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手編みセーターの悲劇 [男と女ストーリー]

木枯らしの吹く歩道を、日なたを選んで歩いた。
3年前に別れた恋人が編んでくれたセーターは、編み目が粗くて風を全く防がない。
何も好き好んで元カノが編んだ穴だらけのセーターを着ているわけではない。
僕は部屋を追い出された。1時間ほど前のことだ。

付き合い始めて間もない恋人カオリを、今日初めて家に招いた。
甘い午後を過ごすはずだったのに、カオリが見つけてしまったのだ。
元カノの写真、プレゼント、そして彼女が編んだ手編みのセーターを。
処分すればよかったのに捨てられず、そのうち面倒になって忘れてしまった。
クローゼットの横に置いた箱を、カオリがたまたま開けてしまったのだ。

カオリは烈火のごとく怒りだし、僕を寒空に追い出した。
部屋着の僕が「寒いよ」と叫ぶと、カオリはドアを少し開けて、このセーターを放り投げたのだ。
2時間ほど街をぶらついて帰ろうと思った。そのころには怒りも冷めているだろう。
女は怖いな。いや、だいたい僕の部屋じゃないか…。

商店街を歩くと、急に寂しくなった。
金がないからパチンコも出来ない。美味そうだけどたい焼きも買えない。
身を縮めて歩いていると、前から見覚えのある女が歩いてきた。
こんな時にかぎって会ってしまうのだ。
それは、別れた恋人、このセーターを編んだ本人、京子だった。

「え?ケンちゃん?」
京子は、僕のセーターを複雑な顔で眺めた。
「あ…いや、別に未練とかあるわけじゃないんだ。その…気にいってるんだよ、この、スカスカな感じが…」
しどろもどろの僕を見て、京子が笑った。京子の笑顔は、とても優しい。
「嬉しいわ。ケンちゃん、物を大事にする人なのね」
「ああ、うん。エコの精神だよね…」
「それにしても下手だな。編み目がバラバラだわ」
京子はセーターの編み目を指でなぞった。
「あら?ここ、ほつれてる」
見ると腕のところに大きな穴が開いていた。

「ねえ、ケンちゃん、それ直してあげるから、うちに来ない?すぐそこなの」
京子は商店街の先のマンションを指さした。
寒さも限界だったし、カオリへの当てつけもあって、僕は京子の家に行くことにした。
並んで歩くと、3年前に戻ったようだ。

ドアを開けると、金木犀のような甘い匂いがした。
玄関にたくさんの靴があった。
「誰か来てるの?」
「ああ。気にしなくていいわ」
京子は僕をソファーに座らせ、セーターを脱がせた。
温かいお茶を淹れてくれもらって、少し落ち着いた。

京子がセーターのほころびをかがり始めた時、奥の部屋で声がした。
まるでお経を唱えているような不気味な声だ。
「何の声?」
「ああ、お祈りの時間なの」
「お祈り?」
「ええ。もうすぐ教祖様がお見えになるわ。ねえケンちゃん、あなたそんなみすぼらしい恰好で、何だか疫病神に憑りつかれてるみたいよ。教祖様に相談するといいわ」
「いや…別に、大丈夫だよ」
「あのね、入会すると幸せになれる水晶を特別価格で買えるのよ。ほら、私も持ってるの。こんな素晴らしい水晶が80万よ」
そして京子は、自分の信じる教祖がいかに凄いかを目を輝かせて語った。
それは僕の知っている京子ではなかった。

僕は怖くなった。立ち上がって急いで部屋を出た。
「ケンちゃん、セーターは?」という声を背中に聞いたけど、そんなものはどうでもよかった。
家まで走って帰った。部屋の前にカオリが立っていた。
「もう、どこに行ってたのよ。ケンジのバカ!」
「どこって…おまえが追い出したんだろう」
勝手だな…と思ったけれど、泣きじゃくるカオリが可愛くて思わず抱きしめた。
「冷たい…。寒かったでしょう。あのセーターはどうしたの?」
「ああ、ゴミ箱に捨てたよ」と僕は言った。

