So-net無料ブログ作成
  • ブログをはじめる
  • ログイン
前の10件 | -

隣のおばさん [公募]

隣の住人が出かけたのを見て、萌はこっそり家を出た。
おばさんから預かった鍵を握りしめ、誰にも見られていないことを確かめながら鍵を開け、隣の家に入った。
おばさんが書いたメモを見ながら奥の部屋に行き、タンスの扉を開けた。
宝石箱には赤や緑の宝石がついた指輪やネックレスがたくさん入っている。
それらを全部袋に入れて、萌は素早く家を出た。
悪いことをしている感覚は全くなかった。
だって萌は、大好きなおばさんに頼まれて、忘れ物を取りに来ただけなのだ。

萌の家のお隣さんは、子供がいない夫婦だった。
萌が生まれてからずっと、家族みたいに可愛がってくれた。
おばさんは優しくて、母に叱られた萌を、いつも庇ってくれた。

萌が九歳になった夏、おばさんが家を出て行った。
両親の話で、隣の夫婦が離婚したことを知った。ショックだった。
しかもおばさんが出て行ったあと、おじさんはすぐに別の女性と暮らし始めた。
ひどく不愛想な女で、「隣のご主人を見損なったわ。奥さんが可哀想よ」と、母が憤慨していた。

夏休みに入り、萌は毎日プールに行った。
お盆が過ぎて、夏休みもあと少しになった帰り道、名前を呼ばれて振り向くと、おばさんが立っていた。
萌が大好きな隣のおばさんだ。

「萌ちゃん、パフェ食べに行かない? 寄り道したら、叱られちゃう?」
「ママはパートで夕方まで帰って来ないよ」
「じゃあ、行こうか」

近くのカフェで、イチゴのパフェを二人で食べた。おばさんは、優しい顔で笑っている。
「萌ちゃん、おじさん、どうしてる?」
「女の人と住んでる。感じの悪い人。萌はあの人好きじゃない。おばさんの方が好き」
「ありがとう、萌ちゃん」
おばさんは、少し泣きそうな顔をした。

「ねえ萌ちゃん、おばさんね、あの家に忘れ物をしちゃったの。取りに行きたいけど、女の人がいたら行けないわね」
「大切なもの?」
「うん。萌ちゃん、取って来てくれる?」
おばさんは、鞄から鍵を出して萌に渡した。
「おじさんに見つからないように、こっそり持ってきてほしいの。ママにも内緒で」
自分の忘れ物も取りに行けないなんて。
萌はおばさんが気の毒で、「わかった」と鍵を受け取った。

うまく持ち出した宝石を渡すと、おばさんは喜んで何度も礼を言った。
萌は、いい事をしたと思っていた。翌日、隣の家に警察が来るまでは。

「宝石を盗まれたらしいわよ」
母の言葉に、萌は凍りついた。盗んだつもりなど、まるでなかった。
おばさんに頼まれたとはいえ、留守に入り込んでどろぼうをしてしまった。
逮捕されて、刑務所に入れられる。萌は本気で怯えた。
夕方には警察が来て、何か物音を聞かなかったかと萌に尋ねた。
萌は、震えながら知らないと答えたが、押しつぶされそうな罪悪感が体中に広がって、泣きながら両親に真実を話した。
すごく叱られると思ったけれど両親は優しく萌を抱きしめて、「よく話してくれたね」と言った。

隣のおじさんは、真実を知って愕然とした。
「驚いたな。あいつ、そこまでするとは」
「だけどおばさんの忘れ物でしょう。だからおばさん、萌に頼んだんだよね」
萌は泣きながら訴えた。
「違うの。あれは私たちの母の物よ」
不愛想な女が言った。女は萌の両親に向かって軽く頭を下げた。
「ご挨拶が遅れましたが、私達兄妹なんです」
「まあ、妹さんだったの」
「母が認知症になりまして、義姉が時おり介護に来てくれていたんです。だけどあの人、母の貯金を自分の口座に移していたんです。認知症の母を騙して銀行に連れて行って、巧く貯金を引き出させていたんです」

おばさんは、そのお金で都心のマンションを借り、贅沢な二重生活をしていた。
おまけに姑の宝石まで現金に換えようとしていたという。
それを知ったおじさんは、おばさんを追い出し、母親を安全な施設に入れた。
そして母の残った財産を、この家で妹と守っていこうと決めたのだ。

