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TO-BE小説工房、最優秀 [公募]

公募ガイド「TO-BE小説工房」で、最優秀賞をいただきました。
課題はカメラでした。
嬉しいことに、3度目の最優秀です。

上手く書けても書けなくても、とりあえず毎回出そうと決めています。
課題に沿って書くのは、すごく勉強になるし、このような賞をいただくと、
本当に励みになります。
これからも、よい報告ができるようにがんばります^^

作品は、公募ガイド3月号で読むことができます。
タイトルは「忘れ物」です。
よかったら、読んでみてください。

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授かりました [公募]

半年間の海外赴任から帰った日、妻の沙織が神妙な顔で言った。
「子どもを授かりました。九週目に入ったところです。つまり、妊娠三ケ月です」
「えっ? いや、僕は半年前に海外赴任になって、その間一度も家に帰っていないじゃないか。いったい誰の子だ」
面食らって慌てふためく僕を尻目に、沙織は至って冷静だ。
「神様から授かった子どもよ」
「はあ?」

沙織には、幼少期からずっと信じている神様がいる。
南の島に昔から伝わる由緒ある神で、沙織の祖母がその島の出身だったから当然のように信じ、毎朝祈りを捧げている。
新婚だったにも関わらず海外赴任についてこなかったのも、神への祈りが疎かになることを恐れたからだ。

時差ボケもあって頭の整理がつかないまま、僕は同僚二人と酒を飲んだ。
「なんだ、そりゃ」
鈴木は腹を抱えて笑った。
「そりゃ、間違いなく奥さんが浮気してできた子だろう。聖母マリアじゃあるまいし、すげー言い訳だな」
「でもさ、とても嘘をついているように思えないんだ。後ろめたい気持ちが、まるで感じられないし、神様に祈るときみたいに穏やかな顔で腹を擦っているし」
ずっと黙って聞いていた山下が、腕組みをしながら「そういう話、聞いたことがある」と静かに言った。
「知り合いに、小さな島の出身者がいるんだけど、住民がすべて島を離れて、今は無人島になっているんだ。その島に祀られていた神様は、島の記憶を残すために、神を信じ続ける人に命を授けるそうだよ」
そういえば、沙織が信じる神が祀られた島も、今はもう無人島になっている。
「奥さんとよく話し合ってみろよ。神様のことも、ちゃんと理解した方がいいな」
山下は、いつも的確な答えをくれる。
その横で赤い顔をした鈴木が「ありえねえだろ」と、相変わらず笑っていた。

翌日、僕は沙織と向き合った。
沙織は、壊してはいけない宝物を預かったように、優しくお腹を撫でていた。
「つまりその子は、神様ということかな?」
「そうじゃないわ。神様が授けてくれた、私とあなたの子よ」
「将来は教祖様になるとか、そういうことじゃないの?」
「宗教団体じゃないのよ。私たちの神様は、私たちの心の中にいるの」
「僕は、その神の子と、どう接すればいい?」
「父親として普通に接するのよ。もしかしたら、あなたに似ていないかもしれない。だけど神様があなたと私を信じて授けてくださったのよ。ねえ、一緒に育てましょう」

完全に理解したわけではないけれど、僕は沙織を信じることにした。
沙織に男の影などまるでない。
かいがいしく家事をこなし、夕飯は僕の好きなおかずを並べてくれた。
休日はゆっくり散歩をして、胎教にいい音楽を聴いて過ごした。
お腹が大きくなると、不思議なことに父親としての自覚が芽生え、無事に生まれることだけを願った。

「奥さん、そろそろ臨月か」
そう言いながら、山下がビールを注いだ。
「いいのか? 他の男の子供かもしれないぜ」
鈴木は未だに疑っている。
「生まれたら見に来いよ」
僕の心は穏やかだ。沙織は今まで以上に熱心な祈りを捧げるようになった。
「子供と、あなたの分も祈っているのよ」
菩薩のように優しい顔だ。僕はお腹の子供に話しかける。「お父さんだよ」

しばらくして、沙織は女の子を産んだ。沙織にそっくりな可愛い子だ。
「島の記憶を持って生まれたのかな」
「島の記憶? なにそれ?」
「前に同僚の山下が言っていたんだ。今は誰も住んでいない島の記憶を残すために、神様が信者に命を授けるって話」
「そうか。そういうことなのね」
沙織が愛おしそうに赤ん坊の頬を撫でた。

***
数日後、ひとりの男が沙織の病室を訪ねた。
「あら、山下さん、仕事中じゃないの?」
「抜けてきたんだ。土日に来るわけにいかないだろう。それよりおめでとう。可愛い女の子だね。俺に似なくてよかった」
「ええ、ちょっとドキドキしてたわ」
「しかし君も嘘がうまいな」
「あなたこそ。山下さんのおかげで、あの人すっかり信じたわ」
「罰が当たるかな、俺たち」
「大丈夫よ。私、毎日拝んでいるもの」

