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解禁 [公募]

鮎釣りが解禁になり、新しい竿を抱えていそいそ出掛けた夫は、そのまま帰って来なかった。
夫は、慣れたはずの川で命を落とした。
川岸に残されたのは、空っぽのクーラーバッグと、ひとりの見知らぬ女だった。

女は、体中の全ての汁を出し切るような勢いで泣いていた。
「すみません。私のせいで芦田さんが……」
女は泣きながら、慣れない岩場で足を滑らせた女を庇って、夫が川に落ちたと話した。
「家庭を壊すつもりなんてありませんでした。たまにふたりで食事をするだけで幸せでした。だから週末の釣りに誘ってくれたときは嬉しくて……。それがこんなことに……」
ぼんやりした頭で、ぐちゃぐちゃになった女の顔を見ていた。
誰? この人? 冷たくなった夫に尋ねても、答えるはずがない。

夫には愛人がいた。そんな素振りは微塵も見せず、平然と女と釣りに行っていた。
梅雨のねっとりする風の中、骨になった夫を抱く。涙ひとつこぼれてこない。
泣こうとしても、あの女のぐちゃぐちゃの顔が浮かんで泣けなかった。

四十九日が過ぎたころ、安岡が訪ねてきた。夫の昔からの釣り仲間だ。
「芦田君の弔いをかねて、鮎釣りに行って来たよ。あいつが死んだ川で、あいつも分も釣ってやろうと思ってね。そうしたら、これが木の枝に引っかかっていたんだ」
安岡は、黒い携帯電話を差し出した。
夫のものだ。一緒に流されたのだと思っていた。
「誰かが拾って木に掛けたのかもしれない。ストラップに見覚えがあったから、芦田君のものだと気づいたんだ」

防水機能が付いた携帯は、思ったよりも傷がなく、きれいな状態だった。
「持ち帰って、家で充電してみたんだ。そうしたら未送信のメールがあってね。それもあの事故の日に、奥さんに宛てたメールだ。なんだか気になってね。」
女と出掛けた釣りで、どんなメールを送ろうとしていたのだろう。
震える指でボタンを押すと、何とも呑気な言葉が踊っていた。

『今から帰る。大漁だ。今夜は鮎祭りだ』

「芦田君らしいな。笑顔が目に浮かぶよ」
安岡が微笑んだ。拍子抜けするとともに、ふと、ひとつの疑問が沸いた。
「何が大漁よ。クーラーバッグは空だったわ」
「待てよ。変だな。この文面からすると、釣りが終わって帰り支度をしているようだ。じゃあ、あいつはなぜ川に落ちたんだ?」
私は少しためらった後、夫が愛人と釣りに行き、女を庇って川に落ちたことを話した。
安岡は何度も「信じられない」と言った。
「まさか芦田君が女を、しかも初心者を釣りに誘うなんて。いや、ありえないな。釣りはあいつにとってとても神聖なものなんだ」
言われてみればそうだ。長年連れ添った私でさえ、一度も誘われたことがない。
女の話は本当だろうか。
「ちょっと調べてみようか。釣り仲間に、何か事情を知っている奴がいるかもしれない」
安岡はそう言って帰って行った。
モヤモヤしながら季節はすっかり秋になり、鮎釣りの季節も終わりを告げた。

安岡が訪ねてきたのは、秋桜がだらしなく倒れた晩秋のことだ。
「奥さん、芦田君はやはり不倫なんかしてなかったよ。どうやらその女は、芦田君がたまに行くスナックの女だ」
安岡はそう言って写真を見せた。泣き顔しか見ていない女の、厚化粧の顔が写っていた。
「不幸な生い立ちの女で、芦田君は相談に乗ったり、酔って絡んでくる客から、彼女を助けたりしていたらしい。まあつまり、女がそれを愛だと、勝手に勘違いしたんだな」
それから女は、夫の会社を執拗に訪ねたり、帰り道を待ち伏せするようになった
あの釣りの日も、女が夫を尾行したのではないかと安岡は言った。
女が夫を突き落とし、釣った鮎を川に放ったのだとしたら……。
証拠はない。夫はもう骨になってしまった。
安岡が帰った後、夫の写真の前で初めて泣いた。

