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離婚届・婚姻届 [男と女ストーリー]

バツイチ同士の再婚で、彼も私も子供がいないし、双方の親も他界している。
障害は何もない。彼はちょっと頼りないけど優しい人だ。
とりあえず一緒に暮らし始めて、あとは籍を入れるだけだった。

ところがここで問題が起きた。
彼の離婚届が、出されていなかったのだ。
つまり彼はまだ、離婚をしていない。

彼は元妻に電話をした。
「え? 出し忘れたって、どういうことだよ。もう5年も経っているんだぞ。いや、確認しなかった俺も悪いかもしれないけど、出し忘れって、なんだよ、それ」
不機嫌そうに電話を切った彼は、ため息混じりに「ごめん」と言った。
「だらしない奴なんだよ。私が出すって言いながら、忘れたんだって。しかもどこかへ失くしたらしい。本当にダメな奴なんだ。だから別れたんだけどね」
「それで、どうするの?」
「明日、うちに来るって。離婚届をその場で書いてもらうよ」
「そう」
「会うのが嫌だったら、君は出かけてもいいよ」
彼はそう言ったけれど、私が留守の間に元妻が来て、あちこち見られるのも嫌だ。
私は、二人の離婚届の署名に立ち会うことにした。

翌日、午後6時に来るはずの元妻は、30分を過ぎても来ない。
「ルーズな奴なんだよ。だから別れたんだ。仕事が忙しいとか言って朝飯も作らないし、掃除もいい加減だし」
彼の元妻に対する悪口は、どんどんエスカレートする。
いつだって仕事優先で、妻としての役割を果たさなかったとか、車の運転が荒いとか、自分よりも高収入なのを鼻にかけていたとか。
なんだか、聞けば聞くほど、彼が小さい男に見えてくる。

元妻は、6時40分を過ぎたころにやっと来た。
「ごめんなさい。遅れちゃって」
彼が言うほどだらしない印象はない。
上品なスーツを着て、薄化粧だけど美人だった。
彼女は私に気づくと、丁寧にお辞儀をした。
「忙しい時間にごめんなさいね。離婚届を書いたらすぐに帰りますから」
感じのいい人だった。

彼女の後ろから、小さな男の子がひょっこり顔を出した。
彼女は子供の頭を撫でながら言った。
「この子を保育園に迎えに行ってたから遅くなってしまったの」
「君の子供? 結婚したのか?」
彼が驚いて聞いた。
「結婚するわけないでしょう。離婚していないんだから。さあ、ごあいさつして」
母親に促され、子供が可愛い声で挨拶をした。
「はるきです。5歳です」
「5歳?」
彼が青ざめた。確かめるまでもなく、はるき君は彼にそっくりだ。

「別れた後で妊娠がわかったの。でもね、捨てないでくれってすがりつくあなたを追い出しておいて、妊娠したから帰ってきてなんて言えないじゃないの」
すがりついた? 彼が?
「出産準備やら仕事の調整やらで忙しくてね、離婚届出し忘れちゃったのよ」
彼女はそう言うと、素早く離婚届に名前を書いて印を押して帰った。
「じゃあ、あとはヨロシク」

離婚届を見つめながら、彼は明らかに動揺している。
「わざとじゃない?」と私は言った。
「彼女、わざと離婚届を出さなかったのよ。あなたが帰ってくると思って」
「そうかな…」
「追いかけたら」
私は、離婚届を丸めて捨てた。今度は私があなたを追い出す。

彼が元妻、いえ、妻の悪口を言い始めたときから、わずかな嫌悪感を拭いきれない。
それは放っておいたコーヒーのシミみたいに、消えることはないような気がする。
抽斗にしまった婚姻届けを出す日は、もう永遠に来ない。
溜息をつきながら捨てた。ゴミ箱の中で、離婚届と婚姻届がぶつかり合って弾けた。


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おとぎ話(笑)18 [名作パロディー]

<金の斧・銀の斧>

ひとりの男が湖のほとりを散歩していた。
喉が渇き、自動販売機の前で小銭を出そうとしたら、うっかり財布を落とし、小銭が湖の中に落ちてしまった。
「ああ、僕の小銭が…」
すると湖の中から女神が現れた。
「おまえが落としたのは、500円玉か?100円玉か?それとも10円玉か?」
「それ全部です。全部で735円落としました」
「正直者だな。ではおまえには、いちばん高価な500円玉をやろう」
「いや、235円足りねーし」


