。その音に混じって、微かな悲鳴のような声が聞こえた。
「ね…ねこの声かな…」
冗談めかして言ってみたが、声は大きくなるばかりだ。
2階の端の部屋、201号は何年間も空き部屋だ。だけど紛れもなく声はそこから聞こえた。

「先輩、戻りましょう」
僕が何度叫んでも、先輩は憑りつかれたように進んでいく。
そしてついに、201号のドアを開けてしまった。
突然部屋から真っ赤な炎が吹き出して、先輩を火だるまにした。
まるで先輩をめがけて巨大な火の玉が投げつけられたようだった。
僕は声も出せずに尻餅をついてぶざまに後ずさった。
先輩は火だるまになりながら近づいてくる。
「水…水を…水を…」

うわーっと叫び声を上げながら廊下を走った。
部屋のドアをどんどん叩いても、誰一人出てきてくれない。
転がるように階段を降り、死に物狂いで自分の部屋にたどり着いた。

「あれ?おまえどこか行ってたの?」
先輩が呑気な顔でペットボトルの水を飲んでいた。
「せ、先輩…?」
先輩はずっとこの部屋にいたという。
僕といっしょに廊下を歩いたのは、いったい誰だったのだろう。
「寝てたらやけに暑くてさ、エアコンないときついな」
先輩はごくごくと喉を鳴らして水を飲んだ。
僕はハッとして、その水をひったくるように取り上げた。あっけにとられる先輩をしり目に部屋を飛び出し2階の201号に向かった。
さっきとは打って変わって静まり返った廊下に、月明かりが差し込んでいる。

僕は201号の前に水を置いた。
「熱かったんだね」
そう言って手を合わせると、涼しい風がすうっと通り過ぎた気がした。

あとで聞いた話だが、10年前に焼死したのは寮生ではなかったらしい。
たまたま後輩の部屋に泊まりに来ていた3年生だった。
あの日のように暑い夜で、後輩はその時、先輩のために水を買いに行っていたという。
僕はその日から毎日、部屋の前に水を置いた。悲鳴はすっかり聞こえなくなった。

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お化け屋敷 [ホラー]

「あのお化け屋敷は、本物の幽霊がいるらしい」
兄さんがにやにやしながら言った。
「面白そうだから行ってみよう」と。
怖がりの僕は「やめよう」と言ったが、取り合ってくれない。
「そんなのでたらめさ。ただの噂だよ」
と僕を引っ張ってお化け屋敷に入った。

それは、何の変哲もない普通のお化け屋敷で、たいして怖くもなかった。
本物の幽霊が出るというのは、客寄せのデマであることに気づいた。
大人になった今ならば、それがよくわかる。

息子が、お化け屋敷のチラシを持ってきた。
「お父さん、このお化け屋敷、本物の幽霊が出るんだって」
僕は苦笑しながら、「そんなのでたらめさ」と言った。
時代は変わっても、やってることは同じだ。

息子を連れてお化け屋敷に行った。
まるであの頃と変わらない。
つまらないありきたりの仕掛けで、ちっとも怖くない。
外に出て帰ろうとしたら息子がいない。
まだ中にいるのだろうか。

「すみません。息子がまだ中にいるんですが、見てきていいですか?」
スタッフに声をかけると、不思議そうに首を傾げた。
「中には誰もいませんよ。だいたいあなたは、お一人で入ったじゃないですか」
「何を言ってるんだ。僕は確かに息子と入ったぞ」
僕はスタッフを押しのけて中に入った。

真っ暗な中に、人の気配は全くない。
墓石が揺れて血だらけの落ち武者が現れた。
人形なのに、やけに生々しい。
その顔は、兄さんによく似ていた。

前の壁が突然崩れ、一つ目小僧が現れた。
にやりと笑った小さなお化けは、息子と同じ服を着ていた。
恐ろしくなって、慌てて飛び出した。

家に帰ると、母さんが夕飯を作っていた。
「おかえり。青い顔してどうしたんだい?」
「母さん、僕の息子は帰っているかな?」
「何言ってるの?結婚もしていないのに、息子がいるわけないだろう」
母さんが呆れたように笑った。
そうだ。そもそも僕には息子などいない。