夏が来て、再び鮎釣りが解禁になった。
今日は夫の命日で、私は、あの川に来ている。
恐らく今日、女が花を手向けに来ると思ったからだ。
待ち伏せて、女が岩場に花束を置いたとき、思い切り背中を押してやる。
あの日から私は、そんなことばかり想像してきた。

やはり女はやってきた。大きな百合の花束を抱えている。
女はそれを岩場に置くと、私が近づくまでもなく、あっという間に川に身を投げた。
女は、夫の後を追ったのだ。

許せない。
夫の後を追って死ぬのが、あの女であってはならない。
私は大声で叫んだ。
「助けて。誰か助けて!」
後追い自殺など、させるものか。
「人が溺れています。誰か助けて!」
山間に響く大声で、私は助けを呼び続けた。

***********

公募ガイドTO-BE小説工房の落選作です。
課題は「鮎」です。難しい課題ですよね。
鮎の塩焼きは美味しいけれど、食べるの専門で釣りなんて行ったことないし。
やはり無理があったかもしれません。


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青春が終わった [男と女ストーリー]

大好きなバンドが解散した時、青春が終わったような気がした。
June party 通称JP。
デビューした時からの大ファンで、ライブにも行ったしCDも全部持っている。
ここ数年はあまり活動していなかったけれど、解散はさすがにショックだった。

「JP解散か。仲悪いって、ネットに書いてあったもんな」
夫が足の爪を切りながら言った。何も知らないくせに。
夫は、私がJPに夢中になっていた頃を知らない。
この虚しさを共有できるのは、元カレしかいない。
ライブにはいつも一緒に行ったし、ドライブのたびに聴きまくった。

スマホを取り出して、まだ消していない元カレのアドレスを開いてみる。
いやいや、今さらありえない。
閉じて開いてまた閉じて、スマホをポケットに入れた途端、着信があった。
元カレからだった。きっと彼も、私と同じ気持ちだったのだ。

「あ、カオリ? よかった~、番号変わってなくて」
「久しぶりね」
「俺さ、今実家に帰ってるんだよね。よかったら一度会えないかな」
少しは迷ったけど、お茶くらいならいいかと思って、出かけることにした。
何よりJPとの想い出を語れるのも、この喪失感を分け合えるのも彼しかいない。

待ち合わせは、懐かしいカフェ。
先に来ていた彼が窓側に席で手を振った。
「10年ぶりかな。カオリ、変わってないね」
「そんなことないよ。もうおばさんだよ」
「おれ、女盛りは35歳からだと思ってるから」
相変わらず口がうまい。だけど嬉しい。おしゃれしてきてよかった。
アイスコーヒーで喉を潤して、私は本題のJPの話を始めた。

「JP、解散しちゃったね」
「えっ、マジで?」
……。なに、この反応?
「へえ、知らなかったな~。でもまあ、仲悪いってネットに書いてあったからな」
……。夫と同じ反応。
喪失感を共有したくて、連絡をくれたとばかり思っていた。
行き場を失くした私の感情が、もやもやしたまま胸の中でしぼんでいく。

「ところでさ、俺、リストラされて今無職なんだ。カオリのダンナって、会社の社長だったよな。就職世話してくれないかな」
彼が目の前で両手を合わせた。「ごめん」と謝るときに、いつもしていた仕草。
浮気したとき、借金作ったとき、嘘をついたとき。思い出したら腹が立ってきた。

「俺、今は実家に世話になってるんだけど、親も年だし、それにさ、これがこれでさ」
小指を立てて、腹の前で円を描く。女房が妊娠中という意味か?
今どきこんなリアクションをする人いるかしら。バカみたい。
すっかり冷めた。おしゃれしてきて損した。

