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チューリップとパンジー [ファンタジー]

ぽかぽかの春です。
花壇には、赤いチューリップと黄色いパンジーが仲良く並んでいます。
『いいお天気ね。パンジーさん』
『気持ちがいいわね。チューリップさん』
ニコニコと笑いあっています。
しかし、その心の中は・・・・・

『パンジーはいいわね。大地に守られて安定しているわ。それに比べて細くてのっぽな私は、少しの風でゆらゆらしちゃう。パンジーが羨ましいわ』
『チューリップはいいな。すらりと背が高くて。きっと私たちよりいい景色を見ているはずよ。ああ、チューリップが羨ましい』

ジョーロを持ったおじさんがやってきて、花壇に水をかけました。
もちろんおじさんは、まんべんなく平等に水をかけています。
しかし・・・・・

『おじさんったら、パンジーにばかり水をあげているわ。きっとあちらの方が可愛いのね。そりゃあそうよ。私たちよりずっと長く咲いているんだもの。愛着があるのね。だからって、えこひいきはダメよね』
『おじさんがチューリップを見る目が、私たちを見るときと違っているの。何だか愛おしそうに見るのよ。私なんか冬の寒い時から咲いているのに、チューリップが咲き始めてから、おじさんは変わってしまったわ。ひどい話よ』

ランドセルを背負った女の子が通りかかりました。
「おじさん、きれいなお花ね」
もちろん女の子は、チューリップもパンジーも同じくらいにきれいだと思いました。
しかし・・・・・・

『この女の子、パンジーばっかり見てるわ。可愛いものね。女の子は可愛いものが好きだもの。帽子もランドセルも黄色だし、きっとパンジーが好きなのね』
『この女の子、チューリップばっかり見てる。春の花といえばチューリップだもんね。どうせ学校へ行ったら歌を歌うんでしょ。さいた、さいた、チューリップの花が…ってね』

『ねえ、ちょっと君たち』
近くにいた草が話しかけてきました。
『君たちはいいよね』
『何がいいの?』
チューリップとパンジーが問いかけましたが、草は答える前にスポンと根っこごと引き抜かれてしまいました。

「雑草が出てきたな」とおじさん。
「おじさん、ここにも草があるよ。あ、ここにも」と女の子。
次々に抜かれていく雑草たちを見て、チューリップとパンジーは顔を見合わせました。

『ねえ、パンジーさん、私たち、けっこう幸せかも』
『ええ、私も今、同じことを考えていたわ。チューリップさん』

瀕死状態の草が、よれよれになりながら言いました。
『な、そうだろう』

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セイシツさん [公募]

仕方ないだろう。一夫多妻制は国の方針なんだから。
僕だって大変なんだ。四軒の家を行ったり来たり。
君をないがしろにしているわけじゃないんだ。
そもそも君は「セイシツ」なんだから、どーんと構えていればいいのさ。

夫はそう言って出て行った。三週間ぶりの我が家での滞在時間は、僅か35分だった。
結婚しない男女が増え、少子化がどうしようもなく深刻化した。
そこで国は、子どもの数を増やすために一部の富裕層に、一夫多妻制度を導入した。
古き日本の風習であった「側室」を持つことが認められた上に、側室に子どもが出来れば社会的地位が上がる。
当初は女性蔑視との批判も出たが、実際に子どもの数は増えたし、恋愛よりも側室という若い女も増えた。
やがて「セイシツ」「ソクシツ」などと、如何にも軽い呼び方をされ、その制度は社会に広まっていった。

「カンナの子どもが生まれた。祝いの品を持って行ってくれ」
夫からの短い連絡。
カンナというのは三人目のソクシツで、水商売上がりの若い女だ。
祝いの品など持って行きたくないが、それが習わしとなっている。
セイシツ、ソクシツ間の確執を和らげるために考えられたものだ。