*******

公募ガイド「TO-BE小説工房」の落選作です。
課題は「神」でした。難しいテーマです。
今月の課題は「桜」
きれいな話を書きたいけど、まだ手付かずです。
いいご報告が出来るように頑張ります^^


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アサヒ [公募]

路線バスの中は騒音に近い。
駅から乗り込み、僕の隣に座った四人のばあさんが、ひっきりなしにおしゃべりをしている。
家族構成までわかるほどに明け透けで、個人情報だだ漏れだと苦笑したとき、隣に座るばあさんの言葉に、僕の耳が反応した。

「孫のアサヒが、W大に入ったのよ」
アサヒ?
「中学のときに不登校になってね、心配したけど、ほら、あの子頭がいいし頑張り屋でしょう。それで、一年遅れでW大に行ったの」
アサヒって、あの旭か? 
僕の胸が、ひどくざわついた。

中学の頃、僕は理由もなくイラついていた。
同じようにイラついていた仲間と、同級生を苛めた。
ターゲットにしたのは、誰ともつるまずに本ばかり読んでいた、同級生の旭だ。
パンやジュースを買いに行かせるところから始まり、金を持ってこさせたり、女子の前でわざと卑猥な言葉を言わせたりした。
服を脱がして裸の写真を撮り、ネットに流すと脅して抵抗できないようにした。
時々、暴力も振るった。旭は、そのうち学校へ来なくなった。
僕達も受験勉強が忙しくなって、苛めは何もなかったようにフェイドアウトした。

旭は、卒業式も来なかった。
高校生になると、「旭死亡説」が流れた。
中学時代の苛めを苦に自殺したとか、死に切れなくて植物状態になったとか、精神を病んで入院したとか、色々な噂が流れた。
それらを聞くたびに僕は、耳をふさいで、すべてを忘れようとした。

隣のばあさんが話すアサヒが、あの旭だったら僕は嬉しい。
生きているならそれでいい。重い荷物をようやく降ろせる気分だ。
隣のばあさんが立ち上がり、バスを降りて行った。
途端に、その隣にいたばあさんが、たった今降りたばあさんの悪口を言い始めた。
「スミちゃんの言うことは、話半分に聞かないとダメだよ。あの人嘘ばっかりつくから。孫がW大だって? 本当かどうか。実は未だに引きこもっているって噂よ」
W大は嘘なのか? まだ苛めを引きずっているのか? 
気になって聞き耳を立てたが、それ以上にアサヒの情報を聞けないまま、そのばあさんは降りてしまった。

「アヤさんは相変わらずだね。孫がいないから、スミちゃんが羨ましいんだろう。やっかみだよ。ああ、いやだ、いやだ」
今度は、今降りたばあさんの悪口が始まった。
どうでもいいけど、アサヒのことが知りたい。
大学に行っているのか、引きこもっているのか、いったいどっちなんだ。
結局そのばあさんも、次のバス停で降りてしまった。

バスの中は、一番端で頷いていたばあさんと、僕だけになった。
さっきから黙って愚痴や自慢話を聞いていたばあさんだ。
僕はさりげなく立ち上がり、ばあさんの隣に座った。
「あの、ちょっと話が聞こえて……その、スミさんのお孫さんがW大に入ったって……」
ばあさんは、怪訝な顔で僕を見た。
「あなた、アサヒちゃんの知り合いなの?」
「あ……同級生で、その、どうしているか気になってて」
「スミちゃんのお孫さんのあさひちゃんが、可愛いお嬢さんだってことは知っているけど、どこの大学に行ってるかなんて知らないよ」
「えっ? お嬢さん?」
アサヒは女か。それなら間違いなく旭ではない。
なんて人騒がせだ。思い出したくないことを思い出してしまった。
やれやれと立ち上がった僕の背中を、ばあさんが引き止めた。

「中学校のときに、ひどい苛めに遭っていた旭なら知ってるよ」
振り向いた僕を、ばあさんが険しい顔で見ていた。
まっすぐな目が「何もかも知っているよ」と言っているようだ。
「あんたたちが苛めた旭は、私の孫だよ。通信制の高校に行って、今じゃ立派に介護の仕事をしているよ」
目に涙をためて、責めるように僕を見た。
「安心したかい?」
ばあさんの視線が刺さって、凍りついたように動けない。
「でもね、旭は、あんた達を安心させるために生きているわけじゃないよ」
今にも掴み掛りそうだ。身体じゅうで怒りを表わしている。
僕は慌てて降車ボタンを押し、降りるはずの停留所よりはるか手前で、逃げるようにバスを降りた。
通り過ぎるバスの窓で僕を睨むばあさんの顔が、怯える旭の顔と重なった。

どんなに呼吸を整えても、胸の動悸が治まらない。暑くもないのに汗が止まらない。
旭が生きていたことに、僕は安心している。
だけどそれは、旭を想ってのことではない。
一生消えない罪悪感を、この先ずっと背負っていくことを思い知った。
うずくまる僕の背中を、木枯らしが通り過ぎた。


