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やった!TO-BE小説工房最優秀 [公募]

公募ガイドの「TO-BE小説工房」で、最優秀をいただきました。
なんと2度目です!本当に嬉しい。
毎回出していた甲斐がありました。
阿刀田先生の選評も、とてもありがたかったです。
少し自信が持てました。

今回のテーマは、「眼鏡」でした。
最初はファンタジックな話を考えたのですが、結局とても現実的な話になりました。
深い想いがあって、自分ではすごく気に入った話でした。
公募ガイド9月号に掲載してますので、よかったら読んでみてください。

これからも、いいご報告ができるように頑張ります!

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優しい別れ [公募]

達郎の部屋は蒸し暑い。
ひどくのどが渇いているのに、目の前でうつむく彼は水さえも出さない。
相変わらず気が利かない男だ。
言いたいことはたくさんあるのに、上手く言葉が出ない。
首筋の汗を指先で拭うと、ようやく気付いたように彼が立ち上がった。

「ごめん、エアコンが壊れてるんだ」
西側の窓を開けると、一瞬にしてよどんだ空気が流れはじめた。
光の粒が舞い上がり、それと同時にチロチロと可愛い音がした。
カーテンレールに吊るされた風鈴だ。青いガラスの小さな風鈴が、優しく揺れた。

新しい彼女ができたのだと思った。
窓辺に風鈴を吊るすような風情は、達郎にはない。
道端の花を平気で踏みつぶすような人だった。
風も雨も、彼にとってはただの自然現象にすぎない。
それでも私たちは楽しくやっていた。
星よりもネオンが輝く都会で、ふたりの将来を夢見ていた。

友人が主催するパーティで知り合って、すぐに意気投合。
都合が合えば夜の街を飲み歩き、愛を語りあった。
ずっとこのまま、離れることはないと思っていた。
互いに結婚を考え始めた3年目、達郎が突然地方に転勤になった。
東京から新幹線で3時間、在来線で40分の小さな町だ。
2年後には戻ってくるという言葉を信じ、電話とメールで遠距離恋愛を続けて一年が過ぎた。
距離に負けたくないけれど、正直限界を感じ始めていた。

そんなとき、「別れてほしい」と達郎から電話があった。昨夜のことだ。
予感はあったけれど、電話で別れを告げる無神経さに腹が立ち、遠恋後初めて彼の部屋を訪れた。

達郎が、冷蔵庫からようやく麦茶を出してきた。ガラスの容器に入っている。
「麦茶、自分で作ってるの?」
「あ、うん」と達郎が頷く。キッチンをちらりと覗くと、長ネギとジャガイモが見えた。
「自炊してるの?」
「ああ…、この辺は野菜が安いから」
驚いた。炭酸飲料とピザとカップ麺で暮らしていた人が、麦茶を作って自炊?
「もしかして、タバコもやめた?」
「うん」
「やっぱり新しい彼女ができたのね。彼女のために、タバコもやめたんだね」

達郎が、あきらかに動揺した。目が泳いでいる。
「安心して。会わせろなんて言わないから」
思わず咳込んだ達郎が、青い顔で麦茶を流し込んだ。
「大丈夫?」なんて、背中を擦ったりしない。
新しい彼女がやりそうなことを、私は一切しない。
料理を作ることも、部屋の掃除も、タバコをやめさせることも、3時間40分かけて、逢いに来ることも。

負けた。距離ではなく、その人に。
「きっと優しい人なのね」
立ち上がって風鈴を鳴らした。彼女の存在を知って、どこか安心している自分がいる。
もういいじゃない。私は私で楽しくやるわ。
振り向いて、精一杯強がりの笑顔を見せた。

「いいわよ。別れてあげる」
達郎は、心底安心したように微笑んだ。うっすらと涙が浮かんでいる。男のくせに何?
「彼女と、おしあわせに」
送っていくと言う達郎を断って、駅までの道をひとりで歩いた。
思ったよりも傷ついていないことに気づいた。
あの風鈴の音色が、胸に残っているせいかもしれない。
達郎が、少し痩せて男前になっていたことが、ちょっとだけ悔しいけれど……。


早足で歩く彼女を、達郎は二階の窓から見ていた。
一度も振り返らない。彼女らしいと思う。
抑えていた咳が、体全身を震わせて激しく吹き出した。
引き出しから薬を取り出して飲むと、少しだけ落ち着いた。
窓辺にしゃがみこんで、空を見る。雲の流れが早い。季節は夏へと向かっている。

達郎が余命宣告をされたのは、一か月前のことだった。
もうすぐ、この部屋を出て実家で余生を過ごすことになっている。
タバコもやめた。体にいいものを食べるようにした。

最後に、彼女に逢うことが出来てよかった。彼女の笑顔が見られてよかった。
短い人生の中で、一番輝いていた時を過ごした大切な人だ。
自分の死で、彼女を悲しませることだけは避けたかった。

初夏の風に、風鈴が寂し気に鳴った。病院の帰りに、縁日で買った風鈴。
それは、初めて会ったパーティの夜に、彼女が着ていたドレスの色に似ていた。
見慣れた景色に、彼女の姿はもうない。達郎は窓を閉めて、指先で風鈴を鳴らしてみた。
「さようなら」と優しい音がした。