<白雪姫>

白雪姫は毒リンゴを食べて、ぱたりと倒れてしまいました。
「わーん、白雪姫が死んじゃった」
小人たちが泣いていると、立派な王子様が通りかかりました。
「いったいどうしたんだ?」
「白雪姫が、毒リンゴを食べて死んでしまいました」
「おお、なんて美しい姫だ。かわいそうに。じゃあ」
「ちょいとお待ちを。キスしないんですか?」
「だって、毒リンゴ食べたんでしょう。唇に毒がついてるかもしれないし」
「たしかに…」


<都会のネズミ、田舎のネズミ>

都会のネズミが、田舎のネズミのところに遊びに来ました。
「よく来たなあ。ご馳走用意したで、食べてけろ」」
「ありがとう。うん、なかなか素朴な味だね。さすが田舎だ。でもさ、悪いけど僕の口には合わないな。なにしろ僕は、都会の三ツ星レストランにしか行かないからね」
「それ、東京の最高級レストランからネットで取り寄せたんだけど、口に合わないけ?」
「あ、ネットで…。あー、うん、そういえば、三ツ星の味だ。この煮物なんか特に上手いよ」
「その煮物だけは、母ちゃんの手作りだ」


<花咲かじいさん>

「今年の桜はいつごろ咲きますかね?」
「ちょっと待ってください。確認します」
「確認? 気象協会にですか?」
「いえ、花咲かじいさんです。もしもーし。ああ、つながらない。いい加減携帯持ってくれないかな。あのじいさん」


<北風と太陽>

北風と太陽は、どちらが強いか勝負をすることになりました。
「よし、あそこを歩く男のコートを脱がせた方が勝ちだ」
「望むところだ」
北風は、冷たい風をピューピュー吹かせました。
男は動じません。
太陽はギラギラと男を照りつけました。
男は動じません。
どんなに頑張っても、男はコートを脱ぎません。
「はあ、もうだめだ。今回は引き分けにしよう」
北風にも太陽にも動じない我慢強い男は、無心でスマホのゲームをしていました。

歩きスマホはやめましょう。


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天国の歓迎会(空見の日) [コメディー]

本日3月16日は、もぐらさんの呼びかけで『空見の日』となりました。
空見の日は、みんなで空を見上げようという日です。

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7時15分の空
昨日までの雨もすっかり上がり、いい青空です。

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12時の空
ぽかぽか春の陽気で、昼休みの散歩も楽しい。

今年1月に、父を亡くした私は、やはりこの空のずっと上に父がいるのかな…なんて思いながら空を見上げました。
天国で、お酒でも飲んでいるかな。
そんなことを思いながら…、空に因んだ短いお話です。

******
いやあ、天国というところは、なかなかいいですな。
まさかこうして歓迎会をやってもらえるなんてね。
まあ、どうぞ一杯。今日は無礼講だそうですよ。
あなた、現世でお会いしたことあります? 見覚えあるなあ。
お仕事は何を? はあ、公務員ですか。
お堅い職業の方とは、てんで縁がありません。人違いかな。

え? 私の職業ですか?
大きな声じゃ言えませんがね、ここだけの話、私は詐欺師でした。
そんじょそこらのケチな詐欺師じゃありません。
一流の詐欺師ですよ。いやあ、よく騙しましたよ。いろんな人を。
だけどね、一度も捕まったことがないんですよ。

そんな悪いやつがなぜ天国にって思うでしょう。
騙したんですよ。査定人をね。
だって私詐欺師だもん。
どうです、もう一杯。

ん? 手を見せろって? 手相でも見るんですか?
ははは、生命線ありますかねえ~。
いてて、何するんですか。
「逮捕する」
「え? あんた公務員でしょう?」
「警察官も公務員だ。現世でずっとお前を追っていた」
「あ~、天国サイアク。早く生まれ変わりてえ~」
「地獄へ落ちろ!」

おそまつ!
*********


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新人さん [公募]

朝は誰よりも早く出社して、社員たちが気持ちよく働けるように掃除をする。
入社してからずっとそうしてきた。
今朝も、当然一番乗りだと思ったら、社長が鼻歌を歌いながら机を拭いていた。
「おはようございます。社長、早いですね」
「春日さん、おはよう。ほら、今日から新人さんが来るでしょ。だからね、彼女が気持ちよく働けるように、机をきれいにしてたんだ」

