So-net無料ブログ作成
前の10件 | -

雨の図書館

昼下がりの図書館に、雨音だけが響く。
心地よい照明と、時を刻むような音についつい眠くなる。
沙羅は、そんな眠気を振り払うように立ち上がった。
返却された本を棚に戻していると、やや乱暴な靴音が聞こえた。

カウンターに戻ると、髪の先からしずくを垂らした男が立っていた。
「雨宿り、いいっすか?」
「あ、ええ、もちろん」
沙羅が男にタオルを渡すと、洗顔後のように豪快に顔を拭き、髪のしずくを拭き取った。
「あの、やみそうにないですよ。よかったら傘をお貸ししましょうか?」
「ありがとう。でもいいや。ちょっとだけサボらせて」
「サボる?」
「朝から営業周りで疲れちゃってさ。ねえ、この本、読んでいいの?」
「はい、もちろんです」
「お勧めは?」
「好みがありますから。お好きなジャンルは何ですか?」
「うーん。漫画かな。ワンピースとかある?」
「漫画ですか。漫画はないですね」
「そっか。じゃあさ、1時間経ったら起こしてくれる?」
「はあ?」
男は、奥の椅子に座り込むと、あっという間に眠ってしまった。
「ちょっと、困るわ」
よほど疲れているのか、沙羅の声は男の寝息に消された。
「まあいいか」
図書館には、他に誰もいない。
一緒に勤務するはずの先輩は、子どもが熱を出して帰ってしまった。

客は来ない。ひどい雨だもの。
沙羅は、幾つかの絵本を取り出して、男の前に座った。
『100万回生きたネコ』『はらぺこあおむし』『あらしのよるに』
まるで寝ている子どもに聴かせるように、ゆっくりと読んでいった。
「100万年生きたネコがいました」
次の週末、幼児向けの読み聞かせ会がある。その練習だ。
漫画しか読まない男に聴かせるにはちょうどいい。

4冊読み終えたところで、ちょうど1時間経った。
「1時間経ちましたよ」
沙羅が声をかけると、男はゆっくり目を開けた。
「魔法かなんか使った? 目覚めがすげえ爽やかなんだけど」
「さあ?」
男は、大きく伸びをして、ネクタイを締め直した。
雨は、だいぶ小降りになっている。
「ありがとう。ここ居心地いいね。また来るよ」
「次はちゃんと本を借りてくださいね。漫画以外の」

男は、帰り際に振り返り、笑いながら言った。
「あのさ、オオカミの声は、もっとダミ声の方がいいんじゃないの」
「あら、起きていたのね」

沙羅は赤面しながら男を見送って、静寂が戻った図書館の空気を吸い込んだ。
大好きな本の匂いが、ゆっくりと入り込んでくる。
「雨の図書館も、なかなか楽しいわ」

にほんブログ村 小説ブログ ショートショートへ
にほんブログ村
nice!(4)  コメント(2) 

小さな恋の話 [公募]

恵さんの想い人はキリンさん。キリンと言っても、首の長いあの動物じゃない。
カフェで働く店員さんだ。背が高くて穏やかで、おまけにベジタリアン。
黄色のエプロンがやけに似合うから、キリンさんと呼ばれている。

私は、このカフェのオーナーの娘で、名前は香帆。
女子高に通いながら、時々店を手伝っている。
キリンさんは、私が小学生のときから、ここで働いている。
大学を卒業しても、就職もせずにアルバイトをしている。今年で六年目だ。
それってどうなのって思うけど、キリンさん目当ての女性客が多いから「ずっといていいよ」とパパは言っている。

