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ねがいごと [ファンタジー]

ヒコちゃんは、1年に一度、七夕の夜にだけやってくる。

幼なじみでいつも一緒にいたヒコちゃんは、4年前に遠くに行ってしまった。
隣にいるのが当たり前のヒコちゃんが、会えない場所に行ってしまった。
通学路もひとり。公園も秘密基地も駄菓子屋も、つまらないから行かなくなった。

7月7日の午後7時、神社の境内に、ヒコちゃんは来る。
「よ、オリちゃん、元気だった?」
短冊がたくさん吊るされた笹飾りの下で、ヒコちゃんは笑って手を振った。
「べつにふつう」
逢えてうれしいのに、私はわざと素っ気無い態度をとる。
思春期特有の、あまのじゃくというやつだ。
「ふつうか。ふつうがいちばんだね。ところでさ、願い事書いた?」
「書いてない」
「書きなよ。受験生だろ。合格祈願すれば?」
「たいした高校行かないもん。絶対受かるところだもん」
「じゃあ、他の願い事は? 絶対叶うよ」
「絶対」なんてヒコちゃんが言うので、私は緑の短冊に、ピンクのペンで願い事を書いた。
「うわ、色の組み合わせがありえない。字が薄くて読めないよ」
ヒコちゃんは笑いながら、短冊を笹に吊るして目を細めた。
ヒコちゃんの癖。目を細めて字を読む癖、変わってない。

「オリちゃん、これは無理だ。叶わない」
ヒコちゃんが寂しそうにつぶやいた。

『ヒコちゃんと、毎日会えますように』
これが私の願い事。絶対叶うって言ったのに。

知ってるよ。ヒコちゃんに毎日会えないことくらい知ってるよ。
ヒコちゃんは、5年生のとき、突然空の上に逝ってしまった。
毎年七夕に帰ってくるのは、神社の笹に吊るされた短冊の願い事を、神様に伝えるため。
それが、ヒコちゃんの仕事なんだって。

私の願いは、毎年叶った。
『リレーで一等がとれますように』『おじいちゃんが退院できますように』『犬が飼えますように』
みんなヒコちゃんが神様に伝えてくれたから叶った。

「ごめん。これだけは無理だ。違う願い事にしてくれ」
11歳のままのヒコちゃんが、うつむきながら短冊を返した。
ヒコちゃんよりもずっと背が高い私は、ヒコちゃんよりも大きな手でそれを受け取った。そして黄色の短冊に赤いペンで、違う願い事を大きく書いた。

『世界平和』

「ははは。これは難しいな。一応伝えるけどね」
ヒコちゃんは笑いながら、それを笹に吊るした。
湿った風が足元を通り過ぎて、笹がざわざわと音を立てた。
笑い返そうと振り向くと、ヒコちゃんはもういなかった。

七夕なのに、星がない夜。
ヒコちゃんに逢えるのは、また来年。


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タオルの一生 [ファンタジー]

わたしは、ふわっふわのタオルでした。
可愛いお花模様の、ピンクのタオルでした。
大人も子供も、私に頬ずりして言いました。
「肌触りがいいね」
「ふかふかで気持ちいい」
「ずっとすりすりしていたい」

そうです。わたしはタオルの中でもひときわ人気者でした。
しかし悲しいかな、月日は流れ、わたしはすっかりゴワゴワになりました。
ある日子供が、ろくに洗わない泥のついた手を、わたしで拭きました。
「あらまあ汚い」と、おばあさんがわたしを漂白しました。
ちょっと待ってぇ~と叫んでも、声は届きません。
私は漂白されてしまいました。

きれいなピンクは、白と薄いピンクのまだらになりました。
お花模様は、もはや色とりどりなシミと成り下がりました。
生地の繊維も弱くなり、いつ穴が空くかビクビクしていました。
そしてついに、そのときがやってきました。