セイシツご用達の店に行き、ベビー服に夫の苗字を刺繍してもらう。
それが祝いの品である。子どもを夫の子として認めた印だ。
そのまま病院に向かうと、カンナは「ヤッホー、セイシツさん」と、大きな胸を更に揺らして手を振った。
「女の子だそうで、おめでとうございます」
「ねえ、セイシツさん、赤ちゃん見た? あっくんにそっくりなんだよ」
あっくんというのは、夫の篤宏のことらしい。私より20歳も若いカンナに、鼻の下を伸ばす夫の顔が浮かぶ。
「ねえ、うちの子何人目?」
「5人目です。第1ソクシツと第2ソクシツとの間に、子どもが2人ずついますから」
「えっ、セイシツさんには子どもいないの?」
「ええ、結婚当初に婦人科系の病気を患って、子どもは諦めました」
「うわあ、かわいそう」
カンナは、憐れむような眼で私を見た。

子どもを諦めた夜、夫は君がいればそれでいいと、優しく抱きしめてくれた。
私は決して可哀想なんかじゃなかった。ふたりの暮らしは、充分に幸せだった。
忌々しいあの制度が出来るまでは。

木枯らしに背中を押されながら帰った。
私に子どもがいたら、夫はソクシツを持たなかっただろうか。
いや、それはない。夫の経済力なら、ソクシツを持たない方が非難される。
そういう世の中なのだ。

カンナが退院してまもなく、我が家にソクシツたちが集まることになった。
子ども同士の交流が目的だ。年に数回行われている。
異母兄弟である子どもたちは、別室で仲良く遊んでいるが、ソクシツたちは険悪だ。

「カンナさん、あなた出来ちゃったソクシツなんですって?」
「正式な契約もせずに妊娠するなんて、どうかと思うわ」
「別にいいじゃん。契約するつもりだったもん。順番が違っただけでしょ」
「ソクシツが増えたせいで、私たちのところに来る回数が減ったじゃないの」
「そうよ。うちの子はまだ幼稚園よ」
「私のところだって反抗期真っただ中よ。父親がいないと困るわ」
カンナがふっと肩をすくめた。
「回数が減ったのは、おばさんたちに飽きたからじゃないの? ねえ、あっくん」
「なんですって!」
怒鳴りあう女たちの間で、夫がオロオロしている。
赤ん坊が寝ているそばで、よくもくだらない痴話げんかが出来るものだ。

私はそんな騒動を尻目に、子どもたちのところへ行く。
「さあ、焼き立てのクッキーよ」
「わあ、おいしそう。セイシツのおばちゃん、ありがとう」
「好きなだけ食べなさいね」
「セイシツのおばちゃん、優しいから好き」
「ボクも好き」
私は、子どもたちを手名付ける。年老いたら面倒を看てもらうためだ。
夫なんて当てにならないし、欲深いソクシツたちなど、端から当てにしていない。
頼れるのは、未来を担う子どもたちだ。

「ボク、セイシツのおばちゃんがママならよかったな。全然怒らないしお小遣いくれるし」
「ボクも」「わたしも」
「じゃあ、おばさんが年を取ったら一緒に暮らしてね」
「うん、いいよ」
こういう特典がなかったら、やってられないわ。

*****
公募ガイド「TO-BE小説工房」の落選作です。
課題は「修羅場」でした。最近本当にレベルが高くて。
難しいな~


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たかが5千円、されど5千円

あら、この人お釣り間違えてる。
2300円のものを買って5千円払ったから、お釣りは2700円でしょう。
それなのに私の手には、7700円が載っている。
やっぱり言わないとまずいよね。5千円って大きいもの。
「あの」と言いかけた途端、後ろに並んだ客に肩を押された。
「終わったらさっさとよけて。レジが混んでるのわかるでしょ」
弾かれて、私はすごすごと下がった。
ネコババしたわけじゃないのよ。ちゃんと返そうとしたのよ。
あのおばさんに押されたからよ。
私は言い訳しながら、万引きでもしたような気分で、ささっと店を出た。

