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真夏のマフラーとかき氷 [男と女ストーリー]

別れた恋人から小包が届いた。開けてみたらマフラーだった。
何だよ、これ。こんな真夏に嫌がらせか?
僕は頭にきて、元カノのサエに電話した。
「ああ、それね、タンスの中から出てきたから。あんたの忘れ物でしょ」
「わざわざ送らなくても。捨ててくれてもよかったのに」
「一日だって手元に置きたくなかったの。二度と見たくなかったのよ、あんたの物なんて。目が汚れるからね。本当はあんたの住所も名前も書きたくなかったよ。手が汚れるからね。それを無理して送ってやったのよ。感謝しなさいよ」
「はいはい」
ムカつきながら電話を切った。あいつは僕をゴキブリとでも思っているのか?
ああ、別れて正解。

一緒に暮らし始めて1年。別れる前はずっとこんな感じだった。
サエには、優しさと思いやりが欠如しているんだ。
マフラーを捨ててしまおうと箱から取り出すと、何だか柔らかいいい匂いがした。
「あいつ、わざわざ洗ったのか?」
バカみたいだ。どうせ捨てるのに。
元カノにもらったマフラーなんて持っていても、いいことなんかひとつもない。
ん? 元カノ? そうか。これはサエが編んだマフラーだ。
付き合い始めたころ、不器用ながら一生懸命編んでくれたマフラーだ。

「あんたっていつも背中丸めてるからさ、首が寒そうで見てられないんだよね。別に愛情とか込めてないから。そういうキモイことしてないから。巻きたきゃ巻けば」
サエはそう言って、マフラーをくれた。

ああ、そういえば、あいつは昔からああいうやつだった。
そういうところ、嫌いじゃなかった。
一緒に暮らし始めても、サエはずっと変わらなかった。
…っていうことは、変わったのは僕の方?

数日後、ふたりで暮らしていたアパートの近くまで行き、サエを呼び出した。
「何なの、急に。暇じゃないんだけど」
「いや、ちょっと用があって来たら、新しいカフェが出来ていたから。ここ、いつオープンしたの?」
「先月」
「ふうん。お勧めは?」
「知らないよ。あたしも初めて来たから」
「そうなの? 新しいカフェが出来たらすぐ行ってたのに、趣味変わった?」
「カフェ巡りを趣味にした覚えはないけど。それに、ひとりで入っても詰まらないでしょ」
サエは性格がきついから友達が少ない。出かけるときはいつも僕と二人だった。

「あ、かき氷がある。スペシャルメガイチゴフラッペとコーヒーにしよう」
「バカじゃないの。おなか壊すよ」
注文を済ますと、店員が「あの」と僕の顔を覗き込んだ。
「冷房、効きすぎてますか?」
「いえ、大丈夫です」
店員は、怪訝な顔で奥に下がった。
「別に普通だよね。冷房」
「あんたが首にマフラーなんか巻いてるからだよ。ホントにバカね」
サエが思い切り、呆れた顔をした。

このマフラーの意味を、僕は脳みそが溶けてサラサラの水になるまで考えた。
そしてひとつの結論を出した。
「あのさ、サエ、俺たちやり直そうよ」
サエが何か言おうとしたとき、タイミング悪く、スペシャルメガイチゴフラッペが運ばれてきた。

「すげえ。メニューの写真よりデカい」
「だからお腹壊すって言ったんだよ」
小学生を諭す母親みたいに、サエが腕組みをした。
「あんたがそのかき氷を、残さず食べたら考えてやるよ。かき氷食べるといつも頭が痛くなるくせに、ホントにバカだね」
サエが笑った。久しぶりに見る笑顔だ。
あ、キーンと頭が痛くなった。そんな僕を見て、サエがますます笑った。

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母の秘密 [公募]

終戦の年に生まれた私は、父の顔を知りません。
南の島で戦死したと、母が話してくれました。遺骨はありませんでした。
そのせいでしょうか、幼少期から同じ夢を何度も見ました。
ジャングルで彷徨っている兵士の夢です。
ジャングルになど行ったことがないのに、やけにリアルな夢でした。
兵士は、彷徨いながら私の名前を叫ぶのです。
「弓子、弓子、必ず帰るから」