不愛想な女が、屈んで萌と視線を合わせた。
「嫌な思いをさせてごめんね。萌ちゃんは何も悪くないから」
萌は、ポロポロ泣いた。女は、萌の頭を優しく撫でた。
おばさんみたいだと萌は思った。

おばさんは、まもなく警察に捕まった。萌に対する謝罪は、とうとうなかった。
萌は思った。九歳の萌にはわからない何かが、優しいおばさんを変えてしまったのだと。
いくらか涼しい風が吹いて、少しだけ大人になった萌の夏が、終わりを告げる。


*****
公募ガイドTO-BE小説工房の落選作です。
課題は「隣人」でした。
最近の課題のは、どうもイメージが湧かなくて。
先月の「商売」は、とうとう出せませんでした。暑かったり仕事が忙しかったりで書けませんでした。
今月は「ピン」? 難しい。。。。


にほんブログ村
nice!(8)  コメント(2) 

森の神隠し [ミステリー?]

夏休み、ママの故郷に行った。
家の裏には深い森があって、ママと一緒に森林浴に行った。
美しい森だ。
木立の間から差し込む光は、まるでスポットライトのように輝いている。

「ママは昔、この森で迷子になったことがあるのよ。毎日のように遊んで、慣れているはずの森で迷子になったの。一週間後、この木の下で発見されたの。髪も服もボロボロで、抜け殻みたいにしゃがみ込んでいたそうよ」

ママは不思議なことに、その一週間のことをまるで憶えていなかったという。
神隠しにあったのだと、ママは言った。

私は翌日、ひとりで森に行った。
風がさわさわと吹き抜け、見上げた空から柔らかい光が射しこむ。
「気持ちいい」
降りそそぐ蝉の声も心地よく、私は木にもたれて目を閉じた。

次の瞬間、蝉の声がやけに大きく聞こえると思ったら、私は木の上にいた。
木の幹にしがみつき、大声で鳴いていた。
私は、蝉になっていた。
下を見ると、人間の私が笑いながら見上げている。
「ごめんね。7日間だけ体を貸して」
私になった蝉が言った。
「あなたはこの先何十年も生きるでしょう。私はたった7日の命なの。だから、あなたの7日間をわたしにちょうだい。7日後に返すから」
私になった蝉は、スカートの裾を翻し、森の中を駆けて行った。

ママが探しに来た。私の名前を呼びながら、森の中を走り回った。
おじいちゃんとおばあちゃんも来た。
近所の人や捜索隊、知らせを受けた東京のパパもやってきた。
みんなで私の名前を呼びながら、懸命に探している。
「ここにいるわ」
木の上から叫んでみても、私の声はジージーと鳴く蝉の声だ。
誰も気づかない。
2日、3日、4日…私になった蝉は、森の中を見つからないように走り回っているのだろう。
私はただ、木の汁を吸いながら、鳴き続けるしかなかった。

「アオイちゃん、アオイちゃん」
ママに肩を揺すられて、私は目覚めた。
森で迷子になって7日後、大きな木の下でグッタリしているところを発見された。
「ああ、よかった」
ママとパパが泣きながら私を抱きしめた。
となりで、蝉が死んでいた。

「何があったの?」
ママに聞かれて、私は「憶えていない」と答えた。
「ああ、ママと同じね。アオイちゃんも神隠しにあったのね」
ママはそう言って、再び私を抱きしめた。

ママ、同じじゃないよ。
だって私、本当は7日間のことをよく憶えている。
楽しくて楽しくて、アオイに体を返すのが嫌になったの。

ごめんね、アオイ。
私は、死んだ蝉にそっと土をかぶせた。


にほんブログ村
nice!(8)  コメント(4) 

熱帯夜に誘われて [ファンタジー]

暑い暑い、夏の夜でした。
あまりに続く熱帯夜に、眠れぬ日々が続いておりました。
夜中に目が覚めて、あまりに暑いものだからベランダに出ました。
ねっとりとした空気と、両隣で響くエアコンの室外機。
そのせいで、風は生温かく、ちっとも涼しくないのです。

ふと見ると、小さな光が揺れています。
線香花火が消える間際のような、静かな儚い光です。
ゆらゆらと揺れながら、こちらに向かってくるのです。

「眠れないのかい?」
低いのに甘い、やけに心地よい声が下から聞こえてきました。
手摺に手をかけて覗くと、さっきの小さな光の下に、男の人が立っていました。
「どなた?」
「誘いに来たよ。さあ、涼しくて居心地の良い世界に行こう」
「まあ、ご冗談を。私のようなおばあさんを、からかうものじゃないわ」
男は微笑みながら、両手を差し出すのです。
さあ、おいでと。