後ろめたさの裏側に「得しちゃった。ラッキー」という気持ちがなかったわけではない。
普段の行いが良いから、神様がくれたご褒美かもしれない。
そう思ったら気が楽になった。欲しかったバッグ買おうかな。

夜になって帰ってきた夫が、やけに沈んでいる。
「あなた、何かあったの?」
「実はさ、同期のKくんが、懲戒免職になったんだ」
「まあ、どうして?」
「K君は経理の仕事をしているんだけど、会社の金を使い込んだらしい」
「まあ、いくら?」
「5千円」
「5千円? たったの5千円?」
「たとえ5千円でも横領だよ。ちょっと借りて後で返すつもりだったらしいけど、やつの家もいろいろ大変らしくてね」
「クビになったら大変じゃないの。どうするの、これから」
「職探しだな。奥さんが、駅前のスーパーで働いているらしいよ」
駅前のスーパー! 私はハッとした。
釣銭を間違えた店員のネームプレート、確かKではなかったか。
「飯まだ?」という夫の声など聞こえないほど動揺していた。
罪悪感で押しつぶされそうだ。
明日スーパーに行って、5千円を返そう。

翌日、封筒に5千円を入れてスーパーに行った。
Kさんは、都合よく人気の少ない通路で品出しをしていた。
「あの、Kさん」
話しかけるとKさんは笑顔で振り返った。
「いらっしゃいませ。何か御用でしょうか」
「あの、昨日、レジのお金、合わなかったでしょう?」
「え?」
「ごめんなさい。私、お釣りを多く受け取ってしまって。これ、返します。受け取ってください」
「何のことでしょう?」
「いいから受け取って。ご主人だけでも大変なのに、あなたまで辞めさせられたら大変じゃないの。ね、受け取って」
私はKさんのポケットに封筒をねじ込んで、素早く店を出た。
これでいい。これで私が地獄に落ちることはない。

Kさんのモノローグ
「なんだろう、あの人。レジのお金はきっちり合っていたのに。あら、5千円も入ってる。店長に言った方がいいかな。でも私、今日で辞めて主人と田舎に帰るから、別にいいか。もらっておこう。ラッキー」

Kさんが、意外としたたかだったことなどつゆ知らず、私はその夜家計簿を付けながら、5千円が足りないことに気が付いた。
もしかして私、昨日の買い物で1万円出していた?
あ、そういえば、1万円札だったかも。ああ、絶対そうだ。
落ち込む私に息子が追い打ちをかける。
「お母さん、部活の合宿代5千円ね」

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桜の木の下 [コメディー]

花曇りの朝、愛犬のエリザベスと散歩に出ました。
公園の桜の花が見事に咲いて、思わず足を止めました。
すると、エリザベスが木の根元に向かって吠え始めました。
ワンワンワンワン。
めったに吠えないエリザベスが、やけにワンワン吠えるのです。
もしかして、これは……
花咲かじいさんのお話が浮かびました。
犬が吠えたところを掘ったら、大判小判がごっそり出てきた話です。

私はちょうどシャベルを持っていたので、桜の木の根元を掘りました。
ここ掘れワンワン♪ と歌いながら掘りました。
さて、何が出てきたと思います?

死体……と思ったあなた、ミステリー小説の読みすぎです。
タイムカプセル……と思ったあなた、青春ドラマの見すぎです。
土の中には、瓶がありました。
アンティークのおしゃれな瓶を想像したあなた、ロマンス小説の読みすぎです。
それは、海苔の佃煮の瓶でした。
蓋が錆びついて、ラベルが剥がれた汚い瓶でした。
何とか蓋をこじ開けたら、一枚の紙が入っていました。
熱烈な恋文だと思ったあなた、恋愛ドラマの見すぎです。
未来からの手紙だと思ったあなた、SF小説の読みすぎです。
それは、一枚の宝くじでした。