*****

公募ガイドTO-BE小説工房で、選外佳作だった作品です。
選外佳作とは、もう少しで佳作(ようするに落選です)
今月のテーマは「新人」。
せめて佳作に入れるように頑張ります^^


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あの人の鍋 [公募]

つきあって二か月目の今日、初めて彰さんの家に招かれた。
彰さんとは婚活パーティで出会った。
女性ばかりの職場で婚期を逃した私と、三年前に妻を亡くして一児の父である彰さんは、出会ってすぐに結婚を意識した。
時間をかけて整えた髪を、木枯らし一号が容赦なく崩す。
乱れた髪で、葱や豆腐を抱えた自分の姿がやけに可笑しい。

「きれいに片付いているわ。もっと散らかってるかと思った」
「麻美ちゃんが来るから、優奈と一緒に掃除したんだ。なっ、優奈」
彰さんが一人娘の頭を撫でると、優奈は得意げな顔で笑った。
五歳の子どもがいることに、戸惑いがないと言えば嘘になるが、幸い優奈は可愛くて私にとても懐いてくれた。

「麻美ちゃんの手料理が食べられるなんて楽しみだな」
「手料理っていっても鍋だもん。材料切ってぶっこむだけよ」
「ぶっこむ?」と優奈が小動物みたいに首を傾げた。
「やばい。言葉遣いも気をつけなきゃね」
「麻美ちゃん、〝やばい〟もアウトでしょ」
彰さんが笑って、優奈も笑った。

「彰さん、土鍋ある?」
「ああ」と彰さんが棚の奥から土鍋を出した。朱色の小さな花がちりばめられた蓋が可愛い。
「いい柄ね。おしゃれだわ」
「しばらく使ってないから洗わないと」
土鍋を受け取って流し台に乗せようとしたとき、優奈が突然「ママ」と言った。
「ん? どうした? 優奈」
「それはママのお鍋なの。ママが大切にしていたお鍋なの。パパとの思い出がたくさんあるお鍋なの」

彰さんと私は、思わず顔を見合わせた。彰さんの妻が亡くなったとき、優奈はまだ二歳だ。
母親のことも殆ど憶えていないのに、そんなことを知るはずがない。
「驚いたな。でも、優奈の言うとおりだ」
彰さんが懐かしそうに目を細めた。
「僕も妻も、早くに両親を亡くしていてね、家族で鍋が囲めるのが嬉しくてさ、結婚してすぐにこの土鍋を買ったんだ」
見たこともない寂し気な顔で、彰さんは土鍋を愛おしそうに見た。
仏壇で見た妻の写真と、目の前の優奈の顔が重なる。
優奈の中で、母親は生きている。そして亡き妻との思い出を懐かしそうに語る彰さんの中にも、彼女は消えずに生きている。

私は何だかいたたまれなくなり、乱暴に土鍋を置いた。
「今日は帰るわ」
鞄だけをつかんで外へ出た。北風が再び髪を乱すが、直す気力もない。

彰さんが慌てて後を追ってきた。
「麻美ちゃん、ごめん。無神経だったよ。今から新しい土鍋を買いに行こう」
優しく、そして強く体を包まれて、私はポロポロ涙を流した。
わかっていたはずだ。この家に来たら、亡き妻の残骸がいくつもいくつもあることなど、最初からわかっていた。
私は自分の心の狭さ認め、彰さんに促されて家に戻った。
玄関先で、優奈が大きな瞳を潤ませていた。

「おばちゃん、ごめんなさい。本当は鍋のことなんて知らないの。パパがおばちゃんの話ばかりするから、ちょっといじわるをしたの」
わずか五歳の子どもに、そんな嫉妬心があることに驚きながら、優奈がとても愛おしく感じた。
「優奈ちゃんもパパが好きなんだね。私もパパが大好きよ。同じ人が好きなんだから、きっと私たち、上手くやれるよ」
そう言って髪を撫でると、優奈は安心したように頷いた。
「でもね、優奈ちゃん、今度おばちゃんって言ったら怒るよ」
冗談めかして言うと、「だっておばちゃんだもん」と、優奈が笑って反撃した。
彰さんも「そうだよな」などと楽しそうに言いながら、慌てて逃げる真似をした。
私たちはきっと素敵な家族になれる。時間を重ねて、少しずつ本当の家族なろう。

葱や白菜を切って鍋に入れていく私を、優奈がじっと見ている。
「もうすぐできるからね」
「うん」と言った優奈の視線が外れた。
優奈の瞳は私を通り越し、白い壁を見つめている。
優奈のあどけない声が、白い壁に問いかける。
「これでいいんでしょう、ママ」

背中を冷たいものが走る。振り向いても誰もいない。
優奈にだけ見えるその人は、どんな顔で私を見ているのだろう。
「大切に使ってね。そのお鍋」
やけに大人びた声で優奈が言う。私は思わず「はい」と答えた。
風がふっと目の前を通り過ぎ、優奈が「バイバイ」と手を振った。


*****

公募ガイド「TO-BE小説工房」の落選作です。
課題は「鍋」
今回、レベルが高かったらしいです。
このところ、連敗続きです。めげずに頑張ろう!