危ないとわかっているのに、私はきっと、暑さでどうかしていたのでしょう。
身を乗り出して、手摺に足をかけました。
私は、「えいや!」と、ベランダから飛んだのです。
こんなお転婆、子供の頃にもしたことがありません。

私の体は、男の腕の中にすっぽりとおさまりました。
何とも逞しい腕で、彼は私を受け止めたのです。
よく見ると、私の好きなハリウッドスターのような顔をしています。
アクション映画によく出てくる人です。ああ、年のせいで名前が出てこない。
「大丈夫かい?」彼が微笑みました。
戦火の中で救い出されたヒロインみたいです。

これは夢? ああ、何だか胸が苦しい。私このまま天国へ行くのかしら。
こんなイケメンと一緒に行ったら、夫が嫉妬するわ。 
ごめんなさいね。だけど、先に逝ったあなたが悪いのよ。
そんなことを思いながら、小さく揺れる光を見ていました。

そのときです。ふいに息子の声が聞こえたのです。
「今、息子の声が聞こえたわ」
「気のせいだよ。こんな真夜中に、息子が来るはずがない」
「それもそうね。近くに住んでいてもちっとも会いに来ないのに、夜中に訪ねて来るはずがないわね」
私は、居心地の良い彼の腕の中で目を閉じました。
だけどやっぱり、聞こえるのです「母さん、母さん」という声が。

「ねえ、やっぱり聞こえるわ。一度戻るわ。ねえ、降ろしてくださらない」
私は男の腕の中で、バタバタと暴れました。
男は、急に冷酷な顔になり、私を放り投げました。
荷物みたいに乱暴に、4階のベランダめがけて放り投げたのです。

私は目を覚ましました。ベッドの上でした。
「熱中症だよ」
息子が、私の体を冷やしてくれていました。
「だからエアコン付けて寝ろって言っただろ。もうすぐ救急車が来るから」
ぼーっとする頭の中に、さっきの男の声が聞こえました。
「もう少しだったのに」

あとで聞いた話です。
亡き夫が、息子の枕もとに立ったそうです。
「お母さんが危ない。彫の深い逞しい死神が、お母さんを狙っている。お母さんの好みのタイプだ。きっとついて行ってしまう」
息子はまさかと思いながらも私のマンションを訪ね、異変に気づいてくれたのです。

やきもちやきのあなたのおかげで、私、死なずに済みました。
今夜はエアコンが効いたお部屋で、ぐっすり眠りましょう。
まだまだ天国には行きたくないわ。
いつかそのときが来たならば、あなたが来てね。
全然タイプじゃないけれど、お迎えはやっぱりあなたがいいわ。


にほんブログ村
nice!(10)  コメント(10) 

おとぎ話(笑)22 猛暑編 [名作パロディー]

<ゆきおんな>

雪山で命を助けたあの男。
あれから半年たったけれど、私のことを誰かに話してはいないだろうか。
誰かに話したら殺すと言った約束を、忘れてはいないだろうか。
ちょっと様子を見に行くか。
ゆきおんなは、久しぶりに里に下りた。
男の遭難から半年後の、7月のことだった。
「暑!! なにこれ、暑!!!」


<かさ地蔵>

おじいさんは、町に笠を売りに行きましたが、猛暑で誰も歩いていません。
「そりゃそうだ。わしも帰ろう」
峠を通りかかると、お地蔵さんが並んでいました。
「お地蔵さんも暑かろう」
おじいさんが笠をかぶせてあげようとしたら、
「笠より水がいい」と言うので、持っていた水をかけてあげました。
最後のお地蔵さんだけ水が足りなかったので、スポーツドリンクをかけてあげました。
「おじいさん、それはいいことをしましたね」
おばあさんに言われて、おじいさんはうなづきました。
「涼しくなって石もきれいになって、喜んでおられるじゃろう」
翌日、スポーツドリンクをかけられた地蔵にアリがたかり、真っ黒になり、
「祟りだ、祟りだ」と大騒ぎになることを、おじいさんはまだ知らない。


<浦島太郎>

砂浜で、子供たちがカメをいじめていました。
そこへ浦島太郎がやってきました。
「こらこら、君たちダメじゃないか」
『あ~、助かった』(カメ)
「こんな炎天下に帽子もかぶらないで。日射病になったらどうするんだ」
『え~、そっち~』(カメ)
「そんなカメなんか放っておいて、かき氷を食べに行こう」
「やった~、ありがとう浦島さん。お礼に姉ちゃんがバイトしてるパブ龍宮城の割引券あげるね」
『え~、龍宮城って、そっち~?』(カメ)