社長がだらしなく鼻の下をのばしながら言った。
社長をここまで張り切らせた新入社員の彼女は、面接で一度微笑んだだけで採用が決まった。
美人で愛らしく、そして若かった。

先代の社長に見初められ、私がこの小さな食品会社に入社してから30年が過ぎた。
先代の社長は、5年前に奥様を亡くしてから急に気力を失い、息子に社長の座を譲った。
息子である今の社長の代になってから、会社の雰囲気はがらりと変わった。
新しい機械を次々に導入して、システムを変え、古くからいる年配社員をリストラした。
すっかり若返った会社で、私だけが浮いていた。

社長が、私を疎ましく思っているのは知っている。
私は新しい機械やシステムを必死で勉強して、何とかこなしているからクビにできない。
そこで社長は、若い事務員を雇い、私が居づらくなって辞めるように仕向けるつもりだ。
この狭い事務所に、二人の事務員はいらない。

いつもは就業時間ぎりぎりに来る従業員たちが、10分以上早く出社した。
「あれ、社長、新人さん、まだですか?」
「うん。道に迷っているのかな。どう思う? 春日さん」
「一度面接に来ているのに迷うはずがありません。よほどのバカでなければ」
「電車の遅延かな。遅延の情報入ってない? 春日さん」
「すべて平常運転です」
社長を始めとする男性社員が、首を長くして待っていても、彼女は一向に現れない。
とうとう就業時間を過ぎてしまった。
「社長、そろそろ朝礼を」
「ちょっと待って。新人さんに電話してみる」
社長が履歴書を見ながら電話をかけたが、どうやら繋がらないようだ。
「社長、朝礼を」
「うーん、今日はいいや。僕はここで新人さんを待つから、各自職場について」

男性社員たちが、がっかりした様子で営業や倉庫に向かうと、事務所には社長と私だけになった。
ピカピカの机に座るはずの美しい新入社員は、30分を過ぎても来ない。
時計を見ながら溜息ばかりの社長に、私は言った。 
「ドタキャンじゃないですか?」
「ドタキャン?」
「平気でドタキャンするらしいですよ。あの人。女友達には、すこぶる評判悪いです。約束は破るし、男の前では態度が違うらしいですよ、あの人」
「どうしてそんなことを知ってるんだ」
「彼女の身辺をリサーチしたんですよ。だって、これから机を並べて仕事するのがどんな人か、知りたいじゃないですか」
「春日さん、どういうつもり? 何の権限があってそんなことを」

社長が蔑むような顔で言った。
「嫉妬? 若くて美人の新人さんに嫉妬してるのかな? 見苦しいぞ、春日さん」
「社長、その美人で若い彼女は、前の会社を半年足らずで辞めていますね。その辺の理由はきちんとお聞きになりましたか? この職種に関する知識は、どの程度あるのでしょう」
社長の顔色が変わった。
「それに、さっきから新人さんって呼んでいますけど、彼女に名前はないんですか。外見ばかりに気を取られて、内面をちゃんと見ていない証拠ですよ」
「俺に意見するなんて、あんた何様だ」
社長がついに、顔を真っ赤にして怒った。
「出過ぎたことを申しました。すみません」
「わかればいいんだ。二度と俺に意見するな」

「社長、ひとつご報告があります。私、先代の社長、つまりあなたのお父様から、正式に求婚されました。お受けするつもりです」
「え?」
「これからは会長夫人として、会社のお役に立ちたいと思っております。多少の意見はご容赦下さい」
いくつになっても父親に頭の上がらない社長は、明らかに動揺して、気持ちの整理がつかない様子で用もないのに倉庫へ向かった。

新入社員はとうとう来なかった。
来るはずがない。私が事前に連絡したのだから。
「この会社はひどいブラック会社で、男性社員のセクハラが原因で何人もの女子社員が辞めている。入社を取りやめた方がいい」と嘘八百を並べて、彼女の入社を阻止した。

だって、職場の花はひとりで充分でしょう。


********
公募ガイド「TO-BE小説工房」の落選作です。
テーマは「新人」でした。
佳作など読みましたが、やはり新入社員の話が多かったですね。
「今年の新人は」などと毎年言われますが、「今の若者は」と、昔から言われ続けるのと同じで、誰もが通る道なのですね。
でも、ここ数年は明らかに「ちょっと違うな」と思うのは私だけでしょうか。
年取ったから?