「夫の会社は、新卒しか雇わないから」
「冷たいこと言うなよ。マジで困ってるんだよ」
「生きてりゃ何とかなるわよ。JPの歌で、そんな歌詞があったでしょ」
「そうだっけ?」
そんなことも忘れちゃったんだね。

私はコーヒー代をテーブルに置いて立ちあがった。
バイバイ。アドレス、消しておくから。
私の青春が、またひとつ終わった。


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隣の芝生

庭のツツジは満開で、日差しは輝き、風は穏やかに頬をかすめる。
5月は暖かい。5月は素敵だ。
何より今日は、妻が朝から上機嫌だ。
「ねえ見て。バラもそろそろ咲きそうよ」
放物線を描くホースの水は時おり七色の虹を浮かべる。
本当にいい日だ。

思えば妻は、ずっと機嫌が悪かった。
一人息子が結婚して、東京で新居を構えたのは2年前。
それだけでも寂しいのに、今年の正月、息子夫婦は帰って来なかった。
「あちらの家には行ったのよ。あちらの家に行ったなら、こちらにも来るべきじゃないかしら。だいたいね、婿に出したわけじゃないのよ。もう少しこちらに気を遣ってもいいと思わない?」
「おまえが、子供はまだか、早く孫の顔が見たいとか言うからだ。そういうデリケートな話題はいくら家族でもタブーなんだ」
「あら、私なんてお義母さまから、もっとひどいことを言われたわよ。男の子を産まなかったら離縁するとまで言われたのよ」
「まあ、そういう時代だったんだ」
「冗談じゃないわ。こんなことなら女の子を産めばよかったわ」
「いや、それはおまえ、無理だろう」
「だってね、お隣の幸子ちゃんなんて、毎週のように帰ってきてるわよ。私も帰省した娘と買い物に行ったりしたかったわ」

1月からずっと、こんな調子だった。長い長い氷河期だった。
春が来て、ツツジが咲いて、ようやく妻が笑顔になった。
もうすぐ牡丹や紫陽花も咲く。
盆休みには、さすがに息子も帰省するだろう。

そのとき、隣の奥さんが垣根から顔を出した。
なんてタイミングが悪いんだ。娘自慢か?
「こんにちは。ツツジがきれいね」
「あら、奥さん、今日は幸子ちゃん来ないの?」
心なしか、棘のある言い方に聞こえる。
「午後から来るわ」
「いいわねえ。嫁に行った娘さんがしょっちゅう帰ってきて。うちの息子なんか、正月も帰ってこなかったのよ」
雲行きがあやしくなってきた。穏やかだった風も、いくらか強くなってきた。
こりゃあ、また荒れるぞ。

ところがそこで、隣の奥さんが大きなため息をついた。
「午後から幸子が来ると思うと、私、憂うつで」
「えっ、なぜです?」
奥さんは、「聞いてくれます?」と、庭になだれ込んできた。
「愚痴を聞かされるんです。ダンナの愚痴、姑の愚痴、小姑の愚痴。毎日のように聞かされるんです。平日は電話で、休日は家に来て。延々と、悪口ばかり言うんです。もう私、ストレスで頭が変になりそうです。おまけに冷蔵庫の食材は持って行っちゃうし、一緒に買い物に行けば娘の分まで払わされるし、これで孫なんか出来たら私、どうなってしまうのでしょう。身も心も財布もボロボロです」

隣の奥さんは、うちの庭で散々不満をぶちまけた後、いくらかすっきりした顔で帰って行った。
隣の芝生は青く見えるというけれど、本当だ。
午後になると、「お母さん、ただいま~」という幸子ちゃんの声が聞こえてきた。
「お隣も大変ね。うちは男の子でよかったわ」
妻が、朝よりずっと機嫌のいい顔で言った。
向かいの家のベランダには、小さな鯉のぼりが泳いでいる。
幸せそうなあの家にも、きっといろいろあるのだろう。
そんなことを思いながら、5月の庭で伸びをした。