<ネズミの嫁入り>

ネズミの両親は、娘の結婚相手を探していました。
「やはりこの世で一番強い者がいいわ」
「太陽だ」「太陽より雲」「雲より風」「風より壁」「壁よりネズミ」
「なんだ、やっぱりネズミか。面白くないな」
「ネズミより強いのは人間よ」
「人間は暑さに弱いぞ。ということは、やっぱり太陽か」
「太陽と結婚させましょう。太陽といっしょなら、きっと明るい未来になるわ」
(ネズミは、夜行性です)


<桃太郎>

「桃太郎さん、きび団子ください」
「僕の家来になるならあげるよ」
「なる、なる」
こうして、サル、犬、キジが家来になりました。
「桃太郎さん、それで、どこに行くんですか?」
「決まってるだろう。被災地のボランティアさ」

西日本豪雨の被災者のみなさま、1日も早い復興を心よりお祈りいたします。


にほんブログ村
nice!(11)  コメント(6) 

私のバイブル [コメディー]

高校に入学して、割とすぐに彼氏が出来た。
高校生になったら恋をするという、少女漫画の鉄則に従った。
恋の相手は誰でもいいわけではない。スポーツ少年か、ちょっぴり不良か、プレイボーイか、若いイケメン教師と決まっている。
私は、サッカー部のS君に告白した。他はちょっと無理そうだったから。
昼休みに一緒にお弁当を食べたり、放課後の部活を見に行ったり、バイブル(少女漫画)通りの青春だ。
ここで、やはり少女漫画ならではの展開が訪れる。
ライバルの出現だ。それは、サッカー部のマネージャー。
S君が好きなマネージャーは、私に「練習の邪魔だから帰ってよ」とか言うのだ。

そして、S君と過ごす初めての夏休みがやってくる。
海、プール、花火にお祭り。少女漫画だと、ここで一気に距離が縮まる。
花火の夜に浴衣でファーストキス。これ、鉄則。

「ねえS君、夏休みどうする?」
「毎日練習。大会があるから」
あれれ? 想定外。
「お盆休みは? 花火大会は?」
「お盆は田舎のばあちゃんちに行く。じいちゃんの新盆だから、これは避けられない。花火大会の日は、弟と妹を連れて行くんだ。両親が仕事だからさ。ごめんね」
ああ、想定外。だけど、家族思いの優しい少年は、少女漫画っぽいから許す。
「サッカー部のマネージャーになれよ。そしたらずっと一緒にいられるよ」
「それは無理」
だって、マネージャーはライバル枠だもん。

そんなわけで、恋愛に全力を注ぐはずだった夏休みは、テレビとゲームと昼寝の日々と化した。
S君からは毎日電話があったけれど、サッカーの話ばかり。
少女漫画だったら、夜中に突然バイクで逢いに来たりするけど、それもない。

そんなとき、チャンス到来。S君が試合に出ると言う。
私はバイブルに従って、レモンたっぷりのドリンクを作って応援に行った。
サッカーはよくわからないので、S君だけを目で追っていた。
こういう疎い女の子も、少女漫画のヒロインっぽいでしょ。
試合は、よくわからないけど、どうやら負けたらしい。

私は「残念だったね」という慰めの言葉を用意して、S君に駆け寄ろうとした。
そのとき、日焼けしたショートカットのマネージャーが、泣きながらS君にタオルを渡した。
「S君、ナイスファイト! 気にするなって。ボールのキープ率は一番だったよ」
S君は、タオルを受け取って悔しそうに涙をぬぐった。
あれあれ? 炎天下のグランドで、真っ黒に焼けたふたりが泣いている。
そして時おり見つめ合い、痛みを分け合うように笑った。
あの子はライバルのはずなのに、なぜだろう、めちゃくちゃヒロインみたいだ。
私は校庭の隅っこに取り残されて、痛みを分け合うふたりをぼんやり見ていた。

けっきょくS君との恋は、2学期を待たずに終わった。
スポーツ少年を選んだのが失敗だったかな。
途中から、少年漫画みたいな展開になっちゃった。
次は、ちょっとクールな俺様系にアタックしてみようかな。


にほんブログ村
nice!(8)  コメント(6) 

新盆の夜 [公募]