空襲で家が焼けたそうで、父の写真は一枚もありませんでした。
だけど私には、その兵士が父だとはっきり分かったのです。
「お母さん、お父さんは南の島で生きているのよ。そのことを私に伝えたくて、夢に出てくるんじゃないかしら」
母は静かに笑いながら、まったく相手にしてくれませんでした。
「弓ちゃん、夢はただの夢よ。お父さんは戦死したのよ」
母はいつも気丈でした。戦前から結核療養所で働き、閉鎖された後は市民病院で看護婦をしながら私を育ててくれました。

あるとき、衝撃的なニュースがありました。
南の島で日本兵が発見されたのです。
終戦を知らずに、二十八年間もジャングルを彷徨っていたのです。
やっぱり、と私は思いました。
「お母さん、きっとお父さんも生きているわ。この兵士のように、今もジャングルを彷徨っているのよ。ねえ、お母さん、何とか捜しに行けないものかしら」
しつこく訴えた私の頬を、母がピシャリと叩きました。
母が手を上げたのは、後にも先にもこのときだけでした。
「いい加減にしなさい。お父さんは死んだのよ。何度も言わせないでちょうだい」
疲れているときに纏わりついたのが、癇に障ったのでしょうか。
それにしても母がどうしてこんなに怒るのか、さっぱり分かりませんでした。
それ以来、父が夢に出てくることはありませんでした。

その翌年私は、ご縁があって結婚をしました。
七歳年上の夫は真面目で優しく、二人の子どもにも恵まれました。
時代はすっかり豊かになり、小さいながらも家を建て、母と一緒に暮らす計画を立てました。
しかしその矢先、母は脳梗塞で倒れ、そのまま帰らぬ人になってしまいました。
「ようやく親孝行が出来ると思ったのに」
苦労続きだった母の手をさすりながら、私はしばらく泣き続けました。

葬儀を終え、夫とふたりで母の遺品を片付けました。
質素な暮らしを続けた母の部屋は、使い込まれた家具や必要最低限の食器など、まるで無駄のない小さな城でした。
抽斗を片付けていたときに、一枚の写真を見つけました。
親子三人が写った写真です。裏には『弓子0歳』と書かれていました。
私を抱いた男性は、幼いころ何度も夢に出てきた兵隊さんでした。やはり父だったのです。
だけどその隣にいる女性は、母ではありませんでした。
幾つかの疑問が私の中で渦を巻きました。
この女性は誰なのか、そもそも父は、私が生まれる前に戦死したのではなかったか。

手を止めて呆然とする私の背後から、夫が写真を覗き込みました。
「あれ、トミエさんじゃないか」
驚いて振り向くと、夫は懐かしそうに写真の女性を指さしました。
「この人、遠い親戚でね、僕が子供のころ、よく家に遊びに来ていたんだよ。赤ん坊を生んで間もなく、亡くなってしまったんだ」
「男性の方は?」
声が震えているのが、自分でも分かりました。
「ご主人は、トミエさんが亡くなった後、結核を患って、暫く療養所にいたけれど治らなかったようだ。せっかく戦争で生き残ったのに、可哀想だってお袋が泣いていたよ」
夫が背を向けて作業に戻った後、私は写真を元の抽斗に戻しました。
母が死ぬまで隠し続けた秘密を、そっと封印したのです。

その夜、久しぶりに父の夢を見ました。
痩せ細った父が、病室の窓から四角い空を見ています。
「弓子を、どうか弓子をお願いします」
傍らに佇む白衣の女性が、「はい」と頷きました。
それは若い日の母でした。
母は、ただ単に情の深い看護婦だったのか、それとも父を深く愛していたのか、今となっては知るすべもありません。
だけど母は、紛れもなく私の母でした。血の繋がりはなくても、私たちは真の親子でした。

元号が新しくなりました。母が生きた年齢を、とうに過ぎました。
可愛い孫もいます。戦争のない平和な日々を、私はこれからも生きていくのです。

**********

公募ガイド「TO-BE小説工房」の落選作です。
テーマは「戦争」
こういうテーマは苦手ですが、私の周りにはお年寄りが多くて、お父様を戦争で亡くした方や戦争経験者がいるので、その方たちから聞いた話を参考に書きました。
なかなか難しいですね。

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彦星君 [ミステリー?]