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シロクマ婦人 [ファンタジー]

シロクマ婦人は、いつも白い毛皮のコートを着ている。
でっぷりと太り、丸まって歩く。
髪も肌も白く、黒目がちな目をしている。年齢不詳だ。
シロクマ婦人と名づけたのは僕だ。本名なんて知らない。
彼女とは、毎朝バスで乗り合いになるだけの関係だ。

シロクマ婦人は、座席2つ分を占領するが、もちろん二人分の料金を払えなんて思わない。彼女はとても愛すべき存在だ。
「で、そのシロクマ婦人は、毎日どこに行くの?」
咲が、興味深そうに身を乗り出した。
咲は僕の恋人で、2年近く一緒に暮らしている。
「知らないよ。僕の方が先に降りるから」
「気になるわ。白い毛皮のコートを着て、いったいどこへ行くのかしら」
尾行しよう、と好奇心旺盛な咲が探偵まがいのことを言い、僕たちは仕事が休みの日曜日、ふたりでバスに乗った。

5つ先のバス停から、シロクマ婦人が乗ってきた。
「本当にシロクマね。すごい毛皮。さわりたい」
咲が小声で言いながらはしゃいでいる。
『次は、動物園前、動物園前』
アナウンスが流れると、シロクマ婦人がすーっと手をのばし、降車ボタンを押した。
「やだ、動物園前で降りるわよ。シロクマだけに?」
笑いをこらえるように咲が言い、僕たちはシロクマ婦人に続いてバスを降りた。

シロクマ婦人は、迷いなく動物園に入った。
料金を払わずに入ったから、関係者なのだろうか。
「ねえ、ホントに動物園に行くなんてウケるわね」
二人分の料金を払い、シロクマ婦人の後を追った。

シロクマ婦人は、ゾウにもキリンにも猿山にも興味を示さず、まっすぐに向かった先は、シロクマの檻だった。
「やだ!シロクマ婦人がシロクマの前で立ち止まったわ」
咲は本当に嬉しそうだ。子供のように飛び跳ねている。
檻の中には、オスのシロクマが一頭。
金網越しに、シロクマとシロクマ婦人は、じっと見つめ合っている。
何分も何分も動かずに見つめ合っている。

僕たちは、ただ単にシロクマを見に来た客を演じて、シロクマ婦人の隣に立った。
そっとシロクマ婦人を盗み見ると、婦人の目から大粒の涙がいくつも流れている。
僕と咲は、思わず息をのんだ。
白い毛皮のコートが、小刻みに震えている。
興味本位で覗き見したことを、ひどく後悔した。
僕が小さな声で「帰ろうか」と言うと、咲も黙って頷いた。

帰りのバスの中、僕たちは無言だった。
どちらからともなく手を握り合い、寄り添ってバスに揺られた。

翌日から、シロクマ婦人はバスに乗らなくなった。
ぽっかり空いた座席を気にしているのは、僕だけのようだ。
「あの人、どうしたのかな」などと囁き合う人は誰もいない。

「駆け落ちしたんじゃない? あのシロクマと」
咲が、またおかしなことを言いだした。
「だって、すごく愛おしそうに見つめ合っていたじゃない」
「まさか」と言いながら、何となくそんな気もする。

日曜日、僕たちは動物園に行った。
シロクマの檻は空っぽだった。
「やっぱり駆け落ちよ」咲が、優しく金網を撫でた。

「シロクマのタロウは、先週死にました」
後ろから来た飼育員らしき男が、僕たちに声をかけてきた。
「1月に、シロクマのハナコが死んでから、めっきり元気をなくしていましたから」
飼育員は、寂しそうに空っぽの檻を見つめた。
僕がシロクマ婦人を初めて見たのは1月だった。

「夫婦だったのよ。タロウとハナコは」
「愛し合っていたんだね」
僕は、咲の手をぎゅっと握った。
檻の中に、シロクマの夫婦が見えるような気がした。

「あのさ、結婚する?」
春の陽だまりの中で、咲がこくりと頷いた。

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テレビ依存症

「麻子さん、テレビが壊れちゃったのよ」
パートから帰った途端、義母からの電話だ。
電気屋じゃあるまいし、私が行ったところで直るものではないけれど、とりあえず車を走らせて、5キロ先の夫の実家に向かった。
「ほら、みて」
リモコンを渡されて電源ボタンを押したが、テレビ画面は黒いままだ。
「ダメですね。寿命じゃないかしら」
朝から晩までつけっぱなしで8年も経てば、テレビだって壊れるだろう。