入道雲を従えた緑の山が、いつもよりも大きく見える。
まるで目の前に迫ってくるように見えて、真子は手を伸ばしてみた。
何だか届いてしまいそうな気がして少し怖くなる。
木の幹にしがみついたセミは、命を惜しむように鳴き続けて、猫は日陰を探しながらあくびをしている。

大好きな夏休みだけど、真子は退屈を持て余し、縁側で足をブラブラさせていた。
居間にはたくさんの親戚たちがいて居場所がない。
継ぎ足しの段違いなテーブルには、お寿司や天ぷらや、多くのご馳走が並んでいる。
赤い顔の男たちと、おしゃべりに夢中な女たち。
お母さんは台所と居間を行ったり来たりで忙しそうだし、お父さんはみんなと一緒になってビールを飲んでいる。

襖が外された奥座敷には祭壇が作られ、黒ぶちの写真の前には、たくさんのお菓子や果物が並んでいる。
「どうせ食べられないのにね」と真子はつぶやいた。
お葬式の時はみんな泣いていたのに、今日はずいぶんと賑やかだ。
真子にとって初めての新盆は、何だかとても不思議だった。

真子は、離れのおじいちゃんの部屋に行った。
おじいちゃんはこのところ体調を崩し、食事があまり摂れない。
客に気を遣わせては悪いと、自ら望んで離れの部屋にいた。
「おじいちゃん」
「おお、真子、来てくれたのか」
「おじいちゃん、ひとりで寂しくない?」
「なあに、窓を開ければみんなの賑やかな声が聞こえる。それだけで充分だ」
おじいちゃんは布団から「よっこらしょ」と起き上がった。
真子はおじいちゃんが大好きだ。仕事が忙しい両親に代わって、おじいちゃんがいつも傍にいてくれた。

真子の家は果樹園を営んでいる。夏から秋にかけて大忙しで、真子も毎年収穫を手伝った。
梨、ぶどう、栗。たくさんの人が買いに来る。インターネットでの注文もある。
お父さんはいつも汗まみれで働いていて、お母さんは笑顔で接客をしている。
だけど今年は収穫が少ないせいか、お得意様以外の注文を断っている。
お父さんは天候を恨むように空を見上げて、お母さんの顔からは笑顔が消えた。

だけど今日の新盆には、真子が大好きな果物がたくさん並んでいる。
「ねえ、おじいちゃん、果物なら食べられる?」
「うーん、どうかなあ」
「持ってきてあげようか」
「いや、お客さんに出したものだ。おじいちゃんはいらないよ」
「それなら、祭壇に上がってる果物を持ってきてあげる。どうせ誰も食べないんだもん。おじいちゃん、一緒に食べよう」
おじいちゃんは小さく笑った。
「お母さんに見つかるなよ」
「大丈夫。わたし、つまみ食いの名人だもん」
真子は、おじいちゃんにVサインをして、跳ねるように部屋を出た。

居間では、相変わらず大人たちが騒いでいた。誰も真子に気づかない。
お母さんがチラリとこちらを見たけれど、「奥さん、お醤油ある?」と声をかけられて台所に行った。
真子はその隙に、祭壇から梨とぶどうをひょいとつかんで部屋を出た。
「おじいちゃん、持ってきたよ」
真子が縁側から上がり込むと、弱弱しい風に風鈴が頼りない音を立てた。
「ああ、うまそうだ」
おじいちゃんは、ぶどうをひとつ、口に入れた。皮ごと食べられるマスカット。
お母さんの提案で始めた新しい品種だ。今ではすっかり人気商品になっている。
「甘いなあ」
おじいちゃんは、ゆっくり口を動かしながら、涙を流した。
太陽が傾き始め、客たちがひとり、またひとりと帰っていく。
何人かが離れまで来て、おじいちゃんに挨拶をしていった。

客が帰ると、お父さんとお母さんは奥座敷に並んで座り、祭壇の写真に手を合わせた。
「あれ? 梨とぶどうがなくなっている」
「あら本当だ。きっとあの子が食べたのね」
「真子は食いしん坊だからな」
二人は顔を見合わせて、寂しく笑った。
「違うよ。離れのおじいちゃんに持って行ったんだよ」
背中に向かって言ったけれど、真子の声は届かない。
お父さんとお母さんには、真子の姿も見えない。

「離れのお義父さんを呼んでくるわ。今日はこっちで休んでいただきましょう」
「そうだな。今夜は三人で、真子の話でもしよう。僕たちが大好きだった真子の話を」
「そうね」
真子は少し拗ねて、「三人じゃなくて四人よ」と言ってみたけれど、やっぱり声は届かない。
新盆の夜は、静かに、ゆっくり過ぎていく。