一年に一度だけ来る客がいた。
それがちょうど7月7日だから、常連客は彼のことを彦星君と呼んでいた。

町はずれのスナック。客のほとんどは常連客だ。
還暦を過ぎたママさんが、ひとりで切り盛りしても事足りるしょぼいスナックだ。
彦星君がふらりとやってきたのは、もう10年ほど前になるだろうか。
バカ騒ぎをする常連客達を尻目に、静かにハイボールを飲んでいた。

「なあ彦星君、どうして毎年7月7日に来るんだい?」
「織姫と待ち合わせでもしてるのかい?」
「織姫なんてこの店にはいないだろう。ばあさんしかいねえ」
「ちょっと、ばあさんで悪かったわね。あんた出入り禁止にするよ」
そんな戯言を笑顔でかわし、彦星君はきっちり2杯のハイボールを飲み終えて帰る。

「なあ、今年も来るかな、彦星君」
「来るだろう。毎年来てるんだから」
「あら、今年の七夕は日曜日ね。彦星君のために店を開けるしかないかな」
「そうか、日曜か。じゃあ、俺は来られないな」
常連客はみな、仕事帰りに店に来る。だから日曜日は定休日になっていた。
「しょうがないな。彦星君のために開けるか」

そして7月7日、ママさんは彦星君のためだけに店を開けた。
どうせ大した売り上げはない。客はひとりでも5人でもあまり変わらない。
午後8時を過ぎたころ、彦星君がやってきた。
「いらっしゃい。いつもの?」
年に一度しか来ないのに、「いつもの」と聞くのもおかしいが、ママさんはハイボールをカウンターに置いた。
彦星君は、それをゆっくりと口に運んだ。
「ねえ彦星君、他の客にはまだ言ってないんだけどね、この店年内で閉めようかと思ってるのよ。だからね、来年はもう来ないで」
「そうですか」
「私ももう年だしさ。前は若い女の子を雇っていたんだけどね、その子がいなくなってから客足がさっぱり。今は常連客5,6人のために細々と続けているようなものよ」
「そうですか」
「ねえ、だからね、今日が最後だから教えてほしいの。あなたはどうして毎年七夕の日にだけ店に来るの?」
彦星君は、深いため息をついて、1杯目のハイボールを飲み干した。
ママさんが2杯目のハイボールをカウンターに置くと、彦星君はゆっくり、静かな声で話し始めた。

「11年前に、この店の近くで事故がありましたね。憶えていますか?」
「もちろん。事故にあったのはうちの従業員だもの。救急車を呼んだのも私よ」
「そうです。その節はお世話になりました。あの事故で亡くなった美咲は、僕の恋人です」
「あら、やっぱり。そんな気がしていたのよ。どこかで会ったような気がしていたの。美咲ちゃんのお葬式だったのね」
「はい。実は毎年、7月7日に美咲が帰ってくるんです」
「えっ?どこに?」
「この店にです。七夕の夜にだけ、三途の川に橋が架かって、こちらに来ることが出来るんです」
「三途の川に? 天の川じゃなくて? えっ、ちょっと待って。じゃあ、今もいるの?」
「はい、ママさんの後ろで笑っています」
ママさんは思わず振り返ったが、下手くそな字で名前が書かれたボトルが並んでいるだけだ。
「美咲が帰る場所は、ここしかないんです」
彦星君は、目線をママさんの後ろに合わせて、「じゃあね」と言った。
きっちり2杯分の金を払い、「またね」と小さく手を振った。
ママさんにではなく、恐らく彼にだけ見える恋人に向かって。

ママさんは、身寄りのない美咲を、娘のように可愛がっていた。
出勤途中で事故に遭った美咲のために、毎日手を合わせている。
「そうか、美咲ちゃん、ここに帰ってくるのか」
片づけを済まし看板の電気を消して、ママさんはふっとつぶやいた。
「もう少し、頑張ってみるか」

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飼いネコ養成スクール [コメディー]

えー、みなさん、飼いネコ養成スクールへのご入学、まことにおめでとうございます。
ここでは、みなさんが飼いネコになるための心構え、人間の特性、生活習慣などを学んでいきます。
講師はわたくし、飼いネコ歴10年のベテラン飼いネコが務めさせていただきます。

まず初めに、飼い主となった人間は、あなたたちに名前を付けます。
名前がないと不便だし、意思の疎通がしづらいですからね。
ここでどんな名前を付けられても、たとえそれが嫌な名前でも、異議を唱えることは出来ません。
ご存じの通り、ネコはニャーと鳴くだけなので、人間は「わあ、喜んでいるわ」くらいにしか思いません。
ちなみに、わたくしの名前は「ニボシ」です。
はい、そこ笑わない。笑うところじゃありませんよ。
食べ物系の名前はたくさんあるのに、なぜニボシなのか。
わたくしも最初はちょっと嫌でしたよ。ショコラの方がいいな、とか思いましたよ。
でもね、慣れたらこれがなかなかいい響きなんですよ。
そんなものです。