お母さんが、テーブルをわたしで拭いたのです。
食べ物のカスやしょうゆのシミを、わたしで拭きました。
そうです。わたしは雑巾にされてしまいました。
でも、テーブルの雑巾は、雑巾の中でも上位でした。
台所の油汚れを拭かれたり、トイレの雑巾になるよりは、ずっとマシなのです。

あるとき、子供が言いました。
「お母さん、この雑巾、穴が空いてる」
が~ん。ついに、わたしに小さな穴が空いてしまったのです。
「あら、しょうがないわね。じゃあ、お台所の雑巾に格下げしましましょう」
格下げ……。嫌な言葉です。恐れていた言葉です。
私は台所の油汚れを拭かれた上に、焦げた鍋やこびり付いたカレーを拭かれ、ゴミ箱に捨てられるのです。
わたしの一生は、こうして終わりを迎えるのです。

しかしそのとき、子供が言いました。
「お母さん、これ、絵の具用の雑巾にしていい?」
なんと素晴らしい。子供と一緒に学校へ行けるのです。

わたしは翌日から、絵の具用の雑巾になりました。
赤青黄色、たくさんの色で、わたしはとてもカラフルな雑巾になりました。
写生の時は一緒に外に連れて行ってもらいました。
そんなときは決まって緑色に染まります。

子供は、なかなかに絵が上手でした。
将来、有名な画家になるかもしれません。
有名な画家が使っていたパレットが、展示されている美術館があるそうです。
彼が有名な画家になったら、『有名画家が使用した雑巾』として、展示されるかもしれません。
わたしはその日を夢見て、今日も絵の具箱で出番を待っているのです。


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黄色い花 [ファンタジー]

「お花には、妖精がいるのよ」
と、お母さんは言った。
「赤い花には華麗な子。白い花には優しい子。青い花には清楚な子。色によって違うのよ」
「ふうん」と僕は適当に相槌を打った。
花なんて、ただの植物じゃないか。
お母さんの、子供みたいな妄想に付き合っている暇はない。
今どきの小学生は忙しいのさ。

ある日、学校から帰ったら、リビングから話し声が聞こえた。
誰か来ているのだろうか。玄関に客用の靴はなかったけれど。
「あら、いやだわ。お上手ね。そんなこと、主人にも言われたことないわ」
お母さんの声だ。セールスマンでも来ているのだろうか。
うまいことおだてられて、化粧品でも買わされるのかな。
僕はそおっとドアを開けた。

お母さんはひとりでしゃべっていた。
リビングに飾った黄色い花に向かって、楽しそうに笑っている。
「もう、やめてよ。私なんて、もうおばさんよ。やだ~、20代は言い過ぎよ~」
嬉しそうに頬を染めた。

「お母さん?」
声をかけると、お母さんは体をピクリとさせて振り向いた。
「あ、あら、帰ってきたの? もう、男の子ならもっと元気に帰ってきなさいよ」
「お母さん、誰かとしゃべってた?」
「独り言よ。さあ、手を洗ってきなさい。おやつをあげるわ」
お母さんは慌てた様子で台所に消えた。
僕はテーブルの上の黄色い花を見た。
何もない。どう見ても、ただの黄色い花だった。

それから、お母さんはおしゃれになった。
どこにも出かけないのにお化粧をしたり、お出かけ用のワンピースを着たりした。
鼻歌を歌って、いつもご機嫌で、やはり黄色い花に向かって笑ったり照れたりしていた。

やがて黄色い花が枯れると、お母さんは悲しそうに窓辺でうなだれた。
泣いているような背中が寂しそうで、僕はその手をそっと握った。
「お母さん、黄色い花には、どんな妖精がいたの?」
お母さんは、想い出に浸るように微笑みながら言った。
「陽気なイタリア男よ」
妖精って男なんだ。イタリア人なんだ。
「ふ……、ふうん」
やっぱり僕には、理解できなかった。