***
公募ガイドTO-BE小説工房の落選作です。
課題は「盆」でした。
去年の夏、初めて家族の新盆を迎え、昼はとても賑やかで、夜はしんみりだったことを思い出して書きました。
ちょっと悲しい話だったな。


にほんブログ村
nice!(7)  コメント(15) 

ねがいごと [ファンタジー]

ヒコちゃんは、1年に一度、七夕の夜にだけやってくる。

幼なじみでいつも一緒にいたヒコちゃんは、4年前に遠くに行ってしまった。
隣にいるのが当たり前のヒコちゃんが、会えない場所に行ってしまった。
通学路もひとり。公園も秘密基地も駄菓子屋も、つまらないから行かなくなった。

7月7日の午後7時、神社の境内に、ヒコちゃんは来る。
「よ、オリちゃん、元気だった?」
短冊がたくさん吊るされた笹飾りの下で、ヒコちゃんは笑って手を振った。
「べつにふつう」
逢えてうれしいのに、私はわざと素っ気無い態度をとる。
思春期特有の、あまのじゃくというやつだ。
「ふつうか。ふつうがいちばんだね。ところでさ、願い事書いた?」
「書いてない」
「書きなよ。受験生だろ。合格祈願すれば?」
「たいした高校行かないもん。絶対受かるところだもん」
「じゃあ、他の願い事は? 絶対叶うよ」
「絶対」なんてヒコちゃんが言うので、私は緑の短冊に、ピンクのペンで願い事を書いた。
「うわ、色の組み合わせがありえない。字が薄くて読めないよ」
ヒコちゃんは笑いながら、短冊を笹に吊るして目を細めた。
ヒコちゃんの癖。目を細めて字を読む癖、変わってない。

「オリちゃん、これは無理だ。叶わない」
ヒコちゃんが寂しそうにつぶやいた。

『ヒコちゃんと、毎日会えますように』
これが私の願い事。絶対叶うって言ったのに。

知ってるよ。ヒコちゃんに毎日会えないことくらい知ってるよ。
ヒコちゃんは、5年生のとき、突然空の上に逝ってしまった。
毎年七夕に帰ってくるのは、神社の笹に吊るされた短冊の願い事を、神様に伝えるため。
それが、ヒコちゃんの仕事なんだって。

私の願いは、毎年叶った。
『リレーで一等がとれますように』『おじいちゃんが退院できますように』『犬が飼えますように』
みんなヒコちゃんが神様に伝えてくれたから叶った。

「ごめん。これだけは無理だ。違う願い事にしてくれ」
11歳のままのヒコちゃんが、うつむきながら短冊を返した。
ヒコちゃんよりもずっと背が高い私は、ヒコちゃんよりも大きな手でそれを受け取った。そして黄色の短冊に赤いペンで、違う願い事を大きく書いた。

『世界平和』

「ははは。これは難しいな。一応伝えるけどね」
ヒコちゃんは笑いながら、それを笹に吊るした。
湿った風が足元を通り過ぎて、笹がざわざわと音を立てた。
笑い返そうと振り向くと、ヒコちゃんはもういなかった。

七夕なのに、星がない夜。
ヒコちゃんに逢えるのは、また来年。


にほんブログ村
nice!(8)  コメント(8) 

忠告 [ホラー]

僕に霊感があることを知ったのは、小学生のときだった。
遊び半分で行った町はずれの廃墟で、「なんだ、何もいないじゃないか」と背を向ける友達の後ろに張り付く青い顔の女を見たのだ。
それが合図だったかのように、あらゆる場所で幽霊を見た。
海、トンネル、墓地、旧校舎の階段。
恐ろしいのは、幽霊に張り付かれた友達は、その後必ず事故に遭う。
足をつかまれた友達は、体育のときに転んで骨折をした。
首をつかまれた友達は、事故に遭ってむち打ちになった。
手をつかまれた友達は、火事に巻き込まれて手を火傷した。

だから僕は、「足に気を付けて」とか、「ヘルメットを被って歩いた方がいいよ」とか、事故を未然に防いであげようとしたのだけれど、気味が悪いと言われて友達を失った。

そして僕は、高校生になった。
相変わらず幽霊が見えるけれど、誰にも話したことはない。
友達がいないから、怪我の忠告をする必要もない。
たとえサッカー部のエースが、幽霊に足をつかまれていたとしても。