義母は早くに夫を亡くし、3人の息子を立派に育て上げた。
しかし息子たちは誰ひとり実家に住まず、長男と次男は少し離れたところに家を建ててしまった。
私は三男の嫁でアパート住まいだが、同居する気はさらさらない。
「お義母さん、日曜日にテレビを買いに行きましょう」
「じゃあ、今夜のドラマは…見られないのかしら」
「録画しましょうか? 何時からです?」
「録画なんて…うちには機械もないし、そういうの嫌いなのよ」
「じゃあ、うちに来ます?」
本意ではないけれど、たまにはいいかと思い提案すると、義母は嬉しそうに頷いた。

息子の翔太は「おばあちゃんだ」と喜んだ。
帰ってきた夫の孝雄も「あれ、お袋来てたのか」と嬉しそうだ。
2,3日泊めてあげようと、私は思った。

義母は本当にテレビばかり見ていた。
家では絶対見ない時代劇や演歌の番組からバラエティまで、そこまで笑うかというほど笑いながら見ている。
我が家は狭いので、リビングに布団を敷いて義母を寝かせた。

翌朝、目が覚めるとテレビの音が聴こえる。
リビングで、義母がテレビを見ていた。
「お義母さん、早いですね」
「あら麻子さん、おはよう。実は寝てないのよ」
「え?」
「深夜テレビってね、意外と面白いの。だからついつい寝そびれちゃうの」
テレビ依存症かよ。私は呆れながら心の中で軽いツッコミを入れた。
「今日、なるべく早く帰るので、テレビ買いに行きましょう」
毎日こんなふうにリビングを占領されるのもかなわない。
私はその日、1時間早くパートを切り上げて家に帰った。

義母は相変わらずテレビを見ている。その横で翔太が宿題をしている。
「おばあちゃん、ずっとテレビとお話してるよ」
義母は振り向き、私に向かって「どちらさま?」と言った。
「孝雄の学校の先生? 今日、家庭訪問だったかしら」
思わず翔太と顔を見合わせる。義母が、テレビと一緒に壊れてしまった。

義母が死んだように眠った夜、3兄弟夫婦が家に集まった。
「ついに来たか、認知症」
「まだわからないですよ。検査しないと」
「ねえ、麻子さん、近くにいて気づかなかったの?」
「いっしょに住んでいるわけじゃありませんから」
「とりあえず医者に連れて行って、様子を見るしかないだろう。孝雄、頼んだぞ」
「え? おれ?」
「いちばん近くに住んでいるんだから」
「そうよ。あとは孝雄さんと麻子さんにお任せしましょう。お義母さまの一番のお気に入りは麻子さんですもの」
はあ? この嫁二人だって、決して遠くに住んでいるわけではない。
子供の受験だ、PTAだと理由を付けて、義母を避けているくせに。

そのとき、隣の寝室で寝ていた義母が起きてきた。
「麻子さん、ごめんなさいね。テレビを買いに行く約束だったのに、私寝ちゃったわ。…あら? みんなそろって何の集まり?」
あまりに普通の義母に拍子抜けして、兄夫婦たちはそれぞれの家に帰った。
とりあえず検査はしたが、どうやら寝不足で一時的におかしくなっていたようだ。

義母の家に新しいテレビが来た日、私はテレビの電源を切って義母と向き合った。
「お義母さん、私これから毎日来ます。パートの帰りに1時間、ダンナや小姑の愚痴を言いに来ます。そのときはテレビを消して、私の話し相手になってください」
義母は「あらまあ、嫁の愚痴を聞くなんて、時代も変わったわ」と笑った。

同居するのはまっぴらごめんだけど、そのくらいならいいかな…と思いながら、夕方のニュースを義母と並んで見た。


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純愛日記 [男と女ストーリー]

2017年3月

卒業式で、大好きな先輩が答辞を読んだ。
凛々しい先輩を見るのは、今日で最後。
溢れる涙をこらえて、私は先輩の姿を目に焼き付けた。
「思い切って告白すれば?」
友達は言ったけれど、私は見ているだけで幸せだった。