お母さんは翌日、新しい花を買ってきた。ピンクの花だ。
僕はピンクの花をじっと見た。
もそもそと、花弁が動いた。何だろう?
見たこともない可憐な女の子が、ひょっこり顔を出して、あどけない顔であくびをした。
よ、妖精? なんて可愛いんだ。
バラ色の頬の女の子が、はにかむように僕に笑いかけた。
「おにいちゃん、いっしょにあそぼ」
ピンクの妖精は可憐な甘えん坊。僕はたちまち恋に落ちた。

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ネコの日 [ファンタジー]

2月22日は、ニャンニャンニャンで「ネコの日」なんだって。
イベント好きのヨシコさんは、こういうのは絶対に見逃さない。
「ミーちゃん、今日はネコの日だから御馳走よ」
そう言って、高級なネコ缶とネコ用デザートをお皿に載せた。
お皿はどこかのブランドらしいけど、アタシにとって器なんてどうでもいいの。
お腹いっぱいになればいいんだもの。

ヨシコさんは太っている。とてもよく食べるからだ。
今日だって、ネコの日に便乗して、自分のケーキもちゃっかり買っている。
抱っこされるとぷよぷよして気持ちいいけれど、健康のために少し痩せたほうがいいんじゃないかとアタシは思う。
だってヨシコさんがいなくなったらアタシはどうなるの?
毎日のご飯も、トイレ掃除も、ヨシコさんのお仕事だからね。

アタシは今の暮らしに満足している。
ヨシコさんが好きとか嫌いとか、幸せか幸せじゃないかとか、そんなことはよくわからない。
だってネコだもん。好きな時に甘えるし、気が乗らなかったら無視するわ。

翌朝、ヨシコさんはいつもの時間に起きなかった。
「お水ちょうだい」とニャーニャー鳴いてみたけれど、ちっとも来ない。
お部屋に行ったら、ヨシコさんは布団の上で倒れていた。
「ヨシコさん、ヨシコさん、どうしたの?」
まとわりついて呼びかけても、胸を押えて苦しそうに唸っている。病気だ。
ああ、だから、もう少し痩せたらって思ったのよ。

アタシは窓に張り付いて、外を歩く人たちに呼びかけた。
「誰か助けて」
家の前は女子高生たちの通学路。誰か気づいて助けてくれたらいいのに、笑いながらスマホで写真を撮っている。
「ヤバい、あのネコ、めっちゃ出たがってる」
「ウケる。SNSにアップしよ」
ちょっと、そんな呑気な状況じゃないから。
アタシはジャンプして助けを求めた。
その拍子に、窓の鍵が外れたけれど、窓の開け方がわからない。
ああ、なんて無知なの、アタシ。もっといろいろ冒険しておけばよかった。

それでもガリガリやっていたら、隣の奥さんが通りかかった。
「あらあら、ミーちゃん、どうしたの?」
奥さんはすーっと簡単に窓を開け、「ヨシコさん、いないの~?」と中を覗いた。
「ヨシコさ~ん。ミーちゃんがお腹空いてるわよ~」
そう言いながら入ってきたお隣さんによって、ヨシコさんは救出された。

ヨシコさんの入院中、アタシはお隣さんの家にいた。
優しくしてくれたし、ダンナさんは時々マグロの刺身やツナ缶をくれた。
だけど、どういう訳かアタシはヨシコさんが恋しくて、あのぷよぷよがたまらなく恋しくて、夜中に鳴いてお隣さんを困らせた。
居心地はいいはずなのに、自分でもわからないのよ。
おいしいご飯と、ふかふかのお布団があっても、何かが足りないの。

ヨシコさんは、心臓にナントカっていう機械を入れて帰ってきた。
「ミーちゃん、ただいま」
ぷよぷよの腕に包まれて、アタシはわかったの。
この人が大好きだってこと。

今日はたくさん甘えてあげる。
だから今日が「ネコの日」じゃなくても、ご馳走にしてね。
マグロのお刺身とか、タイの尾頭付きとか、どう?
(すっかり贅沢になったミーちゃんであった)