******
公募ガイドTO-BE小説工房で落選した作品です。
テーマは風鈴です。
ちょっとありきたりな話だったかなと反省。
最優秀の話はすごく良かった。次回、頑張ります!

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楽しいきもだめし [公募]

夏休みです。夏祭りにキャンプ、子供会の行事は楽しいことがいっぱいです。
だけど小夏には、たったひとつだけ、にがてなことがあります。
それは、きもだめしです。

まっくらな夜に子供だけで集まって、二人一組でお墓を一周するのです。
四年生の小夏は、今年から低学年をひっぱる立場です。
「むり。ぜったいむり」
小夏は、とても怖がりで泣き虫でした。

きもだめしの日がきました。
小夏は、咲という一年生の女の子と組むことになりました、
話したこともない、おとなしそうな子です。
よりによっていちばん小さな子と組むなんてと、小夏はお墓に入る前から泣きそうでした。
「泣いたらばつゲームだ」
男子たちがゲラゲラ笑って小夏をからかいました。
生あたたかい風がふいています。

小夏たちの番がやってきました。
「咲ちゃん、大丈夫だからね」
そう言って先を歩く小夏の方が、よっぽどふるえています。
「小夏ちゃん、怖いの?」
「こ、怖くないよ。四年生だもん」
強がっても足がすくみます。
小夏は木の枝がざわっとゆれただけで、ひめいをあげて飛び上がりました。

「小夏ちゃん、だいじょうぶ?」
咲はまるで怖がっていません。
「咲ちゃんは平気なの?」
「うん。楽しいよ。みんないるから」
「みんなって?」
「ほら、あそこに魚屋のおじいさんがいる」
咲は木の下のお墓を指さしました。だれもいません。
だけどそのお墓は、去年亡くなった魚屋のおじいさんのお墓でした。
「あの……咲ちゃん、もしかして、ゆうれいが見えるの?」
「うん。ここにはすごくたくさんいるよ。子供たちが遊びにきたから、みんなうれしくて出てきたんだよ」
小夏は背すじがゾクッとしました。

「小夏ちゃん、ちっとも怖くないよ。みんなとてもやさしいよ」
「やさしくてもゆうれいでしょう?」
「小夏ちゃん、あそこに、肉屋のおじさんがいるよ。小夏ちゃんのことを見てるよ」
「え? 駅前のお肉屋さん? あそこのコロッケ、おいしいから大好き」
小夏はふるえながらも、あげたてのアツアツコロッケを思いうかべました。
「おじさんが、毎度あり~って言ってるよ」
「ほんと?」
小夏は、だんだん怖くなくなってきました。

「あそこには、駄菓子屋のおばさんがいるよ」
「わあ、いつもおまけしてくれたおばさん? お店がなくなって、わたしさみしいよ」
「おばさんが、ありがとうって言ってる」
小夏は、とても楽しくなってきました。

「ねえ咲ちゃん、もしかしてわたしのおばあちゃんもいる?」
小夏は、やさしかったおばあちゃんに、もう一度会いたいと思っていました。
「あそこで手をふっているよ。ピアノの練習、ちゃんとやっているかなって言ってる」
「ちゃんとやってるよ。今度の発表会でショパンをひくよ」
「あとね、お盆には、おまんじゅうをそなえてほしいって」
「おばあちゃん、おまんじゅう好きだったもんね。わかったよ。約束ね」
小夏は、胸がじんわりあたたかくなりました。

そしてお墓を一周して、みんなのところへ帰りました。
ニコニコと笑いながら帰ってきた小夏を見て、男子たちはひょうしぬけしました。
ぜったい泣きながら帰ってくると思っていました。

「小夏、よくひとりで行けたな」
男子の一人が言いました。
「え? ひとりじゃないよ。咲ちゃんといっしょだよ」
「咲ちゃんって、だれ?」
「一年生の咲ちゃんだよ」
「そんな子いないよ。それに今年は、一年生は参加してないよ。小夏ちゃんと組むはずだった二年生は風邪でお休みだったんだよ」
「うそ……」
小夏はとなりを見ましたが、だれもいません。
ついさっきまでいっしょだった咲の顔を思い出そうとしましたが、不思議なことに思い出せません。
「小夏ちゃん、その子、ゆうれいじゃない?」
子供たちは、いっせいにひめいをあげてお墓から逃げ出しました。
だけど小夏は、少しも怖くありません。

お墓をふりかえって、にっこり笑いました。
「咲ちゃん、また来年ね」
小夏は、きもだめしがすっかり大好きになっていました。

*******

公募ガイドの「童話コンテスト」に応募した作品です。
入選は出来ませんでしたが、ベスト20に選んでいただき、講評を送っていただきました。
それを参考に、少し手直ししたものをアップしました。
講評がいただけると思わなかったので、すごくうれしく、また勉強になりました。
いろいろ落ちまくっているので、童話には向かないのかなと思っていましたが、少しだけ自身が持てました。

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ハナミズキ [公募]