常連客の一人、恵さんの想い人はキリンさんだ。態度を見ていればすぐにわかる。
気づかないのは鈍いキリンさんだけだ。
恵さんは、清楚で優しいOLさん。キリンさんの取り巻きの中では一番の美人だ。
私は、ふたりの恋のキューピットをしてあげることにした。
お似合いだし、高校生の私にも、ちゃんと敬語で話してくれる恵さんに好感を抱いていた。
ある日恵さんは、私にそっと囁いた。
「キリンさんって、彼女いるんですか?」
「いないと思うよ。無骨な奴だからね」
敬語を使わない女子高生にも、恵さんは嫌な顔をしない。
頬を赤く染めて、嬉しそうにうつむくのだ。なんて可愛い人だろう。
女の私でも、思わず抱きしめたくなる。

少ない小遣いの中から、映画のチケットを三枚買った。
土曜日の昼下がり、カフェの客は恵さんしかしない。いよいよ恋の大作戦だ。
「ねえ、キリンさん。映画のチケットもらったんだけど行かない?」
わざと大声で言う。チケットを見せたら、キリンさんはすぐに飛びついた。
「あっ、これ観たかったやつ。いいの?」
キリンさんは、大きな手でチケットを受け取った。
嬉しそうな笑顔が目の前にあった。
膝を折って屈んで、いつでも目線を合わせてくれるキリンさんは、そのせいか少し姿勢が悪い。
私は、フロアでこちらをチラ見する恵さんに、もう一枚のチケットを渡した。
「三枚あるから、一緒に行かない?」
「えっ、いいんですか? 悪いわ」
私は彼女に目配せをする。「あたし途中で消えるから」と耳元で囁く。
恵さんは、頬を赤く染めながら「ありがとう」と言った。

さて当日、映画館の前で待ち合わせ。
頭一つ抜けているキリンさんは、どこにいたってすぐに見つけられる。
いシャツにジーンズ姿。エプロンがないと別人みたいだ。

恵さんが来た。淡いピンクのワンピース。どこまでも清楚な人だ。
三人揃ったところで、私はわざとらしくスマホを耳に当てる。
「えー、今から。マジで。わかったー」
小芝居をして二人を振り返る。
「ごめん。彼氏から呼び出し。あたし抜けるね。映画はお二人でどうぞ」
「えっ、香帆ちゃん、彼氏いたの?」
キリンさんが私の顔を覗き込む。
嘘がばれないように背を向けて「彼氏くらいいるよ。女子高生なめんなよ」と言いながら、一気に走った。
人ごみを抜けて振り返ると、遠くにぼうっと佇むキリンさんが見えた。
「うまくいったら、何か奢れよ。お二人さん」
絶対聞こえない距離でつぶやいた。

家に帰っても、何もやることはない。何だか虚しくなってきたけど、これでいい。
私の想い人はキリンさん。小学生の時からずっと同じ。
だけどまるで子ども扱いだし、もういい加減片想いにも疲れたし、いっそキリンさんに素敵な彼女が出来ればいいと思った。
恵さんとだったらお似合いだ。これで私もきれいさっぱり次に進める。

夜になって、恵さんから電話が来た。
「香帆ちゃん、今日は本当にありがとう」
「夕飯奢ってもらった?」
「ええ、お好み焼きを二人で食べたわ」
お好み焼きかよ。もっといい店なかったのかよ。まあ、キリンさんらしいけど。
「最後に、いい思い出ができたわ」
 恵さんがポツンと言った。
「最後って?」
「私、もうすぐ実家に帰るの。母の具合が悪くてね。たぶんもう、カフェに行くこともないと思うわ」
「えっ? でもいいの? キリンさんのこと」
「ええ、もういいの。キリンさんが好きな人は、私じゃないもの。本当はとっくにわかっていたのよ」
「えっ、だれ?」
恵さんは、ふふっと笑った。
「いつも近くにいる、口の悪い女の子よ」
えっ? それって私? いやいやまさか。

「キリンさんはね、彼女が大人になるのを待っているのよ。きっと首を長~くしてね」
キリンだけに、と恵さんはコロコロと笑った。
そんな冗談言う人だっけ? 私は耳まで真っ赤になった。
明日から、どうすりゃいいのさ。