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20歳の俺へ [ファンタジー]

グダグダと過ごす正月休み。
真夜中に白い服の妖精が現れて、年賀はがきとペンを俺に渡した。
「このはがきで、30年前の自分に年賀状を送りなさい」
「30年前? 俺は20歳だ」
「20歳の自分に伝えたいことを書いて送りなさい。あなたの未来は、きっと変わります」
「本当に届くの?」
「はい。ただし伝えたいことは、このペンを使って書いてください。このペンで書いた文字は、30年前のあなたにしか読めません。そしてその文字は、読み終えるとすぐに消えてしまいます」
「へえ」
半信半疑でペンをながめていたら、妖精は消えていた。
夢かと思ったけれど、翌朝になっても年賀はがきとペンは消えていなかった。

20歳の自分に伝えたいことを、俺は考えた。
あの頃の俺は、本当にダメだった。大学の授業はさぼってばかりでついに留年。
結局卒業できずにやめてしまった。
「ちゃんとしろ。今のままではおまえは高卒だ」
まずはこれを伝えよう。
しかしそれより大切なことがある。健康だ。
38歳で暴飲暴食がたたって胃潰瘍になる。入院している間に出世コースから外れる。
「酒はほどほどに。タバコも吸うな。腹八分目を心がけろ」
そんなこと、20歳の俺に通じるかな?

やはり心残りは親のことだ。親孝行もしないまま、両親はあの世へ旅立った。
孫の顔も嫁の顔も見せることが出来なかった。
そうだ、最も伝えたいのは女のことだ。
「25歳で知り合うホステスのアケミはやめておけ。バックにやくざがついている。逆に同時期に出逢うマサヨは地味だけど、実は財閥の娘だ」
地味でさえないマサヨをあっさり振ったことを、どれだけ後悔したかわからない。
マサヨと結婚していたら、今ごろ社長になっていたかもしれない。

俺は長い正月休み中に、腕組みをしてはがきとにらめっこした。
ブルーのインクは、書いているうちに消えてしまうんじゃないかと思うほど薄かった。
まあ、20歳の俺は老眼とは無縁だから読めるだろう。
あの頃の俺は、集中力がなくてろくに本も読まず、読解力はゼロに近い。
だからなるべくわかりやすく簡潔に、難しい漢字は避けて慎重にペンを進めた。
書き終えると、ペンは煙のように消えてしまった。


そして正月休み最後の成人の日、記憶をたどってあの頃の住所を書き、願いを込めてはがきをポストに投函した。
このはがきを20歳の俺が受け取ったなら、俺の未来は変わるはずだ。
マサヨと結婚して、大会社の社長もしくは副社長くらいになっているかも。
親父とお袋に、孫を抱かせてやれたかも。
いつ届くのだろう。時空を超えるのだから、簡単ではないだろう。
いずれにしても、来年の正月は、安アパートでグダグダ過ごすことをないだろう。

そんな未来を夢見た翌日、ポストにはがきが届いた。
昨日出したはずの年賀はがきだ。
えっ? なんで?
はがきには、郵便局の張り紙が……。
『料金不足です。10円切手を貼ってください』

52円で年賀状を出せるのは、1月7日までだった。


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スノードームの街 [ファンタジー]

離れて暮らすパパから、贈り物が届いた。
『ユイ、いい子にしているかな。少し早いけど、クリスマスプレゼントだよ。パパは、イブには帰れそうもないから』

パパのプレゼントは、丸い大きなスノードームだ。
ドームの中は雪の街。素敵な建物と、冬木立。
大きなツリーの下に、5人の子供たちがいる。
ドームを振ると、雪がふわっと舞い上がり、街を真っ白に染める。
「きれい。ねえママ、パパが暮らしているのは、こんな街?」
「そうね。パパの赴任先は北欧だから、きっとこんな街ね」
「行ってみたいな~」