これが当たって大金持ち……と思ったあなた、人生ゲームのやりすぎです。
とっくの昔に期限切れでした。
これを埋めた人の背景には、どういう物語があるのでしょう。

1、 当たって、億万長者になるのが怖くて埋めた。
2、 外れてやけになって埋めた。
3、 いたずらで盗んだ宝くじが当たってしまって、換金できずに埋めた。

「私は3番だと思うんだけど、エリザベスはどう思う?」
「ワン」
「えっ、1番? そうかなあ」
「ワンワン」
「2番? うーん、埋める必要なくない?」
「ワンワンワンワン」
「ええ、4番があるの? なになに?」

まあ、考えても仕方ないことなので、私はまた瓶を埋めました。
さあ、お散歩を続けましょう、エリザベス。
こんな刺激的なお散歩も、たまにはいいものですね。

しかし翌日の新聞に、私、卒倒しました。
『〇〇公園の桜の木の下に1億円』という見出しです。
記事を読んでみると、まさに私が掘った桜の木の下に、1億円の現金が埋まっていたと書いてあったのです。
嘘でしょう? 期限切れの宝くじだったわよね?
ねえ、エリザベス。

「ワンワンワンワン」
(だから4番って言ったでしょ。4番はね、瓶はただの目印。その下に、大金が埋まっているの。公園の桜はたくさんあるから、忘れないように目印を埋めたの。海苔の瓶に外れくじを入れてね。すぐにわかるように、浅く掘って土をかぶせたの。あなたが見つけたのは、その瓶だったのよ。もっと深く掘れば1億円だったのよ。せっかく教えてあげたのにね)

「さあ、エリザベス。今日もお散歩に行きましょう。いいお天気ね」
ワンワンワンワン!
(まあ、ご主人さまは幸せそうだから、別にいいか)

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配達証明(空見の日) [競作]

もぐらさんの呼びかけで始まった「空見の日」
今年でなんと9回目。
始まりは2011年でしたね。多くの人が空に想いを馳せた年でした。
いろんな地域の空が、今年も集まるのかな。

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ひこうき雲、見えますか

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午後5時50分の空。日が延びたな。

小説ブログなので、短いお話を一つ。

配達証明

空に手紙を書いた。

『お父さん、どうしてる?
そちらには、友達がたくさんいて楽しいかな。まさか毎日どんちゃん騒ぎ?
こっちは相変わらずよ。
小躍りするほど嬉しいこともあれば、世界中の光を消してしまいたくなるほど嫌なこともある。
だけどそれも、生きているからこそだね。そう思えば頑張れる。
もうすぐお彼岸ね。
お父さんの好きなお酒を持ってお墓に行くから、そのときだけは降りてきて。
ほんの数分でいいからね。
私たちの元気な顔を見て、ほんの少しお酒を飲んで(少しで済むかしら)それから空に帰ってね。絶対よ。待ってるからね』

2階のベランダから手を伸ばして、まだつぼみが堅い桜の枝にくくり付けた。
空の郵便屋さんが回収するまで、どうか雨が降りませんように。

やがて桜の花が咲き、はらりはらりと舞い始める。
桜の花びらに混ざって、私の部屋に小さな紙切れが舞い落ちる。

『配達証明書:お手紙、たしかに配達しました』

天国郵便局のスタンプ付き。
よかった。ちゃんと届いたのね。
お彼岸に間に合ったかどうかはわからない。
だけどね、手を合わせている間に、お供えしたお酒が少しだけ減っていたの。
これ、私だけのヒミツ。


もぐらさんのブログはこちらです。
http://koedasu.cocolog-nifty.com/blog/
みなさんの空は、どんな空だった?