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一方通行 [公募]

世の中には、一方通行があふれている。

 ◇15歳の恋
陽菜は受験生だが、正直受験どころではない。
家庭教師の青山悠人に、かなり本気の恋をしている。
しかし大学生の悠人にとって、中学生など恋愛対象外。しかも教え子だ。
彼が気になるのは陽菜ではなく、陽菜の成績だ。
「このままだと志望校は危ないぞ」
成績不振の原因が、まさか自分にあるとは知らずに、悠人は真剣に悩む。
その憂いのある横顔に、陽菜の恋心はますます募る。
「先生、次の模試でA判定もらえたら、遊園地に連れて行って」
思い切って言ってみた。
「遊園地か。そういう息抜きも必要かもな。よし、行こう。ただしA判定が条件だぞ」
「やった!」
遊園地で、少しでも距離を縮めたいと願う、可愛い15歳の恋である。

 ◇24歳の恋
青山悠人は二浪して入った大学で、さらに一年留年をした。
だから24歳にして未だに大学生だ。
親の仕送りは年々減るが、もらえるだけ幸せだと思う。
家庭教師はなかなかの収入源だ。
神田陽菜という生徒は素直で真面目だが、最近成績が伸び悩んでいる。
もしかしたら自分の恋愛が、陽菜の集中力の妨げになっているのではないだろうか。
そんなふうに思い悩む悠人の恋の相手は、陽菜の母親である。
母親の麻紀は、37歳とは思えないほど若くてきれいだ。
夫は海外に単身赴任中で、そのせいかいろいろな相談事を持ちかけてくる。
いつもどこか淋しげで、儚くてか弱い。ずっと年上なのに、守ってあげたいと思う。
叶わぬ恋だとわかっている。募る想いを必死で隠す、切ない24歳の恋である。

 ◇37歳の恋
神田麻紀は、幸せな結婚生活を送っているように見える。
周りの誰もがそう思っている。
5歳年上の夫である宏明は、優しくて真面目で、誰もがうらやむ良き夫である。
しかし麻紀は、結婚してからもずっと、宏明に悲しい片思いをしている。
夫から愛情を感じたことがない。
宏明には、ずっと以前から変わらずに、想いを寄せている女性がいる。
それを知りながら結婚した。
いつか愛してくれることを信じながら、気づけば15年が過ぎている。
単身赴任中に、その女と連絡を取り合っているのではないか、娘の陽菜が成人したら、自分はあっさり捨てられるのではないか。
そんな不安で押しつぶされそうになる。
優しく接してくれる陽菜の家庭教師に、ついよろめきそうになるが、どんな男も宏明には勝てない。ため息の海に溺れそうな、37歳の恋である。

 ◇41歳の恋
「次の週末に帰国できそうだ」と、神田宏明は妻にメールを送った。
東南アジアの暮らしは刺激的だが、やはり日本が恋しい。
娘の陽菜は受験生だし、家のことも気にかかる。
しかしこうして異国にいると、どうしても非日常を考えてしまう。
宏明には、生涯を通じて添い遂げたい女性がいた。
しかし若かった宏明は、たった一度過ちを犯した。
別の女性と関係を持ち、妊娠させてしまった。それが、今の妻である。
娘は無条件に可愛く、妻は健気で優しい。
絵に描いたような幸せな家庭だが、時おり苦しくなる。
嘘で固めた人生のように思えるときがある。
愚かな自分のせいで傷つけた彼女は、今どうしているだろう。
真っ暗な窓ガラスには、あの頃の彼女の顔ばかりが浮かぶ。
逢いたいが、逢うのが怖い。
いっそ消えてしまいたいと思う反面、家族の待つ家に帰りたいと願う。
複雑な、41歳の恋である。

とある日曜日、陽菜は悠人と遊園地にいた。
模試で見事にA判定をもらい、約束通り息抜きをしている。
しかし遊園地に来たのはふたりではない。
悠人が母親の麻紀を誘い、麻紀が帰国中の宏明を誘い、4人で来ている。

爆発しそうな不満と、密かな恋心を隠しつつ、4人はそれなりに楽しく振る舞った。
最後に観覧車に乗った。4人いっしょのゴンドラは、妙に狭くて息苦しかった。
四人はそれぞれ、徐々に小さくなる景色を眺めて、たくさんの感情を胸に納めた。

「観覧車って、一方通行だね」
陽菜が小さくつぶやいた。
街のすべてを染めていく大きな夕陽が、それぞれの想いを飲み込んでいく。


***
公募ガイドTO-BE小説工房で落選だったものです。
課題は「標識」
入選作はどれも面白かったです。
今回も応募は200超え。次、頑張ります!

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人生最後の贈り物 [公募]

