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結婚記念日 [男と女ストーリー]

「結婚記念日?」
「うん。いや、俺も忘れてたんだけどね、カレンダーに○がついてて、しかも小さくハートマークも書かれていてさ、それでハッ思い出したんだ」
「ふうん、何年目?」
「10年目、ヤバいだろ。忘れたら大変な目に遭う。一生言われる」
「へえ、それで、何かするの?」
「うーん、食事か温泉。ママならどっちがいい?」
「そりゃあ温泉よ」
「温泉か。でもさ、結婚10年だし、大した会話もないし、飯食って風呂入ってゴロゴロして、家にいても変わらないんじゃないかな」
「わかってないわね。上げ膳据え膳って、女にとって最高の贅沢よ」
「そうか。じゃあ、温泉にするか」
「奥さん、可愛いじゃないの。カレンダーに○なんて」
「うん。あとさ、引き出しにプレゼントも隠してあった。あれはたぶんブランドの時計だな。おれも何か用意しなくちゃな。やっぱり指輪かな」
「はいはい、指輪でも竹輪でも何でもいいわ。それ飲んだら帰りなさい」

男は、行きつけの小料理屋を出て、9時過ぎに帰宅した。
ほぼ毎日、そこで食事をしてから帰る。
家に帰っても、何もないからだ。
「上げ膳据え膳っていうけど、うちのカミさん料理しないけどな」
互いに仕事を持ち、子どもはいない。束縛しないことが円満の秘訣だ。
夫婦というより、ルームシェアをしているパートナーみたいだが、男はその暮らしを割と気に入っていた。
「ただいま」
「おかえり。お風呂沸いてるよ」
「サンキュ。あのさ、来月温泉行こうよ」
「なに? 急にどうしたの?」
「いや、ほら、結婚記念日だからさ」
「え? マジ? そうだっけ?」
「とぼけんなよ。カレンダーに○つけてあるだろ」
「あ、そ、そうだった」
「ちょうど土曜日だし、一泊で行こうよ。俺、近場の宿探してみる」
「あのさ、悪いんだけど、別の日にしない。私、その日接待が入りそうなの。嫌だけど、もちろん温泉の方がいいけど、仕事だからね、仕方ないよ」
「そうか。翌週は俺がダメだし、有給でも取るかなあ」
「いいよ、無理しないで。何なら私、ファミレスのランチでいいよ。こういうのはさ、気持ちが大事だから、特別なことしなくてもいいんじゃない」
「そうか。君がいいなら」
男は風呂に入り、女は、ふうっとため息をついた。

「結婚記念日?」
「そうなのよ。すっかり忘れててさ、ダンナに温泉行こうって言われてビックリしたわ」
「いいじゃん、温泉。ますますきれいになっちゃうね」
「もう、やめてよ~。ボトル追加ね」
「ありがとうございま~す。でもさ、たまにはダンナにサービスしたほうがいいんじゃない?」
「わかってるわよ。でも、その日だけは絶対にダメ。だって、私の結婚記念日は、コージ君の誕生日なんだもん」
「憶えててくれたんだ。うれしいな」
「楽しみにしてて。プレゼントも買ってあるの」

女は、夜な夜な通い続けるホストクラブを後にして、深夜の月を見る。
「結婚記念日か。育毛剤でも買ってやるか」


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ハムレター [コメディー]

天国へ行ったハムスターから、手紙が来た。
秋の空をふわふわ舞いながら、わが家の庭に落ちてきた。

拝啓
スズキ家の皆様、お元気でお過ごしであろうか。
生前はずいぶんと世話になった。
部屋の適度な温度調節、バランスの良い食事、こまめなトイレ掃除など、感謝の念に堪えない。
ところで、風の噂で聞いたのだが、ネコを飼い始めたそうではないか。
いや、まさか、私が死んでひと月も経たないうちにネコを飼うなんて、スズキ家の面々がそのような薄情なことをするわけがないと耳を疑ったが、ふと思い出したのだ。
母親が電話で
「えー、ネコ? あー、飼いたいけど、うちにはハムスターがいるからな~」
と、残念そうに言っておったのを。
そういうことか、私が死んだから、これ幸いとネコを飼ったのか。
末娘など、あんなに泣いておったのに、今ではネコに首ったけだそうだな。
しかも、私には「ゴンタ」などという古めかしい名前をつけたくせに、ネコの名前は「ショコラ」だと?
まあよい。死人に口なし。死んだハムスターにも口なしだ。

ところで、私は生前の行いが大変良かったということで、かねてより願い出ていた人間への生まれ変わりを許可された。
私は切に願った。スズキ家の家族になりたいと。
じきに長女が身ごもるであろう。去年親の反対を押し切って、ミュージシャンと結婚した長女だ。
恐らく自分たちだけでは養えず、実家に転がり込むであろう。
私は、その長女の子供として生まれ変わるのだ。
もちろん、前世でハムスターだったことなどすっかり忘れている。
しかし本能というのは厄介なものである。
砂遊びが好きだったり、水を怖がったりするであろう。
そして何よりネコとは相性が悪い。
これから生まれる長女の子供に、ネコは近づけちゃいかん。出来ればネコは、どこかよその家に引き取ってもらうことも視野に入れてはもらえぬだろうか。
可愛い孫のため、いや、私のために。
以上、私からの切実なる願いである。
敬具