 実家を処分すると、兄から連絡があった。母の一周忌を終えて間もなくのことだ。
生まれ育った家がなくなるのは寂しいけれど、住む人がいないのだから仕方がない。
もっともいつだって仕事優先で、母の臨終にも間に合わなかった私に、口を挟む資格はない。

五月の連休を利用して、兄夫婦と私で家の片づけをした。
几帳面の母は整理上手で、作業は思ったよりもスムーズに進んだ。
家族の写真や、私たちの賞状や通知表も、きちんとファイルされていた。
「真紀子が嫁に行けなかったのは、この家庭科の成績が原因だな」
兄が私の通知表を広げて笑った。
「失礼ね。嫁に行けないんじゃなくて、行かないの。兄さんこそ、この音楽の成績……」
大げさに憐れむ表情をしたら、義姉が吹きだした。
てきぱきとダンボールを運ぶ義姉は、兄よりずっと逞しい。
「あれ?」と兄が手を止めた。
「電話が鳴ってる」
私たちはそれぞれのポケットを探って携帯を確認したが、着信はない。
「この音、懐かしくない?」
音を辿ってダンボールを開けると、昔使っていた黒電話が出てきた。
電話線も繋がっていないのに、けたたましくベルが鳴っている。

「なにこれ。兄さん、出てよ」
「いやだよ」
怖気づく兄妹を押しのけて、逞しい義姉が受話器を取った。
「もしもし、え? お、お義母さん?」
義姉が慌てて受話器を兄に押し付けた。
「何言ってるんだよ。母さんの訳ないだろう」
受話器を耳に当てた兄が青ざめた。母の声が、隙間から漏れて聞こえた。
天国から、母が電話をかけてきた。
信じられない事態だが、私は思わず兄から受話器を取り上げた。
「もしもし、お母さん?」
「あら、真紀子なの? あんた元気なの?」
「お母さんこそどうしたの? 寂しいの?」
「寂しいわけないでしょう。ここにはお父さんもいるのに。それより真紀子、ちゃんとやってるの?仕事が忙しくても、きちんと食べなきゃだめよ。風邪なんかひいてない?」

母はいつもそうだった。
こちらの方が気遣わなければいけない立場なのに、母はいつも私の体を心配する。
都会に出てから好き勝手に暮らし、結婚もせず、仕事にかまけて帰省もしなかった。
父が他界しても、母が入院しても、親身になってあげられなかった。
「お母さん、ごめんね」
最期を看取れなかったことを詫びた。涙で言葉が詰まった。

「真紀子。ハナミズキがきれいに咲いたよ」
優しい声で、母が言った。毎年聞いていた言葉だ。
庭に目をやると、白い光を集めたようなハナミズキが眩しかった。
母の好きな花だ。いつもこの季節に、母は電話をかけてきた。
花を慈しむ心など、私にはなかった。
いつも適当に相槌を打って、早く電話を切りたかった。
「ごめんね。お母さん」
もう一度言ってみたけれど、いつの間にか受話器から音が消えていた。
母の声も通信音もない。優しい余韻だけが耳に残った。

泣きじゃくる私の肩に、兄が温かい手をのせた。子供のように兄にすがった。
「ねえ兄さん、あのハナミズキだけでも残せない?」
「無理だよ。更地にすることが条件なんだ」
「うちの庭は狭いから、移植も無理だわ」
心苦しそうに義姉が言う。私は庭に出て、ハナミズキの細い幹を両手で包んだ。
ずっと母に寄り添ってくれていた兄夫婦を困らせるつもりはない。
空に向かって手を振ると、白い花の隙間から、母の笑顔が見えた気がした。

片付けが終わり、私は黒電話をもらって帰った。
最後にもう一度ハナミズキを眺めて、二度と帰ることのない家に別れを告げた。
黒電話をリビングの窓辺に置くと、空しか見えないマンションの窓に、白い花が見える気がした。
電話が鳴ることはない。電話線は繋がっていない。
それでも私は、時おり受話器を耳に当ててみる。

「ハナミズキがきれいに咲いたよ」
「きれいでしょうね。今度帰るわ」
あの頃言えなかった言葉を、無音の受話器が吸い取っていく。

季節が巡り、再び母の命日を迎えるころ、義姉から電話があった。
庭にハナミズキの苗木を植えたという報告だった。
「お母さんのハナミズキのようになるのは、まだまだ先だけどね」
「咲いたら教えてね。見に行くから」
「もちろん。いつでも帰ってらっしゃい」
「それから……お義姉さん、ありがとう」
「やだ、なに急に。気持ち悪い」
義姉が豪快に笑った。天まで聞こえるような笑い声だった。


******

公募ガイドTO-BE小説工房の落選作です。
読み返してみるとイマイチかなと自分でも思いました。
テーマは「電話」でした。
テーマが書きやすいものだったからでしょうか。300を超える応募数でした。
厳しいわ~

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TO-BE小説工房 最優秀! [公募]

やっと…ついに…選ばれました!