人間には寿命がある。それは仕方のないことだ。
あまり知られていないが、寿命が近づくと、どこからか封書が届く。
きれいな水色の封筒には、天使の羽根で書かれたような、あなたの名前が記されている。
封筒の中には、真綿のような白い表紙のカタログが入っている。
タイトルは『人生最後の贈り物』。

高木は、三年前に妻を亡くしてひとり暮らし。
息子夫婦に一緒に暮らそうと言われたけれど断った。
住み慣れた町を離れたくなかったし、嫁に気を使うのも嫌だった。
しかしここ数か月は体調が悪く、息子夫婦の世話になることも考えなければ、と思い始めていた。

高木宛に水色の封書が届いたのは、そんな秋の早朝だった。
起き抜けのテーブルに、不思議なほど自然に置かれていた。
高木は戸惑いつつも封を開けた。
「人生最後の贈り物? なんだ、これは?」

カタログを開くと、紫色のインクで書かれた丁寧なあいさつ文があった。

『慎ましく愛情深い人生を送ってきた貴方に、最後の贈り物です。カタログの中から気に入ったものをひとつ選んで、返信用のはがきに番号をご記入ください。最期まで幸せなときを過ごせるよう、心よりお祈りいたします』

そろそろお迎えが来るということか。高木は妙に納得しながら、頁をめくった。
一頁めに、豪華なディナーの写真があった。
こんな食事を、一度はしてみたいと思っていた。
飲んだこともない高価なワインとシャンパン。
厚いステーキに添えられたフォアグラ。旨そうだ。
しかしこのところ、いかんせん食欲がない。半分も食べられないだろう。
高木はため息をついて頁をめくった。

二頁めには、旅の写真があった。高木は、海外旅行など一度も行ったことがない。
妻が病弱だったから、旅行といっても近場の温泉がせいぜいだ。
ハワイでゴルフ、パリで美術館巡り、豪華客船で世界一周。どれもこれも魅力的だ。
しかし高木は、妻と出かけた温泉以上の想い出を作りたいとは思わなかった。
夕陽に染まる山間の宿と、妻の笑顔が高木のいちばんの想い出だ。

三頁めには、可愛い赤ん坊の写真があった。「初孫」と書かれている。
少し高木に似ている気がする。息子夫婦に子供はいない。
友人から孫の話を聞くたびに、羨ましいと思ったのは事実だ。
しかし、そういう人生を選んだのは息子夫婦だ。
老い先短い自分の願望で、彼らの人生を変えてはならない。

四頁めには、級友たちの写真があった。
どのようにして手に入れたのかわからないが、高木の学生時代の写真であった。
これにはさすがに心が動いた。
最後に級友たちと酒を酌み交わすことが出来たらどんなにいいだろう。
しかし高木は、三年前の妻の葬儀に遠方から駆けつけてくれた友人たちのことを想った。
みんな足が不自由だったり、持病があったりする中、無理をしてきてくれた。
何度も足を運ばせるのは忍びない。高木の方が出向くのは、体力的に自信がない。
これもだめかと頁をめくった。

五頁めには、写真はなかった。ただ、大きな読みやすい字でこう書かれていた。
『あたたかく、おだやかな死』
これだ、と高木は思った。もうこれ以外望むものはない。
高木はカタログを閉じて、同封されていた返信用のはがきに、「№5」と書き込んだ。

すると、それと同時にはがきが煙のように消えた。
カタログも封筒も、一緒に消えてしまった。
高木は、右手に握りしめたボールペンで頭を掻きながら「寝ぼけてたのか?」とひとり言を言った。

それから数か月後、高木は静かに息を引き取った。
息子夫婦と、妹夫婦や甥や姪たちに囲まれて、実にあたたかく、おだやかな最期だった。

「あなた、今までお疲れさまでした」
まるで定年退職をしたときのように、先だった妻が高木を迎えた。
「あなたも№5を選んだのね」
「そうだ。おまえも?」
「ええ、それ以外に望むものなどないわ」
「そうだな」
「あなたが№6を選ばなくてよかったわ」
№6があったことを、高木は知らなかった。五頁までしか見ていなかったからだ。
何だろう。気になったが後の祭り。
高木は妻の手を取って、あたたかくおだやかな風の中を歩き出した。

№6は、「絶世の美女との一日デート」であった。
女性の場合は美女が美男子になるのだが、不思議なことに殆どの人間は、五頁めで手を止めてしまうのだった。人生最後に願うことは、きっとそういうものなのだろう。

*****
公募ガイドTO-BE小説工房で落選だった作品です。
テーマは「贈り物」でした。
これは、オチが決まらなくて書き直しをくり返したものです。
そういうのはたぶんダメだろうなと思っていました。
夫婦が黄泉の国で出会って終わりの方がよかったかもしれません。
どうでしょう?