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黄色い花 [ファンタジー]

「お花には、妖精がいるのよ」
と、お母さんは言った。
「赤い花には華麗な子。白い花には優しい子。青い花には清楚な子。色によって違うのよ」
「ふうん」と僕は適当に相槌を打った。
花なんて、ただの植物じゃないか。
お母さんの、子供みたいな妄想に付き合っている暇はない。
今どきの小学生は忙しいのさ。

ある日、学校から帰ったら、リビングから話し声が聞こえた。
誰か来ているのだろうか。玄関に客用の靴はなかったけれど。
「あら、いやだわ。お上手ね。そんなこと、主人にも言われたことないわ」
お母さんの声だ。セールスマンでも来ているのだろうか。
うまいことおだてられて、化粧品でも買わされるのかな。
僕はそおっとドアを開けた。

お母さんはひとりでしゃべっていた。
リビングに飾った黄色い花に向かって、楽しそうに笑っている。
「もう、やめてよ。私なんて、もうおばさんよ。やだ~、20代は言い過ぎよ~」
嬉しそうに頬を染めた。

「お母さん?」
声をかけると、お母さんは体をピクリとさせて振り向いた。
「あ、あら、帰ってきたの? もう、男の子ならもっと元気に帰ってきなさいよ」
「お母さん、誰かとしゃべってた?」
「独り言よ。さあ、手を洗ってきなさい。おやつをあげるわ」
お母さんは慌てた様子で台所に消えた。
僕はテーブルの上の黄色い花を見た。
何もない。どう見ても、ただの黄色い花だった。

それから、お母さんはおしゃれになった。
どこにも出かけないのにお化粧をしたり、お出かけ用のワンピースを着たりした。
鼻歌を歌って、いつもご機嫌で、やはり黄色い花に向かって笑ったり照れたりしていた。

やがて黄色い花が枯れると、お母さんは悲しそうに窓辺でうなだれた。
泣いているような背中が寂しそうで、僕はその手をそっと握った。
「お母さん、黄色い花には、どんな妖精がいたの?」
お母さんは、想い出に浸るように微笑みながら言った。
「陽気なイタリア男よ」
妖精って男なんだ。イタリア人なんだ。
「ふ……、ふうん」
やっぱり僕には、理解できなかった。

お母さんは翌日、新しい花を買ってきた。ピンクの花だ。
僕はピンクの花をじっと見た。
もそもそと、花弁が動いた。何だろう?
見たこともない可憐な女の子が、ひょっこり顔を出して、あどけない顔であくびをした。
よ、妖精? なんて可愛いんだ。
バラ色の頬の女の子が、はにかむように僕に笑いかけた。
「おにいちゃん、いっしょにあそぼ」
ピンクの妖精は可憐な甘えん坊。僕はたちまち恋に落ちた。

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五年目の悲劇 [公募]

最初の結婚は、二十三歳のときだったわ。背が高くて素敵な人よ。
だけどその五年後に夫が亡くなって、若い身空で未亡人になってしまったの。
死ぬほど辛かったけど、周りの人たちに支えられて、どうにか笑顔を取り戻すことが出来たのよ。まだ若かったし、子供もいなかったから、いろんなところから再婚話が来てね、
三十二歳のときに二度目の結婚をしたの。

再婚相手は真面目な公務員で、穏やかで優しい人だったわ。
子供は出来なかったけど、夫婦二人で充分幸せだったわ。
だけどその五年後に、やはり夫は亡くなったの。
さすがに生きていく気力を失って、死んでしまおうと思ったこともあった。
でもね、そのときの私には仕事があったの。
地方の小さな情報誌の編集をしていたの。
ちょうど私の企画が通ったばかりだったから、バリバリ働いて辛い気持ちを忘れようと必死だったわ。