次に、食べ物についてですが、ネコにはネコ専用の食べ物が与えられます。
種類はいくつかありますが、なかなかに美味です。
だからみなさん、くれぐれも人間の食べ物を欲しがったり盗み食いをしてはいけません。
今まで優しかった人間が、鬼のような顔で怒りますよ。
「こら、それはあなたの食べ物じゃないでしょう!」と、つまみだされます。
ですからみなさん、このように考えてください。
人間の食べ物は恐ろしくマズい。ひとつもおいしくない。
ああ、人間は、あんなマズいものを無理して食べているんだな。かわいそう。
その点、私たちネコのごはんはこんなに美味しい。ありがたや、ありがたや。
ね、そう考えたら、人間のごはんなど、食べたくなくなるでしょう。

次に、トイレです。これ、大事です。テストに出ます。
トイレは、人間が用意してくれた砂のところを使用します。
あちこちで用を足すと、すぐに嫌われてしまいます。
人間も、根気強い優しい人ばかりではありませんからね。
人間は『トイレしつけ済み』という言葉が好きです。
『○○限定』や『残り○個限り』という言葉にも弱いです。
あ、すみません。余談でした。
ですから、トイレの場所は速やかに覚えてください。
年端のいかない子ネコも、例外ではありませんよ。
たまに失敗しちゃったときは「えへ、やっちゃった」と可愛く鳴けば許してくれます。
「別にいいじゃん。放尿に自由あれ!」などと叫んだら、つまみ出されます。

チリンチリン♪ 「ニボシ~、どこなの~?」

おっと、昼ご飯の時間です。
今日の講義はここまでとします。
次回は、去勢手術の是非について、お話しします。
では、解散!

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マリッジブルーの理由 [男と女ストーリー]

白川さんは、マリッジブルーに陥っていました。
周りからすれば、どうでもいいことで悩んでいたのです。
白川雪乃という美しい名前の彼女は、容姿も名前に負けないくらいきれいです。
白い肌、大きな瞳、血色のいい唇。雪原に咲く一輪の花のような美しさです。
会う人は必ずこう言います。私も言いました。
「お名前にぴったりの、きれいな方ですね」

そう、白川さんは、この名前を変えたくないのです。
結婚すれば苗字が変わります。夫婦別姓はまだ認められていません。
たとえ認められたとしても、頭の固い双方の両親はいい顔をしないだろうと、白川さんはうなだれました。

彼の名前は灰田といいます。結婚したら灰田雪乃になります。
まるで踏み潰されてぐちゃぐちゃになった路上の雪だと、白川さんは顔をしかめて訴えるのです。
「彼はステキな人よ。優しくて包容力があって、尊敬できる人よ。この先、彼のようなステキな人に巡り合える奇跡は起こらないわ」
問題は、苗字だけなのだと、白川さんは溜息をつきました。

「彼に、白川の姓を名乗ってもらったらどうですか?」
「無理よ。彼、ひとり息子だもの。彼が良くても灰田家のご先祖様が許さないわ」
さんざん悩んで気分もすぐれず、泣いた夜もたくさんありました。
それでも結婚式の準備は着々と進みました。

結婚式は6月の大安吉日。
梅雨の晴れ間の青空に、ステキな笑顔がそろいました。
白川さんは、マリッジブルーも何のその。晴れやかな顔で式に臨みました。
その花嫁姿は、新郎の灰田氏でさえも言葉を失うほど。
まるで時が止まったように見とれてしまう美しさです。
「私、今日から灰田雪乃になります」
優しく笑ったその顔には、一片の曇りもありません。

どんな心境の変化があったのでしょう。 
うふふ。それは、優秀なウエディングプランナーである私のおかげです。

数週間前、ドレスの試着にやってきた白川さんは、相変わらずの暗い顔をしていました。
美人の上にスタイルのいい白川さんは、どんなドレスも似合いました。
純白のドレス、あわいピンクのドレス、シックな黒のドレス。
どれも彼女の美しさを引き出すには十分すぎるほどでした。

そして最後に私は、彼女にとって最高のドレスを提案しました。
「このドレスはいかがでしょう」
「あら、きれいな色ね」
シンプルなデザインですが、それは彼女にとてもよく似合いました。
まるで、彼女のために作られたようなドレスでした。
「いいわね。これにしようかな」