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やった!TO-BE小説工房最優秀 [公募]

公募ガイドの「TO-BE小説工房」で、最優秀をいただきました。
なんと2度目です!本当に嬉しい。
毎回出していた甲斐がありました。
阿刀田先生の選評も、とてもありがたかったです。
少し自信が持てました。

今回のテーマは、「眼鏡」でした。
最初はファンタジックな話を考えたのですが、結局とても現実的な話になりました。
深い想いがあって、自分ではすごく気に入った話でした。
公募ガイド9月号に掲載してますので、よかったら読んでみてください。

これからも、いいご報告ができるように頑張ります!

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優しい別れ [公募]

達郎の部屋は蒸し暑い。
ひどくのどが渇いているのに、目の前でうつむく彼は水さえも出さない。
相変わらず気が利かない男だ。
言いたいことはたくさんあるのに、上手く言葉が出ない。
首筋の汗を指先で拭うと、ようやく気付いたように彼が立ち上がった。

「ごめん、エアコンが壊れてるんだ」
西側の窓を開けると、一瞬にしてよどんだ空気が流れはじめた。
光の粒が舞い上がり、それと同時にチロチロと可愛い音がした。
カーテンレールに吊るされた風鈴だ。青いガラスの小さな風鈴が、優しく揺れた。

新しい彼女ができたのだと思った。
窓辺に風鈴を吊るすような風情は、達郎にはない。
道端の花を平気で踏みつぶすような人だった。
風も雨も、彼にとってはただの自然現象にすぎない。
それでも私たちは楽しくやっていた。
星よりもネオンが輝く都会で、ふたりの将来を夢見ていた。

友人が主催するパーティで知り合って、すぐに意気投合。
都合が合えば夜の街を飲み歩き、愛を語りあった。
ずっとこのまま、離れることはないと思っていた。
互いに結婚を考え始めた3年目、達郎が突然地方に転勤になった。
東京から新幹線で3時間、在来線で40分の小さな町だ。
2年後には戻ってくるという言葉を信じ、電話とメールで遠距離恋愛を続けて一年が過ぎた。
距離に負けたくないけれど、正直限界を感じ始めていた。

そんなとき、「別れてほしい」と達郎から電話があった。昨夜のことだ。
予感はあったけれど、電話で別れを告げる無神経さに腹が立ち、遠恋後初めて彼の部屋を訪れた。

達郎が、冷蔵庫からようやく麦茶を出してきた。ガラスの容器に入っている。
「麦茶、自分で作ってるの?」
「あ、うん」と達郎が頷く。キッチンをちらりと覗くと、長ネギとジャガイモが見えた。
「自炊してるの?」
「ああ…、この辺は野菜が安いから」
驚いた。炭酸飲料とピザとカップ麺で暮らしていた人が、麦茶を作って自炊?
「もしかして、タバコもやめた?」
「うん」
「やっぱり新しい彼女ができたのね。彼女のために、タバコもやめたんだね」

達郎が、あきらかに動揺した。目が泳いでいる。
「安心して。会わせろなんて言わないから」
思わず咳込んだ達郎が、青い顔で麦茶を流し込んだ。
「大丈夫?」なんて、背中を擦ったりしない。
新しい彼女がやりそうなことを、私は一切しない。
料理を作ることも、部屋の掃除も、タバコをやめさせることも、3時間40分かけて、逢いに来ることも。

負けた。距離ではなく、その人に。
「きっと優しい人なのね」
立ち上がって風鈴を鳴らした。彼女の存在を知って、どこか安心している自分がいる。
もういいじゃない。私は私で楽しくやるわ。
振り向いて、精一杯強がりの笑顔を見せた。

「いいわよ。別れてあげる」
達郎は、心底安心したように微笑んだ。うっすらと涙が浮かんでいる。男のくせに何?
「彼女と、おしあわせに」
送っていくと言う達郎を断って、駅までの道をひとりで歩いた。
思ったよりも傷ついていないことに気づいた。
あの風鈴の音色が、胸に残っているせいかもしれない。
達郎が、少し痩せて男前になっていたことが、ちょっとだけ悔しいけれど……。


早足で歩く彼女を、達郎は二階の窓から見ていた。
一度も振り返らない。彼女らしいと思う。
抑えていた咳が、体全身を震わせて激しく吹き出した。
引き出しから薬を取り出して飲むと、少しだけ落ち着いた。
窓辺にしゃがみこんで、空を見る。雲の流れが早い。季節は夏へと向かっている。

達郎が余命宣告をされたのは、一か月前のことだった。
もうすぐ、この部屋を出て実家で余生を過ごすことになっている。
タバコもやめた。体にいいものを食べるようにした。

最後に、彼女に逢うことが出来てよかった。彼女の笑顔が見られてよかった。
短い人生の中で、一番輝いていた時を過ごした大切な人だ。
自分の死で、彼女を悲しませることだけは避けたかった。

初夏の風に、風鈴が寂し気に鳴った。病院の帰りに、縁日で買った風鈴。
それは、初めて会ったパーティの夜に、彼女が着ていたドレスの色に似ていた。
見慣れた景色に、彼女の姿はもうない。達郎は窓を閉めて、指先で風鈴を鳴らしてみた。
「さようなら」と優しい音がした。