公募ガイド「TO-BE小説工房」で、最優秀をいただきました。
第14回ではじめて。
自分の名前を見たときは。小躍りしたい気分でした。
250編もの応募があった中での最優秀。
本当に嬉しかったです。
まさかドッキリじゃないよね(笑)

課題は「影(陰)」でした。
やっぱりホラーかな と思い、少し不思議で怖い話を書きました。
ここで紹介することはできませんが、公募ガイド6月号に載っています。
よかったら、読んでみてくださいね。

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童話コンテストも応募しましたが、こちらは撃沈でした。
これからも、いい報告が出来るように頑張っていきたいです。

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交換しましょ [公募]

今、クラスでは『名刺交換ごっこ』が流行っている。
生徒がそれぞれ作った名刺を交換していく遊びだ。
「ワタクシ、こういうものです」
「これはこれは、ごていねいに」
そんな無邪気なやりとりを見ていると、教師になって本当によかったと思う。
教師2年目で初めての担任。クラスの子供たちはみんな素直で可愛い。

「先生の名刺はないの?」
休み時間に生徒たちに囲まれた。
「先生の名刺欲しいな」
みんなにせがまれて、夜なべをして名刺を作った。
パソコンは使わず、一枚一枚手書きした。
ピンクの厚紙を切って、紫のペンで名前を書く。
『二年二組たんにん たかなし ゆみ』
女の子が好きそうなキラキラペンで飾りを付けて、シルバーのデコペンで「ヨロシク」と書き、赤いハートのシールをちりばめた。
30人の生徒の顔を浮かべながら書いた。

翌日、朝の連絡事項を終えてから、生徒全員に名刺を配った。
「わあ、可愛い」「すげえ」と大好評だった。

職員室に行くと、隣のクラスの桜庭先生に叱られた。いつものことだ。
「高梨先生、ホームルームで何騒いでるの? 私のクラスは読書タイムなのよ。うるさくて集中できないわ。だいたいその服装と髪型は何? ちょっと派手じゃないかしら。いつまでも学生気分じゃ困るのよ」
いつもの小言。もう聞き飽きた。
悪いけど、桜庭先生より私の方が生徒に人気がある。

そんな自信が揺らぐ出来事が、翌日起きた。
桜庭先生がいつにも増して怒っている。
「高梨先生、私の花壇を荒らしたわね。ちょっと叱ったくらいで何するのよ」
「知りませんよ。花壇なんて荒らしてません」
「じゃあこれは何? 花壇の端に落ちてたわ」
桜庭先生が目の前にかざしたのは、私が作って生徒に配った名刺だった。
どういうことだろう。まさかうちのクラスの生徒が……。

それだけではなかった。他の先生たちからも苦情が殺到した。
「高梨先生、給湯室で茶碗割ったでしょう」
「知りません」
「だってあなたの名刺が落ちていたのよ」
「理科室の標本を倒したのは君か?」
「音楽室のピアノのふたを開けっぱなしにしたわね、高梨先生」
そんな調子で、私は朝から叱られ続けた。何の覚えもない。
まさか生徒たちが悪戯して、それを私のせいにした? どうして?

帰りのホームルームで、私は生徒たちに語りかけた。
「みんな、昨日先生があげた名刺持ってる?」
しーんとしている。全員が下を向いた。
「この中に、桜庭先生の花壇を荒らしたり、お茶碗を割ったり、理科室の標本を倒したり、ピアノを使ってふたを閉めなかった人はいませんか? 正直に言えば先生は怒りません」
誰も手を上げない。ただ下を向いているだけだ。
まさか全員で私を陥れようとした? 
好かれていると思ったのは、大きな勘違いだったのだろうか。心が折れそうだ。

その時、数人の女生徒がしくしく泣きだした。
つられたのか、生徒全員が泣き出した。
「ちょっと、泣いてもダメよ。悪戯をしたのは誰なの? クラス全員なの?」
「先生、私たち、悪戯なんかしてません」
クラスでリーダー格の女生徒が手を上げた。
「私たちは、先生の名刺を捨てただけです」
「え? 捨てた? どうして?」
「先生の名刺、キラキラしてて派手だったから、ママが見たらきっとまた悪口を言うから」
「悪口?」
「高梨先生の服はいつも派手だって」
「うちのママも言ってる。化粧が濃くてキャバ嬢みたいって」
「キャバ嬢?」
「ひらひらしたスカートで、チャラチャラしてるって。教師の自覚がないって」
出てくる、出てくる、私の悪口。
「だから、親に見つからないように、みんなで捨てました。先生ごめんなさい」

ああ、この子たちなりに、私を守ろうとしてくれた。
私より、ずっと大人だ。私は、生徒と一緒になってボロボロ泣いた。

夕暮れの職員室、桜庭先生の机の引き出しをこっそり開けると、やっぱりあった。
束になった私の名刺。私の人気をねたんだ桜庭先生の仕業だったのだ。
また何をされるかわからないから、名刺は返してもらった。

桜庭先生が連絡帳を抱えて戻ってきた。私は微笑んで、名刺を一枚差し出した。
「桜庭先生、名刺交換しましょ」
慌てて引き出しを確認する桜庭先生。教師にふさわしくないのはあなたの方よ。
だけど明日から、もう少し地味にしようと思う。
私の可愛い生徒たちのために。