ヨッシャ!と、私は心の中でガッツポーズをしました。
「白川さん、このドレスの色は、スノーグレーと言います。気品があって素敵でしょう」
「スノーグレー?」
「ええ。雪と灰色です。どうです。混ざり合うとこんなにきれいな色になるんですよ」
「まあ、そうなの。スノーグレーか。なんてステキ。すごく気に入ったわ。ありがとう」

そんなわけで、彼女の悩みは、今日の青空のようにすっきり晴れたのです。
白川さん、いや、灰田夫人、どうかブーケは私に投げてくださいな。
あ~あ、羨ましい。私も早く結婚したい。

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雨の図書館

昼下がりの図書館に、雨音だけが響く。
心地よい照明と、時を刻むような音についつい眠くなる。
沙羅は、そんな眠気を振り払うように立ち上がった。
返却された本を棚に戻していると、やや乱暴な靴音が聞こえた。

カウンターに戻ると、髪の先からしずくを垂らした男が立っていた。
「雨宿り、いいっすか?」
「あ、ええ、もちろん」
沙羅が男にタオルを渡すと、洗顔後のように豪快に顔を拭き、髪のしずくを拭き取った。
「あの、やみそうにないですよ。よかったら傘をお貸ししましょうか?」
「ありがとう。でもいいや。ちょっとだけサボらせて」
「サボる?」
「朝から営業回りで疲れちゃってさ。ねえ、この本、読んでいいの?」
「はい、もちろんです」
「お勧めは?」
「好みがありますから。お好きなジャンルは何ですか?」
「うーん。漫画かな。ワンピースとかある?」
「漫画ですか。漫画はないですね」
「そっか。じゃあさ、1時間経ったら起こしてくれる?」
「はあ?」
男は、奥の椅子に座り込むと、あっという間に眠ってしまった。
「ちょっと、困るわ」
よほど疲れているのか、沙羅の声は男の寝息に消された。
「まあいいか」
図書館には、他に誰もいない。
一緒に勤務するはずの先輩は、子どもが熱を出して帰ってしまった。

利用者は来ない。ひどい雨だもの。
沙羅は、幾つかの絵本を取り出して、男の前に座った。
『100万回生きたネコ』『はらぺこあおむし』『あらしのよるに』
まるで寝ている子どもに聴かせるように、ゆっくりと読んでいった。
「100万年生きたネコがいました」
次の週末、幼児向けの読み聞かせ会がある。その練習だ。
漫画しか読まない男に聴かせるにはちょうどいい。

4冊読み終えたところで、ちょうど1時間経った。
「1時間経ちましたよ」
沙羅が声をかけると、男はゆっくり目を開けた。
「魔法かなんか使った? 目覚めがすげえ爽やかなんだけど」
「さあ?」
男は、大きく伸びをして、ネクタイを締め直した。
雨は、だいぶ小降りになっている。
「ありがとう。ここ居心地いいね。また来るよ」
「次はちゃんと本を借りてくださいね。漫画以外の」

男は、帰り際に振り返り、笑いながら言った。
「あのさ、オオカミの声は、もっとダミ声の方がいいんじゃないの」
「あら、起きていたのね」

沙羅は赤面しながら男を見送って、静寂が戻った図書館の空気を吸い込んだ。
大好きな本の匂いが、ゆっくりと入り込んでくる。
「雨の図書館も、なかなか楽しいわ」

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小さな恋の話 [公募]

恵さんの想い人はキリンさん。キリンと言っても、首の長いあの動物じゃない。
カフェで働く店員さんだ。背が高くて穏やかで、おまけにベジタリアン。
黄色のエプロンがやけに似合うから、キリンさんと呼ばれている。

私は、このカフェのオーナーの娘で、名前は香帆。
女子高に通いながら、時々店を手伝っている。
キリンさんは、私が小学生のときから、ここで働いている。
大学を卒業しても、就職もせずにアルバイトをしている。今年で六年目だ。
それってどうなのって思うけど、キリンさん目当ての女性客が多いから「ずっといていいよ」とパパは言っている。