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妄想王子様 [男と女ストーリー]

優馬センパイの指定席は、レースのカーテンが揺れる窓際の席。
いつも難しい本を読みながら、シナモンティーを飲む。
知的な横顔に、私はいつもウットリしてしまう。
ゆっくりとした優しい時間が流れる。
お水のお代わりを持っていくと「ありがとう」と微笑む。
それだけでいい。それ以上は望まない。
だって彼は、手の届かない王子様だから。

「おいアイ子、ラーメンと餃子、一番テーブルな。ぼうっとしてんじゃねーぞ」
ああ、もうお父ちゃんったら、素敵な妄想に入ってこないでよ。
「おい、ねえちゃん。醤油ラーメンとライス大盛」
「はいはい、おじさん確かネギ抜きだよね」
「おっ、わかってんじゃねーか。さすが跡継ぎだな」
「誰が継ぐか、こんなしょぼい店」

5分前まで優雅で上品な妄想をしていた私は、ラーメン屋の娘。
油ギトギトの窓と、漫画しかない本棚。
飲み物といえばビールかウーロン茶。
水のお代わりを持っていけば、一気に飲んで「もう一杯くれ」っていう客ばかり。
ああ、私の素敵な王子さまは、こんな店には来ないだろうな。
女子高で、夜と土日は店の手伝い。どこにも出逢いなんてありゃしない。

それは土曜の昼下がり。
客も落ち着いて、休憩に入ろうと思ったら、ネギ抜きおじさんがやってきた。
「いらっしゃい。おじさん、いまごろお昼?」
「いや、ちがうんだ。ちょっとねえちゃんに頼みがあってな」
「え? なに?」
「駅前に、白薔薇っている喫茶店があるだろ。そこで息子と待ち合わせしてるんだけどさ、代わりに行ってくれねーか」
「はあ? なにそれ。自分で行きなよ」
「いや、実はさ」
おじさんは、ぽりぽり頭をかいた。

おじさんは、10年前に家族を捨てた。
当時8歳だった一人息子が、何かのきっかけで父親の消息を知り、連絡してきたのだという。
「今更、どの面下げて会えばいいんだよ。おれ、まともな服の一枚も持ってないのにさ」
おじさんは、封筒を差し出した。
「たいした額じゃないけど、小遣いだ。あいつに渡してくれないか。ねえちゃんにも、後でお礼するからさ」
「わかったよ。で、その人の名前は?」
「優しい馬と書いて、優馬だ」
うそ!私の妄想王子と同じ名前だ。もっともこのおじさんの息子がイケメンである確率は限りなく低いけどね。

私はその足で、初めて喫茶白薔薇に行った。素敵なお店だ。
明るくて落ち着いた雰囲気は、私の妄想そのものだ。
窓際の席に、その人はいた。
難しそうな本を読んで、時おり時計を気にしてうつむく。
どうしよう。何となく、私の理想に近いんだけど。
「優馬…さん?」
「はい」
顔を上げた。やだ、カッコいい。しかも彼の飲み物は、シナモンティーだ。
私はドギマギしながら事情を話して封筒を渡した。
彼はふっと笑いながら、つぶやいた。
「相変わらず気が小さいやつだな」
「そうだね。ネギも食べられないしね。大人なのに」

彼は18歳。この春から、この街の大学に通っている。
母親が再婚して、今は幸せだということを、父親に伝えたかったらしい。
ネギ抜きおじさんに、その話をしたら泣き崩れた。
そして何度もお礼を言って、缶コーヒーを1本くれた。(缶コーヒーかよ!)
「もう会うことはないけど、元気ならよかったよ」
ネギ抜きおじさんはそう言ったけれど、また会う可能性は充分高い。
だって私、別れ際にラーメンのサービス券をあげたから。

あ、ちょっと待って。この小汚いラーメン屋に白薔薇王子が来る?
やばい!やばくない?
「ねえ、お父ちゃん、この店きれいに改装しない?」
「ばか、そんな金あるか。早くラーメン運べ」

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ソラシド [公募]

日曜日の昼下がり、君がピアノを弾いている。
その横で、五歳の春香が歌を歌っている。
僕たちの可愛い娘は、少し舌足らずのあどけない声で歌う。

「ドはドーナッツのド、レはレモンのレ」
ドレミの歌だ。まるでサウンドオブミュージックみたいだ。
そういえば君の笑顔は、あの女優に少し似ている。
幸せとは、きっとこういうひと時のことをいうのだろう。
君がプロポーズを受けてくれたときが人生の最高潮だと思っていたのに、それ以上の幸せがたくさんあることを、娘の春香が教えてくれた。