******
公募ガイドTO-BE小説工房で落選した作品です。
テーマは風鈴です。
ちょっとありきたりな話だったかなと反省。
最優秀の話はすごく良かった。次回、頑張ります!

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楽しいきもだめし [公募]

夏休みです。夏祭りにキャンプ、子供会の行事は楽しいことがいっぱいです。
だけど小夏には、たったひとつだけ、にがてなことがあります。
それは、きもだめしです。

まっくらな夜に子供だけで集まって、二人一組でお墓を一周するのです。
四年生の小夏は、今年から低学年をひっぱる立場です。
「むり。ぜったいむり」
小夏は、とても怖がりで泣き虫でした。

きもだめしの日がきました。
小夏は、咲という一年生の女の子と組むことになりました、
話したこともない、おとなしそうな子です。
よりによっていちばん小さな子と組むなんてと、小夏はお墓に入る前から泣きそうでした。
「泣いたらばつゲームだ」
男子たちがゲラゲラ笑って小夏をからかいました。
生あたたかい風がふいています。

小夏たちの番がやってきました。
「咲ちゃん、大丈夫だからね」
そう言って先を歩く小夏の方が、よっぽどふるえています。
「小夏ちゃん、怖いの?」
「こ、怖くないよ。四年生だもん」
強がっても足がすくみます。
小夏は木の枝がざわっとゆれただけで、ひめいをあげて飛び上がりました。

「小夏ちゃん、だいじょうぶ?」
咲はまるで怖がっていません。
「咲ちゃんは平気なの?」
「うん。楽しいよ。みんないるから」
「みんなって?」
「ほら、あそこに魚屋のおじいさんがいる」
咲は木の下のお墓を指さしました。だれもいません。
だけどそのお墓は、去年亡くなった魚屋のおじいさんのお墓でした。
「あの……咲ちゃん、もしかして、ゆうれいが見えるの?」
「うん。ここにはすごくたくさんいるよ。子供たちが遊びにきたから、みんなうれしくて出てきたんだよ」
小夏は背すじがゾクッとしました。

「小夏ちゃん、ちっとも怖くないよ。みんなとてもやさしいよ」
「やさしくてもゆうれいでしょう?」
「小夏ちゃん、あそこに、肉屋のおじさんがいるよ。小夏ちゃんのことを見てるよ」
「え? 駅前のお肉屋さん? あそこのコロッケ、おいしいから大好き」
小夏はふるえながらも、あげたてのアツアツコロッケを思いうかべました。
「おじさんが、毎度あり~って言ってるよ」
「ほんと?」
小夏は、だんだん怖くなくなってきました。

「あそこには、駄菓子屋のおばさんがいるよ」
「わあ、いつもおまけしてくれたおばさん? お店がなくなって、わたしさみしいよ」
「おばさんが、ありがとうって言ってる」
小夏は、とても楽しくなってきました。

「ねえ咲ちゃん、もしかしてわたしのおばあちゃんもいる?」
小夏は、やさしかったおばあちゃんに、もう一度会いたいと思っていました。
「あそこで手をふっているよ。ピアノの練習、ちゃんとやっているかなって言ってる」
「ちゃんとやってるよ。今度の発表会でショパンをひくよ」
「あとね、お盆には、おまんじゅうをそなえてほしいって」
「おばあちゃん、おまんじゅう好きだったもんね。わかったよ。約束ね」
小夏は、胸がじんわりあたたかくなりました。

そしてお墓を一周して、みんなのところへ帰りました。
ニコニコと笑いながら帰ってきた小夏を見て、男子たちはひょうしぬけしました。
ぜったい泣きながら帰ってくると思っていました。

「小夏、よくひとりで行けたな」
男子の一人が言いました。
「え? ひとりじゃないよ。咲ちゃんといっしょだよ」
「咲ちゃんって、だれ?」
「一年生の咲ちゃんだよ」
「そんな子いないよ。それに今年は、一年生は参加してないよ。小夏ちゃんと組むはずだった二年生は風邪でお休みだったんだよ」
「うそ……」
小夏はとなりを見ましたが、だれもいません。
ついさっきまでいっしょだった咲の顔を思い出そうとしましたが、不思議なことに思い出せません。
「小夏ちゃん、その子、ゆうれいじゃない?」
子供たちは、いっせいにひめいをあげてお墓から逃げ出しました。
だけど小夏は、少しも怖くありません。

お墓をふりかえって、にっこり笑いました。
「咲ちゃん、また来年ね」
小夏は、きもだめしがすっかり大好きになっていました。

*******

公募ガイドの「童話コンテスト」に応募した作品です。
入選は出来ませんでしたが、ベスト20に選んでいただき、講評を送っていただきました。
それを参考に、少し手直ししたものをアップしました。
講評がいただけると思わなかったので、すごくうれしく、また勉強になりました。
いろいろ落ちまくっているので、童話には向かないのかなと思っていましたが、少しだけ自身が持てました。