常連客の一人、恵さんの想い人はキリンさんだ。態度を見ていればすぐにわかる。
気づかないのは鈍いキリンさんだけだ。
恵さんは、清楚で優しいOLさん。キリンさんの取り巻きの中では一番の美人だ。
私は、ふたりの恋のキューピットをしてあげることにした。
お似合いだし、高校生の私にも、ちゃんと敬語で話してくれる恵さんに好感を抱いていた。
ある日恵さんは、私にそっと囁いた。
「キリンさんって、彼女いるんですか?」
「いないと思うよ。無骨な奴だからね」
敬語を使わない女子高生にも、恵さんは嫌な顔をしない。
頬を赤く染めて、嬉しそうにうつむくのだ。なんて可愛い人だろう。
女の私でも、思わず抱きしめたくなる。

少ない小遣いの中から、映画のチケットを三枚買った。
土曜日の昼下がり、カフェの客は恵さんしかしない。いよいよ恋の大作戦だ。
「ねえ、キリンさん。映画のチケットもらったんだけど行かない?」
わざと大声で言う。チケットを見せたら、キリンさんはすぐに飛びついた。
「あっ、これ観たかったやつ。いいの?」
キリンさんは、大きな手でチケットを受け取った。
嬉しそうな笑顔が目の前にあった。
膝を折って屈んで、いつでも目線を合わせてくれるキリンさんは、そのせいか少し姿勢が悪い。
私は、フロアでこちらをチラ見する恵さんに、もう一枚のチケットを渡した。
「三枚あるから、一緒に行かない?」
「えっ、いいんですか? 悪いわ」
私は彼女に目配せをする。「あたし途中で消えるから」と耳元で囁く。
恵さんは、頬を赤く染めながら「ありがとう」と言った。

さて当日、映画館の前で待ち合わせ。
頭一つ抜けているキリンさんは、どこにいたってすぐに見つけられる。
いシャツにジーンズ姿。エプロンがないと別人みたいだ。

恵さんが来た。淡いピンクのワンピース。どこまでも清楚な人だ。
三人揃ったところで、私はわざとらしくスマホを耳に当てる。
「えー、今から。マジで。わかったー」
小芝居をして二人を振り返る。
「ごめん。彼氏から呼び出し。あたし抜けるね。映画はお二人でどうぞ」
「えっ、香帆ちゃん、彼氏いたの?」
キリンさんが私の顔を覗き込む。
嘘がばれないように背を向けて「彼氏くらいいるよ。女子高生なめんなよ」と言いながら、一気に走った。
人ごみを抜けて振り返ると、遠くにぼうっと佇むキリンさんが見えた。
「うまくいったら、何か奢れよ。お二人さん」
絶対聞こえない距離でつぶやいた。

家に帰っても、何もやることはない。何だか虚しくなってきたけど、これでいい。
私の想い人はキリンさん。小学生の時からずっと同じ。
だけどまるで子ども扱いだし、もういい加減片想いにも疲れたし、いっそキリンさんに素敵な彼女が出来ればいいと思った。
恵さんとだったらお似合いだ。これで私もきれいさっぱり次に進める。

夜になって、恵さんから電話が来た。
「香帆ちゃん、今日は本当にありがとう」
「夕飯奢ってもらった?」
「ええ、お好み焼きを二人で食べたわ」
お好み焼きかよ。もっといい店なかったのかよ。まあ、キリンさんらしいけど。
「最後に、いい思い出ができたわ」
 恵さんがポツンと言った。
「最後って?」
「私、もうすぐ実家に帰るの。母の具合が悪くてね。たぶんもう、カフェに行くこともないと思うわ」
「えっ? でもいいの? キリンさんのこと」
「ええ、もういいの。キリンさんが好きな人は、私じゃないもの。本当はとっくにわかっていたのよ」
「えっ、だれ?」
恵さんは、ふふっと笑った。
「いつも近くにいる、口の悪い女の子よ」
えっ? それって私? いやいやまさか。

「キリンさんはね、彼女が大人になるのを待っているのよ。きっと首を長~くしてね」
キリンだけに、と恵さんはコロコロと笑った。
そんな冗談言う人だっけ? 私は耳まで真っ赤になった。
明日から、どうすりゃいいのさ。

*********
公募ガイド「TO-BE小説工房」で佳作をいただい作品です。
課題は「キリン」
難しい課題ですよね。本物のキリンを登場させる話は全く思いつかなかったです。
それで、こんな可愛らしい話になりました。

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孫の嫁

ああ、退屈だ、退屈だ。
なぜこんなに退屈かというと、先月運転免許を返納したからだ。
まだ大丈夫だと自負していたが、息子や嫁や孫、はたまた孫の嫁までもが口をそろえて言うのだ。
「もうやめなよ。おじいちゃん」と。
まあ、連日のように報道される高齢者の交通事故のニュースを見たら、絶対大丈夫などとは言えなくなった。