もう結婚はしないと決めて、編集長にまで上り詰めた私だったけれど、四十歳のときに運命的な出会いをしたの。
取材に行った大学教授に年甲斐もなくときめいてしまったの。
不謹慎だけど、これまでの二人の夫は、彼に出逢うために死んでくれたんじゃないかって思ったほどよ。ひどい女でしょ、私。
彼の気持ちも同じだと知って、一年後に私たちは結婚したの。
再婚同士だったから、何だかとても楽だった。
すごく自然でいられたのよ。
彼とだったらこのまま死ぬまで添い遂げられると信じていたの。
 
ところが、その五年後に、夫は亡くなったわ。これで三人目よ。
さすがに親族や友人たちも、陰でうわさ話をするようになったわ。
「呪われているんじゃないの?」
「愛した男を死なせてしまう運命なのよ」
「恐ろしいな。魔性の女だ」
最愛の夫を亡くした上に、口さがない陰口に疲れ果てた私は、仕事をやめて家も捨てて町を出たの。

新しい町で暮らし始めて、今までと全然違う仕事を始めたの。
洋服やバッグを売る仕事よ。私は優秀なショップ店員だったわ。
そこに買い物に来たのが、あなたよ。
丁寧な言葉づかいで、感じのいい方だと思ったわ。
商品を手に取ってじっくり選ぶ姿に、私ちょっと嫉妬した。
だってね、てっきり奥様へのプレゼントを選んでいるのかと思ったんですもの。
でも、違ったのよね。
あなたは独身で、成人式を迎える姪御さんへのプレゼントを選んでいたの。
あのお店は、若いお嬢さん向きのショップじゃないから、私は無難なファーのマフラーをお勧めしたわね。
それからあなたは何度も店に来てくれた。
年下だけどまっすぐで強引なあなたに、私は徐々に惹かれていった。
一緒に食事をするようになってまもなく、結婚を申し込んでくれたわね。
私はとても迷ったわ。だって四度目ですもの。
しかも三人の夫を亡くした女よ。
だけどあなたは気にしないと言ってくれたわね。
私、迷ったけれどお受けすることにしたの。
ひとりで年を取るのが怖かったからよ。
いつの間にか、そんな年齢になってしまったのね。

あなたは優しい人で、結婚記念日には必ずプレゼントをくれた。
素敵なディナーや、コンサートに連れて行ってくれたわね。
そして結婚五年目のプレゼントは、温泉旅行だった。楽しかったわ。
まさかその帰りに、バスが崖から転落するなんて、思ってもいなかった。

あなたは、その事故で亡くなってしまった。
結婚して五年後に、やはり私は夫を亡くしたの。自分の運命を恨むしかない。
神様っているのかしら。もう涙も枯れたわ。

私の怪我は軽かった。
警察や取材の人がやってきて、しばらくは何が何だか分からなかったわ。
だけどみんなに言われたの。
「奥さん、あの事故で助かったのはあなただけですよ。本当に運がいいですね」

運がいい? 私は、運がいいの?
ハッとしたの。今まで私は運が悪いと思い続けてきた。
だって結婚するたびに夫を亡くす人生なのよ。
だけどね、よくよく考えてみたら、私ほど強運の持ち主はいないんじゃないかって思えてきたの。

一人目の夫は車の事故、二人目の夫は電車の事故、三人目の夫は飛行機事故、そして四人目のあなたはバスの事故。
私はすべて、隣の席に同乗していたのよ。
そうなの。私だけが助かったの。
私は四人の夫を亡くした可哀想な女じゃなくて、まれに見る強運の持ち主だったのよ。
そう思ったら私、まだまだ生きて行けそうな気がするの。
だからあなた、そしてその前の夫たち、空の上から私を見守っていてね。

あら、お客さまだわ。きっと生命保険会社の方よ。
あなたからの最後のプレゼントね。
あなた、本当にありがとう。

******
公募ガイド「TO-BE小説工房」に出した、もうひとつの作品です。
こちらは落選でした。
最初はこれ一本にしようと思っていたのですが、2作目を出して結果的によかったです。
これは、ラスト3行がない方がよかったのではないかと、読み返して思いました。