*******
公募ガイド TO-BE小説工房で、久々の佳作をいただきました。
テーマは『名刺』
主人公を、あえてサラリーマンにしませんでした。
それがよかったのかどうかは…よくわかりません。
今月のテーマは『風鈴』です。そろそろ書かなきゃ^^

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旅する腕時計 [公募]

出張先の新潟に、腕時計を忘れた。気に入っていたが仕方ない。
おいそれと取りに戻れる距離ではないし、何より忘れたのは、おそらく女のアパートだ。
地元のスナックで働く未亡人と、一夜限りの関係を持った。
後腐れなく終わりたい。惜しいが時計は諦めた。

数か月後、一人娘の春香が結婚相手を連れてきた。
いつかこんな日が来ると思ってはいたが、やはり少し寂しいものだ。
「春香さんと結婚させてください」
高林と名乗る男は、礼儀正しい好青年。手土産に持ってきた老舗の最中も好印象だ。
とりあえずビールでも飲もうとグラスを傾けたとき、高林の袖口から腕時計が見えた。思わずグラスを落としそうになった。
新潟に忘れてきた腕時計にそっくりだったからだ。

「高林君、ちょっと腕時計を見せてくれ」
よく見ると、やはり私の腕時計だ。ベルトの小さな傷も見覚えがある。
「あら、高林君の時計、お父さんが失くした時計と同じね」
つまみをテーブルに並べながら、妻が高林の時計をのぞきこんだ。
「この時計、実家に帰ったとき、母がくれたんです。いつまでも学生みたいな時計じゃおかしいだろうって」
「ご実家はどちらなの?」
「新潟です」

ああ、決定的だ。
娘の結婚相手が、行きずりとはいえ一夜を共にした未亡人の息子だなんて
困ったことになった。結婚が決まったら、母親にも会わなければならないだろう。
こんな気まずいことはない。
「両親が、今度東京に出てくるんです。春香さんに会うのを楽しみにしています」
「わたしも早くお会いしたいわ」
春香が嬉しそうに頬を染めた。あれ? ちょっと待て。今、両親と言わなかったか?

「高林君、ご両親は健在なのかね?」
「はい。父は高校の教師をしています。母は主婦業のかたわら、家で子供たちにピアノを教えています。ごく普通の家庭です」
「家でピアノを教えるなんて、さぞかし大きなお家なのね」
妻が羨ましそうに言う。「田舎ですから」と、高林が笑った。
おかしい。あの日一夜を共にした女と、高林の母親ではイメージが違いすぎる。
狭いアパートでひとり暮らす女は、あまり裕福には見えなかった。

察するに、女はあの時計をリサイクルショップに売ったのだろう。
なかなか高級な時計だ。多少は生活費の足しになったかもしれない。
そしてその時計を高林の母親が買って、息子にプレゼントしたのではないか。
何とも不思議な巡り合わせだが、これで一安心。私はホッと胸をなでおろした。

月日は過ぎ、彼の両親との顔合わせも滞りなく済み、高林と春香はめでたく結婚した。
つまり私は、大事な一人娘と大切にしていた時計を、同じ男に渡したことになる。
これもひとつの運命だろう。

しばらくして、再び新潟へ出張することになった。
前回のことが苦いトラウマになり、アルコールは控えることにした。
仕事を終えた後、宿泊先のホテルから近い定食屋で夕飯を取ることにした。
時間が遅かったせいか、客は私ひとりだ。
「いらっしゃい」と、なかなか可愛い店員が迎えてくれた。
前回も思ったが、新潟には美人が多い。

水とメニューを置いた店員の手首には、不似合いな男物の腕時計が巻かれている。
思わず目を見張った。
それは紛れもない、私が新潟で失くした後、娘婿の手に渡った腕時計だ。
「男物の時計だね」
「ああ、これですか。元カレからもらったんです。…っていうか、奪ったっていうか」
「穏やかじゃないね」
「別に盗んだわけじゃないですよ。五年付き合った彼から、突然別れを告げられたんです。東京の女と結婚するからって。ようするに、二股かけられてたんですよ。悔しいから、高そうな時計を手切れ金代わりにもらってやったんです。でもこれが、なかなか捨てられなくて。未練がましいですよね。わたし」

なるほど。高林の元恋人か。あの好青年にもそんな裏の事情があったとは。
「その時計、私に売ってくれないか?」
私は、相場よりも高い金額を提示した。
店員は驚いたように腕時計をまじまじと見た。
「わたしはいいけど、お客さんは、それでいいんですか?」
「そういう時計をずっと探していたんだよ。君だって、早く彼を忘れたほうがいいだろう」
店員は、腕時計をそっと外した。交渉成立。
自分の時計を自分で買うなんて、馬鹿馬鹿しい話だが、あの好青年をいちどを痛い目にあわせてみたい。
帰ったら高林を呼び出して一緒に飲もう。
この時計を見たときの、彼の反応が楽しみだ。

**********
公募ガイドTO-BE小説工房で、またまた落選。
課題は「時計」でした。
課題が名詞になってから、まるでダメです。
今月の課題は「電話」です。これまた普通名詞か…。

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非常階段 [公募]