パパはこの春、単身赴任で外国に行った。
「パパがいなくても全然平気」なんて言ったけど、運動会もキャンプも、パパがいなくて寂しかった。クリスマスもいないのか…。

それから私は、飽きるほどスノードームを見て過ごした。
ひっくり返して雪を降らせて、止んだらまた降らせて。
何度も何度も繰り返し、遠い街に想いを馳せた。
そしてイブの日、パパからクリスマスカードが届いた。

『ユイ、いい子にしているかな。イブの夜に、パパからのプレゼントだ。願いを込めてスノードームを3回振ってごらん。きっと願いが叶うよ』

私は、スノードームを両手で持って、願いを込めて3回振った。
ふわっと体が宙に浮いて、私は白い街にいた。
素敵な建物、冬木立。私は、スノードームの街にいた。
大きなツリーの下で、5人の子供たちが私を呼ぶ。
「こっちにおいでよ。点灯式が始まるよ」
カウントダウンが始まった。スリー、ツー、ワン。
ツリーがブルーに光り、子供たちは歓声を上げる。
「きれいだね。素敵だね」
振り向くと、子供たちはいなかった。きっと家に帰ってしまったんだ。
そのかわりに、木立を抜けて背の高い男の人が歩いてくる。
見覚えのあるグレーのコートを着ている。
「パパ!」
「やあ、ユイ。メリークリスマス」

地面の雪がふわっと舞い上がり、街を真っ白に染める。
誰かが、ドームを振っているんだ。
何度も何度も、パパと私に雪が降りそそぐ。
離れていた時間を埋めるように、私たちはずっと手をつないでいた。

「ユイちゃん、ごはんよ」
ママに肩を叩かれて、眠っていたことに気づいた。
夢だったのか。
机の上のスノードームを見る。
「あれ?」
ツリーがブルーになって、5人の子供がいなくなっている。
かわりに、グレーのコートの男の人と、小さな女の子が手をつないでいる。
これはきっと、私とパパだ。
ドームを振っていたのは、たぶん私。ほら、こんなふうに何度も何度も。

テーブルには、クリスマスのご馳走が並んでいた。ママは何だか嬉しそう。
「あのね、ユイちゃん、パパが春に帰ってくるのよ」
「ふうん」
「あら、あまり喜ばないのね。ドライな子」

うふふ。だって私、さっきパパに会ったもん。
ヤキモチやくから、ママにはナイショ。


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紫陽花の恋 [ファンタジー]

紫陽花は、気まぐれ、移り気などと言われますが、私は違います。
私は一途です。
私が恋をしたのは、目の前のアパートに住むT大生です。
爽やかでイケメンで、おまけに頭がいいのです。

彼は毎朝、大家さんに挨拶します。
「おはようございます。紫陽花がきれいに咲きましたね」
きれいだなんて言われてしまいました。照れます。
大家さんは私に水をかけてくれながら、ひとりごとをつぶやきます。
「いい男だね。礼儀正しいうえにT大か。あたしが50歳若かったら惚れてたよ」
私も思います。私が彼に似合いの(人間の)女性だったらどんなに嬉しいか。
彼が目の前を通るたびに、私は花びらをピンクに染めました。

ある日、彼が女を連れてきました。彼より年上に見えます。
ブランド品を身に着けた、いけ好かない女です。
私は、カタツムリに命じました。「さあ、あの女の頭に乗りなさい」
カタツムリは、私の葉っぱからぴょんと飛んで、女の頭の上に乗りました。
「きゃ、なにこれ、キモ!」
女はカタツムリを投げつけました。
ほらごらん。ろくな女じゃない。きっと純情な彼をたぶらかそうとしているのです。