車がないなら自転車で、と思ったら、これも嫁に止められた。
「自転車で転んだらどうするんですか」と。
ああ、退屈だ、退屈だ。

「おじいちゃん、そんなに暇なら囲碁クラブにでも行けばいいじゃん。あそこなら歩いて行けるでしょ」
そう言ったのは、孫の嫁のマリコだ。若干20歳で、妊娠中。いわゆる出来ちゃった結婚というやつだ。
孫もまだ若くて、金がないから同居している。
「囲碁クラブに行ってもつまらん。友達はみんな施設に入ってしまった」
「そっかあ。じゃあ、おじいちゃんも入れば?」
「馬鹿言うな。施設になんか死んでも入るか」
「じゃあさ、あたしが囲碁の相手してあげよっか」
「ほお、マリコは囲碁が出来るのか?」
「うん。おじいちゃんと一緒にクソつまんない囲碁の番組見てるからね」
「クソとか言うな。若い娘が」

そんなわけで、マリコと碁盤を挟んで向かい合った。
碁を打つ仕草は様になっているが、如何にも俄か知識といった感じで、てんで相手にならなかった。当然私の勝ちだ。
「どうだ。囲碁はなかなか奥が深いだろう」
「そうだね。またやろうよ。なかなか面白かったよ」
意外にも最後までちゃんと正座をしていたマリコに感心しながら碁石を片付けた。
「あ、動いた」
マリコが突然お腹をさわった。
「お腹の子どもが動いたのか?」
「うん、そう。初めて動いた。ああ、こんな感動のシーンを、なんでおじいちゃんなんかと迎えなきゃならないのさ」
「悪かったな」
まったく、口の悪い嫁だ。息子の嫁なら文句も言うが、孫の嫁にはちと甘くなる。
「マリコは毎日家にいて、退屈じゃないのか?」
「べつに退屈じゃないよ。だってさ、おじいちゃんの世話もあるし」
「お前に世話になった覚えはない!」
マリコはへへッと笑いながら立ち上がった。

「ヤバい、美味すぎる」と自分の料理を褒めたり、洗濯物を落として「やば!」と洗い直したり、何だか「ヤバい」ばかり言っている。
良妻賢母のばあさんが生きていたら、さぞかし眉をひそめるだろう。

夕方、孫が帰ってきた。
「ずいぶん早いな」
「うん。営業先から直帰したんだ。マリコは?」
「買い物に行った。遠いスーパーまで歩いて行ったよ。ご苦労なことだ。運転免許を取ればいいのに」
「マリコは運転しないよ。お父さんを交通事故で亡くしているんだ」
「そうなのか」
「マリコのお父さん、囲碁の棋士だったらしいよ」
「なに?」
「だからマリコも相当強いよ。おじいちゃん、今度相手してもらうといいよ」
「……」

あの小娘、わざと負けたな。
こりゃあ、退屈だなんて言ってられん。
明日から、真剣勝負だ。

「ただいまー。おじいちゃん、ヤバいよ。雨降ってきた」
「おう、そりゃあヤバいな」

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子ネコのメモリー [ファンタジー]

「いい、人間の言うことをよく聞くのよ」
ママがそう言って、僕のからだをなめてくれた。
「いい子にしていたら、人間はいつも優しいわ」
どうしてそんなことを言うのかな。やっぱり僕、どこかにもらわれていくのかな。
そういえばこのまえ、僕たちを見に来た人がいたな。
僕たち5人兄弟を、代わる代わる抱っこして、「うーん」とか唸っていたな。
「この子に決めた」ってその人が言ったとき、ママは少し寂しそうだった。

もうすぐ迎えに来るんだね。あ、車の音が聞こえた。
「逃げちゃおうか」
ママが僕の耳元で言った。
「裏山に逃げたら、きっと見つからないから」
そうだね。それもいいかもね。

だけど、ママが本気じゃないことは、すぐにわかった。
だって外は怖いから行っちゃだめって、いつも言ってるもん。
車に轢かれたり、怖いノラ猫がいるって、いつも言ってるもん。
ママも僕も、外では生きられないってこと、ちゃんとわかるよ。