*********
公募ガイド「TO-BE小説工房」で佳作をいただい作品です。
課題は「キリン」
難しい課題ですよね。本物のキリンを登場させる話は全く思いつかなかったです。
それで、こんな可愛らしい話になりました。

にほんブログ村 小説ブログ ショートショートへ
にほんブログ村
nice!(8)  コメント(12) 

孫の嫁

ああ、退屈だ、退屈だ。
なぜこんなに退屈かというと、先月運転免許を返納したからだ。
まだ大丈夫だと自負していたが、息子や嫁や孫、はたまた孫の嫁までもが口をそろえて言うのだ。
「もうやめなよ。おじいちゃん」と。
まあ、連日のように報道される高齢者の交通事故のニュースを見たら、絶対大丈夫などとは言えなくなった。

車がないなら自転車で、と思ったら、これも嫁に止められた。
「自転車で転んだらどうするんですか」と。
ああ、退屈だ、退屈だ。

「おじいちゃん、そんなに暇なら囲碁クラブにでも行けばいいじゃん。あそこなら歩いて行けるでしょ」
そう言ったのは、孫の嫁のマリコだ。若干20歳で、妊娠中。いわゆる出来ちゃった結婚というやつだ。
孫もまだ若くて、金がないから同居している。
「囲碁クラブに行ってもつまらん。友達はみんな施設に入ってしまった」
「そっかあ。じゃあ、おじいちゃんも入れば?」
「馬鹿言うな。施設になんか死んでも入るか」
「じゃあさ、あたしが囲碁の相手してあげよっか」
「ほお、マリコは囲碁が出来るのか?」
「うん。おじいちゃんと一緒にクソつまんない囲碁の番組見てるからね」
「クソとか言うな。若い娘が」

そんなわけで、マリコと碁盤を挟んで向かい合った。
碁を打つ仕草は様になっているが、如何にも俄か知識といった感じで、てんで相手にならなかった。当然私の勝ちだ。
「どうだ。囲碁はなかなか奥が深いだろう」
「そうだね。またやろうよ。なかなか面白かったよ」
意外にも最後までちゃんと正座をしていたマリコに感心しながら碁石を片付けた。
「あ、動いた」
マリコが突然お腹をさわった。
「お腹の子どもが動いたのか?」
「うん、そう。初めて動いた。ああ、こんな感動のシーンを、なんでおじいちゃんなんかと迎えなきゃならないのさ」
「悪かったな」
まったく、口の悪い嫁だ。息子の嫁なら文句も言うが、孫の嫁にはちと甘くなる。
「マリコは毎日家にいて、退屈じゃないのか?」
「べつに退屈じゃないよ。だってさ、おじいちゃんの世話もあるし」
「お前に世話になった覚えはない!」
マリコはへへッと笑いながら立ち上がった。

「ヤバい、美味すぎる」と自分の料理を褒めたり、洗濯物を落として「やば!」と洗い直したり、何だか「ヤバい」ばかり言っている。
良妻賢母のばあさんが生きていたら、さぞかし眉をひそめるだろう。

夕方、孫が帰ってきた。
「ずいぶん早いな」
「うん。営業先から直帰したんだ。マリコは?」
「買い物に行った。遠いスーパーまで歩いて行ったよ。ご苦労なことだ。運転免許を取ればいいのに」
「マリコは運転しないよ。お父さんを交通事故で亡くしているんだ」
「そうなのか」
「マリコのお父さん、囲碁の棋士だったらしいよ」
「なに?」
「だからマリコも相当強いよ。おじいちゃん、今度相手してもらうといいよ」
「……」

あの小娘、わざと負けたな。
こりゃあ、退屈だなんて言ってられん。
明日から、真剣勝負だ。

「ただいまー。おじいちゃん、ヤバいよ。雨降ってきた」
「おう、そりゃあヤバいな」

にほんブログ村 小説ブログ ショートショートへ
にほんブログ村
nice!(8)  コメント(10) 

子ネコのメモリー [ファンタジー]