彼は憂うつそうな顔で私を見ています。
「どうかしたの?」と、女が言いました。
「ああ、ごめん。実は母が入院してね、ちょっと難しい病気なんだ」
「まあ……」
「治療費がかかるから、大学をやめて働こうかと思っているんだ」
「そんな、T大をやめるなんて勿体ないわ。いくら必要なの?」
「いや、そんなこと、マキさんに頼めないよ。ごめん、忘れてくれ」
「いいのよ。どうせ夫が株で儲けたお金よ。あなたのお母様のために使いたいの」
マキという女、結婚しているようです。なんて女でしょう。
しかもお金で彼を繋ぎとめようとしています。あざとい女です。
でも彼は、きっとマキのことが好きなのでしょう。
人目もはばからず、紫陽花目もはばからず、ふたりは抱き合いました。

地面に叩きつけられたカタツムリが、葉っぱの上に這い上がってきて、
「どうせ叶わぬ恋だよ。せっかくきれいに咲いたのに残念だけどさ」
と、自分の痛みも忘れて慰めてくれました。

しばらくして、彼の姿が見えなくなりました。
優しい彼のこと、きっと病気のお母様のところに行ったのでしょう。
マキはたまに見かけました。彼がいなくてがっかりして帰りました。
ざまーみろ、と思いました。

日差しが眩しくなって、本格的な夏がやってきました。
私の季節ももう終わりです。
そんなとき、大家さんが近所の人と井戸端会議にやってきました。
「詐欺師だったらしいよ」
「あらまあ、あのT大生が?」
「T大っていうのもウソだったらしいよ」
「若い女から金をだまし取ってたんだって。怖いねえ」
「ホントにね。あたし騙されなくてよかったよ」
「ちょっとあんた、あたしゃ若い女って言ったんだけど」
ハハハハハハハ

何の話をしているのでしょう。
どうでもいいけど水をください。今にも枯れそうです。
花の先っぽが、茶色くなってきました。
大家さんたちは、まだしゃべっています。
カタツムリが、葉っぱから話しかけてきます。
「おいらたちの季節はもう終わりだな。紫陽花さん、もし一緒に人間に生まれ変わったら、おいらと恋をしようよ」
「あたし、メンクイよ」
「知ってる」

夕立が降ってきました。気持ちいいです。
さあ、もう一花咲かせましょう。


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おじさまと人魚 [ファンタジー]

子供の頃、冒険家のおじさまの話を聞くのが好きだった。
海賊に襲われて、命からがら逃げた話や、どこかの民族の酋長に気に入られて、危うく婿養子にされそうになった話。
大きな熊と闘った話もあった。

私がいちばん好きだったのは、おじさまが人魚と恋に落ちた話。
船が遭難して、人魚の国にたどり着いたおじさまは、ひとりの人魚と恋をした。
だけどおじさまは海の中では生きられず、人魚は陸では生きられず、悲しい別れとなった。
おじさまは、とてもつらそうに話してくれた。
その話を聞くたびに、私は切なくなった。
おじさまは、きっとその人魚が忘れられないから、誰とも結婚しないのだろうと思っていた。

月日が流れて、おじさまはすっかり年を取った。
幼かった私も、すっかり大人になった。
いくつかの恋をして、社会に揉まれ、おじさまの冒険話を素直に信じる子供ではなくなった。
おじさまは冒険家などではなく、定職を持たずにふらふらしていただけだと母から聞いた。
親戚中から疎まれていたことも、今は知っている。

おじさまは、海辺の施設に入っている。
訪ねて行っても、もう私が誰だかわからない。
窓辺の椅子に座り、静かに海を眺める横顔があまりに悲しそうだから、私は思わず言った。
「おじさま、人魚のことを考えているのね」
おじさまは、ハッとした顔で私を見た。
「なぜ人魚のことを知っている」
「おじさまが話してくれたのよ。私が小さいころにね」
おじさまは目を細めて私をじっと見た。
「あんたは信用できそうだ。ちょっとそこのジュラルミンケースを取ってくれんか」
おじさまがいつも持ち歩いていた銀色のケースが、ベッドの横に置かれていた。
おじさまが首から下げた鍵で扉を開けると、中に缶の箱があった。
「それを持ってついてきなさい」
杖をついて歩き出したおじさまを、私は慌てて追いかけた。