「ソ」のところで、春香が急に歌をやめた。
「ねえママ、ソだけが他と違うのはなぜ?」
「えっ?」
君は怪訝な顔で春香を見た。
「ドはドーナッツ、レはレモン、ミはみんな、ファはファイト、全部音符と同じ文字から始まるのに、ソだけが違うよ」
春香は、「ソはあおいそら~」と歌った。
「ねっ、ソだけが違う言葉で始まるよ。どうしてかなあ。あとね、空は青いだけじゃないよ。赤いときも黒いときも灰色のときもあるよ。ねえ、おかしいよね」

春香は、何にでも疑問を持つ子どもだ。「なぜ? どうして?」が実に多い。
僕はそういうところが素晴らしいと思っている。とても賢い子どもだ。
君はいつも答えに迷う。さて、今日はどんなふうに応えるのだろう。
「ねえ、ねえ」とまとわりつく春香と君を、僕はニヤニヤしながら見ていた。

君は突然、両手で鍵盤を思い切り叩いた。静かな部屋に、不協和音が鳴り響いた。
「知らないわよ。どうでもいいじゃない、そんなこと!」
一瞬の静けさの後、春香が大声で泣き出した。
君はピアノを離れてソファーに座り、苛立ちとモヤモヤを抑えきれずに震えた。
僕は春香の髪を撫で、「大丈夫だよ」と言った。
「ママは少し疲れているんだよ」と。

春香は泣き止まない。重い空気が部屋中のカーテンを暗い色に染めていく。
「春香のことは僕にまかせて」
僕の声を振り払うように、君は頭を抱えた。
頷くこともなく、こめかみを抑えて耳をふさいだ。
春香の泣き声だけが四角い部屋を支配していた。

やがて日が暮れて、赤い夕焼けがレースのカーテンをミカンみたいな暖色に染めた。
「見て、ママ、お空が赤いよ」
ようやく泣き止んだ春香が、君の腕をそっとつかんだ。
本当に、きれいな夕焼けだ。泣きたくなるような、きれいな夕焼けだ。

君はようやく立ち上がり、春香の小さな手を握った。
「本当にきれいな赤い空。目に染みるわ」
「目にしみる? 何がしみるの? 痛い?」
あどけない顔で見上げる春香に、君の心が丸く溶ける。
「どこも痛くないわ。悲しいだけよ」
「きれいなのに、悲しいの?」
「きれいだから、悲しいの」

君はしゃがんで、春香と目線を合わせた。そして優しく抱き寄せた。
「それでいいよ」
僕は後ろから、そっとふたりを見守った。もう見守ることしか出来ないからね。

「パパにも見せてあげようよ」
春香が祭壇から、僕の写真を持って来た。
三人で遊園地に行ったときに撮ったものを、切り抜いて引き延ばした写真だ。
僕は笑っている。その横で、君と春香も笑っていた。
楽しかった思い出から、僕だけが切り取られてしまった。
「ほらママ、三人で見てるよ。赤いきれいなお空を、ママとパパと春香の三人で見てるよ」
「そうだね」
君が、やっと笑った。
もう大丈夫だね。僕は空へ帰るよ。

ふたたび、美しいピアノの音が聞こえた。
春香が歌う。舌足らずのあどけない声で、可愛く歌う。
「シはしあわせよ」
幸せか……。誰にも聞こえない声でつぶやいた。
君と春香の幸せを、僕はずっと祈っている。永遠に、空の上から。

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公募ガイド「TO-BE小説工房」で佳作をいただいた作品です。
課題は「空」でした。
今回は次点だったので、選評もいただきました。
最優秀の話も、この話も、悲しいですね。空って、悲しいのかな。