「いい、人間の言うことをよく聞くのよ」
ママがそう言って、僕のからだをなめてくれた。
「いい子にしていたら、人間はいつも優しいわ」
どうしてそんなことを言うのかな。やっぱり僕、どこかにもらわれていくのかな。
そういえばこのまえ、僕たちを見に来た人がいたな。
僕たち5人兄弟を、代わる代わる抱っこして、「うーん」とか唸っていたな。
「この子に決めた」ってその人が言ったとき、ママは少し寂しそうだった。

もうすぐ迎えに来るんだね。あ、車の音が聞こえた。
「逃げちゃおうか」
ママが僕の耳元で言った。
「裏山に逃げたら、きっと見つからないから」
そうだね。それもいいかもね。

だけど、ママが本気じゃないことは、すぐにわかった。
だって外は怖いから行っちゃだめって、いつも言ってるもん。
車に轢かれたり、怖いノラ猫がいるって、いつも言ってるもん。
ママも僕も、外では生きられないってこと、ちゃんとわかるよ。

このまえの人が来た。
「レイちゃん」って僕を呼んだ。
それって僕の名前? そういえば、この家では名前がなかったな。
チビとか、ちっこいのとか呼ばれてた。
「レイちゃん、おいで」
新しい飼い主が僕を抱っこしてカゴに入れたら、ママはもう何も言わなかった。
僕だけが、ニャーニャー鳴いていた。

ママ、新しいおうちは快適だよ。
鳴くとすぐにごはんをくれるんだ。おやつも出るよ。
病院っていうところにも行った。
体重を計って爪も切ったもらったよ。
寝心地のいいお布団もあるよ。

ママ、ごめんね。ママのこと、たぶんもうすぐ忘れるよ。


こうして、レイちゃんはうちの子になりました。

KIMG1095.JPG

レイ(男の子)生後2ヶ月の甘えん坊です

KIMG1097.JPG
よろしくにゃん

にほんブログ村 小説ブログ ショートショートへ
にほんブログ村
nice!(8)  コメント(10) 

 [ホラー]

それは、特別な鏡だった。
もう歩くことも出来なくなってしまった姉から、就職祝いだと言って手渡された。
子供のころから身体が弱かった姉は、まだ若いのに髪は白く、肌には全く艶がない。
痩せてくぼんだ目は、まるで輝きを失っている。

「お姉さん、これは大事な鏡でしょう。もらえないわよ」
「いいのよ。私はもう、鏡を見たくないの。彩ちゃんに使ってもらえた嬉しいわ」
白いスズランが描かれた、スタンド式の鏡だった。
それは、ひとり暮らしを始めたばかりのリビングに、とてもよく馴染んだ。

鏡に顔を映すと、驚くほどきれいに映った。
私、こんなに美人だったかしら?
まるで加工修正でもしたようにきれいに映る。
だけど決して不自然ではなく、もしかしたらこれが本当の私の顔だと思えるようになった。
暇さえあれば鏡を見た。もちろん毎朝の化粧も、その鏡を使った。
きれいに映れば自信にも繋がる。仕事も順調、毎日が楽しい。
いつもその鏡を持ち歩き、他の鏡は極力見ないことにした。

ある朝、上司から言われた。
「あなた、疲れた顔をしてるわね」
えっ? こんなにイキイキと仕事をしているのに、何を言っているのだろう。
あるときは同僚に言われた。
「彩ちゃん、疲れてる? 目の下にクマが出来てる」
はあ? あなたの方がよっぽど睡眠不足の顔してるけど?
同僚は毎日のように言う。
「こめかみのあたりにシミがあるよ。美白した方がよくない?」
「唇がカサカサだよ」
「髪の毛がうねってるね。寝ぐせ?」
どうして?
張りのあるきれいな肌なのに。
つやつやの唇なのに。
真っ直ぐできれいな髪なのに。
やっかみかしら? 女友達って怖い。

あるとき、給湯室の中から声が聞こえた。
「彩ちゃんってさ、老けたよね」
「うん。この前白髪見つけちゃった」
「若いのに皺も多くない?」
「可哀想。苦労してるのかな?」
「なんかさあ、日増しに衰えてる気がしない?」