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最優秀いただきました [公募]

公募ガイド「TO-BE小説工房」で、最優秀をいただきました。
ありがたいことに、4度目の最優秀です。

テーマは、「運」でした。
実は今回、2つ作品を出したんです。
全く違うタイプの話を2つ。後から出した方が最優秀でした。
2つ出してよかった^^
もう一つは、近々アップします。

最優秀をいただいた作品「幸運」は、公募ガイド5月号に載っています。
よかったら読んでみてください。

***
最近、パソコンの調子が悪くて困ります。
持ち運びに便利なタブレットパソコンを使っているのですが、キーボードがダメみたいで、突然暴走して同じ文字を連打。
kkkkkkkkkkk みたいな感じで、止まらなくなります。
おまけに今日は、「お気に入り」に入れたものが全部消えていました。
えええ~、入れ直し?
こういうことってあるんでしょうか。

今は父から譲り受けたパソコンを使っています。
持ち歩けないとちょっと不便だけど、画面が大きくて使いやすいから、壊れる前にデータを全部移そうかと思っています。


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想い出の橋 [男と女ストーリー]

待ち合わせは、いつも橋の上。
芳人君の家は橋の向こう側で、私の家はこっち側。
だから橋で待ち合わせをして、どちらかの家に遊びに行った。
「しょうらい、けっこんしようね」なんて可愛い約束を、したような気もする。
大好きで、仲良しで、ずっと一緒だと思っていた…らしい。

その橋は、県境だった。
橋の向こうが埼玉県、こっちが群馬県。
だから当然、芳人君と私は、別々の小学校になる。
学区が違うどころじゃない。県が違う。
「いやだ、いやだ」とずいぶん泣いて、母を困らせたらしいけど、それもかなり昔の話。

30歳になった今、その思い出は、すっかり母の話のネタになっている。
「可愛かったのよ~。真美の初恋ね。いよいよもらい手がなかったら、芳人君を探して結婚してもらったらどう?」
「30歳の娘に、笑えない冗談言わないで」
とは言ったものの、芳人君は気になる存在だ。
もう顔も憶えていない。仲が良かった割に、写真はない。
うろ覚えの初恋の彼は、どんな男に成長しているのだろう。

日曜の昼下がり、散歩がてら、橋を渡ってみた。
車ではしょっちゅう通っているけれど、歩いて渡るのは久しぶりだ。
芳人君の家はどの辺りだろう。5・6才の子供が歩いてくるのだから遠くはないはず。
橋の近くに、古い家が数件並んでいる。きっとこの中に芳人君の家がある。
苗字はわからない。母もぜんぜん憶えていないという。
じろじろ覗くわけにもいかず、ぐるっと回って帰ってきた。

橋の真ん中でぼんやりしていたら、色々なことを思い出した。
「真美ちゃん、小学校と中学校は別々だけど、高校は一緒に行けるみたいだよ」
「そうなの?」
「母ちゃんが言ってた。高校は、県が違ってもいいんだって」
「じゃあさ、芳人君、同じ高校に行こうよ」
ああ、今ごろ思い出しても遅いって。私、女子高に行っちゃったよ。

女子高出た後、地元の短大に進んで、しょぼい建設会社に勤めて10年。
男はオッサンかチャラ男しかいないし、出会いもないまま30歳だ。
夕陽が目に染みる。ノスタルジーって、こういうときのためにある言葉だわ。

そのとき、男がひとり、私の方に向かって歩いてきた。
まさか、芳人君? ドラマやマンガじゃあるまいし、そんな奇跡があるわけない。
だけど、男はまっすぐ私に向かって歩いてくる。もしかして、本当に…?
男が、私に話しかけた。「あの、すみません」
ああ、これは夢? やっぱりあなたは芳人君なの?
「真美ちゃんでしょ。久しぶり」という言葉を期待したのに、妄想はあっさり崩れる。