ホテルのエレベーターが突然止まった。乗客は一組のカップルだけだ。
上質なスーツを着た30代の男と、同じく30代と思われる黒いドレスの女。
小さく悲鳴をあげてよろけた女を、男が抱きとめた。
ふたりは、最上階のレストランに向かっていた。
「まだ25階じゃないの。一体どうしたの?」
「何かあったのかな」

そのとき扉が開き、緊迫した様子の警備員が、すぐにエレベーターを降りるように告げた。
「上の階で爆発がありました。危険なのでエレベーターは使えません。あちらの非常階段で降りてください」
「爆発だって? 誰も騒いでないじゃないか」
「この階には他のお客様はいません。さあ、急いでください」
男は少し不審に思ったが、騒ぎに巻き込まれるのはまずい。
男には妻がいて、女には夫がいる。お互いに人目を忍ぶ関係である。

警備員に誘導された非常階段は、恐ろしく急だった。
風が下から吹き上げてきて、女はドレスの裾を押えた。
下を見ると目眩がしそうだ。しかし止まっているわけにもいかない。
男は手すりに掴まり、階段を下り始めた。
「ちょっと待ってよ。早いわよ」
「そんなハイヒールを履いてるからだ。脱げ」
「いやよ。足が冷たいじゃないの」

5階ほど下りたところで男は首を傾げた。
「なあ、爆発が起きたのに、避難してるのが俺たちだけって、おかしくないか?」
「そうね。大した爆発じゃなかったのかも。あの警備員が大げさだったのかしら」
フロアに戻ろうとドアノブに手をかけたが鍵がかかっている。その下の階も同じだ。
「階段を下りるしかなさそうね」
女が息を切らしている。
「運動不足じゃないのか?」
「お互い様よ。あなただって最近お腹が出てきたわよ」
「女房みたいなこと言うなよ」
「あっ、そのセリフ、タブーよ」

半分くらい下りただろうか。
ふたりの口数は徐々に減り、互いを気遣う余裕さえ失くしていった。
階段は、上るより下りる方がはるかに神経を使う。足がガクガクする。
薄暗い夕闇がせまる中、まるで終わりのない不思議絵の階段のように思えて気が滅入る。

「もういや。足が痛いわ」
「だから、靴を脱げと言っただろう」
苛立って投げた言葉を返すように、女がハイヒールを投げつけ、男の後頭部を直撃した。
「イテッ、何するんだよ。危ねーな」
「脱げって言ったから脱いだのよ」
ハイヒールは、羨ましいほどの勢いで、階段を転げ落ちて行った。
「下に降りたら新しいのを買ってよね」
「はあ? 自分で買えよ。ダンナのカード使いまくってるくせに」
「家族の話題はタブーでしょ。イエローカード二枚で退場よ」
「ああ、今すぐこの場からもお前からも退場したいよ」
ふたりは険悪な空気の中、ただ下に降りることだけを考えて足を動かした。
感覚が麻痺してくる。
なぜここにいて、なぜこれほどに辛い思いをしているのか、考えることも億劫になっていた。

へとへとになりながら、ようやくビルの裏手にたどり着いた。
何もなかったように静まり返っている。
表にまわると、いつもと同じ煌びやかなイルミネーションと、笑顔で賑わう多くの人々。
爆弾騒ぎなど、本当にあったのか。
そんなことはどうでもいい。ふたりは疲れ切っていた。

男は、裸足の女をタクシーに乗せ、投げるように札を渡した。
この女とは、これっきりだ。もちろん女もまた、同じことを思った。
ネクタイを緩め、汗をぬぐった。早く帰りたい。
12月の夜の街、男は無性に妻の手料理が恋しかった。

その頃、男の妻はホテル最上階のレストランにいた。
オペラグラスで疲れ切った男と女を楽しそうに眺めた後、連れの男とシャンパングラスを合わせた。
「いい気味ね」
「無様だな」
「ところであなた、あの警備員にいくら握らせたの?」
「浮気女を懲らしめるためなら安いもんさ」

連れの男は、女の夫である。
「それで、この後どうする?」
「そうね。どうしようかしら」
ふたりは二杯目のシャンパングラスを軽く合わせて見つめ合った。

******
公募ガイドTO-BE小説工房でボツだった作品です。
テーマは「階段」。
もうすっかり自信を無くしてしまいました。
どうすりゃいいのさ。

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視線上のY [公募]

私の夫は、姉の婚約者だった。
略奪愛と呼ばれる私たちの恋愛は、双方の家族にとっては殺人よりも重罪だ。
激しい非難を受け、理解されぬまま、家族も故郷も捨てた。

夫とふたり、遠くの町でゼロからのスタート。
夫は小さな町工場で働き、私は近くのスーパーで働いた。
生活の何もかもが変わったけれど、ふたりでいれば幸せだった。

あるとき、Yの視線に気づいた。
Yは、近所に住む四十代の主婦で、何かを感じて振り向くと、必ず私を見ている。
ぞくっとした。その目は、私たちを軽蔑して非難した家族の目に似ていた。 
「ご主人とは、どこで知り合ったの?」
ゴミ捨てのついでに行われる井戸端会議で、誰かが私に話しかけた。
「合コンです」と答えた。早く話を切り上げるために用意した答えだ。
「あら、今どきの若い人は、そうよねえ」
数人がクスクス笑う中、またあの視線を感じた。
Yが、こちらを見ている。
唇をゆがめ、蔑むような、憐れむような視線を向けている。
やはりこの人は、私たちのことを知っている。