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シートベルトをしめてください [ホラー]

深夜、僕は車を走らせた。
夕方から降り出した雨が、時おり強くフロントガラスを叩く。
今日の仕事はきつかった。
早く帰って一杯やりたいものだ。

しばらく走ったところで、不意に赤いランプが点いた。
『シートベルトをしめてください』
電子音が流れた。
「おいおい、シートベルトなら、ちゃんとしてるよ」

よく見ると、それは助手席側のサインだった。
助手席側のランプが点灯している。
『シートベルトをしめてください』
電子音が流れ続ける。
「助手席には誰も乗ってないよ。いよいよイカれたか? この車」
独り言を言ってみたけれど、点滅は続く。
『シートベルトをしめてください』
何度も何度も言う。

「うるさいな。誰もいないじゃないか」
僕は左手で、助手席のシートを叩いた。
あれ? 何かが手に触れた。
やけに冷たくて、濡れている何かだ。

恐る恐る、左を見た。
対向車のライトが、やけに眩しい光を放って助手席を照らした。
女がいた。
黒い服を着た、びしょ濡れの、髪の長い女だ。
青白い顔で、僕を見ている。

『シートベルトをしめてください』
『シートベルトをしめてください』
警報の電子音が早口になった。
赤いサインが、高速で点滅する。
どうしよう、どうしよう。この女、絶対に幽霊だ。
暑くもないのに汗が流れた。ハンドルを持つ手が震える。

『シートベルトをしめてください』
『シートベルトをしめてください』
うるさい。頼むから黙ってくれ。

とりあえず、僕は震える声で、黒い服の女に言った。
「シートベルトをしめてくれませんか」
女は、ゆっくり右手を延ばし、シートベルトをガチャリとしめた。

電子音が止んだ。赤い点滅も止まった。
よかった。
そう思った途端、僕のシートベルトがするりと外れた。
黒い服の女がクスリと笑って消えた。
次の瞬間、僕の車はガードレールを突き破った。
黒い闇に落ちていく。忌々しい電子音と共に落ちていく。

『シートベルトをしめてください』
『シートベルトをしめてください』
『シートベルトをしめてください』

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氷河期がきた [コメディー]

氷河期がきた。
気温は常にマイナス40度。
どんなに着込んでも、たちまち全身が凍える。
ダウンジャケットを買わなければ。
夫と子供と私の、とびきり暖かいダウンジャケットを。

寒さに凍えながら、ショッピングモールにやってきた。
ここは暖房が効いて暖かい。氷河期を忘れる。
店には春物の服が並んでいる。
こんなブラウス、欲しかったのよね。
あっ、いけない。ダウンジャケットを買いに来たんだった。

「えっ、ダウンジャケット売ってないの?」
「はあ、もう春物に入れ替えちゃいました。もうすぐ3月なんで」
「だって、氷河期なのよ」
「そう言われましても、冬物はバーゲンで売り尽くしました。それよりお客様、この花柄のワンピースはいかがです? 色が白いからとても似合いますよ」
「あら、そう? じゃあ着てみようかしら」

ああ、結局春物買っちゃった。外は死ぬほど寒いのに春物買っちゃった。
テレビをつけたら、トップニュースは氷河期。
『マイナス40度だと、バナナで釘が打てますね』
と笑った女子アナの衣装はノースリーブ。真夏か!

「ママ、アイス食べたい」
「まあ、氷河期なのにアイス?」
「寒ーい時に暖かい部屋で食べるアイスはサイコーでしょ」
「まあ、言われてみればそうね」

親子でアイスを食べていたら、夫が帰ってきた。
「う~、寒かった。手も足もカチンコチンだ」
「すぐにお風呂沸かすわね」
「ビールある?」
「ないわよ」
「じゃあ、ひとっ走り買ってくるよ。風呂沸かしといて」
「この氷河期に、よくビールなんか飲むわね」
「アイス食ってる人に言われたくないよ」
「あははは。たしかに」