「あんた。また変な物を見たんだね。子供の頃もそんなことがあったね。あんた一人っ子なのに、『兄さんはどこだ』って、青い顔して帰ってきたよ」
ああ…そうだ。僕には息子もいなければ兄さんもいない。
きっと、お化け屋敷の幽霊たちの客寄せに、うまく引っかかってしまったのだろう。

そして今、小さな手が僕の袖口をつかんでいる。
「ねえ、おじいちゃん、あのお化け屋敷には、本物の幽霊がいるらしいよ」

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私の百物語 [ホラー]

夏になると、お寺に行った。
怖いもの好きな姉たちといっしょに、寺を借りて百物語をするのだ。
計画を立てるのは春子ねえさん。
実際に動くのは夏子ねえさん。
怖い話が得意な秋子ねえさんは、語りべをする。
末っ子の私は、姉たちの後をついて歩くだけの甘えん坊だ。
名前は、もちろん冬子。

バスが山の寺に着いた。
夕暮れの風が心地よく、さわさわと木々を揺らした。
ひんやりとしたお堂に入ると、夏子ねえさんが用意した百本の蝋燭を並べた。
怪談話が終わるたびに、ひとつ火を消していくのだ。
秋子ねえさんは雰囲気を出すために白い着物に着替える。
黒くまっすぐな髪が、余計に怖さを演出した。
「さあ始めましょう」
太陽がすっかり姿を消すと、春子ねえさんが号令をかける。
私たちはかしこまって座り、秋子ねえさんの静かな声に耳を傾けた。

秋子ねえさんの話は本当に怖い。
昔話や、学校の怪談、実際に見てきたように話す。
私たちは、悲鳴をあげたり「もうやめて~」と泣きそうになったりしながら、99話の話を聞いた。
蝋燭は、いよいよ残り1本になった。
静まり返ったお堂に、青い月明かりが差し込んだ。

「最後は、私たちに関係のある話をしましょう」
秋子ねえさんが言った。
「どんな話?」と私たちは身を乗り出した。

「私たちに、もうひとり妹がいたことは知っているわね」
秋子ねえさんが静かに話し始めた。
「知ってる。生まれる前に死んでしまった妹ね」
春子ねえさんと夏子ねえさんが身を乗り出した。
私は知らなかった。きっと私が生まれる前の話だ。秋子ねえさんと私は、5つ年が離れているから。

「お告げがあったの。百本めの蝋燭を消した時、その子に逢えるって」
「私たちの、もうひとりの妹に?」
「ええ。だから私、試してみようと思う」
そう言うと秋子ねえさんはフッと蝋燭の火を消した。
暗闇と静寂の中で、ねえさんたちはいっせいに私を見た。

「逢えたわ」
「本当だ。あなたが生まれてくるはずだった妹ね。名前は冬子」
「そうよ。逢いたかったわ。冬ちゃん」
姉たちは、私に向かって言った。
「ちょっと、何言ってるの?私はずっといっしょにいたわ」
私の声は、姉たちに届いていない。

「冬ちゃん、可哀想に。私の命を分けてあげられたらいいのに」
「そうよ。生きたかったでしょう?私の命も分けてあげたいわ」
「冬ちゃん、私の命もあなたにあげるわ」
姉たちが私の手を取る。
「やめて!私は生きてるわ。ちゃんと生きてるわ!」
私は姉たちの手を振りほどいてお堂を出た。月はいつの間にか消え、何もない深い闇の中に、私の体は落ちていった。

***

目を開けると、白い天井があった。体が思うように動かない。
いったい何が起こったのだろう。
「気が付いたわ」
両親が、涙顔で私の顔を覗き込んだ。医者と看護師がやってきた。
「いったい私はどうしたの?」
頭はまだぼんやりとしていたが、生きているという事実だけは、はっきりとわかった。

私たち四姉妹を乗せたバスが、山道で転落した。
発見されたとき、息があったのは私だけだったそうだ。
3人のねえさんが、私に命をくれたのだと、そのとき思った。
怖い話が好きだった姉たちが、最期に聞かせてくれた百物語は、こうして終わった。

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