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ハナミズキ [公募]

 実家を処分すると、兄から連絡があった。母の一周忌を終えて間もなくのことだ。
生まれ育った家がなくなるのは寂しいけれど、住む人がいないのだから仕方がない。
もっともいつだって仕事優先で、母の臨終にも間に合わなかった私に、口を挟む資格はない。

五月の連休を利用して、兄夫婦と私で家の片づけをした。
几帳面の母は整理上手で、作業は思ったよりもスムーズに進んだ。
家族の写真や、私たちの賞状や通知表も、きちんとファイルされていた。
「真紀子が嫁に行けなかったのは、この家庭科の成績が原因だな」
兄が私の通知表を広げて笑った。
「失礼ね。嫁に行けないんじゃなくて、行かないの。兄さんこそ、この音楽の成績……」
大げさに憐れむ表情をしたら、義姉が吹きだした。
てきぱきとダンボールを運ぶ義姉は、兄よりずっと逞しい。
「あれ?」と兄が手を止めた。
「電話が鳴ってる」
私たちはそれぞれのポケットを探って携帯を確認したが、着信はない。
「この音、懐かしくない?」
音を辿ってダンボールを開けると、昔使っていた黒電話が出てきた。
電話線も繋がっていないのに、けたたましくベルが鳴っている。

「なにこれ。兄さん、出てよ」
「いやだよ」
怖気づく兄妹を押しのけて、逞しい義姉が受話器を取った。
「もしもし、え? お、お義母さん?」
義姉が慌てて受話器を兄に押し付けた。
「何言ってるんだよ。母さんの訳ないだろう」
受話器を耳に当てた兄が青ざめた。母の声が、隙間から漏れて聞こえた。
天国から、母が電話をかけてきた。
信じられない事態だが、私は思わず兄から受話器を取り上げた。
「もしもし、お母さん?」
「あら、真紀子なの? あんた元気なの?」
「お母さんこそどうしたの? 寂しいの?」
「寂しいわけないでしょう。ここにはお父さんもいるのに。それより真紀子、ちゃんとやってるの?仕事が忙しくても、きちんと食べなきゃだめよ。風邪なんかひいてない?」

母はいつもそうだった。
こちらの方が気遣わなければいけない立場なのに、母はいつも私の体を心配する。
都会に出てから好き勝手に暮らし、結婚もせず、仕事にかまけて帰省もしなかった。
父が他界しても、母が入院しても、親身になってあげられなかった。
「お母さん、ごめんね」
最期を看取れなかったことを詫びた。涙で言葉が詰まった。

「真紀子。ハナミズキがきれいに咲いたよ」
優しい声で、母が言った。毎年聞いていた言葉だ。
庭に目をやると、白い光を集めたようなハナミズキが眩しかった。
母の好きな花だ。いつもこの季節に、母は電話をかけてきた。
花を慈しむ心など、私にはなかった。
いつも適当に相槌を打って、早く電話を切りたかった。
「ごめんね。お母さん」
もう一度言ってみたけれど、いつの間にか受話器から音が消えていた。
母の声も通信音もない。優しい余韻だけが耳に残った。

泣きじゃくる私の肩に、兄が温かい手をのせた。子供のように兄にすがった。
「ねえ兄さん、あのハナミズキだけでも残せない?」
「無理だよ。更地にすることが条件なんだ」
「うちの庭は狭いから、移植も無理だわ」
心苦しそうに義姉が言う。私は庭に出て、ハナミズキの細い幹を両手で包んだ。
ずっと母に寄り添ってくれていた兄夫婦を困らせるつもりはない。
空に向かって手を振ると、白い花の隙間から、母の笑顔が見えた気がした。

片付けが終わり、私は黒電話をもらって帰った。
最後にもう一度ハナミズキを眺めて、二度と帰ることのない家に別れを告げた。
黒電話をリビングの窓辺に置くと、空しか見えないマンションの窓に、白い花が見える気がした。
電話が鳴ることはない。電話線は繋がっていない。
それでも私は、時おり受話器を耳に当ててみる。

「ハナミズキがきれいに咲いたよ」
「きれいでしょうね。今度帰るわ」
あの頃言えなかった言葉を、無音の受話器が吸い取っていく。

季節が巡り、再び母の命日を迎えるころ、義姉から電話があった。
庭にハナミズキの苗木を植えたという報告だった。
「お母さんのハナミズキのようになるのは、まだまだ先だけどね」
「咲いたら教えてね。見に行くから」
「もちろん。いつでも帰ってらっしゃい」
「それから……お義姉さん、ありがとう」
「やだ、なに急に。気持ち悪い」
義姉が豪快に笑った。天まで聞こえるような笑い声だった。


******

公募ガイドTO-BE小説工房の落選作です。
読み返してみるとイマイチかなと自分でも思いました。
テーマは「電話」でした。
テーマが書きやすいものだったからでしょうか。300を超える応募数でした。
厳しいわ~

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