家に帰ると日記帳を開く。
入学した日に、桜吹雪の中で先輩を見た日から毎日書き続けている日記。
先輩への想いが詰まった2年間の日記。
最後の想いを綴って日記帳を閉じ、鍵のかかった引き出しにしまった。

翌日、学校から帰ると、部屋の様子が微妙に違っている。
日記の鍵を入れた小物入れの蓋が少しずれている。
日記帳は引き出しにちゃんと入っていたが、誰かに見られたような気がした。
だけど母はパートでいないし、中学生の弟は部活で私より帰りが遅い。
きっと気のせいだ。私は日記を読み返して、先輩との思い出に浸った。

そんな思い出が、黒く塗りつぶされるような出来事が起きた。
先輩に彼女が出来た。
その彼女というのが、私に「告白すれば?」といつも言っていた親友だった。
「あんたが告らないから、あたしが言ったの。すぐにOKもらえたよ」
私はその夜、大泣きしながら日記帳をびりびり破って捨てた。
こんな思い出、もういらない。
切ない恋と儚い友情を、思い知った夜だった。

2042年3月

子供のころから書くことが好きだった私は、小説家になった。
一度大きな賞を頂いたけれど、その後はなかなか書けずにいる。
今手掛けているのは、純愛小説なんだけど…。
「先生、主人公、高校生ですよね。なんだか、中年女みたいなんですよね。もっとこう、ピュアな恋愛とか、書けませんか」
編集さんによる鋭いダメ出し。
青春物で賞をもらったから、次は純愛物をと意気込んだけれど、恋なんて何年もしていない。
そういえば、高校生の頃、すごくピュアな片思いをしていた。
その頃のことを思い出してみたが、そういう感情はもはやどこかへ消えてしまった。

そういえば、あのころ日記を書いていた。
あの日記、どうしたかしら。
実家に行って探してみたけれど見つからない。ああ、そうだ。嫌なことがあって、破って捨てたことを思いだした。

数年前から始まった、タイムトラベルサービス。
まだ開発途中で、過去にしか行けないのだけれど、確か滞在時間1分1万円だ。
利用してみようか。
日記帳を超小型高性能カメラで読み取って、戻ってくるまで10分もかからないだろう。出せない金額ではない。

私は、私が日記帳を破り捨てる前の2017年3月に戻った。
懐かしい部屋だ。17歳の私は、この部屋で泣いたり笑ったりしていた。
感慨に浸っている場合ではない。1分1万円だ。
引き出しの鍵の場所はもちろん知っている。
素早く事を終え、私は2042年に帰り、日記に詰まったたくさんの純愛を文字にしていった。

小説「純愛に死す」はベストセラーになった。
「この作品は、先生の体験が元になっているそうですね」
「はい、私は、この辛い失恋の後、なかなか次の一歩が踏み出せませんでした。脆くて切なくて純粋だったころの自分と、主人公を重ねて書いたものです」
「先生が未だに独身なのも、この純愛が関係あるのでしょうか」
「そうかもしれませんね」

2017年3月

びりびりに日記帳を破り捨てて大泣きしたらすっきりした。
さあ、次の恋しよう!


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はつこい [ファンタジー]

僕の初恋は、姉のお雛様だった。
大きな屋敷にあるような七段飾りではなく、お雛様とお内裏様だけの一段飾りだ。
姉はお雛様を飾るたびに、「さわらないでよ」と言った。
だから僕は、少し離れたところから、お雛様を眺めるだけだった。

僕は小学生になった。
母と姉が出かけて、僕は子供番組を見ながらひとりで留守番をしていた。
「くすくす」と笑い声がした。
振り返ると、お雛様が笑っている。
見間違いかと思ったけれど、何度も笑う。
「テレビ、面白いの?」
「ええ、面白いわ。だってこの子、何度叱られても同じいたずらをするんだもの」
「そうだね。チャレンジャーだね」
「キミとは大違いね。キミは、お姉さんが私にさわるなと言ったら、本当にさわらないんだもの。良い子すぎてつまらないわ」
「さわって…いいの?」
「もちろんいいわよ」