ひどい。なぜそんな悪口を言われなければいけないの?
泣きながらトイレに駆け込んで、鏡を見て呆然とした。
「誰、このおばさん」
まるで20年後の自分を見ているようだった。
いや、違う。トイレの鏡がおかしい。この鏡が嘘つきだ。
私は、それっきり会社に行けなくなった。

家に帰ると、両親が驚いた顔で私を迎えた。
「よほど苦労したのね。こんなに老けて」
ああ、嘘つきなのは、あの鏡の方だった。

急に怖くなって、姉に鏡を返した。
「お姉さん、この鏡、おかしいわ」
姉は、ゆっくり起き上がると、受け取った鏡を思い切り壁に投げつけた。
鏡が割れ、粉々になったガラスの破片から、きらきら光る小さな粒子が舞い上がった。
姉はすかさず、その粒子を浴びるように身体を伸ばした。
「お姉さん、危ないわ。破片を踏んでる」
姉は血だらけになった足や膝を気にもせず、笑いながら振り返った。
その頬はふっくらとピンク色に染まり、肌は艶を取り戻し、髪はたちまち黒くなった。
まるで病気になる前の姉に戻ったようだ。

「お姉さん、これはいったい……?」
「彩ちゃんの健康な細胞をもらったの。ごめんね。だけどいいわよね、このくらい」
姉がふっくらした紅い唇で笑った。
私は、まるで病人のような顔で立ち尽くした。

****
やっぱり暑い夏はホラーだね。
え、まだ夏じゃない? 5月? うそだ~

にほんブログ村 小説ブログ ショートショートへ
にほんブログ村
nice!(9)  コメント(12) 

パパの子守り

奈々子が化粧をしている。今夜は同窓会だ。
「パパ、子どもたちのことお願いね」
「うん、まかせて」と言ったけれど、ちょっと心配だ。
何より奈々子がきれいすぎて、別の心配も頭をよぎる。
誰かに口説かれたりしないかな。
元カレと再会して、いい雰囲気になったりしないかな。
「じゃあ行ってくるね」
子どもたちが奈々子を追う。
「大丈夫だよ。ママはちゃんと帰ってくるからね」
と、自分にも言い聞かせた。

窓から奈々子を見送った。
レモンイエローのワンピースがよく似合う。
奈々子は世界中で一番きれいだ。

「ねえパパ、ママが恋しいのはわかるけど、しーちゃんがミルクこぼしてるよ。あとリュウとカイがティッシュの箱イタズラしてる」
「ああ、何やってるんだよ、おまえたち」
8歳から2歳まで、やんちゃな子どもたちに奈々子はいつも振り回される。
今日はおれがママの代わりだ。いつもは見ているだけだけど、ちゃんと叱らないと。

8歳のマリンはしっかり者だけど、お気に入りのぬいぐるみを取られると豹変する。
ほら、いつものケンカが始まった。
「リュウ、マリンにぬいぐるみを返しなさい。しーちゃん、テーブルに乗らないで。カイ、洗濯物で遊ぶな」
ああ、疲れる。奈々子の言うことはすぐに聞くのに、甘く見られてるな、おれ。

「さあ、ごはんの時間だよ。みんな残さず食べるんだぞ」
晩ごはんは、奈々子が用意してくれた。
子どもたちの大好物ばかりだ。
「マリン、もっと食べないと」
「いいの。太ったらインスタ映えしなくなっちゃうでしょ」
やれやれ。おしゃまな子だな。
「カイがぼくのごはん取った」「リュウがぶった」
「こら、ケンカするな。しーちゃん、お水で遊ぶな」
ああ、ぐったりだ。奈々子、早く帰ってこないかな。

外は真っ暗。車の通りも少なくなった。
遅いな。盛り上がってカラオケでも行ってるのかな。
まさか元カレと…いや、奈々子に限ってそんなことはない。
子どもたちはやっと静かになった。遊び疲れたようだ。
おれは待ってる。奈々子の帰りを、窓辺で待っているよ。