ふうん。ハムスターからの手紙か。
なるほど、ハムスターの生まれ変わりの赤ん坊がやってくるのね。
おもしろくなりそうだわ。

「ショコラ、お庭で何してるの? あら、なに? その紙、ビリビリに破っちゃって読めないじゃないの。もう、いたずらっ子ね」

ニャ~(たっぷり可愛がってあげる)

KIMG0633 (1).JPG

うちのハムちゃんは元気です。



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患者が愛した男 [公募]

あの人に会えると思ったんですよ。
現世では結ばれなかったあの人と、あの世で一緒になりたかった。
だけどあの人は、迎えに来てはくれませんでした。
お花畑が見えたんです。きれいな川が流れていて、あれが恐らく、三途の川だったのでしょう。
向こう岸で手招きしたのは、あの人ではありませんでした。
白い着物を着た女の人でした。
よく見たらその人は、あの人の奥様じゃありませんか。
物凄く怖い顔で、手招きをするのです。
「早く渡っていらっしゃいな。閻魔様とかけ合って地獄に落としてもらうから」
まるで鬼のような形相なのです。私、すっかり怖くなって引き返してしまいました。
それで気がついたらこの病院のベッドの上だったというわけです。

一命をとりとめた患者は、白髪の老婆だが、仕草や話し方がどこか艶めかしい。
若いころはさぞかし美人だっただろう。点滴を替えながら、私は患者に話しかけた。
「あの人って、誰のことですか?」
「私が生涯で、唯一愛した男ですよ。もう三十年も前の話ですけどね」
「奥様がいる方だったんですね」
「そう。今でいう不倫です。でもね、看護師さん、絶対に私の方が愛されていましたよ。ええ、それは間違いないわ」
患者は、自信たっぷりに言い切った。

その患者が運ばれてきたのは、三日前のことだった。
信号待ちの交差点で心臓麻痺を起こして倒れた。
幸い人通りが多く、処置が早かったために一命を取り留めることが出来た。
物腰が柔らかく、丁寧な言葉遣いの患者に好印象を持った。
あの不倫の話を聞くまでは。

私の父は不倫をしていた。母は随分と泣いていたし、そのせいで、ひどく辛い最期を迎えた。
母は死んでも父と不倫相手を許さないだろうし、それは私も同じだ。
あの患者が、昔の不倫を美しい究極の愛だと語るたびに、吐き気が込み上げるほどの嫌悪を感じたが、ベテランナースとして普通に接した。
患者に対しては、分け隔てなく誠心誠意尽くすのが私たちの仕事だ。

患者には、身内はいなかった。誰も見舞いに来ない寂しい女だった。
「ご両親は健在なの?」
朝の血圧を測っているときに、不意に聞かれた。細い腕が微かに動いた。
「母はとっくに亡くなりました。私が十八のときです。父は三年前に、この病院で看取りました」
「ご結婚は?」
「していません。たぶん、もうしません。両親の幸せな姿を見て育たなかったから、結婚に対する夢も希望も持ったことはありません」
「そうね。愛の形って結婚だけじゃないもの。結婚にとらわれることなんてないのよ」
患者は、また三十年前の不倫のことでも思い出したのか、うっとりしたような顔つきになった。
私はさっさと血圧計を片づけて病室を後にした。これ以上話すと、爆発しそうだった。

患者の退院が決まった。
薬や、通院の予定表を持って病室に行くと、夕焼けを見ながら患者が泣いていた。
「死にたかった。どうして私、助かってしまったのでしょう」
「そんなこと言っちゃだめですよ。生きたくても生きられない人だっているんだから」
私の母のように、という言葉は呑み込んだ。

「看護師さん、私を殺してくれませんか。点滴に何かの薬を混ぜれば、きっと誰も気づかない。ねえ看護師さん、あなただって、私を殺したいでしょう?」
患者は拝むように手を合わせ、私のネームプレートに視線を移した。

ああ、やはりそうかと、私は思った。三十年前に父と不倫したあげく、私の母を刺殺した女だ。
ありふれた名前だったから確証はなかったけれど、話すうちに芽生える黒い感情の理由がやっとわかった。
この女はきっと、最初から知っていたのだ。私が、愛した男の娘であることを。

「バカじゃないの。死んでも父のところへなんか行けないわ。あなたは地獄に落ちるのよ。父が母よりあなたを愛していたなんて、本気で思ってる? ただの遊びだった、許してくれって、墓の前で泣いていたわ。私はあなたを殺さない。あなたとは違うもの」

きれいな夕陽を隠すように、カーテンをピシャリと閉めて、私は速足で病室を出た。
もう会うことはないだろう。

彼岸花が、急斜面を赤く染めている。高台の墓には、父と母が仲良く眠っている。
父が本当に愛していたのが誰だったかなんて、そんなことはどうでもいい。
私は手を合わせ、あの女が天国に行かないことだけを祈った。

*****

公募ガイド「TO-BE小説工房」の落選作です。課題は「彼岸」です。
最近は佳作にも選ばれなくなりました。
最優秀作品、面白かった。こういうのを私も書きたかったな。


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