僕は、お雛様に初めて触れた。近くで見ると、すごくきれいだ。
「きれいだな」
「ありがとう。お内裏様は、そんなこと言ってくれないわ」
「そうなの?」
「もともと愛なんてないのよ。政略結婚だから」
「せいりゃくけっこん?」
「キミにはわからないでしょうけど、昔はね、自分の気持ちなんて関係ないの。家のために結婚するのよ」
「ふうん」
そのとき、母と姉が帰ってきて、僕は慌ててお雛様を戻した。
「ただいま。あんた、お雛様にさわった?」
「さ、さわってないよ」
「そう。ならいいわ」

その後もお雛様は、僕がひとりのときに話しかけてきた。
たいがいはお内裏様の愚痴だった。
「あの人、何を考えているのかわからないの。ちっとも話さないしね。キミとのおしゃべりの方がずっと楽しいわ」
小学生の僕には、重い話だったけど、なぜかとても嬉しかった。
だけど月日が流れるにつれて、お雛様の愚痴はだんだん減っていった。
「あの人、無口だけど意外と優しいところもあるのよ」
「へえ」
「不器用なのよね。簡単に愛を口にする人より信頼できると思うわ」
「へえ」
「キミは、好きな子はいないの?」
「え?あっ、姉ちゃんが帰ってきた」
そんなふうに、僕たちの楽しい時間は過ぎていった。

姉は中学生になると、お雛様を飾らなくなった。
「どうして飾らないの?」
「勉強が忙しいの。お雛様どころじゃないわ。男のくせにお雛様を飾りたいなんて、あんた、もしかしてオカマ?」
姉の言葉に傷つきながらも、いつしかお雛様を飾らないのが当たり前になり、僕の人知れぬ初恋は終わりを告げた。

さらに月日は流れ、姉は結婚して男の子ふたりの母になった。
その後僕も結婚して、秋に女の子が生まれた。
「まあ、初節句ね。お雛様を買わなくちゃね」
母の言葉に僕は、姉のお雛様を思い出した。
「おれ、姉ちゃんのお雛様が欲しいんだけど」
「あんな古いお雛様より、新しいのを買ったら」
母は言ったけれど、僕はどうしても姉のお雛様がいいと言った。
妻もそれでいいと言ってくれた。
姉は「別にいいけど。あんた、小さいころお雛様にさわらせてもらえなかったのが、よほど悔しかったのね」と笑った。

久しぶりに会ったお雛様は、やはりきれいだった。
もうしゃべることはなかったけれど、見るたびに甘酸っぱい想いが甦る。
娘が3歳になった穏やかな春、家族でお雛様を飾った。
「ねえパパ」
お雛様をじっと見ながら娘が言った。
「せいりゃくけっこんって、なに?」

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長い乾杯 [コメディー]

ご指名をいただきました長井です。
僭越(せんえつ)ながら、乾杯の音頭をとらせていただきます。

あきらくん、みさきさん、ご両家の皆さん、本日はまことにおめでとうございます。
あきらくんが我が社に入社いたしましたのは、5年前の4月のことでございます。
桜はまだ3分咲きといったところでした。
入社して一週間のころ、桜は満開になり、恒例の花見をすることになりました。
私はあきらくんに場所取りをするように言いました。
新入社員が最初に任される大役なのです。
すると、あきらくんは言いました。
「なんで場所取りとかするんすか? それって業務と関係あるんすか? だいたいこのクソ寒いのに外で花見って、頭悪いっすよね」

私はいたく感心しました。
上司に向かって堂々と意見を言えるなんて、私たちの時代では考えられません。
こいつは大物だと思いました。

その後、あきらくんは大きな契約をとってきました。
聞けば御父上が、地元ではかなり有名な建設会社の社長さんだそうで、コネを使いまくってとった契約だったそうです。
何はともあれ我が営業部の成績がぐんと上がったのは、嬉しい限りでございます。
この場を借りて、お父様にお礼申し上げます。
その後、契約書の数字を一桁間違えたり、商談中にスマホでアイドルの画像見ていたりしましたが、ご心配なく。
こっそりフォローしているのは、この私ですよ、お父様。

新婦のみさきさんは、とても聡明なお嬢さんです。
玉の輿を狙って合コンに行き、見事にできちゃった婚まで漕ぎつけた努力と執念には感服いたしました。
教会の挙式では、元カレが乱入するという珍事もございましたが、強面の方々が丸く収めてくださりホッといたしました。
「ちょーあせった~、マジかんべん」と、つぶやくみさきさんに、ちょーウケました。
あっ、失礼いたしました。