「あの、おれ、写真撮ってるんですよ。橋の写真。ずっとあなたが真ん中に突っ立ているから撮れないんですよ。ちょっとどいてもらえます?」

……これが現実。なんだかムカつく言い方。
「はあ? ここはあなたの橋ですか? 違いますよね。なんで私がどかなければいけないんですか?」
「だから、夕陽の写真が撮りたいんだよ。今がベストなんだ。頼むよ。とっととどいてくれ」
「わかったわよ。せいぜい、いい写真を撮りなさいよ。このカメラ野郎」
ノスタルジーを邪魔したお返しに、「チッ」と舌打ちをしてやった。
せっかく想い出に浸っていたのに、台無しだ。サイアク!

それからしばらくして、朝刊を見ていたら、新聞の写真コンクールの大賞に、あの橋の写真が選ばれていた。
絶対にあのときの写真だ。切なくなるようなこの夕陽、憶えている。
悔しいけれど、すごくいい写真だ。
写真の下には、タイトルと投稿者の名前が……。

『想い出の橋 埼玉県〇市 ○○芳人(30)』

……マジか!!!


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さくら色、ピンク色

桜が満開になった。
「リナの入学式まで持つかなあ、桜。桜がない入学式じゃ、かわいそうだよね」
ハラハラと散り始めた桜を見て、パパが言う。
「別に子どもは気にしないんじゃない? 桜なんて」
「えー、冷たくない? ママって本当にドライだね」

結婚して8年。パパ、ママと呼び合って6年。
一人娘の卒園式で、パパは大泣きした。
私は、そんなパパにちょっと引いた。

私たちは共働きで子どもを育てているけれど、私の職場の方が圧倒的に忙しい。
接待や出張もあるし、リナが寝てから帰宅することもある。
一方パパは、今どき珍しく、ほぼ毎日定時で帰れる仕事をしている。
だからリナの世話は、パパに任せることが多くなる。
保育園の迎え、食事にお風呂。髪を結ぶのは、たぶん私より上手い。
「初めて歩いた」「歯が生えた」成長を最初に知るのは、いつもパパだった。

恵まれていると思う。気兼ねなく仕事が出来て、家事や育児が疎かでも、パパは文句ひとつ言わない。リナはいい子に育っている。
恵まれているのに、少し苦しい。
本来やらなければいけないことを、していないという負い目だろうか。
母親なのに、という想いが、棘みたいに頭のどこかに刺さっている。
だから、卒園式で泣けなかったのかもしれない。

「パパ、入学式では泣かないでよね」
「はっ? 入学式で泣く親なんているかよ」
部屋の壁には、リナが入学式で着るピンクのワンピースが掛かっている。
義母が、リナのために買ってくれたものだ。
リナにはピンクより、紺や水色の方が似合うと思うが、そういったことにも、私は口出しが出来ない。

「ママ」
庭で桜の花びらを追っていたリナが、部屋に入って来た。
「ねえ、ママ、リナの入学式には、ピンクのお洋服を着てね」
「ピンクのお洋服? ママ、そんな服持っていたかしら?」
「あったよ。リナ、写真で見たもん」
「写真? ああ、新婚旅行の写真ね。もう着れないよ」
「どうして?」
「あのときは20代だけど、ママはもう30代。若くないもん」
「えー、リナ、ママとおそろいにしたくて、あのワンピースにしたのよ」
駄々っ子みたいに、リナがまとわりついてきた。

「まだ着れるよ。体型変わってないし、髪を下ろせば充分20代に見えるよ」
パパが、リナと同じ顔で言う。
「ホントに? じゃあ、着てみるか」
クローゼットからピンクのスーツを取り出すと、それはリナのワンピースと全く同じ色だった。
「いいなあ。ママはリナとおそろいの服が着られて」
パパが子供みたいに拗ねた。