このまえの人が来た。
「レイちゃん」って僕を呼んだ。
それって僕の名前? そういえば、この家では名前がなかったな。
チビとか、ちっこいのとか呼ばれてた。
「レイちゃん、おいで」
新しい飼い主が僕を抱っこしてカゴに入れたら、ママはもう何も言わなかった。
僕だけが、ニャーニャー鳴いていた。

ママ、新しいおうちは快適だよ。
鳴くとすぐにごはんをくれるんだ。おやつも出るよ。
病院っていうところにも行った。
体重を計って爪も切ったもらったよ。
寝心地のいいお布団もあるよ。

ママ、ごめんね。ママのこと、たぶんもうすぐ忘れるよ。


こうして、レイちゃんはうちの子になりました。

KIMG1095.JPG

レイ(男の子)生後2ヶ月の甘えん坊です

KIMG1097.JPG
よろしくにゃん

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 [ホラー]

それは、特別な鏡だった。
もう歩くことも出来なくなってしまった姉から、就職祝いだと言って手渡された。
子供のころから身体が弱かった姉は、まだ若いのに髪は白く、肌には全く艶がない。
痩せてくぼんだ目は、まるで輝きを失っている。

「お姉さん、これは大事な鏡でしょう。もらえないわよ」
「いいのよ。私はもう、鏡を見たくないの。彩ちゃんに使ってもらえた嬉しいわ」
白いスズランが描かれた、スタンド式の鏡だった。
それは、ひとり暮らしを始めたばかりのリビングに、とてもよく馴染んだ。

鏡に顔を映すと、驚くほどきれいに映った。
私、こんなに美人だったかしら?
まるで加工修正でもしたようにきれいに映る。
だけど決して不自然ではなく、もしかしたらこれが本当の私の顔だと思えるようになった。
暇さえあれば鏡を見た。もちろん毎朝の化粧も、その鏡を使った。
きれいに映れば自信にも繋がる。仕事も順調、毎日が楽しい。
いつもその鏡を持ち歩き、他の鏡は極力見ないことにした。

ある朝、上司から言われた。
「あなた、疲れた顔をしてるわね」
えっ? こんなにイキイキと仕事をしているのに、何を言っているのだろう。
あるときは同僚に言われた。
「彩ちゃん、疲れてる? 目の下にクマが出来てる」
はあ? あなたの方がよっぽど睡眠不足の顔してるけど?
同僚は毎日のように言う。
「こめかみのあたりにシミがあるよ。美白した方がよくない?」
「唇がカサカサだよ」
「髪の毛がうねってるね。寝ぐせ?」
どうして?
張りのあるきれいな肌なのに。
つやつやの唇なのに。
真っ直ぐできれいな髪なのに。
やっかみかしら? 女友達って怖い。

あるとき、給湯室の中から声が聞こえた。
「彩ちゃんってさ、老けたよね」
「うん。この前白髪見つけちゃった」
「若いのに皺も多くない?」
「可哀想。苦労してるのかな?」
「なんかさあ、日増しに衰えてる気がしない?」

ひどい。なぜそんな悪口を言われなければいけないの?
泣きながらトイレに駆け込んで、鏡を見て呆然とした。
「誰、このおばさん」
まるで20年後の自分を見ているようだった。
いや、違う。トイレの鏡がおかしい。この鏡が嘘つきだ。
私は、それっきり会社に行けなくなった。

家に帰ると、両親が驚いた顔で私を迎えた。
「よほど苦労したのね。こんなに老けて」
ああ、嘘つきなのは、あの鏡の方だった。

急に怖くなって、姉に鏡を返した。
「お姉さん、この鏡、おかしいわ」
姉は、ゆっくり起き上がると、受け取った鏡を思い切り壁に投げつけた。
鏡が割れ、粉々になったガラスの破片から、きらきら光る小さな粒子が舞い上がった。
姉はすかさず、その粒子を浴びるように身体を伸ばした。
「お姉さん、危ないわ。破片を踏んでる」
姉は血だらけになった足や膝を気にもせず、笑いながら振り返った。
その頬はふっくらとピンク色に染まり、肌は艶を取り戻し、髪はたちまち黒くなった。
まるで病気になる前の姉に戻ったようだ。

「お姉さん、これはいったい……?」
「彩ちゃんの健康な細胞をもらったの。ごめんね。だけどいいわよね、このくらい」
姉がふっくらした紅い唇で笑った。
私は、まるで病人のような顔で立ち尽くした。

****
やっぱり暑い夏はホラーだね。
え、まだ夏じゃない? 5月? うそだ~

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