僕は恋をした。
髪の長い、優しい図書委員の女の子だ。
彼女に会いたくて、僕は毎日図書室に通った。
「本が好きなのね。これ、私も読んだわ。面白かったよね」
こんな僕に笑いかけてくれる彼女に、毎日ときめいた。

どんよりと重い雲が広がる放課後、図書室は薄暗く、彼女以外誰もいなかった。
いや、もうひとり、彼女に張り付く青い顔の女がいた。
女は、彼女の美しい髪を撫でていた。
どういうことだろう。彼女が髪を失うということか。
青い顔の女がにやりと笑う。
僕はたまらず彼女に声をかけた。
「あの、髪、気を付けて」
「は?」
「きれいな髪を失うかもしれない。だから気を付けて」
「なにそれ、キモイ。もう閉めるから帰ってよ」
彼女は冷たく言った。稲光が図書室を照らして、大きな雷が響き渡った。

一瞬の出来事だった。
カーテンを閉めようと窓辺に寄った彼女を、一瞬の光が弾き飛ばした。
雷に打たれたのだ。
電気が一気に消えて、どこかの教室から叫び声が聞こえた。
青い顔の女が、笑いながら天井を抜けて消えて行った。

彼女は少しの間気を失っていたが、病院で目を覚まし、身体に異常はなかった。
ただ、きれいな髪だけが、焦げてチリチリになった。
だから気を付けてって言ったのに。

ショートカットになった彼女は、もう僕に笑いかけてはくれない。
気味が悪いと小声で言うのを聞いてしまった。
胸がチクリと痛んだけれど、これはきっと幽霊のせいではない。

もう教えない。誰にも、忠告なんかしない。
たとえ、そこのあなたの後ろに、青い顔の女が張り付いていても……ね。


にほんブログ村
nice!(9)  コメント(12) 

祝!900記事 [コメディー]

本日は、お忙しい中お集まりいただきましてありがとうございます。

りんさんのブログ「りんのショートストーリー」が、なんと、900記事を達成いたしました。
これも、ひとえに読者のみなさまのおかげでございます。
そこで今日は、りんさんが、どんなご質問にもお答えいたします。
年齢、体重、体脂肪以外は何でもお答えいたします。
さあどうぞ、質問のある方は挙手願います。

はい、そこのあなた。
「質問です。900もの話を書いてこられたということですが、ヒマなんですか?」
「いいえ、決してヒマではありません。仕事中に、仕事をしているふりをして書いているのでご心配なく」

次、そちらのあなた。
「900もの話、全部自分で書いてるんですか? ゴーストライターがいるんじゃないですか」(そうだそうだ、絶対いるぞ)←ヤジ
「それはありません。ゴーストライターを雇える財力がありません」

次は、あなた、どうぞ。
「最近コメント返しが遅いですが、職務怠慢だとは思わないんですか」(怠慢だぞ!)
「すみません。夏休みの宿題もためて一気にやるタイプだったので、そういう性分だと諦めてください」

では、次の方。
「ブログのランキングを上げようとして、nice!の強要をしていませんか」
「してません」

「他のブロガーとの忖度はあったんですか」
「ありません」

「悪質タックルの指示はあったんですか?」
「?? あった…かも?」

「文書改ざんの指示はあったんですか?」
「?? あった…かも?」

「サッカー日本代表は勝てると思いますか?」
「勝てる…かも?」

「寒かったり暑かったりで、何を着たらいいかわかりません」
「私もわかりません」

「何を質問するかがわかりません」
「じゃあもうやめる?」

以上、900記事記念記者会見でした。


というわけで、相変わらずくだらなくてすみません。
このブログを始めて、もうすぐ9年です。
めざせ、1000記事!
今後ともよろしくお願いします。


にほんブログ村
nice!(11)  コメント(18) 

ひまわり [公募]

夫の背中に、穴を見つけた。

最初はホクロだと思った。
だけど黒い小さな点は、日を増すごとに少しずつ大きくなっていく。
はっきり穴だと気づいたのは、直径が3ミリほどになったときだ。
くぼんでいる黒い空洞に、シャワーの水滴が吸い込まれて行くのを見たとき、思わず手を止めて覗き込んだ。何も見えず、ただの闇だった。

夫は半年前に事故に遭い、右手を失った。
それから私は、毎晩風呂場で夫の髪と背中を洗っている。生活はがらりと変わった。
夫はやり手の営業マンだったが、片手でも業務をこなせる部署に異動になった。
私はフルタイムの職場を辞めて、融通が利くパートで働き、左手しか使えない夫を支えた。

身体に穴があってもおかしくはない。鼻の穴、耳の穴、みんな意味があって、身体の内部と繋がっている。夫の背中の穴は、何処に繋がっているのだろう。

穴の直径が1センチになった。私は思い切って夫に言った。
「あなたの背中に穴が空いているんだけど」
「えっ? 何それ?」
私は、夫に手鏡を持たせ、合わせ鏡で背中を映した。
「何もないけど。変なこと言わないでよ」
夫が笑いながら手鏡を置いた。こんな大きな穴が、あなたには見えないの?