街がクリスマスに染まる頃、僕はカオリと暮らし始めた。
穏やかな幸せが続いたある日。
ふたり並んでテレビのニュースを見ている時だった。
悪徳カルト集団が、詐欺で摘発されたニュースに、僕は凍りついた。
『○○教団は、安いガラス玉を水晶と偽って高値で信者に販売していました』
そして、次に画面に映し出されたのは、教団のナンバー2幹部の女性。
紛れもなく京子だった。

カオリの背中が怒りで震えている。
何しろ写真で見た僕の元カノが、こともあろうに僕が捨てたはずのセーターを着てテレビに映っていたのだ。
セーターの胸には『KEN』の文字。もはや、言い訳はできない。

カオリが眉間にしわを寄せて振り返る前に、僕は素早くブルゾンと財布を持って家を出た。
前よりずっと寒かった。
僕はいつまで外にいれば、許してもらえるのだろう。

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コメント 10

川越敏司

京子とはどういう理由で別れたのでしょうね。新興宗教に走ったのは、僕にも責任があったのでしょうか? 色々と考えさせられますね。
by 川越敏司 (2011-11-24 22:08) 

もぐら

う~んう~ん。
結局 僕が元カノのモノを捨てなかったのがいけなかっただけ・・・
ですよね?
でもセーターって捨てにくいですよね。
彼にプレゼントする物は捨てやすい物にしましょう。
彼女にプレゼントする物は(高く)売りやすいものにしましょう。

な~んちゃって。
by もぐら (2011-11-24 23:53) 

矢菱虎犇

なんだなんだ、チミたちは!
初めて恋人を部屋に招くのにクローゼット横に無造作にそんなもん置いてちゃいけないし、カオリが自室で泣いている状況下、元カノの部屋にのこのこついていっちゃいけません『ケン君』。
初めて招かれた彼の部屋で勝手に箱を開けて腹を立てたり、自分が出て行かずに彼を追い出したりしちゃいけません『カオリさん』。
これはチミたち二人が招いた悲劇だぁ。
・・・そこが面白いんですけどネ!(笑)
by 矢菱虎犇 (2011-11-25 03:29) 

海野久実

これは、結末が予想できないお話ですね。
って言うか、どういう結末をつけるのか、作者の思うままですよね。
それが男女の関係の予想できない面白さをデフォルメしている感じでした。

ところで、なんで京子はあのセーターを着ていたんでしょうか?
教団に貢いでお金がなかった?
いやいや教団のナンバー2ならそんなことはないでしょうね。
ケンの事を忘れられずに懐かしくて着ていた?
たまたまその時に手入れがあって着替えることもできずに写真に撮られたのかなー
by 海野久実 (2011-11-25 18:18) 

かよ湖

京子とのあたたかいストーリーが始まるのかと思いきや、予想外続きで、ちょっと怖いけど、楽しめました。
ぜひ、続編を読みたいなぁ。
カオリが教団に殴り込み?おお、怖っ!
by かよ湖 (2011-11-25 20:02) 

リンさん

<川越さん>
別れたのは、おそらくケンジに原因があったのでしょう(浮気とか)。ふられたケンジは未練があって彼女の物が捨てられない。
京子は別れた辛さから宗教にハマった…。そんなところでしょうか。
by リンさん (2011-11-27 21:54) 

リンさん

<もぐらさん>
手作りの物って、捨てられないですよね。
とか言って、私もセーター編んであげたことあります。
まあ、結婚したから捨ててないけど(笑)
by リンさん (2011-11-27 22:43) 

リンさん

<矢菱さん>
ホントにねえ^^なんていう人たちでしょう。
よく言って聞かせます(笑)
まあ、こういう人たちがいるから、ドラマが生まれるんでしょうね^^
by リンさん (2011-11-27 22:45) 

リンさん

<海野久実さん>
こらは最初、京子とケンジをくっつけてしまおうか、などと考えながら書いていたのですが、こんな話になりました。
まさに、作者の思うままでしたね(笑)
京子がセーターを着ていたのは、ケンジが取りに来た時すぐに渡せるように玄関先に置いておいたのを咄嗟に着たのでしょう。いきなり連行されちゃったから^^
by リンさん (2011-11-27 22:49) 

リンさん

<かよ湖さん>
続編ですか(笑)
カオリが殴り込み?それすごい展開ですね。
ケンジが帰れずにうろついている時、新たな出会いがあったりして。
すごいことになりそうです^^
by リンさん (2011-11-27 22:52) 

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