テレビのニュースは、芸能ネタに変わっている。
へえ、この人不倫してたんだ。氷河期なのによくやるわ。

『ここで、速報が入りました。この氷河期は、巨大な宇宙勢力が太陽の光を妨害したためだということがわかりました。地球政府が、ただちに抗議して交渉に向かう予定です』

「へえ、宇宙勢力だって。どうせまた金で解決するんだろ」
「私たちの税金が使われるのね。やってられないわ」
「おいおい、それ、俺のビール」

『さて、続きまして、今日の特集です』
ノースリーブにミニスカートのタレントが元気いっぱいに登場した。
『今日の特集は、氷河期でも遊べるテーマパークです』

「ママ、ここ行ってみたい」
「極暖のダウンジャケットが買えたらね」
春物のワンピースを買ったことは、家族にはナイショよ。ふふふ。

危機感ないな~、地球人、大丈夫か?

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12年目のお雛さま

もうすぐひな祭りだけど、お雛さまは飾っていない。
お父さんは仕事だし、お姉ちゃんは受験だし、お母さんは、もういない。
お母さんは去年、天国に行っちゃった。
わたしは鍵っ子。寂しいけど、口には出さない。
お父さんもお姉ちゃんも、頑張っているんだもん。

誰もいない部屋に「ただいま」って言った。
あれ? お雛さまが飾ってある。いったい誰が?
「おかえり。ああ、疲れた。7段はきついわ~」
振り向くと、お母さんがソファーで横になっていた。
「だから3段飾りでよかったのに、おじいちゃんが張り切るから」

「お母さん、どうしたの? 何でいるの?」
「お母さんね、生きてる時の行いがよかったから、2回だけ帰還できるのよ。ほんの数時間だけどね」
「ええ、そんな貴重な時間を、お雛さまを飾ることに使っちゃったの? もったいないよ。お母さんってさ、生きてる時から計画性がゼロだったよね」
「まあ、相変わらずキツイ子ね。もっと喜びなさいよ」
わたしたちは、声を出して笑った。
そういえば、お母さんがいたときは、いつも笑っていたな。

「このお雛さまはね、お母さんのお雛さまよ。お母さんが生まれたとき、おじいちゃんが買ってきたの。2LKの社宅に7段飾りよ。私に計画性がないのは、おじいちゃん譲りね」
わたしの家には、お雛さまを飾る部屋がある。
毎年、お母さんとお姉ちゃんとわたしで飾っていた。
「天国でね、おじいちゃんに言われたのよ。おまえがこっちに来ちゃったら、誰がお雛さまを飾るんだってね。お雛さまがかわいそうだって言うのよ」
おいおい、孫よりお雛さまかい。
わたしは、ちょっと空気の読めないとぼけたおじいちゃんを思い出して、思わず苦笑いした。

「来年からは飾ってね。あなたは中学生、お姉ちゃんは高校生になるんだから」
「わかった。わかったから、あとの1回は有効に使ってよね」
「うん、もう決めてる。二人が結婚して家を出た後、寂しいお父さんを慰めに来るの」
「えー、じゃあ、もう逢えないの?」
「大丈夫。いつも見守っているから」
「寂しいよ」
「お父さんとお姉ちゃんに、ちゃんと甘えなさい。大人ぶってるけど、まだ12歳なんだから」
ポロポロ涙が出た。お母さんが、わたしの髪をくしゃくしゃに撫でた。
「もう、やめてよ」
「あはは、じゃあね」
お母さんは消えた。夢だったのかなって思うほど、あっけなく消えた。

「あれ、お雛さまだ。あんた一人で出したの?」
帰ってきたお姉ちゃんが驚いた。
「来年は二人で飾ろうね」
お母さんに逢ったことは言わなかった。絶対悔しがるから。
帰ってきたお父さんも「おお!」と言った。
春みたいに明るくなった部屋で、久しぶりに3人でご飯を食べた。
お母さん、ありがとう。

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うちは7段じゃありません^^

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