主婦たちの輪を抜けて、急いで家に帰り、夫の胸にすがった。
「私たちのことを知っている人がいるわ」
「まさか。こんな町で」
「三軒先のYさんよ。あの人、お姉ちゃんの知り合いかしら。怖いわ」
「落ち着いて。僕たち、何も悪いことをしてないよ。出会ったのが遅かっただけだ」
夫が優しく背中を撫でてくれた。少し気持ちが楽になった。

出会いは、姉の婚約パーティだった。
パーティと言っても親族だけのホームパーティで、私は初めて会った彼に、信じられないほどの運命を感じてしまった。彼の方も同じだったらしく、私たちは急激に恋に落ちた。
私たちの関係を知った姉は、大きな目に涙をためて、「どうして?」と繰り返した。
「どうして、どうして」と狂ったように叫び、どんなに視線を外しても、姉の目はどこまでも私を追いかけた。責めるような、蔑むような、憐れむような目だった。

木枯らしが吹き始めた。この町に来て、初めての冬だ。
仕事を終えて帰ると、アパートの前にYが立っていた。
「あら、お帰りなさい」
不審に思いながらも、ぺこりと頭を下げた。
「何か御用ですか」
「これ、ちょっと作りすぎちゃったからおすそわけ。レバーは嫌いかしら?」
タッパーに入った黒い物体。レバーを甘辛く調理したものだとYは言った。
私は、急に吐き気を感じてYを振り払って家に入った。

「待って、奥さん。私、知ってるのよ」
背中にYの声を聞いた。やっぱりYは、私たちのことを知っている。
レバーは夫の好物で、姉がよくこんな料理を作っていた。
家族や姉の目から逃げて、こんな遠くまで来たというのに。
西陽が差し込む狭いキッチンで、私は肩を震わせてしゃがみこんだ。

それから、体調のすぐれない日が続いた。外に出るのが怖い。Yの目が怖い。
Yは密かに姉と連絡を取っているかもしれない。
『あんたなんか、絶対幸せになっちゃいけないのよ』
Yの目と、姉の目が交互に現れる。
『家族にも世間にも背いた人が、平穏に暮らせるはずがないでしょう』
目眩がして、このところ寝てばかりだ。
最初は優しかった夫も、散らかった部屋でうんざりしたようにため息をつく。
「僕だって慣れない仕事でくたくたなんだよ」
苛立ちながら洗濯物を取り込む。ごめんなさい。
こんなはずじゃなかったのに。きっと罰が当たった。
私は暗い部屋で、ただただ泣いていた。

いくらか暖かい午後だった。隣の奥さんが、回覧板を持ってきた。
「顔色悪いわね。大丈夫?」
優しい言葉にも、ただ頷くだけだ。
「そういえば、Yさんに聞いたんだけど……」
ぎくりとした。もう終わりだ。Yはきっと近所中にふれ回った。
私が姉の恋人を奪った恐ろしい女だと。
姉の目が、こんな遠い町まで追いかけてきた。
ふらふらと倒れそうな身体を隣の奥さんが支えてくれた。

「やっぱりあなた、妊娠してるのね」
「妊娠…?」
「Yさんが言ってたの。あの人、子だくさんだから、そういうのわかるのよ。ずいぶん心配してたのよ。貧血じゃないかって」
妊娠……。そういえば思い当たる節がある。
大きく息を吐いて、お腹に手を当ててみた。小さな温もりを感じた。
顔を上げたら、冬の日差しに洗濯物が揺れていた。
三軒先のベランダで、Yさんが優しい瞳で私を見ていた。

*****

公募ガイドTO-BE小説工房で、落選だった作品です。
テーマは「そこはかとない不安」
最優秀作品を読んで、ああ、こういう風に書けばよかったのかと納得。
テーマの意図を、きちんと理解していなかったのかもしれません。
あ~、一度でいいから最優秀取ってみたい。応募数も多いから、難しいですね。
でも、頑張ります!!

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吸血鬼の日常 [公募]

私たち吸血鬼一族は、神代の昔から森の奥でひっそり暮らしていた。
しかし時代は変わり、度重なる自然災害や森林伐採で、とうとう住処を追われてしまった。
都会で人間たちと共存するようになって、もう30年が過ぎようとしている。
今ではすっかりこの暮らしに馴染んでいる。

最初は吸血鬼に対する偏見で、恐れられたり迫害されたり、大規模な抗議デモが起こったりした。
だけど私たちは長い時間をかけて、自分たちがいかに無害かを証明し、人間たちの理解を得るための努力をした。
その結果、私たちは市民権を得て、人間と同じ暮らしができるようになった。

この街の人口の、約一割が吸血鬼だ。
太陽が苦手な私たちは、夜働いて利益を得ている。
ちなみに私は、深夜のコンビニでアルバイトをしている。
十年前に結婚した夫は、血液工場で働いている。
血液工場というのは、人間から血液を買い、特殊な技術で真空パックして市場に出荷する工場だ。この工場のおかげで、私たちはいつでも新鮮な血液がスーパーで買える。
だから人間を襲って血を吸うなどと野蛮なことはもうしない。