「ねえ奈々子、帰らなくて大丈夫? やんちゃな子どもたちが部屋を荒らしているんじゃない?」
「え、奈々ちゃん、子どもがいるの?」
「12歳を先頭に8歳、5歳、3歳、2歳よ」
「えええ、5人も?」
「一番上の子が、面倒見が良くてね。助かってるわ」
「でもまだ12歳だろう? ご主人は帰ってるのかい?」
奈々子はくすっと笑った。
「私はまだ独身よ。ネコ好きの彼氏募集中」
「奈々子の子どもは5匹のネコちゃんよ」
「なんだ、ネコか。じゃあさ、3次会行く? ちなみに俺も独身、ネコ好き」
「行く行く!」

深夜すぎ、奈々子が帰ってきた。足音ですぐにわかるんだ。
「ただいま、パパイヤ。お留守番ありがとう」
「にゃー!(奈々子、浮気しなかっただろうな)」

にほんブログ村 小説ブログ ショートショートへ
にほんブログ村
nice!(10)  コメント(10) 

消えた町内会費 [コメディー]

町内会の臨時招集って、いったい何?
連絡事項はメールでOKってことになっているのに、平日の夜に集まりなんて何があったの?

「すみません。遅くなりました。香川です」
駆け込むと、公民館の一室は険悪な雰囲気が流れていた。
会計の松岡さんを囲むように、神妙な顔で座っている。
「あの、何があったんですか?」
「松岡さんが、町内会費を使い込んだのよ」
「ええ?」
「使い込んだなんて……。失くしてしまっただけよ」
松岡さんは、俯きながら小さな声で言った。
「いくらですか?」
「30万よ」
30万といえば、住人から集めた会費全額だ。
「集めた会費は、すぐに銀行に預ける決まりですよね」
「行く暇がなかったのよ。フルタイムで働いているんだもの。だから私、会計は無理だって言ったわよね。それなのにみなさんが押し付けるから」
松岡さんは涙目で訴えた。「逆切れかよ」と誰かが言った。

「あの、失くしたってどういうことですか。家に置いていたのに失くなったんですか。泥棒にでも入られたんですか?」
「わからないわよ。テーブルに置いたはずの封筒がなかったのよ。私だって知らないわよ」
「息子さんが使い込んだんじゃないの? イケメンで優秀な進学校に行っていても、裏じゃ何してるかわからないわよ」
「ご主人じゃないの? スマートなエリート官僚でも、実は何かの不祥事でお金が必要だったとか」
「やめて。息子も主人もそんなことしないわ」
「じゃあ、あなたが使ったのね。最近、肌の艶がいいけど、エステでも行った?」
「その服もバッグもセンスがいいけど、ブランド品かしら」
「髪だって年齢の割につやつやで、絶対何かしてるわよね」
「やめて。肌も髪もセンスの良さも生まれつきよ。私、芸能事務所からスカウトされたこともあるのよ」
「あら、どこで? 原宿? うちの娘もこの間…」

ちょっと、ちょっと、話の趣旨がズレてるって。
「あの、話戻しませんか。そもそも、どうしてテーブルにお金を置いたりしたんですか」
「香川さん、いいところに気がついたわ。そうよ、大金をテーブルに置くなんて、ガサツすぎるわ」
「今日こそ銀行に行こうと思ったのよ。やっと仕事が一段落したので、忘れないようにテーブルに置いたの」
「じゃあ、朝からの行動を思い出してみたらどうですか?」
「香川さん、探偵みたいね。じゃあ、松岡さん、思い出してみて」

スムージーとグラノーラの朝食を終えて、夫と息子を送り出して、ルンバを回しながら英字新聞読んで、あ、そうだ、回覧板を回さなければと思って、手近にあったプラダの紙袋に回覧板を入れて香川さんの家に行きました。
だけど香川さんはお留守だったので、郵便受けに入れました。そして帰ってきたら、封筒がなかった、ということです。