「おじさま、どこへ行くの?」
おじさまは答えない。まるで恋人にでも逢いに行くように、頬が微かに紅潮している。
施設の前は海だった。おじさまは歩きづらそうに砂浜を歩き、テトラポットに腰を下ろした。
「その缶を開けてくれ」
おじさまに言われて止め金を外し、蓋を開けた私は、「キャッ」と小さな悲鳴を上げた。
中には、干からびてミイラになった魚が入っていた。
もはや何の魚かわからないが、完全に水分が抜けてシシャモくらいの大きさになっている。
「そいつを海に返してやってくれ」
「おじさま、海に返したところで、もう泳がないわよ」
「いいんだ。さあ、彼女を海に返してやってほしい」
彼女…? おじさまは、愛おしそうに魚のミイラを見た。

私は、魚のミイラをそっと波に乗せた。
魚のミイラは、寄せては返す波に身をまかせ、やがて沖へと姿を消した。
おじさまは、泣いていた。きらきら光る波に消える魚のミイラに、小さく手を振っていた。

おじさまが人魚に恋をした話は、もしかしたら本当だったのかもしれない。
海と陸、引き裂かれたおじさまは、人魚によく似た美しい鱗を持った魚を、ずっと傍に置いていたのかもしれない。ミイラになっても、ずっと、ずっと…。

水平線に何かが飛び跳ねて、きらりと光った。
おじさまは、愛おしそうにそれを眺め、ふいに振り向いた。
「私が、七つの海をまたにかけ、冒険していたころの話を聞きたいかね?」
私は、反射的に手を叩いた。
「待ってました!」
おじさまは、昔みたいに勇ましく笑った。


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いつか人間に [ファンタジー]

次に生まれ変わるときは、絶対人間になりたかったのに…。

わたしはハムスターになった。
行きつく先のない回し車の上を、ただひたすらに走り続ける毎日だ。
なんて狭い世界だろう。なんてちっぽけな命だろう。

わたしはかつて、陸上選手だった。
誰よりも早く走り、オリンピックを目指していたが、戦争によって命を落とした。
生まれ変わってまた走りたいと願ったら、わたしは犬になった。
広い草原で、飼い主が投げたボールを走って拾いにいくのが、なにより楽しかった。
だけど四つ足で走るのは、やはり違うと感じた。

次にわたしは鳥になった。
翼を広げ、大空を飛ぶのは素晴らしかった。
風に身をまかせ、自由を満喫した。
だけどやはり、わたしは大地を走りたかった。

そして今度こそはと思ったのに、よりによってハムスターだ。
プラスチックのケージに入れられて、ここから出ることも許されない。
もっとも、小動物にとって外の世界がどれだけ危険かは知っている。
犬や鳥だった経験から、身に染みてわかる。
だから、この回し車の上をひたすら走り続けることが、今のわたしの全てなのだ。

飼い主は、いつも白い服を着た清潔な優しい女だ。
ときどきわたしを手のひらに乗せてくれる。
結婚をしたことはないが、女の温もりは知っている。
優しくて柔らかくて気持ちいい。

小動物の命は短い。わたしはきっと、まもなく死ぬだろう。
もしも人間に生まれ変われたら、この清潔で優しい女性のような人と結婚したい。
わたしは、彼女の手のひらで、そんな夢を見るのだった。
そしてわたしは、やはり走りたい。
出来ることならオリンピックの舞台に立ちたい。
神様、お願いです。今度こそは人間に生まれ変わりたいのです。