深夜のコンビニに来る客は、吸血鬼が多い。
「仕事何時まで? 深夜カフェでブラッディドリンクでも飲まない?」
などと誘われることも多い。
「お生憎さま、私は人妻よ。家には五歳になる息子が待っていますの。仕事が終わったらすぐに帰るわ」
ご存知のように吸血鬼は年を取らないから、いつまでも若さと美貌を保っている。
それを武器にキャバクラでナンバーワンになった友人もいるけれど、私は今の仕事がとても好き。

ヘルメットをかぶった怪しい男が入ってきた。コンビニ強盗だ。
こういうことはたまにある。男は手に、ナイフではなく十字架とニンニクを持っている。
「金を出せ」
私は十字架とニンニクをじっと見た。
「平気なのか?」
「お客様、吸血鬼が十字架とニンニクに弱いなんて、本当に思っています? そんなの誰かが考えたただの迷信ですよ。警察呼びます? それとも生血を吸いましょうか?」
普段は隠している牙をちらりと見せる。男は一目散に逃げて行った。
こういう刺激もたまには楽しい。

明け方まで働いて家に帰ると、何やら家の前が騒がしい。先に帰っていた夫が、隣の奥さんにペコペコ頭を下げている。
「あなた、どうかしたの?」
「あ、ママ、大変だよ。しんのすけが隣のリナちゃんを噛んじゃったんだ」
「まあ、まさか、血を吸ってしまったの?」
「血を吸う前にリナちゃんが逃げたらしい」
「ああ、よかった。血を吸ったら大変だったわね。リナちゃんも吸血鬼になっちゃうもの。まあ、吸血鬼の暮らしも悪くないけどね」
ふふっと肩をすくめたら、隣の奥さんがすごい剣幕で怒鳴ってきた。
「ああよかったじゃないわよ。未然に防げたからいいけど、いつ血を吸われるかと思うと、夜も眠れないわ」
「すみません。しんのすけにはよく言って聞かせますわ。これ、うちのコンビニの新商品なんですけど、よかったらどうぞ」
しんのすけのお土産に買ったおやつを渡して、何とかなだめた。
裁判沙汰になったら大変だから、あとで金一封を渡しましょう。

家に入ると、しんのすけがしょんぼり座っていた。反省しているようだ。
「しんちゃん、毎日必要な血液を与えているのに、いったいどういうこと?」
「まあ、ママ、そんなに頭ごなしに叱らなくても。リナちゃんがムチムチしてて美味しそうだから魔が差したんだよな。ほら、しんのすけはグルメだから」
「あなた甘いわよ。ここに住めなくなったらどうするのよ。あなただってやっと課長になったのに」
「そうだな。ここは厳しくしよう。しんのすけ、どうして夜中にリナちゃんのところに行ったりしたんだ」
しんのすけは、ぐすんと涙ぐみながら、いやいやをするように首を振った。
「行ったんじゃないよ。リナちゃんに誘われたんだ。夜中にお散歩しようって」
「まあ、リナちゃんが? まだ小学生なのに大胆な子ね。それで、どうしたの?」
「リナちゃんが、血を吸ってくれって言ったんだ。吸血鬼になりたいんだって。僕はいやだって言ったよ。だけど、どうしてもってお願いされて…」

これは、幼い恋心か。人間と吸血鬼の禁断の恋物語か。
「でも、血は吸わなかったのよね」
「うん。血を吸う前に、リナちゃんが変身しちゃった」
「変身?」
「体中から黒い毛が生えてきて、リナちゃん動物になっちゃった。だから僕、急いで逃げてきたんだ」
「じゃあ、逃げたのはリナちゃんじゃなくて、しんちゃんなのね」
「しんのすけ、そのとき、月は出ていたか?」
「うん。雲が割れて、まんまるの月が出た」

ああ、そういうことか。
前からおかしいと思っていた。
隣からたまに聞こえる遠吠えのような音。裏通りをさっと通り抜ける犬のような動物。
間違いない。隣のご主人は狼男だ。そしてリナちゃんもその血を継いでいる。
狼男はまだ市民権を得ていないから、いっそ吸血鬼になったほうがいいと思ったのだろう。

「さあ、朝ご飯を食べて眠りましょう」
私はしんのすけの頭をなでて、新鮮な血液をテーブルに並べた。
新しい一日が、今日も始まる。

********

公募ガイド「TO-BE小説工房」で落選だったものです。
テーマは、「ありえない出来事」

公募ガイドを見る前に、落選だとわかっていました。
なぜなら、枚数を間違えるというとんでもないミスをしてしまったのです。
5枚厳守なのに、6ページあった@@
しかも全く気付かずに送ってしまい、気づいたのは締め切りのずいぶん後。。。
こんなミスは初めてです。
まさに、ありえない出来事だ~

まあ、5枚に収めて送っても、入選したかどうかはわかりませんが…
気が緩んでいるのかな。
気を付けよう。
こんなミスは初めてです。


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