数日後、私は弟を家に呼んだ。自分の代わりに風呂で夫の髪と背中を洗って欲しいと頼んだ。
弟に、穴を確認してもらうためだ。
「背中に穴なんてなかったよ。……っていうかさ、あるわけないじゃん、穴なんか」
弟が、タオルで手をふきながら、揚げたての唐揚げをつまみ食いした。
「おかしいな。私は確かに見たのよ」
「姉さん、疲れてるんじゃない? だいたいさ、髪や背中、左手だけでも洗えるでしょ。食事だってさ、フォークやスプーンで食べられるものばっかり作ってさ、もっと自立させた方がいいんじゃない?」
弟が、唐揚げをもうひとつつまもうとしたところをピシャリと叩いた。
「あの人はね、新しい部署で慣れない仕事をしているの。家に帰ってきてまで無理してほしくないのよ」
弟は「ふうん」と、納得していない様子でキッチンを離れた。利き手を失くした人の気持ちなど、弟にわかるはずがない。

夫の背中の穴は、5センチに達した。肩甲骨を隠すほどの大きさだ。
中は相変わらず黒い闇で、何も見えない。
いつものように風呂場で背中を洗っていると、ヒューっという風のような音が聞こえた。
それは確かに穴の奥から聞こえる。私はそっと指を入れてみた。
力を入れたわけでもないのに、指がどんどん穴の中に入っていく。
まるで吸い込まれるように、指が、手が、そして私の体が、穴の中に入っていく。
ねっとりとした粘膜のような壁を滑り落ち、たどり着いたのはやはり闇だった。

何も見えないけれど、ここには悲しみが充満している。
ヒューっという音は、風ではなく誰かの泣き声で、呻くような嘆きの声と、やり場のない怒りに叫ぶ声。
「つらい」「せつない」「こんなはずじゃない」「死にたい」
絶望に満ちた世界。ああ、ここは、夫の心の中ではないか。
そう思ったら苦しくなって、私は声を上げてわんわん泣いた。
何もできない。髪と背中を洗うこと、食べやすい食事を作ること、それしかできない。
私は闇の中で泣き続け、いつの間にか眠っていた。

気がついたら、布団の上だった。夫が心配そうに私を見ている。
「私、どうしたの?」
「風呂場で倒れたんだ。ビックリしたよ」
「あなたが布団に運んでくれたの? 左手だけで?」
「うん。結構重かったから引きずった」
夫が笑った。この人は、いつも笑っている。
夫は思い出したように鞄から、紙を出して私に見せた。それは、ひまわりの絵だった。
「パソコンで描いたんだ。あんまり上手くないけど、味があるって評判なんだ」
「へえ、すごい。いい絵だね」
「おれ、社内広報のデザイン担当になったんだ。意外とセンスがいいらしい。給料は減ったけどさ、今の部署、嫌いじゃないよ」

確かに上手くはない。花びらも歪だし、葉っぱの形もちぐはぐだ。
だけど私は、このひまわりが、世界で一番好きだ。

夫の背中の穴は、その日を境になくなった。きっと最初からなかったのだ。
私が落ちたあの闇は、夫の心の中ではない。夫を憐れむ私の心だった。
私が思うよりずっと、夫は強くて明るい人だ。

「髪と背中を洗うの、今日で最後にするね」
まずは、ここから始めよう。夫は「了解」と、ひまわりみたいに笑った。

******

公募ガイドTO-BE小説工房の落選作です。
課題は「穴」でした。割と気に入っていたので、ちょっとがっかり。
SFや奇妙な話が多いと思いましたが、最優秀作は淡々とした日常を切り取ったような話でした。
そうか~そうきたか~(笑)
優しいお話だな~と思いました。
今月の課題は「彼岸」です。この前「お盆」を書いたばかりなので、似たような話にならないように気を付けよう^^


にほんブログ村
nice!(10)  コメント(14) 
前の10件 | -