「教授、ハムスター、今日で7年6カ月です」
「そうか。薬が効いているようだな」
「はい。ハムスターの寿命をはるかに超えています。きっとまだまだ生きますよ」
「実験は成功だ。次はもっと大きな動物で試してみよう」
「はい、教授。人間の不老不死も夢ではありませんね」

カラカラカラ…
永遠の命を手に入れたハムスターは、今日も回し車の上を走っている。

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うちのハムちゃん。
長生きしてね~^^


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田植えの季節 [ファンタジー]

5時を告げるメロディが、村に流れた。
「峠の我が家」は優しく心に響く。
秀じいさんは、思わず歌詞を口ずさみながら腰を叩いた。
田んぼに水を張り、あとは苗を植えるだけだ。
昔は家族そろって田植えをしたものだが、息子家族は帰っても来ない。
秋に新米をもらいに来るときだけ、嫁は愛想がいい。

「さてと、帰るべ」
ふり返ると、水面に緑の山がくっきり映っている。
いい季節だ。

秀じいさんは家に帰ると、簡単な夕飯を作る。
女房が生きていた頃は、テーブルにたくさんのおかずが並んだものだが、今は魚の干物とお新香と味噌汁だけだ。
ひとりの食事は、そんなものだ。
だけどご飯だけは、こだわって炊く。鉄の釜で、ふっくらと炊く。

秀じいさんは炊きたてのホカホカご飯を、仏壇に供えて手を合わせた。
「さあ、いっしょに食うべ」
2年前に女房を亡くしてから、ずっとこんな毎日だ。

翌朝、秀じいさんは身支度を整えて田んぼに向かった。
すると朝の少し冷えた風に乗って、田植え歌が聞こえてきた。
「誰だべ? おれの田んぼにいるのは」
それは姉さんかぶりをした女だった。振り向くと、その女は死んだ女房だった。
「秀さん、おそいよぉ」
「なんだ、おまえ。どうしてここにいるだ?」
「田植えを手伝いにきたのよぉ。毎晩美味しいご飯を供えてもらってさ、手伝いもしないんじゃ悪いべ」
「そうか。そりゃあ助かるな」

秀じいさんと女房は、並んで田植えをした。
女房は、病気になる前の健康な笑顔で、手際よく苗を植えていく。
これは夢だな。いい夢だな。
秀じいさんはそう思いながら、女房に合わせて歌を歌った。
半分植えたところで、女房は畔に腰を下ろした。
「秀さん、ひと休みすべ」
「ああ、そうすべ」
ふたりは並んで座り、鳥の声を聞きながら、いろんな話をした。
女房はコロコロと笑い、数年前に戻ったようだ。
秀じいさんはごろんと横になり、流れる雲を見た。
「気持ちいいぞ。おまえも寝っ転がってみろ」
そう言って横を見たら、女房はもういなかった。
「なんだ。本当に夢だったか」
いや、夢ではない。女房が植えた苗は、そよそよと風に揺れていた。
「きっと天国に帰ったんだべ」
秀じいさんは起き上がり、大きく伸びをした。

「おじいちゃ~ん」
どこからか声がした。
子供が秀じいさんに向かって手を振っている。
「あれえ、孫の裕太と桃香でねえか」
ふたりの子供の後ろから、息子夫婦が汗を拭いながら歩いてきた。
「父さん、田植えの手伝いに来たよ」
「お義父さん、ご無沙汰しています」
「ほお、珍しいこともあるもんだ」
「昨夜お袋が夢枕に出てきてさ、田植えを手伝えって言ったんだ」
「子供たちの食育体験にもなると思ったんです。この子たち、食が細くて」

都会のもやしっ子が、きゃあきゃあ騒ぎながら苗を植え始めた。
賑やかな声が田んぼに響く。
空の上から、女房が笑っているような気がした。
「今夜はたくさんご飯を炊くべ」


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