えー、おふたりが幸せな家庭を築かれることを心より願いながら、カンパイ!
あれ? みなさん、もう飲んでる…
「なげーよ」
「マジかんべんだっつうの」


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社長夫人と僕

社長夫人は、社長が不在の時を狙って会社に来る。僕に会うために。
今日は昼休みにやってきた。
「あら、あなたひとり?」
「社長は出張です(知ってるくせに)」
「まあ、愛妻弁当? ちょっとおかず少なくない?」
「放っておいてください」
「ねえ、今夜うちに来ない? あの人いないから」
「行きませんよ。嫁が待っているんで」
「朝昼晩、嫁の食事じゃ飽きるでしょ。たまには浮気しなさいよ」
弁当のプチトマトを、赤い口紅をたっぷり塗った口に放り込み、
「甘くないわね。安いトマトね」
「放っておいてください」

社長夫人は、ずっと社長の愛人だった。
2年前に本妻が亡くなって、正妻の座についたのが半年前だ。
社長と前妻との間に子供はなく、再婚に反対されることもなかったが、会社の中には、あまり快く思っていない社員もいた。
事務の中川さんが昼休みを終えて戻ってきた。
社長夫人が僕の隣に座っているのを見て、あからさまに嫌な顔をした。
中川さんは、社長の再婚を快く思っていないひとりだ。

「おじゃましました」
腰をくねらせて社長夫人が帰ると、中川さんは大きくため息をついた。
「狙われてるんじゃない? 浅田くん。誘惑された?」
「いえ、そういうんじゃないです」
「前の奥様は品のいい方だったのに、あのケバイ女が社長夫人だなんて、会社の恥ね」
中川さんは社長夫人の香りを消すように、窓を開けた。
ひんやりした風が入り込み、僕は少し身震いをした。
「浅田くん、社長夫人に気に入られるのもいいけど、誘いに乗ってクビにならないようにね」
「まさか」

僕はこの会社で経理の仕事をしている。
高卒だけど、会社の配慮で夜間の経理専門学校に通わせてもらった。
中川さんは、そんな僕を少しやっかんでいる。

数日後、社長夫人がまたやってきた。僕はコンビニで買ったパンを齧っていた。
「あら、今日は愛妻弁当じゃないの? ついに嫁に逃げられた?」
「ちがいます。ちょっと具合が悪いだけです」
「風邪?」
「いえ、つわりです」
「あらまあ、おめでたなの。やだ、早く言ってよ」
社長夫人が隣に座って、ささやくように顔を近づけてきた。
「じゃあ今晩うちに来ない? ほら、いろいろ不自由でしょ」
「不自由なんてしてませんよ」
「敬語やめなさいよ。ふたりきりなんだから」
社長夫人の指が僕の髪に触れたとき、中川さんが帰ってきた。
社長夫人は立ち上がり、「じゃあね」と手を振った。
中川さんは、軽蔑するように僕を見た。

社長夫人と僕が不倫をしていると噂が流れたのは、翌日のことだ。
僕と社長夫人が顔を近づけて親密そうに話す写真が、会社の掲示板に貼り出されていた。
おそらく中川さんの仕業だ。
「浅田くん、おとなしそうに見えてなかなかやるね」
「社長に特別扱いされて、いい気になってるんじゃね」
「浅田はクビだな」
うわさ話にうんざりしているところに、社長がきた。
「キミ、子供が出来たそうじゃないか。おめでとう」
ニコニコしながら僕の手を握った。
「困ったことがあったら言いなさい。家内も心配していたよ」
「ありがとうございます」

そんなやりとりを見ていた中川さんが、居ても立っても居られない様子で僕と社長の間に割って入った。
「社長、浅田くんは社長を裏切っているんですよ。奥様と不倫しています」
そう言って写真を見せた。
一瞬間を置いて、社長が大声で笑いだした。
「仲睦まじい写真じゃないか。不倫の訳ないだろう。妻と彼は親子なんだから」
「お、親子?」

そう。社長は母の愛人だった。
そういう関係に反発した時期もあったけど、金銭的な援助も受けたし、好待遇で社員にしてくれた。
何よりこの会社は、いずれ僕の物になる。
その日まで、せいぜい母と仲良くしてくださいよ、お義父さん。


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