「そのあいだに盗まれたの? 鍵はかけた?」
「かけたわ。しかもほんの2,3分よ。盗まれたとは思えないわ」
「じゃあ、隙間にでも落ちてるんじゃないの? よく探した?」
「落ちてたらルンバが止まって発見するはずよ」
「ところで香川さんはどこに行ってたの? 朝からお出かけなんて珍しいわね」
「今日は実家に行っていたんです。母の具合が悪くて。出先で臨時招集の知らせを受けたので、そのまま直行しました」
「あら、忙しかったのね。本当にいい迷惑よね」
「あの、そんなわけで私、夕飯の支度もしてないんです。二人の子どもが待っています。今日のところは一旦解散しませんか。後日また集まるということで」
「そうね。じゃあ次回までに、解決策を考えてきてね。松岡さんが弁償するのか、1軒1万円ずつ徴収するか」
「そりゃあ松岡さんの弁償でしょう」と9割がたが思いつつ、臨時会議は終了となった。

急いで家に帰った。松岡さんには気の毒だけど、1万円を払うのは厳しい。
松岡さんはお金持ちだし、30万くらい出せるでしょう。
「ただいま。ごめんね。遅くなって」
「あ、ママ、何度も電話したんだよ」
「ごめん。ちょっと込み入った話だったから電源切ってた。何かあった?」
「郵便受けにお金が入ってたの。30万」
「何ですって?」
「回覧板と一緒に入ってた。ねえ、これ警察に届ける?」
「持ち主が見つからなかったら、うちのものになるの?」
「見つかっても1割もらえるんじゃないの」
「1割って、3万円! ねえママ、回らないお寿司行けるね」
3万円、回らないお寿司……ああ、ダメダメ。松岡さんに電話しなきゃ。

「はい、松岡でございます。あら、香川さん。まあ、お宅の郵便受けにお金が? やだ、回覧板と一緒にポストに入れちゃったのね。あはは。ごめんなさいね。明日から家族でワイキキの別荘に行くので、帰るまで預かってくださる?」

あーあ、ご飯作るの面倒になってきた。回転ずしでも行くか。

にほんブログ村 小説ブログ ショートショートへ
にほんブログ村
nice!(9)  コメント(10) 

SNSファミリー [コメディー]

ああ、明日から10連休だ。
楽しみだな。
遊園地に映画、温泉行って潮干狩り。
渋滞だって怖くない。
だって休みがたくさんあるんだもん。
子どもたちともたっぷり遊ぶぞ。
写真もたくさん撮って、フェイスブックにアップしよう。
イクメンパパをアピールするんだ。
休み明けに、俺の好感度、急上昇まちがいなし!
ああ、楽しみだな、10連休。

「ちょっと、あなた、早く起きないと遅刻するわよ」
「え? 遅刻ってなんだよ。今日から10連休だろ」
「もう、何寝ぼけてるの? もう終わったわ。今日から仕事よ」
「うそだろ。遊園地は?映画は?温泉は?」
「行ったじゃないの。遊園地も温泉も、お花がきれいな公園も。フェイスブックで確かめてみたら?」
「そうだっけ。あ、アップされてた。いいねが増えてる」
ああよかった。フェイスブックやってて。
やってなかったら、思い出が消えちゃうところだったよ。
子どもたちの楽しそうな表情。風景もばっちりだな。
俺、すげーいいパパだな。

「あなた、早く行きなさいよ。遅刻するわよ」
「あれ、朝飯食ったっけ?」
「もう、食べたでしょ。フェイスブックで確かめてみなさいよ」
「あ、本当だ。ちゃんと食べてる。やっぱり朝は和食だよな」
「さあさあ、早く出かけてちょうだい」
「じゃあ、行ってきます」

「いってらっしゃい。あーあ、依存症だな、あの人。さてと、連休も終わってやっと自由になったわ。って、ツイートしよ」

にほんブログ村 小説ブログ ショートショートへ
にほんブログ村
nice!(10)  コメント(8) 