母娘が同じ色の服で、桜並木を歩く。
やだ、入学式で、私泣きそう。
「ねえパパ、桜、咲いてるといいね」
「でしょ。ママもやっぱりそう思うでしょ」
「すごく思う」


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ケンカのち、青空 [競作]

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ケンカした。
「大嫌い」って言ったし、言われた。
せっかくの春休みなのに、もう遊べない。

芝生の上にごろんと横になった。
いい天気。きれいな青空。
大嫌いなのに、雲があの子の顔に見える。
「あはは、雲になってもブサイクだ」

「悪かったね、ブサイクで」
あの子が上から、わたしの顔を覗き込んだ。
戻ってきたんだ。
「うわ、鼻の穴が丸見えだ。マジでブサイク」
「うるさい、ブス」

あの子が、わたしの隣にごろんと寝た。
「世界一のブサイク」
「宇宙一のブス」
「前世もブサイク」
「来世もブス」
「死んでもブサイク」
「生き返ってもブス」

寝ながら悪口を言い合って、ふたり同時に吹き出した。
「うちら、人類最強のバカじゃね?」
「霊長類最強のバカだ」
やっぱりこいつ、最高だ。最高にバカで面白い。

ふたりの笑い声を、春の空が吸い込んでいく。

********

今日、3月23日は、もぐらさんの呼びかけで「空見の日」です。
いろんな想いを込めて、空を見ようっていう日です。

桜には早いかと思いましたが、ちらほら咲いていました。
0.5分咲き?

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花見の日も近い。


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年齢不詳の女 [ミステリー?]

たまの休日、ひとりでふらりと出かけた。
平日の昼間だ。電車は驚くほど空いている。
向かいの席に座っているのは、男と女。
こんなに空いているのに、ピッタリ寄り添っているのだから、きっと連れなのだろう。
男は服装や髪型から、50代くらいと思われる。
しかし女は、まったくの年齢不詳である。
20代にも見えるし、40代にも見える。
化粧は薄く、黒髪をひとつに結び、黒のコートに黒の普通のバッグ。
年齢を感じさせるものは何もない。

女はときおり男に話しかける。
顔を近づけて、囁くように話す。
夫婦にも見え、親子にも見える。
いったいどっちだ?

僕はひどく気になって、さりげなく席を立ち、女の隣に座った。
ちょうど後頭部を照らす太陽を、熱く感じ始めたことを利用した。

女の声が、微かに聞こえる。
「ねえ、あと何駅?」
20代の声のようで、40代の声にも聞こえる。
まるで特徴がない声だ。手がかりはないか?
手を見る。手袋を嵌めていて見えない。
首の皺は? タートルネックのセーターで見えない。
今が冬であることが、心の底からもどかしい。

夫婦か、親子か、兄妹か。

ところが駅に着いた途端、男が立ち上がり、さっさと降りてしまった。
女に手を振ることもなく、振り返ることもなく降りた。
同じ家に帰らないということは、夫婦ではない。
もしかして不倫か。上司と部下か?
だから別れ際は未練を残さず、あえて冷徹に。
それにしても、こんな昼間から不倫とは嘆かわしい。
心なしか女がひどく不幸に見える。

ふいに女が、僕の肩に寄りかかってきた。
女は耳元で「どこで降りるの?」と囁いた。
「み、緑が丘」と僕は答えた。
「ねえ、あと何駅?」
「えっ?」
ぴたりと寄り添って、抑揚のない声で言う。
「ねえ、あと何駅?」

さっきの駅で乗り込んで、向かいの席に座った紳士が、僕たちを不思議そうに見ている。
きっと彼の頭の中には、クエスチョンマークが浮かんでいる。
『男は20代、女は年齢不詳。親子か?恋人か?姉弟か?」
気になって仕方がない様子で、彼が立ち上がる。
そして女の隣に腰を下ろした。

僕は次の駅で、すかさず降りた。


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