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ピンときた [公募]

不動産会社に勤める矢野詩織は、逞しい営業力で女性初の営業課長になった。
彼女の武器は高学歴でも、特別なスキルでも、魅力的な容姿でもない。
彼女の武器は、直観力だ。
「ピンときた」が詩織の口癖で、いい物件、いいオーナー、いいクライアントを一瞬で見極める力を持っていた。
詩織がピンときた客は、百パーセントの確率で商談が成立する。
逆にピンとこない客や物件からは、さっと引く。まったく無駄がないのだ。

「矢野さん、駅前で居酒屋をやりたいという知人がいるんだが、何とかならないかね。出来れば居抜きで探してくれないか」
「部長、駅前は無理ですよ。空いているテナントはないし、どの店も繁盛しているから大金を積まれても売りませんよ」
ピンとこない話は、例え部長からの依頼でもきっぱり断る。できる女に忖度はない。

部下を誘って、飲みに行くことも多い。酔うと部下は無礼講になる。
「課長の直観力はホント凄いっす。尊敬するっす。だけど何で独身なんすか? ピンとくる男、いないんすか?」
「君、その発言はセクハラよ」と軽くかわしながらも、詩織は思う。
どうして私の直観力は恋愛には効かないのかしら。
仕事ばかりで気づけば三十代半ば。そろそろピンとくる男が現れてもいいのではないかと。

抜けるような青空が広がる秋晴れの日、詩織はついに、ピンとくる男に出逢った。
詩織はその日、部下の女性社員の結婚披露宴に出席した。
「20代で結婚する」と公言していた彼女は、28歳でIT企業のエリート社員とゴールインした。
詩織は「ご祝儀を出すのは何度めかしら」などと、およそめでたくないことを考えながら、豪華な料理に舌鼓を打っていた。
ふと顔を上げると、隣のテーブルの男と目が合った。

「ピンときた」

男は、特に詩織の好みのタイプではない。
だけど直観力を信じる彼女は、彼をじっくり観察した。食べ方がきれいだ。
清潔感もある。
そして彼が新郎の先輩としてスピーチに立ったとき、この直感は間違いないと確信した。
彼は実に話が上手かった。
淀みなく、笑顔を絶やさず、品のいいユーモアで会場を沸かした。頭のいい人だ。
「後輩に先を越されてしまいました」と言っていたので、独身なのは確実。
年齢は恐らく詩織と変わらない。

彼が席に戻ると、詩織はすかさずビールを注ぎに行った。
素敵なスピーチだったことを告げ、名刺を差し出した。
「へえ、課長さんですか。若いのに凄いな」
男性の9割が言う「女性なのに凄い」という言葉を彼が言わなかったことに、詩織はますます好感を抱いた。
すると彼から、思いがけない誘いがあった。
「この後、ふたりで飲みに行きませんか」
詩織は、少し悩む振りをしながら、心の中でガッツポーズをした。

街は夕暮れ、ふたりは駅前の居酒屋でグラスを合わせた。
古民家を改装したような、なかなかしゃれた店だ。
店選びのセンスもいいと、また好感度がアップした。
「実はここ、母の店なんです。祖父母の家を改装して十年前に居酒屋にしたんです」
カウンターの奥で、老婦人が会釈した。彼の母親だ。
いきなり母親と対面だなんて、結婚も視野に入れているということか。
最低でも三3か月はお付き合いをして、仕事と家庭のバランスも考えないと。
そんな気の早いプロセスを考えていた詩織に彼が言った。

「この店を売りたいんです。出来れば居抜きで。母はもう引退するので、いい不動産屋を探していたんです。矢野さんから名刺をもらったとき、僕、ピンときたんです」

ついさっきまで結婚までのプロセスを考えていた詩織は、たちまち仕事モードになった。
部長の知人が探していた駅前の居酒屋と、条件がぴたりと一致している。
これはいける。

一カ月もしないうちに商談は成立した。
売り手からも買い手からも部長からも感謝され、いい仕事をしたと詩織は思った。
それなのに、晩秋の風がやけに心に染みるのは、ピンときて運命だと思った彼が、アドレスの交換もしないまま海外赴任になってしまったからだ。
結婚どころか、恋愛にすら発展しなかった。
けっきょく詩織の直感は、仕事にしか反応しないということだ。

年が明け、部長の知人が始めた居酒屋で、営業部の新年会が開かれた。
なかなかいい店だ。いい酒を置いている。料理も洒落ている。
何より家庭的な雰囲気が実にいい。
古民家再生プロジェクトに力を入れようかしら。詩織は腕組みをして考える。

「課長、何考えてるんすか。飲みましょうよ」
「ちょっと待って。今ピンときたの」

*****

公募ガイド「TO-BE小説工房」の落選作です。
課題は「ピン」
阿刀田先生も選評で書いていました。色んなピンがあって難しい。(題を決めるのは阿刀田先生ではありません)
本当に何を書いていいのかさっぱりでした。

11月は何かと忙しく、なかなか創作時間がとれません。
ぼちぼち書いていきますね。


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