悲しいほど爽やかな季節

「すっかり葉桜になってしまったわね」
「それはそうだよ。もうすぐ5月だから」
「木漏れ日が美しいわ」
「素晴らしい五月晴れだね」
「人類が滅亡したなんて、信じられないほど爽やかね」
「うん。人類が滅亡したなんて、信じられないほど素敵な朝だ」

「新種のウイルスですって」
「地球外生命体が持ち込んだものらしいね」
「感染力が強くて、感染したら30分で死に至るって、研究者が言っていたわ」
「うん。言った直後に研究者も感染してしまったね」
「テレビが一瞬で砂嵐になったわね」
「今も砂嵐のままだけどね」
「誰も見ないのだから、それでいいわ」
「そうだね。人類は、滅亡したんだから」

「それにしても、いい朝ね」
「人類は滅亡したけれど、いい朝だ」
「さあ、仕事しましょう」
「そうだね。人類が滅亡しても、僕たちは変わらない」

充電を終えた2体のお掃除ロボットは、広いリビングを正確に規則正しく動き始めた。

にほんブログ村 小説ブログ ショートショートへ
にほんブログ村
nice!(8)  コメント(8) 

チューリップとパンジー [ファンタジー]

ぽかぽかの春です。
花壇には、赤いチューリップと黄色いパンジーが仲良く並んでいます。
『いいお天気ね。パンジーさん』
『気持ちがいいわね。チューリップさん』
ニコニコと笑いあっています。
しかし、その心の中は・・・・・

『パンジーはいいわね。大地に守られて安定しているわ。それに比べて細くてのっぽな私は、少しの風でゆらゆらしちゃう。パンジーが羨ましいわ』
『チューリップはいいな。すらりと背が高くて。きっと私たちよりいい景色を見ているはずよ。ああ、チューリップが羨ましい』

ジョーロを持ったおじさんがやってきて、花壇に水をかけました。
もちろんおじさんは、まんべんなく平等に水をかけています。
しかし・・・・・

『おじさんったら、パンジーにばかり水をあげているわ。きっとあちらの方が可愛いのね。そりゃあそうよ。私たちよりずっと長く咲いているんだもの。愛着があるのね。だからって、えこひいきはダメよね』
『おじさんがチューリップを見る目が、私たちを見るときと違っているの。何だか愛おしそうに見るのよ。私なんか冬の寒い時から咲いているのに、チューリップが咲き始めてから、おじさんは変わってしまったわ。ひどい話よ』

ランドセルを背負った女の子が通りかかりました。
「おじさん、きれいなお花ね」
もちろん女の子は、チューリップもパンジーも同じくらいにきれいだと思いました。
しかし・・・・・・

『この女の子、パンジーばっかり見てるわ。可愛いものね。女の子は可愛いものが好きだもの。帽子もランドセルも黄色だし、きっとパンジーが好きなのね』
『この女の子、チューリップばっかり見てる。春の花といえばチューリップだもんね。どうせ学校へ行ったら歌を歌うんでしょ。さいた、さいた、チューリップの花が…ってね』

『ねえ、ちょっと君たち』
近くにいた草が話しかけてきました。
『君たちはいいよね』
『何がいいの?』
チューリップとパンジーが問いかけましたが、草は答える前にスポンと根っこごと引き抜かれてしまいました。

「雑草が出てきたな」とおじさん。
「おじさん、ここにも草があるよ。あ、ここにも」と女の子。
次々に抜かれていく雑草たちを見て、チューリップとパンジーは顔を見合わせました。

『ねえ、パンジーさん、私たち、けっこう幸せかも』
『ええ、私も今、同じことを考えていたわ。チューリップさん』

瀕死状態の草が、よれよれになりながら言いました。
『な、そうだろう』

KIMG0969.JPG

にほんブログ村 小説ブログ ショートショートへ
にほんブログ村

nice!(10)  コメント(8) 
前の10件 | -